もしかして、今……履いてない!?

宙色紅葉(そらいろもみじ) 週2投稿

もしかして、今……履いてない!?

 彼が風呂に入っている間、私はリビングで雑誌を読んでいた。

 同棲のために借りた部屋は家賃が控えめである代わりに少し狭い。

 そのため、リビングと脱衣所の距離が近く、少し大きな声を出せばリビングに居ながらにして風呂に入っている彼と会話をすることが可能だった。

「ねえ、ちょっといい?」

 脱衣所の方から彼の声が聞こえる。

 タオルでも持って行き忘れてしまったのだろうか?

 私は首を傾げながら脱衣所の前までポテポテと歩いて行き、

「どうしたの?」

 と、声をかけた。

 少しするとカラカラと引き戸が空き、中から彼が少しだけ体を覗かせた。

 彼は少し着古した白いTシャツを一枚だけ身に着けており、ヨれた裾は太ももの上部まで覆い隠している。

 また、髪から滴る湯をガードするために首にハンドタオルを引っ掛けていた。

 風呂上がりであるためか湯気をまとわせた全身はホコホコと茹っており、手や足の先、目元や頬の辺りが赤らんでいる。

 血色が良い肌は美しく健康的だ。

 すね毛が湯を含んでいるのすら愛おしい。

 拭ききれなかった湯でシャツが肌に張り付いており、肩や胸の一部を透かしているのが非常に可愛らしくてスケベだ。

 鎖骨や首筋に水が伝っているのにも胸が鳴らされて堪らない。

 ほこほこと温かそうであり柔らかそうでもある。

 今すぐ抱き着きたくて仕方がない。

『しかもTシャツ一枚にパンイチ!! はぁ~、ありがたい! エッチだなぁ。かわいすぎる。スマホ持ってくればよかった。連写したいなぁ』

 体毛の生えた白くて健康な生足に目をやり、ホウッとため息を吐く。

 トランクス一枚だけを履いてベッドに寝転がり、惜しげもなく生足を晒してくつろぐ姿。

 最高である。

 彼のガタイの良い素敵なお体。

 ベッドに寝転がって油断する、あどけない可愛らしさ。

 綺麗な生足。

 そしてベッドに張られた白いシーツ。

 これらが組み合わさることで、とんでもないスケベが生み出される。

 スマートフォンの容量が彼のお写真でパンパンになること間違いなしだ。

『でも、今日はそんなに暑くないのにパンイチか。珍しいな』

 ガサツな私と比べ、彼は丁寧に行動する。

 そのため、真夏の下着すら身に着けていたくないような猛暑以外は基本的にズボンを履いているのだ。

 一人暮らし中には半裸で過ごすことも少なくなかった私にとって、驚愕の事実である。

 だが、暑くないの? と、遠回しにTシャツパンイチを薦めても、

「暑いには暑いけど、ズボンに慣れちゃってるから履かない方が変な感じがして、ちょっと苦手なんだ」

 と、困ったように笑うばかりだった。

 パンイチが遠のく。

 私としては少し悔しかった。

 だが、お預け食らってる分、たまにTシャツパンイチをしてもらえると脳内がお祭り騒ぎになって楽しいし、焦らされるのも嫌いじゃない。

 だから、まあいいかな、と思っている。

 ちなみに、個人的には彼のムチムチ柔らか真っ白胸筋な雄っぱいが最高に大好きなので真の意味でもパンイチもイイと思う。

 いや、煩悩をさらけ出せば、喉から手が出るほど彼のパンイチ姿を見たいと願ってしまう。

 だが、ここであえてTシャツを着ていただくことにも意義がある。

 何せ私は雄っぱいが大好きなのだ。

 雄っぱいを出されてしまったら雄っぱいにしか目がいかなくなってしまう。

 それに、肌色な面積も増えてしまう。

 雄っぱいが隠されているからこそ、さらけ出されている生足に注目が行くようになるのであり、スケベさや肌の白さが際立つようになるのだ。

 すね毛をモシャモシャと弄りたくなるのだ。

 第一、布を押し上げるパツパツ雄っぱいというものも非常にイイものだ。

 隠され、想像力を働かせねばならない状況になっているからこそ、彼の雄っぱいは柔らかで温かなロマンを持つようになる。

 堪らない。

 さらに言えば、Tシャツを身に着ける利点はもう一つある。

 それは、下半身身の衣服がパンツ一枚という状況を受けて何となくの違和感と恥ずかしさを覚えた彼が、裾を引っ張ったりモジモジと体を揺らしたりして私を焦らしてくれることだ。

 こちらは生まれ落ちた瞬間から変態なのだ。

 真っ赤に頬を染め、体をドアの後ろに隠したりしながら照れているのが最高に尊い。

 しかも、かわいい! かわいい! と褒めていると満更でもなさそうに笑って、

「そんなことは無いと思うけどな。でも、今日は暑いしこのままでいようかな」

 と言ってくれるのが堪らない。

 彼を肴にいくらでも酒が飲める。

 ちょっと冷蔵庫まで行って、冷えた缶チューハイでも持ってこようかな。

 まあ、その前に固まっている彼を脱衣所から引っ張り出す方が先なのだが。

「どうしたの? 隠れてないで出ておいで。そしてスーパーかわいいドスケベエッチなTシャツパンイチ姿を拝ませ……一緒にお酒を飲もう。私、おつまみ作るよ」

 あまりにも彼がドスケベだから欲望が半分以上ポロりしそうになったな。

 ポロリするのは彼の股間だけでいいのに。

 最初からギアを上げて迫ると彼が恥ずかしがって引いてしまうので、最初は控えめにする必要がある。

 私は両手を広げて「おいでおいで~」と、声をかけてみた。

 しかし、彼は死んだふりをする小動物のように固まってドアから出てこない。

 引いた時はピャッと脱衣所の奥に逃げ込んでサッサとズボンを履いてしまうから、私の発言で羞恥を爆発させたわけではないと思うのだが。

 首を傾げていると、彼が真っ赤な顔でモゴモゴと口を動かした。

「あ、あのさ、寝室からズボンと下着を持ってきてくれない? 俺、洗濯物を畳んだ後に仕舞い忘れちゃってさ」

 インパクトある彼の発言に、私は一瞬、頭の中が真っ白になった。

 そのまま、マジマジと彼を観察する。

 風呂上りが故かと思っていた彼の真っ赤な頬だが、そこには確かに羞恥が反映されている。

 薄っすら全身が汗ばんでいるようだし、Tシャツを引っ張る手にはいつもよりもシッカリと力が込められていた。

『こ、これは、もしかしなくても、履いてない!?!?』

 なんということだ。

 いくら何でもご褒美が過ぎる。

 最高だ。

 まさか、Tシャツ一枚だけを見につけてモジモジ、モゾモゾしている彼を見られるだなんて……

 生きていてよかった。

 今日まで仕事を頑張っていてよかった。

『あっ、あっ、あっ、ありがたい。このままズシャっと這いつくばって覗き込んだり、下から団扇で仰いでチラチラチラ……バーン!! とさせたい!!』

 とにかく、今日一日だけでもいいから夢を見せて欲しい。

 Tシャツ一枚という彼のダイナミックな動きを制限されたモジモジライフを拝みたいし、油断した瞬間に転げ出たお尻をガン見したい。

 スケベな彼を拝むためなら、私はキモい虫にだって成り下がる。

 私には覚悟がある。

「無いよ」

 パンツなんかこの世に存在しない。

 真剣な表情で言い放つと彼が目を丸くして、

「え?」

 と首を傾げた。

「だから、パンツとズボンがないって言ったのよ」

 常識のごとく説いてみたが、流石に通用しない。

 だが、それでもいい。

 問題はパンツの存在を誤魔化せるかじゃない。

「いや、そんなわけないよね。だって俺、ちゃんとベッドの上に洗濯物置いたもん。ほら!」

 慌てて身を乗り出した彼が少しだけ脱衣所から出てくる。

 今だ。

 勝利のために己を捨てた戦士のごとく、私は一切の受け身を取らないまま床に体を放り、ローアングルから彼を眺めた。

 これで天国が見られる、はず!!

『……』

 思ったより彼のガードが固くて何も見えない。

 モジモジ太ももしか見えない。

 だが、これもイイ。

 この焦らし感。

 痛む肩と肘と横腹に見合わぬ対価。

 むしろイイ。

 彼はよく分かっている。

 最高だ。

「へへ……かわいい、かわいい。大変エッチ……」

 彼の真下でニヨニヨと瞳を歪め、垂れた唾液を拭いていると、床に這いつくばった気色の悪い生命体に気が付いた彼が目を丸くして飛び上がった。

 あ、ちょっとだけお尻が見える。

 ご褒美ですか?

 バカなことを考えている内に、彼がピャッと脱衣所の奥へ引っ込んでしまった。

「何やってんの! それよりも早くパンツ取って来てよ! ベッドの上にあるでしょ!」

 キッチリと閉められたドア越しに叱られ、私は少し前まで自分が寝ころんでいたベッドに目を向けた。

 確かに少し形の崩れた洗濯物が二つ並んでいる。

 だが、こんなもの、私の前には無いも同然だ。

 私はベッドまで行き、下着を持ったふりをして手ぶらのまま彼の元へと戻ってきた。

 それから二度ほどノックをする。

「ねえ、持って来たよ。だから入れて」

「……下着だけ中に入れればいいんだから、君が入って来る必要はないよね。本当は持ってきてないんでしょ」

 疑り深い彼の声が聞こえる。

 軽く脱衣所のドアを引っ張ってもビクともしない。

 完全に警戒されたようだ。

 チッ! 逸ったか!

 ここは大人しく、ちょっとだけドアを開けて、と言っておけばよかった。

『賢い彼には高い学習能力がある。同じ手は二度も通用しないってことか』

 ここは真っ向勝負の方が良さそうだ。

「そうよ。私は何も持ってない。貴方のTシャツ一枚という姿に夢を見、下から覗くチラリズムにロマンを燃やす私がパンツを持って来る訳が無いでしょう! ねえ、お願い。ここを開けて、私は何としてでも貴方の恥部を見たいのよ! 白い布がチラチラしている恥部を!!」

 声に魂を乗せ、懇願する。

 多少勢いは盛ったが、これは私の真なる願いに他ならない。

 嘘偽りの無い純なる願いだ。

 欲に塗れた美しい煩悩だ。

「この変態! 駄目に決まってるでしょ!!」

 そりゃそうだよな。

 しかし、私はここで引き下がらない程度の根性を持っている。

「一緒にお風呂に入った時は隠しもしなかったくせに、どうしてシチュエーション萌えは許してくれないのよ!」

「そういう君こそ、今日は一緒に入らないって言ったくせに、どうしてここぞとばかりに俺の股間を見ようとしてくるんだよ! 一緒に入って見ればよかっただろ!」

 ガウッと吠える彼だが、少し論点が異なって見えるというか、別角度での怒りを持っているように見えるのは私だけだろうか。

「もしかして、ちょっと拗ねてる?」

「拗ねてないし気にしてない!」

 声が明らかに拗ねた響きを持っている。

 赤い顔をフン! と背けている姿が容易に想像できた。

 拗ねてるし気にしてるのか。

 かわいい、かわいいな。

「最近、全然一緒に入らなくなったよね。まあ、別に、気にしてないけど?」

 声が刺々しい。

 絶対に気にしている。

 かわいい。

「一緒に入りたかったの?」

「いや、別に、そこまでじゃないけど、ただ、俺がお風呂に誘うと断るのはどうしてなんだろうなっては思うけど」

 彼と風呂に入りたくない理由。

 まあ、それは私がカラスの行水族だからだな。

「貴方ってお風呂長いじゃん? 湯船につかるタイプだし。私は体さえ洗えば湯船につかるのは五分未満。基本はシャワーでいいかなって感じだから、貴方と入ると入浴時間が二倍以上になっちゃうのよ。それがちょっと、ね?」

 彼の御身体を眺めるのは大好きなのだが、フィールドが良くない。

 湯に浸かってジッとしているのがなんだか嫌で浴槽から出たくなるのだが、彼は一緒にお湯に浸かりたがるしシャワーを終えるまでは浴室内にいて欲しがる。

 のぼせにくい方なので長時間の風呂は可能なのだが、ぶっちゃけ面倒くさい。

 あんまり彼氏相手に面倒という言葉を使いたくないが、面倒くさいものは面倒くさいのだ。

 だが、いくら説明をしても彼は不満そうで、妙に雲行きが怪しい。

「お風呂には一緒に入りたくないのに、股間だけは見たいんだ。ふーん、まあ、君は昔から色欲が強いもんね」

 ええ、その通り。

 私は色欲が強い変態です。

 そこに異論はないんだけど、今日は素直に認めても笑ってくれなさそうだ。

「パンツ持って来て」

 あっ、はい。

 私は大人しくトランクスを持って彼の元へと向かった。

 ドアをノックすると中からスッと手が伸びてきてトランクスを鷲掴み、引っ込んでいく。

 数分もしない内にTシャツパンイチの彼が脱衣所から出てきた。

 拝み倒したい。

 だが、今拝み倒したら怒られる。

 私は心の中で祈りを捧げた。

 そうして謎の信仰心をぶち上げながら見守っていると、彼がベッドの上に乗り、ポテンと寝転がって毛布に入り込んだ。

 ふて寝か、あるいは……

『神様! これはどっちですか!?』

 ロクに神など信じていないのに思わず神に問いかける羽目になったのは、彼がトランクスのお尻だけを丸出しにしてコチラへ向けていたからだ。

 触りたい!

 だが、お誘いではなくうっかり出していた場合、スケベしたら怒られる。

 究極の二択だ。

『……ちょ~っとだけ触ってみよう。それで様子を見よう』

 熟考の末、内なる煩悩に負けた私はお触りを決行することにした。

 スススと寄って、そっと柔らかさをワンタッチ。

 すると、毛布の塊がグルリと一回転して彼の身体がこちらを向き、ガバッと自ら布をこじ開けた。

 入っていいらしい。

 彼は気が付いているのだろうか、白いTシャツが捲り上がって腹チラしていることを。

「あっ、ふひっ、あっ、あっ」

 感動で声が出ない。

 しかし、彼は不満そうに眉根を寄せて「はよ来い!」と言わんばかりだ。

 勿論、今すぐ行きます。

『ふへぇっ! かわいいなぁ』

 不満そうな彼が無言で私に引っ付き、モチモチと触ってくるのがかわいい。

 当初の願望とは少し違った服装にイチャつき方だ。

 私は積極的に彼にスケベするのが好きである。

 だが、大好きな格好をした彼が甘えてくるのもイイなと思う。

 あと、当然ながら触られた以上に触り返しておいた。

 彼の体温で毛布の中がすぐに温かくなる。

 幸せだ。

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