第40話 海が見えるよ!『ウオニシ村』

 僕達は、ほぼ休み無しで西への移動を続けていた。食料も十分準備できていたし、水も水袋を馬に積んでいるので、全く補充する必要がなかった。道中、宿には一度も泊まらず、見つけた村に立ち寄っては馬を休ませる。そして、馬の体力が回復したら即出発の繰り返し。夜は魔獣警戒で二時間おきに起きて交代。僕達の休息は馬を休ませている間に取る仮眠くらいだ。まあ、ほとんど馬に乗って移動している訳だから僕達に負担は殆どなく、そんな僕達には休息は要らなかったと言える。前の遭難とは比べ物にならないくらい余裕がある移動。僕は、こういうの慣れちゃったのなぁーと気持ち軽めに思っていたりしたが……トウキ君の顔は暗いままだった。彼は最初に会った時みたいに影のある雰囲気を纏っていて口数も無く、僕が一方的に話し掛けるだけ。返ってくる返事は「ああ」とか「そうか」とか抑揚がない。遭難の時に僕が持ってる話のネタは尽きてしまっていたので、手の打ちようがなかった。

 

 そんな何とも言えない感じで移動を続け——約九日。山道を抜けた先にあった平原を進むこと小一時間。僕達の視界の先には数年ぶりに見る、青く輝く地平線が広がっていた。

 

「トウキ君! 海だよ! 海!」

「ああ……そうだな」


 トウキ君は相変わらず反応が薄いけれど、僕のテンションは上がっていた。僕が人生で海を見たのは、これで三回目になる。一回目は僕が六歳の時。夏の暑い日に爺ちゃんが「海に行くぞ!」と言って、海水浴に連れて行ってくれた。あの時初めて僕は水泳をしたんだったよな。母さんは砂浜で見てるだけだったけど、僕と一緒に泳いだ爺ちゃんは足を攣って溺れかけていた。僕は意外と泳ぎが上手くて、漁村にいた同年代の子と水泳勝負をしたりしたっけなぁ。


 二回目は僕が九歳の時。爺ちゃんの幼馴染の人が亡くなって、その人を供養しに行った。その爺ちゃんの幼馴染を火葬して、遺骨を海に流した後に漁村の人から焼き魚をもらって食べたんだよな。魚は美味しかったけど、火葬をした後だったから、なんとも言えない感じだったのを覚えている。とまあ、そんな感じで海の思い出は結構濃いのだ。

 

 小高い丘になっている道を、パカパカと馬の足音を鳴らして進んでいく。目の前に広がる海を、綺麗だな——と思いながら眺めていると、目的地だった漁村が正面に見えてきた。段々と海に降っていくような作りになっている漁村は、村にしてはかなり広大で、漁村と言うより港町だと思えた。菊の町で見てきた建物は鉛色や黒色の瓦屋根だったのに対し、今僕の目の前に広がっている漁村の瓦屋根は、煉瓦のように明るい色をしている。同じ国でも地域よっては色々と違うんだな。

 

 そんなことを考えながら進むこと、十数分が経った。

 僕達は行方不明者捜索隊の消えた場所の近くにある、大きな漁村に到着した。


          * * *    

 

「よっと。お疲れ様、イチゴマックス」

『ぶるる』

 

 僕達はイチゴマックス達を馬小屋の主人に預けて、この村の村長の所へ向かう。

 漁村の村長に会いに行くのは、シダレさんから村長宛の書状預かっているからだ。

 この書状には《僕達に惜しまず協力せよ》と書かれているらしい。シダレさんが「これがあれば宿なんかにもタダで泊まれるよ。もし宿に女の子を連れ込むなら、わたしも混ぜてね?」と意味不明な事をほざいていたが——僕はそれを無視し、無表情で書状を受け取った。そんな僕を見たシダレさんは「能面だね」と謎にクスクスと笑い始めて、僕は内心、ちょっとムカついた。   


「村長さんの家は南の方にあるって。でさ、村長さんの家に行く前に昼食にしない? 魚食べようよ、魚」

「ああ……そうだな」


 僕達は村長宅に行く前に、昼食を摂るため料理屋を探した。二十分くらい探して歩き、香ばしい匂いを放つ、小ぢんまりとした料理屋に入る。店内には海の男というような、引き締まった肉体に日に焼けた褐色の肌をした男達が、桶? と思えるくらい巨大な丼に入った料理を、カカカと丼に箸が当たる音を鳴らしながら、胃に流し込むように貪り食っていた。それを見て、すごっ! と思いながら空いていた二人用の席に座る。

 

「注文は?」

「あ、えっとぉ……天丼? でお願いします」

「俺も天丼で」

「はいよ」


 厨房から出てきた仏頂面なおじさんに注文を伝える。言葉少なに厨房へ戻っていったおじさんの背を眺めながら、僕はおじさんが持ってくた水を飲む。トウキ君、やっぱり調子が悪いんだな。いつもの通りなら僕と同じ物じゃなくて、今もおじさん達が食べている桶みたいな巨大な丼料理を……ん? 『丼?』いや、いやいや! そんなまさか。 え? あ、あれが天丼って料理じゃないよな? だってメニュー表には特大とか表記されてな——あっ! 丼って付く料理、天丼しかないじゃん……! それに気づいた瞬間、ブワッと膨大な量の冷や汗が全身から噴き出した。あ、あんな量食べ切れる訳ないだろぉ……っ!? ワナワナと震えながら無意識に息を呑んだ僕は、今もガツガツと怪物丼を食べている海の男達を見る。もしかしたら、違う料理なのでは——という一縷の希望を持って、僕は男達に問いかける。


「あのぉ」   

「ん? どうした坊主」 

「今食べてるそれ、なんて料理ですか?」

「ああ、これな。これは——」


 頼むぅっ! 

 杞憂であってくれえええええええええええええええっ!!


「これは天丼だよ」


 ああ、終わった——……

 

          * * *  

 

「苦しいぃ」

「意外と健闘したな」 

「いや、大敗北だったよ……?」    

「そうでもなかったぞ?」


 案の定、僕達のテーブルに並んだのは食器って大きさじゃないだろ! と叫びそうになるくらい巨大な丼だった。莫大な量の米の上に乗っていたのは、山のような量の魚と野菜の揚げ物。その上に美味しそうな醤油? なのか分からないが、それっぽい色の甘いタレが掛かっており、あの量じゃなければ腹を鳴らしてがっついていただろうことは想像に難くない。そう、あの量じゃなければ……。結局、僕はあの怪物丼を完食できず、残り七割ほどをトウキ君に託して、彼の食事が終わるまで唸りながらテーブルに突っ伏していたのだ。なんか申し訳なくて、悔しくて、お腹が苦しくて……僕が泣く泣く店を出たのが今さっきの事。店を出た僕達は下り坂になっている道を歩く。村長の家は海の目の前、村の真西にあると料理屋の店主から聞いたので、そこへ向かっている訳だ。怪物丼がパンパンに詰まった腹を押さえながら、足取り遅く進むこと十数分。 僕達は村に建ち並ぶ家屋の中でも一際大きい、村長宅に到着した。家の前に突き刺されている表札にはデカデカと《ウオニシ村の村長の家》と書かれているから、ここで間違いないだろうな。というか、ここ『ウオニシ村』って言うんだな。

  

「ふぅーっ! よし、行こっ」


 僕はグッと腹を押さえ、まあまあ余裕ができた腹を確認し、村長宅の玄関前に設置されていた呼び鈴を鳴らす。

 

「はいはい。ちょっと待っててね」


 僕が呼び鈴を鳴らすと、チリンという涼しげな音が鳴り、家の中から、ややテンション高めな声が届く。家の人の言う通りに玄関前で待っていると、バタバタと足音が聞こえた後、バンッと力強く扉が開いた。


「いらっしゃい。何の用だ〜?」


 家から出てきたのは、日に焼けた浅黒い肌に真っ黒なサングラスを掛けた白髪頭で上裸の男性。初老という感じの男性は声の調子が高く、少々酒臭い。男性のテンション高に僕は呆気に取られつつ、シダレさんからの書状を見せて説明をする。


「あの、調査隊の一隊がこの村の近辺で消息を絶った件で、ハザマの国からの依頼を受けて調査に来ました。これ、シダレ・ユキノハさんからの書状です」


 その言葉を聞いて表情を引き締めた男性は掛けていたサングラしを外し、僕が手渡した書状に目を通す。さっきの調子が嘘みたいに静かになった男性は僕達と書状を交互に見た後「入りな」と言って、僕達を家の中に招待した。僕をトウキ君は一瞬だけ顔を見合わせ、男性の後に続く。

  

「そこ座って」


 僕は家の中に入り、広間にあった応接用らしき机に備え付けられた、緑色のクッションの置かれた椅子に腰掛ける。

 

「んじゃま、挨拶から。初めまして、俺はウオニシ村の村長のウオニシだ。君達は?」


 やっぱり、この人がウオニシ村の村長なのか。

 まあ、家の中に彼以外の気配を感じないし……消去法でそうなるよな。

 

「僕は、ソラ・ヒュウルです」

「俺はトウキ」

 

 お互いに軽く挨拶を済ませて、話を始める。

 

「ま、俺としては軽くベラベラと喋りたいんだけど、深刻な問題だから……さっそく本題を話すよ」

「お願いします」


 足を組んでいたウオニシさんは姿勢を改め、真剣な顔のまま、今まで村が行っていた調査の結果を教えてくれた。この村でも六人の子供が行方不明になっているらしい。近隣の他の村でも、子供だけが忽然と行方不明になっているらしく、地域の村の大人達が躍起になって探し回っても、子供の足取りを何一つ掴めなかったそうだ。 

 そのことを話すウオニシさんは握り拳を作り、そこから血を滴らせていた。


 そして、消息を絶った捜索隊の件を聞く。この村を拠点に活動していた小隊の捜索は、この村の男達が二ヶ月間も近辺の山々で行っていたそうだ。小隊の足跡を探し続けていると、北にある山腹あたりで小隊が行っていたのだろうキャンプ跡を発見したらしい。しかし、そのキャンプ跡には一つの不可解な点があったようで、その不可解な点をウオニシさんは話して出した。 曰く、小隊が山を登り、そこでキャンプを行った形跡は残っていたそうだが、肝心の小隊の「行き先」を示す足跡は、そのキャンプ跡で途切れてしまっていたとのこと。「どういうことですか?」と僕が問いかけると、ウオニシさんは苦虫を噛み潰したような表情で答えた。


「それが分からないんだ。小隊らしき奴らがキャンプをした跡はあった。山を登って、そのキャンプ地に行った足跡はあったんだ——でも肝心の、その後が分からなかった。無かったんだよ。キャンプ地から山を登った跡も、山を降りた跡も……何一つ。小隊がその場から消えて無くなったんじゃねえかってくらい、綺麗さっぱりだった——」


 ——話が終わり、僕達は村長宅を出る。


「ソラ君。俺達が力になれることがあったら、いつでも言ってくれ。どうか、よろしく頼んだ」

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