第6話 忘却の果て 6
翌日のお昼休みに恭一と知章と拓也の軽音部のバンド三人は屋上で昼食を取っていた。
三人で集まると大体話はバンドの話と、ユーチューバーの話、クラスの女子の話で盛り上がる。
「そう言えばさ、深田って顔は残念だけど、身体はいいよな」
拓也が何気なく話をしだすと、ペットボトルに入っているお茶を飲んでいた知章は思わず吹き出した。
「うわー、汚ねえな」拓也はその光景を見て眉をしかめる。
「だって、お前が笑かすからだろ」知章は右の甲で口を拭いた。「間違いじゃないだろうけど、深田って柔道部の奴だろう」
「ああ、そうだぜ」
「あんなデブでブサイクな奴のどこがいいんだよ。拓也は頭いかれてるぜ」
深田という人物は三人と一緒で高校二年生の女子だ。勉強はそれなりなのだが、子供の頃から柔道をやっていて、身体が大きく周りの女子からリーダー的存在であった。
本人はそれほど喋る生徒ではないのだが、男性顔負けの巨体に自然と存在感があり、女子生徒から更に頼りにされている。深田も最近はそれに天狗になっているところはある。
「そうかな……。恭一はどう思う?」
拓也に聞かれて、恭一は即答で言った。「深田もいいね。確かに身体がデカいけど、逆にあの締まった身体をいろいろ触ってみたいね。ほら、ケツとか」
そう恭一は空を見上げながら、両手で深田の尻をイメージしながら、揉む動作をする。
「まあ、恭ちゃんは女子だったら誰でもOKだからな」知章は嫌見たらそうに言う。
「オレも変わってるのかもしれないけど、恭一が一番だぜ」と、拓也。
「ホント、ある意味幸せな野郎だぜ」
二人に言われて、恭一は頭を掻いて笑った。
その時に「鳴尾!」と、声を掛けられて、恭一は後ろを振り返る。
「あ、乳だけ異様にデカい荻野」と、知章は声を掛けた葵の張りのある胸を指差した。
葵は恥ずかしそうに両腕で胸を隠した。「そんなこと言うと、あんたも先生に言い付けるからね」
恭一は立ち上がった。「そうだよ。オレは葵ちゃんと小学生の時から一緒におっぱいも育ってきたオレの物だよ」
と、いつしか恭一は葵の背後に回り、彼女の胸を両手で鷲掴みしようとしたが、彼女は咄嗟に左手で胸を隠し、右手で恭一の左頬にビンタをした。
「いい加減にして! あんたとはただの進学校が一緒だけだったんだから。特に関係ないんだから」
そう言い残して、後ろを振り返って去ろうとした葵は「先生から職員室に来いって言ってたから、さっさと行って来たら」と、屋上を後にした。
恭一は真顔になって、左頬を抑えた。確かにビンタは、それなりに痛みはある。しかし、葵が悲しい顔を見せたのは恭一にとって初めてだった。
恭一が葵の言われた通り、職員室に入ると、そこに戸田が自分の机で別の先生と談笑していた。
しかし、恭一の姿を見ると、一気に様子が変わり笑顔が消えた。
「先生、話ってなんっすか?」恭一は半分不貞腐れた態度で自分の髪を触っていた。
「いや、君は最近女子生徒たちにちょっかいを掛けてるらしいじゃないか」
「それが?」
「あんまり、好ましく思ってない生徒もいるんだ。止めてもらえないか?」
恭一は戸田の表情を読み取った。彼は完全に引きつっている様子だった。それもそのはず、恭一が一年の時に、担任の男性の先生がいたのだが、その先生は結構熱血的な人物で、恭一の態度にも細かく注意をしていたのだ。恭一はその先生が面倒くさくなって、母親の多恵にそのことを相談すると、多恵の圧力からなのか、その先生は今年の春に異動となった。
恭一はそれに味を占めていた。多恵には偉大な力があるとは恭一も元々知ってての相談だったのだが、まさかその三か月後に形に出るとは。
これにより、恭一は何をしても許されるのだと感じた。別に女子生徒たちの身体を触りたいだけではない。注目を集められることによってどこか寂しさを埋めたかった。
しばらく、沈黙の中、気の小さい戸田は瞬きの回数が多くなっている。恭一はようやく口を開いた。
「いいっすよ。しかし、気分的ですけど」
「あ、まあ、直す予定であるんならいいんじゃないかな。気分的でも」
そう言われて、恭一は心の中でしめしめと思っていた。この戸田は完全に自分の手中に納まっている。どうせ、自分を守るための発言だろう。
「もう、戻っていいっすか?」
「あ、ああ、いいよ。ゴメンな」
戸田が愛想笑いを見せて、恭一はそのまま職員室を出た。
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