第8話 寺修行
二人は学校を出てしばらく歩いていたのだが、恭一は気持ちが落ち着いて楽観的になっていた。
「連れて行くって、お前の家にか?」
葵と恭一は肩を並べて歩いていた。辺りには遠くに帰宅している高校生か二、三人歩いている。
「そうよ。修行してもらうから」葵は真っすぐ前を見ていった。
「修行? 何の修行? オレと葵ちゃんがアレをするための修行かい?」恭一は葵の胸を一瞥して、彼女の顔を見た。
……何でも言ってろ。このスケベ高校生。
葵は無視して無理に右の口角を上げた。
十分ほど歩くと、葵の家の榮安寺に着く前に、長閑な畑が連なっている場所から左に曲がると、大森林が連なっている場所の中に、鳥居をくぐり、百段ある階段がある。もちろん途中、休憩の踊り場が四回設けられている。
小学生の時に恭一は葵の家庭が、母親が病気で亡くなり、父親が寺の住職だということは知っていた。恭一の家から学校に行く場所は先程の通学路ではないし、階段も初めて見る光景だった。
葵は何食わぬ顔で上ろうとするのだが、恭一は言った。「おい、これを上るのかよ。結構あるぞ」
「そうよ。ウチの寺、榮安寺はこの階段と一緒に造られたのよ。この階段を上ることにより感情を無にして、お寺を訪問するという言い伝えがあるの。それを更に気を静める為に、周りには木々に覆われて、日陰を作ったらしいわよ」
「しかし、この階段はキツイぞ」恭一は葵の尻を見ては、呟いた。
「あたしは毎日この階段を上ってるんだから、慣れていくわよ。それと、そう言っておきながら、あたしが上っているときに、下から見上げてパンツを見ようと考えてるのもバレバレだけどね」
「いや、オレはただスゲー階段だなって」見破られて、恭一は咄嗟に言い訳を考えた。薄み笑いを隠そうとするが、隠しきれずに手で口元を覆い隠していた。
「とにかく、あんたから上がって」
言われて、恭一は頭を掻きながら、足を階段の一歩目を掛けた。結構段差が大きいなと感じながら、次々と進む。五段目から早く辿り着こうと二段上りをしていき、先に上っていた葵を追い越すのだが、いかんせん段差が大きく、二十段上るときには多少の息を切らしていた。
「結構、段差が大きいでしょ。そのやり方は止めといたほうがいいわよ。ウチの妹もそのやり方をしようとしたけど、一段の方が楽だし、そっちの方に変えたから」
そう葵が階段を上っていて言うのだが、恭一はそれを無視するようにまた二段上りを繰り返そうするのだが、ものの三段目で、足が上手く上がらなくて、前からこけてしまい、両手で支えた。
「ほら、言わんこっちゃない」葵は後ろで笑っている。恭一は後ろを振り返ったが、葵はゆっくり階段を上っている。
恭一はようやく階段を一段ずつ上ってみた。確かにこちらの方が無駄に体力を使わずに、寧ろ無意識に外気が肌に感じていく。木の匂い、揺れる木々からほのかに日差しが照らされることや、五月の暑い春を遮るかのように、涼しい風が汗ばんできている恭一を心地よくさせてくれた。
恭一は暫く、自然を感じながら上り詰めていたのだが、六十段くらいになると、額から汗が滲み出て、膝に手を当てて息を切らしていた。
「どうしたの? 後二十段あるわよ」
いつしか、葵は恭一と同じ位置に立ち、追いついていた。彼女は清々しい表情を見せている。
「うるせえ」恭一は葵の顔を見られずに叫んだ。
「日頃の運動不足が仇となったわね。本当にきつかったら、手すりでも持って上がったら?」
葵は階段の上り下りを分けるように真ん中にある銀色の手すりを指差した。恭一は顔を上げると、葵は半分バカにしたように、笑っていた。
……くそっ!
恭一は手すりを右手で持った。スチール製の手すりは思った以上に耐熱していた。
「じゃあ、あたしは先に行くね」
「ああ」
恭一は疲れている様子を見せて、葵のパンツが見られると期待していた。しかし、彼女は膝よりも丈が低いスカートの後ろを恭一に見せまいと、左手で覆い隠して、上っていった。
「畜生!」
と、恭一は葵に聞こえるように叫んだ。葵は笑っているようで、肩が小刻みに揺れていた。
ようやく、階段を上った恭一はまた両手で膝部分を持って、前かがみで肩で息をしていた。
「……もういいだろ。オレは帰るよ」
「何言ってんの。これから、あなたの住職さんに挨拶をしないといけないわよ」そう言って、葵は喜んでいる。「ちょっと、呼んでくるから待ってて……」
葵は引き戸のドアを開けて中に入った。「ただいまー」と声が恭一の耳にも聞こえた。
恭一は元の体勢に戻って、辺りを見渡した。キレイに手入れされた庭があり、そして、家がある。本当にここは寺なのか。そう感じさせられるくらい生活感が溢れかえっていた。
庭には洗濯物が干されている。誰かが朝から干されたものであろう。男性の下着もあれば女性の下着もある。葵の下着だろうと思うと、恭一は内心心臓が早鐘を打っていた。
しかし、この永尾町では人口減少しているので、暮らすための新築の一軒家が安価で売られている。土地も無論安く、ここで農業をする人たちも多い。
すると、葵が入っていった引き戸が再度横に滑らせて、彼女と頭が丸坊主の筋肉質でいかにもケンカが強そうな初老の男――泰三がやって来た。
「お父さん、この人が昨日言ってた、鳴尾君よ」
泰三は袈裟の両袖に手を入れたまま、まるで不良がメンチを切るように恭一に近づいた。
「お前が、各々の女子生徒たちをイジメてる奴か……」
「いやあ、別にイジメてるというか、楽しくしてるだけで……」
「ちょっと来い!」泰三は庭を歩き出して、草履を脱いで、縁側に上がった。
「え……」呆気にとられる恭一。
「いいから来い!」泰三は恭一の顔を見ながら叫んだ。
渋々恭一も歩いていく。まだ太もも部分に先程階段を上がった筋肉痛が残っている。
恭一は靴を脱いで、縁側に上がると、そこには本堂であり、真ん中に阿弥陀如来の銅像、室町時代の僧侶の御影、奥には金の屏風があった。地面には使い古された畳なのに、掃除が行き届いていて、靴下を履いていて、溝を歩くと思わず滑ってしまいそうになるほどだった。
天井には灯篭が三つある。無駄に明るくなく、前が見えないほど暗くはない。適度な輝きを保っていてそれがどこか神秘的に感じさせられる。
恭一は本格的な本堂を見て、思わず「帰ります」と、手を上げて部屋を後にしようとした。
「おい、どこへ行く。いいから座れ!」
泰三は感情的になっていた。恭一は泰三の顔を見て思わずため息を心の中で漏らした。何故なら、この人物を怒らせると厄介になりそうな性格だと感じたからだ。
葵は二人のやり取りを見て、何だか一雨ありそうだとその場を離れた。
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