第9話 寺修行2

「お前は自分が何をしたのか、知ってるのか」

 泰三は座布団の上に正座をして、両袖に互いの手を突っ込んでいた。目の矛先は同じく正座をしていて背を丸めている恭一だ。

 襖は締まっていて、物音一つも聞こえない。

「いや、何のことだか……」恭一は頭を掻きながら俯いて目を横にやった。

「お前は恥のかくことをした」

「恥って、別に恥をかいたことないっすけど」

「いいか、お前の心には色情が渦巻いている。頭の中は女性のことだらけだ。それを取り払わないといけない」

 そう言われて、恭一は押し黙った。

「とにかく、お前にはここに住め! いいな!」

動揺しながら恭一は、「ちょっと、待ってくれよ。オレだって自分の生活があるんだぞ。別に色情だとか何だとかオレの勝手だろう」彼はようやく泰三を見た。

「お前は今、年上にため口を使った。目上の人には敬語って言われなかったか?」

「だから、何ですか?」

「お前には生活が乱れてる。一人で暮らしてるって葵から聞いた。わしが修行という形でお前を指導する。金は取らない。だが、娘らに手を出したらすぐに警察行きだ」

「ちょっと待ってくれって。オレはここに住むって自分で言ったわけじゃないですよ」恭一は足の痺れと心の痺れを切らして、思わず腰を上げた。

「取り合えず、座禅を組め。わしがお経を唱える。そこで目を閉じるんだ」

「座禅を組むってどうしたらいいんっすか?」

「胡坐になって組むんだ。左右の足を太ももの上に乗せる」

 泰三はそう言いながら、自分で座禅の形を作っていく。恭一もそれを見ながら座禅をしてみる。

「手は右手の上に左手を乗せて、互いの親指をつなぎ合わせる。おお、そうだ」

 恭一は見よう見まねでやってみた。簡単なことだか、幾分褒められたことが無かった為、少し恥ずかしくなった。

「よし、後は背筋を正して目を閉じるんだ。いいな」

「はい」恭一は目を閉じた。

「ここまでは、座禅のやり方だ。この後、瞑想に入る」

「瞑想?」

「そうだ。瞑想をすることによって、理性が高まり、感情抑えることが出来る。だから、色情も抑えることが出来るのだ。本来のお前のいい部分が引き出されるということだ」

「引き出される。十分引き出してるとは思いますけど」

「いいから、やってみろ」

 泰三も目を閉じた。「あ、一つ言い忘れてた。瞑想に入るコツを教えてやろう。コツは何も考えないことだ」

「何も考えないって、どうやってするんだよ」

「無になるんだ。いいな」

「いいなって」

 恭一は独り言のように言った。それを泰三は聞かないふりをして、静かに目を閉じた。


 五分くらい経つと、恭一は何度も目を開けた。相変わらず目を閉じる泰三、恭一は全然楽しくもないし、雑念が入ってくることに飽きていた。

 これが一時間半も経ってようやく泰三が目を開けて、話すものだから、恭一は気疲れして思わず畳の上で寝そべっていた。

「おい、何やってる。ここは仏様が祭られてる場所なんだぞ」

「だって、初日からこんな瞑想なんて難しいですもん」

「まあ、瞑想は上級者だったな。明日からは経本を唱えることで、理性を高めるからな」

「明日って……」

 恭一は静かだった部屋に外から物音が聞こえた。洗濯物取り入れる音だった。その洗濯を取り入れていたのは葵であり、彼女は泰三と恭一のやり取りを聞いて、肩をすぼめて笑っていた。

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