第7話 忘却の果て 7

 葵は放課後まで恭一と距離を取っていたのだが、授業中でも思いに更けていて、少し言い過ぎたかなと反省し始めていた。

 でも、もしかしたら、この出来事によって恭一が反省して、心改めて痴情に走ることが無くなれば、音楽にもう少し熱中するのではないのかと思っていた。

 恭一のドラムの演奏は音楽初心者の葵でも大層上手かった。彼と出会った小学生の時から恭一はドラムに打ち込んでいたので、葵はその真剣さが好きだった。その好きの形も恋と呼ぶには小学生後半になるのだが。

 実際に彼は小学生の時ドラマーコンサートの地区予選に出場して、見事突破したのだ。全国大会では負けてしまったのだが、表彰状をもらったらしく、彼曰く今は自分の部屋の壁に貼ってあるらしい。

 小学生の時には、「オレはプロのドラマーになりたい」と言っていたし、実際にお金持ちということもあって、色んなドラムの先生に教えてもらっていたようだ。

 それに、多恵がドラマーになって欲しい気持ちもあった。彼女も別に音楽に興味があるわけではないのだが、恭一がドラムに興味を持ち始めていた時から、世界一を目指したかった。

 だが、所詮は子供だ。中学生に上がっていくと恭一は徐々にドラムの練習量が減り、サボることを覚えていく。

 それから、今では趣味止まりなのだが、葵はドラムに打ち込んでいる恭一はキラキラ輝いていたので、その時に戻って欲しいと願っていた。

 葵は放課後に軽音部が借りている四階の音楽室をのぞいてみた。恭一がドラムを叩いているかを見に来たのだ。

 しかし、そこには恭一はおろか、お連れの二人もいなかった。軽音部は基本一年生が大半を占めている。三年生は軽音部を辞めたわけではないが、この音楽室で演奏するのは限界を感じて、近くの音楽スタジオを借りたりするのだ。

 無論、一回でそれなりのお金が掛かるので、バイト禁止の永尾高校で、隠れてバイトをしている生徒もちらほらいる。

 葵は、クラスメートで二年生の軽音部の男子生徒に聞いた。

「あれ、鳴尾たちは?」

「鳴尾君なら、来てないよ」男子生徒はアコースティックギターを抱えて椅子に座っていた。

「来てない?」

 葵は不審に思った。いつもなら彼らは放課後に占拠して音楽室をスタジオのように使い、下級生たちを困らせていた。その為、退部する生徒たちも後を絶たない。

「まあ、来ない方がオレたちは助かるけどね」

 そう、男子生徒は別の学生たちと話をしていた。まあ、そうだよな。葵は恭一たち――特に恭一が男子でも女子でも嫌われているのは存じていた。

 葵は音楽室を出ると、隣の何も使われていない部屋から声が聞こえてくる。女性の声だ。

 何だか嫌な予感がした。その声は喘ぎ声みたいだったからだ。

 何人かがドアの前で興味津々で立っている。下級生の男子生徒たちの方が食い入るように中を開けようとしている。

「ちょっと、どいて」

 葵は下級生の男子たちを横に押しやり、ドアを開けた。

 すると、そこには十インチのタブレットPCを手に持ち知章、恭一、拓也の三人がアダルトビデオの動画を観ている。女性の喘ぎ声が聞こえてくるたびに「おお」と、感嘆の声が聞こえてくる。

 葵は完全に怒りに満ちていて、座っている恭一に対して、持っていた学校のカバンを叩きつけた。

「いたっ、何すんだよ」恭一はようやく一年生たちがドアの前に固まっているのに気付いて、葵を見上げた。

「あんたって、ホントに最低ね。ちっとも反省してない」そう言って、葵は恭一の腕を引っ張った。

「反省って何だよ。おい」

 葵は奮闘した怒りが力に任せて、恭一を連れてそのまま教室を出た。知章と拓也の二人はそのやり取りを見て、せせら笑っていた。


 二人は三階まで降りて、「いい加減離せよ」と、恭一が無理矢理腕を解いた。

 葵は息を切らしている。完全に感情的になっていて、顔が真っ赤になっていた。

「何イラついてるんだよ!」

「もう。……あたしのお父さんがあんたを連れて来いって言われたから、連れて行きます」

 葵は焦燥感でいっぱいだった。確かに恭一は今回の騒動に対して悪いことはしていない。誰に対して危害を加えていないだろうし、葵をバカになんていない、しかし、葵は恭一への気持ちを焦燥感で落とさないと自分のバランスを取れなかった。

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