第10話 荻野家の兄弟

 六時半になり、ようやく恭一は泰三の瞑想修行から解放された。

「何度も言うが、お前は今日からここに住み込みとして修業をしろ」

 眉毛が濃く、眉間に皺を寄せている泰三は、はたから見るとかなりの強面だった。恭一は別に小心者ではないが、面倒くさい人物に口酸っぱく言われることになるんだなと痛感した。

「あの、オレは別に家もあるし、そもそも修行もしたくはない……」

「いいから、修行をするんだ。丁度空き部屋がある。着替えは息子の着替えを使え。いいな」

 恭一は思わず舌打ちをした。それに泰三は聞こえていたが、敢えて無視をした。

 茶の間の方に行くと、そこには先程の本堂とは打って変わって、生活感があふれていた。ここが萩野家の団欒した雰囲気なのかと恭一は思うと、あまりにも自分の家とかけ離れていたので、どうしたらいいのか気が休まる場所ではなかった。

 みんなを囲む机が一台あり、下には殺風景の色したカーペットが敷いてある。テレビは大きくもなければ小さくもない至って普通のテレビだ。ただ、テレビは付いていない。

 机の上には今日の晩御飯が置かれていた。けんちん汁や胡麻豆腐などがある精進料理である。

「旨そう」恭一は座った。

「おい、座るには正座だ。正しく律しろ」泰三はそう言って正座をした。

「はいはい」恭一は面倒くさそうに正座をした。先程正座をしたので膝の裏が痛いし、何回か痺れを切らしていた。

 恭一は葵を見た。彼女はキッチンの方で何やら作業をしている。隣にも女性がいて、二人で何やら話をしている。その女性が恭一の方を見た。恭一は少し恥ずかしくなり、目を逸らした。

「この家は何人で暮らしてるんっすか?」恭一は泰三とは喋りたくないが、あまりにも暇だったので聞いてみた。

「わしと息子の聡、後葵と妹の泉の四人だ」

「ということは、あのキッチンにいるのは妹もいるってことっすか?」

「ああ、そうだ」

「ふーん」と、恭一は興味が無い素振りを見せながら、自分のスマートフォンを取り出して、モニターを触ろうとした。

「おい、スマホは触るな!」と、泰三。

「いや、触るくらいいいんじゃないですか? だって、飯の時間でしょ」

「ご飯を食べる前でも、ダメだ。晩御飯は作ってくれた人に感謝をするためにも、節度のない行いは禁止だ」

「それだったら、テレビは? テレビでも今の時間帯だったらニュースとかやってるからいいでしょ」

「ダメだ。晩御飯を食べた後は自由時間をやるから待て」

「はいはい」

 恭一は肩を落として、ため息を漏らした。こんな厳しい家庭に育ったのか葵は。それなのに胸だけは上手く発育できている。

 背丈もそれほど葵は高くない。百五十五センチほどだ。ただ、胸が大きいせいか、痩せ型には見えない。いつも彼女と妹の泉の二人で料理などをしているのだろうか。

 それよりも長男の聡という人物はどこにいるのだろうか。彼ももしかしたら恭一と同じで少しひねくれた不良なのではないのか。それで、泰三は呆れて指導できる人物を探しているのではなかろうか。

 そんなことを恭一は考えていたら、廊下から襖が開き、背が高く、痩せ型の作務衣を着てメガネを掛けていた男が現れた。

 その男は恭一を一瞥した後に、自分の定位置があるのかその場所に正座をして座り込んだ。丁度恭一と真向いだった。

 きっと泰三の長男の聡だろうと恭一は感じ取った。体型は泰三とは正反対だが、団子鼻の形が一緒だ。もちろん葵も同じ鼻の形をしている。目元も細めなのが泰三とはどこかしら似ているが、活気がある泰三に比べて、聡は精力が感じられなかった。

 理性的ではあるが、どこかしら暗い印象が漂っているし、誰かに依存しないと生きていけないような少し頼りなさげな印象も垣間見えた。

 泰三は聡に言った。「おい、今日から道場に修行しに来た、鳴尾君だ」

「よろしくお願いします」聡は恭一の顔色を窺いつつ丁寧に頭を下げた。何ともか細い声でこれがテレビを付けて、尚且つ大音量だったら聞き取れないのではないかというくらいだ。

「お願いします」恭一は鼻を掻きながら言った。

 その後、しばし沈黙が漂った。恭一は机の上にある、湯呑に入ってある冷たい麦茶を飲んで時間をしのいでいた。

 この聡という人物は、恭一にとってはどこか苦手だ。自分は理性的ではないし、態度も大げさで、楽しさを追求するが、彼はどう思っているのだろうか。少々怖い気持ちではあった。

 その時に、ようやく葵と泉がやって来た。恭一は胸を撫でおろしたように二人を見上げた。

 二人はそれぞれ四角形のお盆に、ご飯をよそった茶碗を持ってきて、テーブルに各自の料理をキレイに並べた。

「鳴尾さんですよね。お姉ちゃんから聞いてます。今日からよろしくお願いします」

 そう泉は恭一の横に正座して座ると、笑ながら挨拶をした。

「まだ、泊まるとは……」

 恭一は泉の胸元を見た。彼女も葵と同じように胸に豊かな膨らみがある。恭一は思わず興奮した。

「よ、よろしくお願いします」恭一は驚愕した様子のまま、泉の胸に挨拶にした。

 泉は思わず右手を口元に当ててクスクスと笑っている。

「ちょっと、泉、変わって。こいつは何をするか分からないから」葵が眉をしかめた。

「えー、分かった」

 泉は渋々変わると、葵が正座をして恭一を見下すように言った。「妹に何かやったらあたしがお父さんに言いつけるから」

 恭一は隣が葵に移ったので顔の緊張がほどけていた。「分かってるよ。しかし、お前、正座をしたらやっぱり胸がでけーな。泉ちゃんも凄いなと思ったけど、やっぱりお前の方がすげーな」

 すると、泰三が右手で握りこぶしを作り、恭一の頭を思い切り叩いた。

「痛っ!」恭一は咄嗟に頭を押さえて、泰三の方に目をやる。

「お前がセクハラまがいの言葉を言うというのは、葵から聞いてる。こんなことを言っているのか!」

「別にいいじゃないですか。褒めてるんですよ」

「あたしは嬉しくないけどね」と、怒りに満ちている葵。

「いいじゃん。素直に言ったんだから」

 そのやり取りを見ている、泉はずっと笑っているし、聡はまるで聞いていないかのように、恭一の横の壁を見ている。

「まあ、みんな揃ったから、早速食べよう」葵が言う。

「そうだな。頂きます」

 泰三が部屋中響くように言葉を発すると、みんな揃って、「頂きます」と、箸を両親指と人差し指に挟み、手を合わせて軽く会釈した。

 恭一はその光景を見て、慌てて同じ動作をした。「頂きまーす」

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