第2話 太陽のように君は——

 俺達は最悪な時代に生まれてしまった。この世界には「神」がいた。その神は文字通り「最悪」だった。魔神と呼ばれている、その神は「魔族」を生み出して現在進行形で世界を破壊している。国には、いや——世界中に魔族が溢れてしまっている。そんな、いつ滅んでもおかしくない世界で、俺達は必死で生にしがみついていた。必死で生きて、必死に働いて、必死に一食を求めて、生きて生きて生きて生きて生きて生きて——……。


 豚や牛は魔獣に喰い殺された。田畑は魔族にメチャクチャにされた。人は魔族に集中して狙われた。五人が外を出歩けば、三人は帰っては来れない現実。運良く外から帰ってきても、内は皆が飢えているのだ。そんな絶望しかない世界を、俺達は生きている。だから、何も無い俺達が「持っている者」から「奪う」ことは、当然の帰結だと思えるんだ。言い訳に聞こえるかも知れないが、仕方なかったんだよ。


 最初は恨みから動いた。俺達が飢えながらも必死で生きているのに対し、上流の連中は裕福そうに腹を揺らして笑う、汚ねえ豚ばっかりだったんだ。 だから、妬ましくて、嫉ましくて。何度も殺してやりたいと思ったよ。アイツらが死ねば、飢えて死んでいった連中が何人生き残れたか。それで……俺はキレて、この国の天辺に行ったんだ。この国を支配している奴が悪いんだって、そいつの首を俺の首に挿げ替えれば皆んな飢えなくなるって——その時は本気で信じてた。それで——


「————」

「誰……?」


 そこには、天女が居たんだ。サラサラの火の色の髪に、同じ色をしたキラキラな瞳。すげえ可愛くて、超キレイで……俺は一目惚れだった。狐耳とモフモフの尾を生やした超可愛いそいつは、城の外壁をよじ登って来た俺とバッタリ出くわして、思いっきり目が合った。間違いなく、こいつは皇族だ。俺が狙ってた連中の一人だ。もしかしたら、ここでコイツを人質にすれば……なんて、その時の俺には考え付かなかった。頭が真っ白だったからな……。だから「誰?」っていう問いに答えちまった。


「ば、バウローガ……」

「バウローガ……は、壁に張り付いて、何してるの?」

「うぇ……と……スゥー……散歩かもな?」

「なんで疑問形なの?」


 こんな、誰にも言えなそうなこの時が、フィナンナとの最初の出会いだった。


 それから、たまに。本当にたまーーーに。壁をよじ登って、五階の窓際で本を読んでいるフィアンナに会いにいった。本当に偶にな。12時間に一回くらいだ。うん。

 

「それで、チュウスケの野郎がよ〜」

「いいな……お友達と楽しそうで」

「んー、楽しくねえよ」

「ウソ。楽しんでる顔だもん」

「いや別に、この話が面白いんじゃなくて……」

「……?」

「な、なんでもない」

「——? ふふっ……変なの」


 顔を真っ赤にしてそっぽを向く俺に、フィアンナはクスクスと笑った。

 

 正直に本当のことなんて言えるわけないだろ。お前と居るから楽しいって——そんな恥ずかしいこと、俺に言えるわけがない。「お前と居るから楽しいんだよ」って、本当のこと言ってみろ、アレだぞアレ。まるで——告白——みたいじゃねえか。できるわけないんだよ。ボロ雑巾みたいな汚らしい俺と、絹織りみたいな美しすぎるお前とじゃ、全く釣り合わない。身分不相応ってやつだ。今こうして話ができてるだけ、奇跡なんだ。だから俺は、この「奇跡」を噛み締めていたい。そう、願っていただけなのに。世界は、どこまでも俺達を苦しめる。


 それから数年後——未曾有の大飢饉が火の国を襲った。それで俺と同年代の連中は、ほとんど死んじまった。生き残ったのは、ガキから食糧を奪い取る汚い大人と、俺よりタッパ小さいガキばかり。俺は必死で生きた。俺より小さいガキ共を引き連れて、汚ねえ大人から食糧を奪い取った。奪って、奪って、血で汚れまくった生存競争から何度も他人を蹴落とした。飢饉が収束しても、俺は奪うことを止めなかった。

 

 気付けば齢は二十を越えていて、俺も汚い大人になってしまっていた。人から平気で奪う。そんな——どうしようもない野郎に、なってしまっていたんだ。その頃には、もうフィアンナとは合わなくなっていた。というか、大飢饉が始まってから合っていない。最後に会ったのは、かれこれ十数年前か。ま、今の俺はどうしようもない野郎だ。アイツとは正直、会いたくない。カッコ悪い、今の俺の姿を見せたくな——

 

「あなた達が盗賊ね! 覆面を取って正体を現しなさい!」


 名家の食糧庫に忍び込んだ俺達のもとに、聞き覚えのある可愛い声が届く。

 あまりの衝撃的な出来事に、俺は呆然と立ち尽くした。

 

「出てこないなら、無理やりよ?」


「ちょ——まっ!」


 俺の静止の声を聞かず……まあ、盗賊の声なんて聞かないか——なんて思いながら、俺達は宙を舞った。俺の視界から文字通り「掻き消えた」狐の女は、一瞬で俺達の服の襟を掴み、外に放り投げたのだ。一瞬の出来事で、俺達は混乱の渦に叩き込まれた。目を回していた俺は「ヤベエ!」と立ち上がり、急いで逃走を図った——が。


「逃さないわよ」

「ぐぅっ……!?」


 狐女——外に出て明るみになった、美しい大人に成長した「フィアンナ」は逃走を開始しようとしていた俺の背に足を乗せ、俺の身動きを封じた。

 

 な、なんつー怪力だよ! 俺が動けなくなるって、どんな馬鹿力だ!

 めっちゃ可愛いくて綺麗なのに——とんだ化け物に成長してるじゃねえか……!


「覆面で顔を隠しても無駄よ。こうやって剥いじゃえば——」

「ちょっ、まっ——!」 

「————」

 

 俺の覆面ガバッと奪い取ったフィアンナは、俺の顔を見て呆然と固まった。そして俺も、十数年ぶりに真正面から見たフィアンナに見惚れてしまう。 しばらく……ものの数分ほど、俺達は見つめ合ったまま、固まってしまっていた。そして——

 

「兄貴から離れろーーーーーっ!」


「えっ、あっ……」


 俺は仲間のチュウスケに助けられ(?)俺はその場から逃走してしまった。後ろ髪引かれながら、アジトに逃げ帰った俺は——最悪の再会にしばらく頭を抱えた……。


 それからというもの、俺達がやることなすことの邪魔をしに、フィアンナが現れるようになった。武器を持って無謀にも突撃した仲間達は、一方的に投げ飛ばされ、クルクルと目を回して使い物にならなくなる。俺はそいつらを庇いつつ、いやいや戦ったりもした。まあ、手も足も出ずに昏倒させられてしまっていたが。気絶すると、俺が起きるまでフィアンナは膝枕をしてくれたから、途中から、わざと気絶されに行っていた気がしないこともない。なんか、フィアンナもノリノリだった気がするしな。


 そんなこんなで、俺の奇妙な日常はしばらく続いた。

 

 俺は、そんな何とも言えない日常が、普遍的にずっと続くと思ってしまったんだ。 

 この世界は、そんな希望を持たせちゃくれないって、分かっていたはずなのに。

 それなのに、願わずにはいられなかったんだ。


 俺は——楽しかった。


 ずっと絶望していた。後悔もしていた。俺が突き飛ばして殺してきただろう連中を夢に見たりもしていた。そんなクソみたいな毎日の中でお前は——フィアンナは、太陽みたいに鮮烈に俺の中で輝いていたんだ。フィアンナは俺の特別だった。この腐った世界を滅ぼし捨ててでも失いたくないくらい「特別」だったんだよ。 

 

 だから——俺はお前を助ける。たとえ、この国を滅ぼしてでも——

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