火巫女の伝説
東 村長
第1話 盗賊と姫君
「バウさん、来ましたよ」
「分かってる。お前ら出るぞ、囲え!」
灰色の髪をした若い鼠男が、炭のような髪色と同色の目をした長身の青年に声を掛ける。その「バウ」と呼ばれた青年は鼠男と同じで、頭頂部と臀部に狼のような獣耳と尾が生えていた。 俗に「獣人」と呼ばれる彼らは、まるで獲物を狙いを定めたかのように眦を吊り上げ、視界の先にいる「荷馬車」の方へ馬を駆り、あっという間に荷馬を囲んで停止させた。
「ま、またお前らっ……!」
荷馬車を操縦していた御者の男は、急に馬車を取り囲んだ、ボロボロの衣服に身を包んだ——見窄らしい格好をしている獣人の集団を見回し、贅肉を顎に付けた肥太った顔を引き攣らせる。
「おっさん……乗せてる食糧、置いてってもらうぜ」
荷馬車を囲った獣人集団のリーダーである「バウ」は肥えた御者の前に立ち、堂々と宣う。バウが腰に差した湾刀の刃をチラつかせると、御者は怯えたようにたじろいだ。
「わ、渡せん……」
「ああ? じゃあ、乱暴しちゃうぜ?」
「う、ぅ……こっ、これは、宮に献上する一等品の食糧じゃ! お前達みたいな盗賊がおいそれと口にして良い物では断じてないわ!」
謎に勝ち誇ったような表情を浮かべる御者を、バウは怪訝に思った。
腹を探るように睨むバウに、御者は答え合わせかのようにパチンっと指を鳴らす。
すると、ガチャっと荷台の扉が開き、中から複数の武装した人間が出てきた。
なるほどね。変に余裕があるなとは思っていたが、護衛を雇ってたってわけか。この太ったおっさん。なんか見たことある気がするし、昔俺達に襲われたから、今回は俺達用の対策を用意して来たってことだな。ただの人族の男が三人。ふーん。剣術を教えられた武家の坊々って感じだな。 どうせ、巷を騒がせてる俺達の首級を上げて、宮からの評価を上げてやろうって魂胆だろ。とことん頭が弱えんだよなぁ、このクソ共は。
「死にてえのか? 俺が置いてけって言ってんのは食糧だ。お前らみたいな腐った人肉は求めてねえよ」
「調子に乗らないでもらおうか、腐った下衆が! 宮に仇なす害獣は・・・・・・俺達が駆除してやる」
リーダー格らしき黒長髪の男が、抜刀した刀の切っ先をバウに向ける。それに対し、バウも腰に差していた湾刀を抜刀。辺りは一触即発の張り詰めた雰囲気に包まれた。誰かが針を刺せば、一瞬で破裂するほどの……空気。それを破ったのは——
「こらああああああああああああああああああああっ!」
「げえっ!」
「もう来やがった!」
「フィアンナだあああああ! 退避いいいいいいいっ⁉︎」
芯の通った品のある声を上げて、こちらへ馬を走らせてくるのは「火の国」の姫君、つまり——この国の皇女だった⁉︎
「またテメエかァアアアアア! 何度も何度も俺たちの邪魔しやがってっ! 今日こそ覚悟しやがれ、フィアンナァアアアアアアアアアアアアアアア!」
緊迫とした雰囲気が急にギャグみたいな混沌とした状況に様変わりしてしまい、御者と武家の男達は呆気に取られて棒立ちとなる。
「な、何が起きてるの……?」
「ふえ? あ、え……? 姫様……?」
状況が理解できてなさそうな武家男と御者との会話。そんなどうでもいい二人は無視し、バウは馬で駆けてくるフィアンナに向かって走り出し、湾刀を逆手に構えた。
「バカローーーーーーガーーーーーっ! 今日という今日は許さないわよーっ!」
そのフィアンナの言葉に、ガガガと地面を削って急停止したのはバウローガ。
「だっ、誰がバカローガだ! 俺はバウローガだ! 能無し! マヌケ! アホンダラ! 人の名前も覚えられないアホ姫があああああ!」
そのバウローガの言葉に、走っていた馬から飛び降りたのはフィアンナ。
「はあ!? だ、誰がアホ姫ですって! 私はバカじゃないわよ! 何度言っても、私の言うことを聞かないアンタ達がバカなんでしょっ!」
「誰がバカ姫の言うことなんか聞くんだよ! 馬〜鹿! テメエは「狐」じゃねえ! 馬と鹿のハーフ獣人だっ!」
馬を降りていたフィアンナと、いつの間にか湾刀を放り捨てたバウローガは、お互いに近距離から唾を飛ばし合う。
さっきの一触即発の雰囲気が嘘みたいな、おバカ空間。
この二人を知らない人が見れば、夫婦喧嘩か? と勘違いしそうなほど、二人の近すぎる距離感に周りは置いてけぼりになる。
「ぜえ、ぜえ、ぜえ……フィアンナぁ……!」
「はあ、はあ、はあ……何よ、バカローガ……」
息を切らしながら謎に見つめ合っていた二人は、周りの、二人はどういう……? という視線を感じてハッとした。二人は意味深にも顔を真っ赤にし、ババッと距離を取る。
「やっぱりバウさん、フィアンナのことを……」
「わかりやすっ」
「フィアンナの方も満更でもないよな……どこで知り合ったんだ?」
意味不明なことをコソコソと話し合うバウローガの子分達。
その子分達の話が耳に入り、フィアンナは頬を染めて後ろを向いた。
「な、なんで、そっぽ向いてんだ! 参ったと言え!」
「はあ!? な、なんで私が負けたことになるのよ⁉︎」
謎にじっと見つめ合う二人……先に根を上げたのは、フィナンナだった。
「〜〜〜〜〜〜〜っ!」
カアっと顔を赤くしたフィアンナは、凄まじい速さの手刀を繰り出し、ボコッとバウの首を打つ。
「うげっ——……」
豪速の手刀をモロに食らったバウは意識を失い、バタッと地面に倒れる。
「あっ! ごめっ——!」
「「「ば、バウさーん!」」」
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