第41話 迫る凶刃

 深夜。

 夜の暗幕が森を包み、辺りを真っ暗な闇が満たしている。

 夜の光源である月光は分厚い暗色の雲に阻まれており、地に降り注がれる気配はない。

 

 ウオニシ村を出て数時間。

 僕達は今、夜の森をランタンを掲げながら進んでいる。

 魔獣が跋扈しているだろう危険な夜の森を歩いている理由は、村長宅を出た後、目の前にあった砂浜で広すぎる海を眺めながら僕とトウキ君で話し合った結果だ。

 まあ話し合いというか、トウキ君を放っとけば勝手に先に行きそうだったから、僕の方から「今から行こう」と切り出したという訳で、あまり綿密に話し合わなかったような気がするが・・・・・・。

 ——ま、だからどうしたって感じだな。


「・・・・・・この大杉の先にある山だな」

「うん」 


 僕達が今向かっているのはウオニシさんが言っていた、

小隊が忽然と消えたというキャンプ跡地だ。

「殺された可能性が高い」とシダレさんは言っていたけど、そのキャンプ跡地には争った形跡は無かったようだし、もしかしたらキャンプ跡地には見落とされた「何か」がある可能性もある——という感じで、僕達は小隊が消えたキャンプ跡地に向かうことになった訳だ。 

「一度キャンプ跡地に行かない?」 と僕が話し、トウキ君もそこが気になっていたのか「ああ」と一つ返事で了承して、今の夜間移動に至る。


 ・・・・・・実は、出発前に「最悪の場合も想定しておけ」と、僕はトウキ君に釘を刺された。

 それは想定しておくべきことなのだろうとは思う。

 だけど、僕は子供達は全員無事だと思ってる。

 希望は捨てちゃいけない。

 だって、最悪の想定ばかりをしていては、人は動けなくなってしまうから。

 だって、そうだろ。

 最悪の場合・・・・・・僕の母さんは——・・・・・・

  

 二人黙々と山を進み、目的地のキャンプ跡地を目指す。

 ひたすら北へと早足で進むこと——さらに数時間。

 日が昇り月が隠れる。

 森全体を満たしていた闇が、まるで陽の光から逃げ出すように、スーっと消えていく。

 夜の暗幕が上がったものの、分厚い雲に覆われた空は灰色のままだ。

 雲から漏れた僅かな光だけが、僕達がいる山を照らしていて、少々薄暗い。 

 

「この辺りだよね」


 僕達が立ち止まったのは、ウオニシさんから聞いたキャンプ跡地があるという山の中腹辺り。

 特徴的な黄と桃色の花を咲かせた木が立ち並んだ、この山は通称——桃山。

 ここに来る間は夜闇で見えなかったけど——なるほどだ。 こうして見てみると。その桃山という名も納得できる。

 桃と黄色の花を咲かせる木々が森一帯に立ち並んでおり、吹く風で木から花弁を散らす光景はとても美しい。

 散る花弁が風と踊り、擦れ合う木の葉が音を奏でている。

 こういう状況じゃなかったら、ゆっくりと花見をしたかったな・・・・・・。


「・・・・・・キャンプ地って、どの辺かな?」

「分からん。けど早く見つけたい、手分けして探すぞ」

「分かった。じゃあ僕は西の方を探しに行くね。あったら大声で叫んで教えるよ」

「ああ、頼んだ」


 僕はトウキ君と分かれ、西へ進んでいく。

 山を登ったり、降ったり、たまに木の上から山を見下ろしてみたり。

 木に登ったついでに、あの桃色の花が咲いている木に成っていた謎の木の実を齧ったりした。

 一つだけ成ったサクランボみたいな小さい木の実を口に入れた瞬間、この世のものとは思えない渋みが口全体に広がって「ブフッ!」と咄嗟に吐き捨てた・・・・・・。

 一時間くらい前に吐き捨てたのに、まだ後味が残ってる。

 渋みを流すために水筒の水は飲み干してしまった。

 後で、川を探して水を補充しないといけないな・・・・・・。

 

 トウキ君と別れてから一時間半。

 少し木々が開けた場所を発見し、駆け足で向かう。

 

「あった・・・・・・!」 


 到着した場所は遠目から見た通り、木々が円を作るように開けていて、野営をするにはちょうど良い空間だ。

 その空間の中心には石で組まれた竈が残されており、その竃には炭になった複数の薪が入っている。

 ここは間違いなく、ウオニシさんが言っていたキャンプ跡地だ。

 

 僕は引き込まれるようにキャンプ跡地に入る。

 そして眼前にあり、僕の気を引いていた石組み竈を調べた。

 器用に造られた、穴を掘った凹みのある石組み竈だ。

 これとは違うけど、似たようなのをゴルゴーンに行く時にマルさんとトウキ君が組んでたっけ。

 僕は石を円形に囲むくらいしかできないけど・・・・・・。


 ・・・・・・? 何かこの炭、新しくないか?  

 竈も、つい最近使われたような煤が付いてる・・・・・・。

 ウオニシさん達がここを見つけたのって、確か二ヶ月前だよな? 

 小隊がいなくなったのが、大体四ヶ月前だから・・・・・・。

 小隊の誰かが戻って来た? 

 他の誰かが竈を使った?

 ・・・・・・犯人が? 

 いや、ただの登山客が使ったのかもしれない。

 

「トウキくーん! こっちにあったよーっ!」


 僕は軽い動悸を感じて立ち上がり、事前の打ち合わせ通り大声で叫び、東にいるだろうトウキ君を呼ぶ。

 そして、彼を待っている間に地面に敷き詰められた枯れ葉を足を使って吐き始める。

 ここにはウオニシさん達の足跡と、ここでキャンプをしていた小隊の人の足跡が残っているはずだ。

 時間が経っているし消えていないと良いけど・・・・・・。

 ・・・・・・あっ! ああ、これは僕のか。靴底の形が同じだ。

 うーん・・・・・・何も見つからな——


「よお・・・・・・」

「————」


 突然、背後から声を掛けられた。

 その、男っぽいしゃがれた声は僕が聴き慣れた白鬼の彼の声音とは程遠く、悍ましい程の、ねっとりと絡み付くような悪意が込められていた。

 僕の背に突き刺さる「誰か」視線は、まるで蛇のように僕の全身に絡み付き、腹の底をほじくって僕という人間の味を調べているような、凄まじい不快感を与えてくる。

 肌が粟立ちそうになる程の不快な視線の主は固まったまま動けないでいる僕を見て、ニヤッと笑った気がした。

 そして、視線の主は特徴的なしゃがれた声を再び発する。


「山に妙な風が吹いててなぁ・・・・・・見に来てよぉ、そしたらよぉ・・・・・・大当たりじゃねえかぁ・・・・・・! ひひっ」 


 コイツ・・・・・・気配が薄すぎる・・・・・・!

 これが、人の出す気配なのかよ・・・・・・⁉

 

 後ろの「誰か」の気配は、今僕の背後にいると分かってて尚、見失いそうになるほどに薄い。

 まるで森と一体化しているような、不自然さの欠片のない、そこにいて当たり前かのような圧倒的自然感。

 その、圧倒的自然さの中で一際異彩を放つ、悍ましい程のドス黒い悪意——!

 僕は全身を締め付けられる痛覚に襲われながら、謎の男に確かな恐怖を覚えた。


 

「グウっ・・・・・・!」

「ひひ、ひひひひひ!」

 

 何だ、この蛇に締め付けられるような感覚は・・・・・・っ⁉


 ギチギチと僕の身体から嫌な音が鳴り、足が地面から離れていく。

 宙に浮く僕は足をバタつかせて何とか動こうとするが、無様にも足を踊らせるだけで全く効果が無い。


 宙に浮いて・・・・・・⁉︎ 痛っ、苦しいっ、息が・・・・・・っ⁉︎

 

 凄まじい怪力で僕の身体に巻き付く「透明な何か」は僕の膂力を物ともせず、無慈悲にも僕を絞め殺そうと服の上で蠢く。

 

 服の上に「何か」が巻き付いてるっ!

 何だ・・・・・・透明な——蛇⁉︎ 

 蛇っぽいけど・・・・・・違うっ! 

 この感じ、これは生き物じゃない!


「何だ、これ・・・・・・っ⁉︎」


 トウキ君に助けを呼ばないと・・・・・・っ!

 このままじゃ、間違いなく僕はコイツに殺される。

 

「ひひっ! そのまま死んじまうのかぁ・・・・・・?」

「テメエ・・・・・・っ!」


 僕の力でどうにもならないなら! 

 風を使うまでだ——っ!


「ぐっ、ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ‼︎」


 身体の内側で溜めた風を、一気に外へ爆発させた。

 僕を中心に放たれた暴風は、甚だしい暴力をもって辺り一帯を蹂躙し尽くす。

 キャンプ地諸共、森を吹き飛ばした僕は謎の束縛から解き放たれ、這いつくばりながら深く息を吸う。


「はっ、はっ、はぁ! アイツが吹き飛ばされた今の内に、トウキ君のところへ行かないと——!」


 暴風の余波が残るキャンプ跡地から、逃げるように東の方へ向かおうとした、その時。

 僕は嫌な予感を感じ取り、後ろを振り向いた。

 そこには——黒い羽織を身に纏い、血に汚れた様に赤黒く染まった袴を履く・・・・・・異臭を放つ黒髪黒目の男が一人。

 

「あんな強風を浴びたのは初めてだぜぇ・・・・・・なあ? もしかして逃げれると思ったのかぁ? ひひっ! 逃すわけねえだろ! バ〜カァ・・・・・・ひひっ、ひひひっ!」

 

 その男の左手には、血に染まったような赤黒い刀身を持つ「刀」が握られていた。


「テメエのそれ加護ってやつだろ? 知ってるぜぇ、何かの神に愛されてんだろぉ? ひひっ、ひひひ! そんな奴を殺せるなんて、最っ高じゃねえカァァァァッッッ‼︎」


 悍ましい「何か」を放つその刀身は、僕の首に吸い込まれるような横薙ぎを放つ。

 僕は咄嗟に引き抜いた短剣を斜に構え、その横薙ぎを受け止めようとする。

 ——が、僕の必死の守りを見た「謎の男」は怖気立つような凄惨な笑みを浮かべた。

 僕はその表情を見た瞬間、自分が生きるたに取る行動の「選択」を間違えたと悟った。

 僕の唯一の正解は、もう一度風を爆発させて・・・・・・いや、僕が風を起こす前に、この男は僕を殺せる。

 

 ・・・・・・ああ、これ詰んでるのか。

 

 僕とコイツの力量は隔絶している。

 多分、コイツはトウキ君と同じくらいの—— 


 僕の剣は、まるでバターのように易々と斬り裂かれ——僕の首を斬り——


「——雷撃!」


 謎の男が僕の首を切り裂く寸前、僕と男の間に割って入るように「雷」が放たれた。

 雷を放ち、凄まじい速さでコチラに駆けてくるのは、白髪で、二本の鬼の角が生えている、僕の友人。

 

「ソラっ!」

「トウキ君!」


 凄まじい形相でトウキ君の方を睨む男から、僕は飛ぶように離れる。

 そして、目にも止まらぬ速さで僕と謎の男の間に入ったトウキ君は、即座に刀を抜刀し、男を睨み返した。


「誰だ、テメエぇ・・・・・・」

「お前が誰だよ」


 煽るように男に言葉を返すトウキ君に、男はミシミシと顔に筋を立てて、律儀にも名乗った。


「俺はぁ、カラス」

「俺はトウキだ」

「そうか・・・・・・じゃあ、殺し合いだなァァァ・・・・・・!」

「ソラ、離れてろ。コイツは俺が殺る」


 僕は、無言で火花を散らす両者から離れ、無力を噛み締めながら・・・・・・友の勝利を見守る。


「ぶっ殺す・・・・・・」

「お前には無理だろ、黒髪」


「「——ッ!」」


 その言葉を発した瞬間——二人の壮絶な殺し合いが始まった。

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