第5話 忘却の果て 5
榮安寺から徒歩十五分ほど離れたところに、恭一の家がある。百坪ほどある土地の中で、庭があり、その奥に洋式の建物がある。その建物の中にプールがあり、その敷地の前に鉄の扉がある。通る人たち誰もがお金持ちが住んでいる家だろうと一目でわかる家だった。
二階建てで間取りも広い。トイレはもちろん一階、二階と二つあり、風呂も同様だ。榮安寺も大きいが、それ以上にいろんな部屋があり、しかも使われていないところもある。
しかし、家の中では薄暗く、ひっそりとしていて生活音が聞こえない。それもそのはず、今この家に住んでいるのは恭一、一人だけなのだから。
恭一は風呂から出た後、冷蔵庫から五百ミリリットルのペットボトルの水を取り、右手で飲み物を、左手で頭にのせていたバスタオルで髪を拭いていた。
自分の部屋に入る。一人部屋にしては十分すぎるほど広い。ここで大人三人寝ても可能なくらい、悠々な部屋だった。
恭一は端に置いてあるベッドに座って、ペットボトルの蓋を回して開けた。口へ運ぶと一気に飲み水が喉を伝う。恭一は三十分ほど湯船に浸かっていて水分を欲しかったのだ。
一気に飲み干すほどではなかったが、三分の二ほど飲み終えると、恭一はペットボトルを右手で握りながら膝の上に置いた。
恭一は学校で見せる笑顔はなく、そこにはただぼんやりと目の前の勉強机の引き出しに焦点を当てて思考を巡らせていた。
恭一の父親はⅠT企業に勤めている。しかし、恭一が小学生の時に両親は離婚した。親権は母親の方に引き取られた。
父親からの愛情はあまり感じられなかった。いつも仕事ばかりをしていたイメージでしかない。それに、離婚となった決め手は父親が不倫をしていたのだ。
母親は前にもいったようにアメリカでリポーターの仕事をしている。元々は日本で仕事をしていたのだが、彼女の夢だった海外で仕事をすることを叶えたのが一年前ほどになる。丁度恭一が高校に進学したころだった。
当時は恭一もアメリカで移住し入学をする話に出ていたのだが、恭一は拒んだ。恭一もアメリカで住むことにそれほど抵抗はなかった。しかし、淡々と独断で進んでいく母親に対して内心腹立たしかった。
「それじゃあ、高校卒業してから一緒に住みましょ」
そう言い残して、母親の多恵は家を出て行った。彼女は仕事好きで、いつも動き回っていて、この家にもほとんど暮らしていない。その為、恭一は両親共々愛情に飢えているところはあった。
しかし、母方の祖母静江はよく様子を見に来てくれている。足が悪く、今はタクシーを使いながら、この家で世話をしているのだ。
恭一にとっては鬱陶しい存在だった。別に頼んでもいないのに、お節介をする祖母が嫌で、来るたびに「次はもう来なくていいよ」と言っているのだが、一週間後にまたお邪魔をしてくるのだ。
恭一はもう一度、ペットボトルに入っていた水を飲み干した。この家も物ももらえる小遣いも全て多恵からの物である。
本当は多恵と一緒にいたい気持ちはある。しかし、彼女は先日、アメリカの方で男性と真剣交際をしているということを電話で告げられた。
相手の人は多恵と一緒にアメリカに旅立った、元プロデューサーの柏野という六十になる男だ。
柏野は幾度も結婚離婚を繰り返している男だ。恭一は会ったことはないが、いかにもカリスマ性と財力がある人物だと想像する。
そうなると、自分の居場所がどこに行けばいいのかは分からなくなっていく。
恭一はベッドに仰向けになって倒れこんだ。目を閉じて瞼に浮かんだのは荻野葵の顔だった。
……フン、まさかな。
そう自嘲しながら、いつしか恭一は眠りについた。
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