第39話 『変態』シダレ・ユキノハ

 僕達は菊の町に戻ったあと、今後についての話し合いをした。いつまで菊の町にいるのか。この町を出てどこへ行くのか——という話をだ。トウキ君は菊の町を出たら船を使って、西にあるアリオン諸国の「エビールル」へ行くらしい。僕は特に行く当てもないし、彼について行こうかなと口に出したのだが、トウキ君が——


「俺はやるべき事がある。何故かは言えないけど、それは危険な旅になると思う。正直、ソラが居てくれると心強い。でも、俺の私情でソラが死んでしまうかもしれない。だから、ごめん。お前は連れて行けない」

 

 ——と言われてしまい、僕は「そっか」と無理やり納得した。思い詰めたような、何かを覚悟しているような、影のある表情を浮かべた彼の目の奥で、確かに燃えたぎっている、身震いするような暗い「何か」の理由を僕は聞けなかった。彼は十分な路銀を貯めたら町を出るそうだ。大きい町にしかギルドはないらしく、そこで路銀を貯めておかないと道中、悲惨なことになるとのこと。確かに。路銀が尽きたら料理店で食事は摂れないし、宿屋でベットを使うこともできない。また、あの遭難みたいな状況はゴメンだ。僕はトウキ君の言葉に「そうだね」と相槌を打つ。これで今後についての話し合いは終わりだ。

 

 それから僕達は沢山の依頼を受けてはこなし、受けてはこなしを繰り返して、路銀を貯め続けた。そして——三週間後。その人は突然、僕達のもとに現れた。

  

「やあやあやあ!」

「ん……?」

「ソラの知り合いか?」

「いや。知らない人」


 依頼を終えてギルドを出てきた僕達に、いきなり手を振って近づいて来たのは桜色の羽織を着こなす一人の男。桜色の長髪に切長の瞳。背丈は百八十センチ以上はありそうな長身。今にも折れてしまいそうな細身の男は、女性と見紛うほどの美貌を蠱惑的な笑みで型取り、ゆらゆらとした立ち振る舞いで僕達に歩み寄ってきた。誰? 何の用? と困惑する僕を他所に、細身の男は僕に狙いをつけたような目で近づいて——いきなり僕に抱きついた⁉︎


「はっ!? ちょっ! なに!? やめてくださいっ!!」

「いやぁ、ゴメンゴメン! 行けそうな感じだったから、ついね?」 

「は!?」


 いきなり抱きついてきて何言ってんだ、この人! ——はっ! 

 まさか、これが巷で言う『変態』というやつなのでは……? そう悟った僕は全力で距離を取り、警戒心マックスの目で男を見る。男は僕の視線を浴びて、謎に『ゾゾゾ』と身を震わせた後、女性のような仕草でクスリと笑った。そして蛇を想起させるような目で僕を見ながら、袖で口を隠して喋り出した。


「まずは自己紹介だよね。わたしはユキノハ——シダレ・ユキノハ。ハザマの国の現管理者だ」

 

 その言葉に唖然と固まる僕達を見て、彼は意地の悪い蛇のように笑った。


          * * *

 

「いらっしゃ〜い」


 僕達はシダレさんに連れられて、菊の町の中心にある、あの和城へと向かっていた。六メートルはある超大きな木門の前には、槍を持った四人の門衛が立っていた。  

 眉間に皺を寄せ、警戒を怠らない彼らに、シダレさんは手をヒラヒラと振る。すると、門衛の彼らはガクッと首を折り「開けろ!」と門に向かって声を上げた。その声を上げて数瞬後、突然ゴゴゴという音が鳴り、巨大な門がゆっくりと開門し始めた。

僕が「おお〜」と間の抜けた声を出すと、シダレさんは女性の様にクスリと笑う。

 

「それじゃあ行こうか」


 そう言って城へと入っていく彼の後に、僕達は続いた。


「わっ、綺麗……」

「ありがと。お上手だね」

「え? 貴方に言ってないです……」


 門を抜けた先にあったのは、美しい庭園。丸っぽい白の石を敷き詰めた庭園には、独特な形をした松の木が植えられていたり、カコンという音を鳴らす、ししおどし? があった。庭園は綺麗だけど、それにしても……。門を通って進んでいるにも関わらず、城は視界から遠い。一体、城にはいつ着くのだろうか?


「まだ着かないですよね?」

「まだまだだよ〜。この先にあと四つ、門があるからね」

「な、なるほど……」

 

 それから四つの大門を通り、四季を感じさせるような作りをした庭園を過ぎていく。過ぎて行く庭園には各一つずつ大きな離れがあり、そこでは城の兵士らしき人達が大粒の汗を撒き散らして「えい! えい!」と声を上げながら素振りの稽古をしていた。そこから少し離れると、庭師の方が庭に生えていた木の枝を剪定鋏で切っていたり、盆栽? らしきものの手入れをしている女性がいたりと様々で、沢山の人達が城に従事していることが見て取れた。

 

「着いたよ。ようこそ、ここがハザマの城だよ」

 

 僕の目の前には、見上げるほどの高さの城が建っていた。真っ白な外壁に、形の不揃いな岩を器用に積み上げて造られた土台。絵本で見たようなものではなくとも、確かに厳かな雰囲気を放つその和城は、僕の視線を釘付けにして離さない。無意識に息を呑んだ僕は、手招きするシダレさんに続き、ハザマの城に入城した——   


          * * * 


「ほら、そこに座って」

 

 僕達は城の五階に移動していた。着いた大広間の中心には三つの座布団が用意されており、そこに座ったシダレさんは手で残りの座布団を指し、僕達に座るよう促した。わっ! この座布団、ふかふかで最高の座り心地だ。これなら何時間座ってても疲れなさそうだな。僕は座布団で正座し、隣に座ったトウキ君は胡座をかく。僕達が着席したのを確認したシダレさんは突然、パンっと手を叩いた。なに? と僕が思っていると——大広間の両端にあった襖が一斉に開き、そこから三味線? などの楽器を持っていたり、お膳? を持っている着物の女性達が、ぞろぞろと広間に入ってくる。何事!? と慌てふためく僕を他所に、彼女達は手に持っていたお膳を僕達の目の前に置いていき、広間の奥にあった壇上に並んで、持っていた楽器で演奏を始めた。呆気に取られている僕の顔を見て、目の前に座っていたシダレさんは「クスリ」と笑う。


「ささ、食べて食べて」

「た、食べてって……」


 いきなりそんなこと言われて——あっ、寿司! すごい! あの魚料理屋の寿司と同等の輝きだ。これは、絶対に美味しいやつだな。う、うーん。生魚だし、鮮度が落ちて傷むと食べられなくなるよな。よし、ここは遠慮なく食べさせてもらおう。シダレさんが僕達を城に招待した理由は分からないけど、せっかく用意してくれた料理を残すのは勿体無いよね。


「じゃ、じゃあ——いただきます」

「うん、美味えな!」


 え? トウキ君、もう食べてる……。そんなこんなで僕達は、出された料理に舌鼓を打ち、とても上手な演奏を聴いて楽しんだ。そして——演奏を終えた芸妓さん達に僕は拍手を送り、トウキ君が平らげた料理を下げていく女中? の人達にお礼を言う。一通りの催しを終えて、女性方が退出した広間には、僕とトウキ君、あとシダレさんの三人だけになった。先程とは打って変わって、しーんとした静寂に包まれる大広間。 結局、シダレさんが僕達を城に招待した理由は不明だ。 ここからはその理由の説明——本題と言うやつなのだと思う。重苦しい雰囲気を纏い始めたシダレさんは、黙って向き直る僕達を見回して、口を開いた。


「君達と言うか、トウキ君だったかな? 君の武勇はかねがね聞き及んでいるよ。どんな魔獣をも一刀両断する鬼人が町に居るという話をね。それで、今回君を呼んだのは他でもない。君達に今我々が直面している問題——とある事件を解決してほしいんだよ」


 真剣な眼差しでそう言うシダレさんに、僕は質問する。


「事件って……?」


 僕の問いにしばらく目を瞑っていたシダレさんは、重々しい口調で答え始めた。

  

「ここ最近というか、半年前から「子供がいなくなった」という話が各地で相次いで寄せられたんだ——」


 僕はその言葉を聞いて、最初に立ち寄った宿場町で聞いた井戸端会議の内容を思い出した。そういえばおばさんが「また子供が居なくなった」とか言ってたな。


「——その件数があまりにも多くて、我々はすぐさま調査解決に動いたんだ。しかし結果的に分からず終いでね。しかも調査に乗り出した小隊が一隊、消息を絶ってね。私たちはそれを事件と断定し、今も動いているんだが……如何せん結果が出ない。それで今、活躍目覚しい君達にも手伝ってもらおうと思ったんだ。もちろん、これはハザマの国からの依頼だ。十分な報酬は出す。どうか、頼まれてくれないだろうか?」

 

 誠意を持って、僕達に頭を下げるシダレさん。僕は隣に座っているトウキ君に顔を向ける。トウキ君は額に青筋を浮かべ、後退りしてしまいそうになるほどの、瞋恚に満ちた顔をしていた。彼の目の奥では確かに「何か」が燃えている。初めてみる、彼の怒り。そんな彼に僕は冷や汗を掻きながら、肩に手を置く。僕はこの話を断る気はなかった。でも、今の彼を見て「断ってはいけない」と理解した。


「シダレさん。その話、受けます。僕も、できる限り力になります!」

「ふぅー…………俺も全力で力になるよ」

「ありがとう。心からの感謝を送ります」

  

 その後、僕達はシダレさんから話しを詳しく聞いた。もしかしたら、人攫いの犯人がいる可能性。消息を絶ったという小隊がその犯人に「殺された」可能性。話を終えた僕達は、その小隊が消えた場所の近くにあるという、西の漁村へ向かうことになった。  

  

「西の漁村まで、ここから馬を走らせて二週間くらいだって。食料なんかの支度をしなきゃだね」

「…………すまん」

「——ん? 何が?」

「あの状況、俺が断らせなかった。無理矢理お前を付き合わせたわけだ。だから」

「そんなこと気にしないでよ! 友達じゃん!」

「…………そうか……ありがとう」


 ようやく表情が緩んだ彼と、長距離移動の支度を済ませる。支度金は全部シダレさんが出してくれて、僕達はバックがパンパンになるまで食料を買い込んだ。シダレさんの計らいでギルドからイチゴマックス達を借りることができ、準備早々に馬に乗って町から出発。西にある漁村へと向かった——

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