第38話 ずんぐりむっくりな「トカゲ」?

 イチゴマックスで地を駆けること、二日。僕達は正午ほどの時間に害獣駆除の依頼を出した依頼主がいる、辺りを森に囲まれた平地にある村に到着した。依頼主が集合場所として指定したのは赤い屋根の家なんだけど、小さな村みたいだし、すぐに見つかりそうだな。


「よっと——お疲れ様、イチゴマックス」

『ぶるる』


 僕は馬から降りて、依頼紙に描かれた地図を見る。今僕達がいるのは村の東出入り口で、村の西側に集合場所を記す赤い丸が描かれているから、ここから真っ直ぐに進んだ先に赤い屋根の家がある訳だな。 


「ここから真っ直ぐ行った先にあるみたいだよ」

「おし、じゃあさっさと行こうぜ」


 依頼には、この村に現れて家畜を食い殺していく害獣を駆除してほしいと書かれているので、ここで依頼主と会ったら、そのまま害獣駆除に取り掛かることになるだろう。依頼紙に描かれている害獣の姿は、三つ目で二本の足で地に立つ舌の長い謎のトカゲ。こんな姿形の三つ目トカゲは生物図鑑で見たことないし、魔獣で間違いないのだろうけど……。この三つ目トカゲの絵、柔らかそうな段々腹で間抜け面をしていて、ちょっと愛嬌があるというか、クスって笑っちゃいそうになるんだよな。

 

「ねえ、このトカゲ……どう思う?」

「あー……魔獣なのは違いないだろうな。見た感じ鈍臭そうだし、すぐに駆除できそうだな」

「なるほど……」


 僕はニヤけそうになる頬を引き締めて、赤い屋根の家へと向かう。それから数分後、僕達は小高い段差の上に建っている赤い屋根の家を発見した。馬を引きながら赤い屋根の家の前に行き「ここだよね?」と僕はトウキ君に確認を取る。


「地図通りなら、ここで間違いないだろうな」

「よしっ」


 僕は段差下に杭を刺し、馬に掛けた縄を杭に括り付ける。利口なイチゴマックス達が逃げ出すとは思えないけど、ギルドからの借りた馬だし、一応ね。馬を留め置いた僕達は階段登り、家の玄関の前に立つ。僕は一度トウキ君に目配せし、コンコンと扉をノックした。 

 

「こんにちはー! 害獣駆除の依頼を受けてきました!」

「はーい! 今行くから、少し待っててちょうだい!」

 

 家の中から聞こえてきた声は、年老いた女性のような高い声。バタバタという足音が聞こえた後、ガチャっと玄関の鍵が開いた。ゆっくりと開いた扉から出てきたのは、腰の曲がった老婆。老婆は僕達をジロジロ見た後、ニコッと笑った。


「あら〜若いわね〜! ごめんなさいね! どうぞどうぞ、入ってって! 美味しいアップルパイが焼けたから食べていってね!」 


 この感じ……サチおばさんを思い出すな。

 

「は、はい」


 ワクワクしたような表情を浮かべている老婆は、大袈裟に手招きをして、僕達を家の中に招待した。僕はタジタジになりながら老婆の後をついて行き、手で指された食卓の椅子に座る。食卓にはガラスの花瓶と、そこに挿された赤いカーネーションのみが置かれていた。老婆は良い匂いが流れてくる厨房へと歩いて行き、何やらカチャカチャと作業をしている。家には僕とトウキ君とお婆さんだけで、他に誰かが居る気配は無い。もしかしてこの老婆は、この家で一人暮らしなのだろうか? この家、二階建てだったし、これだけ腰が曲がっていると掃除とか大変そうだ。

 

「焼きたてのアップルパイよ〜。さあ、食べて食べて!」

「え、いや……」

「うす、いただきます」 

「え!? と、トウキ君……」


 ウキウキで焼きたてのアップルパイを持ってきた老婆は、いやいや、と遠慮する僕の背中をバンバン叩き「若いんだから遠慮しないで!」と、甘いものが苦手な僕が冷や汗を掻くようなことを快活な笑みで言ってくる。 それでも「い、いやぁ」と渋る僕を他所に、バクバクとアップルパイを食べていくトウキ君。こ、これは……!

 少しお茶を濁せばトウキ君が平らげてくれる気がする! 心苦しいけど、ここは耐えなければ。「い、いやぁ」「遠慮しないで!」と老婆と戦闘を繰り返していると、いつの間にかトウキ君が八割ほどを食い尽くしていた。それを見た僕は(な、なぜ残す……!) と、戦慄していると、トウキ君が僕にトドメを刺した。


「ほら、ソラの分残しといたぞ」

「遠慮しないで! 食べて食べて!」

「へ、へぇ…………は、はぃ」


 うわああああああああああああああああああああああ!?


          * * *      


「うぷっ……で、あの、害獣駆除の依頼の話なんですけど」


 僕は何とか激甘なアップルパイを完食し、肝心の話を切り出した。

 無理やり押し込んだ物が逆流しそうになるものの、何とか喉の扉を閉めて抑える。

 

「そうなのよ〜〜。ここ最近、と言っても四ヶ月前からなんだけど、森の所にある村営畑の作物が荒らされたりするのよね〜。それで困っちゃってね〜。あそこの畑の作物は他所に出す売り物だから、あれがダメになっちゃうと税金が払えなくなってしまうのよね〜。今は村の蓄えで賄っているんだけど、それだといつか尽きてしまうしね〜。どうにかしないとと思っていたんだけど、この村小さいでしょ? だからあまりお金がなくてね〜……」 

「なるほど……」


 結構——いや、かなり深刻な状況だな。税を払うために作っている畑の作物を荒らされて、このお婆さんだけでなく、村人全員が頭を抱えているわけだ。蓄えと言っても、それは一時的なもので、継続的な安定収入がないと確実に枯れ尽きて破綻する。

 その安定収入が今途絶えてしまっているわけで、このままズルズル行けば、村営破綻も将来的にあり得てしまう。これは、ちょっとした問題じゃない——超大問題だ。

 村営破綻すれば国から村と認められなくなって、税を使った道路管理なんかの恩恵が受けられなくなる。確か、村じゃなくなったら商人も近寄らなくなるって爺ちゃんが言ってたな。村じゃなくなるってことは、国の地図から消されるんだろうし、そもそも舗装それてない荒れた道を馬車が走る訳がない。もしそうなったら、そうなってしまったら、ここは人が生活できる場所じゃなくなってしまうだろう。

 

「————僕達がなんとか、その害獣を駆除するので、もう大丈夫だと思います!」

「ふふ。ありがとう。すごく助かるわ。若いのに、苦労させてごめんなさいね」

「いえ! 気にしないでください!」

「そうそう。チャチャッと終わらせるから気にしないでいいぜ」

「…………ありがとうねぇ」

 

 お婆さんは目尻に涙を溜めながら、感謝を口にした。

 僕達は椅子を立ち上がり、その村営の畑へと向かった。


           * * *

  

 森に入り、西へ進むこと——約十分。目的地だった村営畑は意外と早くに到着できた。木製の柵に囲まれた畑は三十平方メートル程のものが九つあり、その畑は四角くなるよう、綺麗に作られていた。畑は全て合わせて百メートルくらいの大きさで、畑としてはかなり広大だと思える。

 

「んーー……」

 

 とりあえず、僕の目の前にある左下の畑を一番として、右上の畑を九番としよう。

 何も植えられていないのは、三番、六番、九番の三つ。その全てが僕から見て右、方角的には南の方にある畑だ。この三区画のどれかが魔獣に荒らされた畑——いや、もしかしたら全部荒らされたものなのかもしれないな。 パッと見では、どれも荒らされたようには……あっ! 六番と七番、八番と九番の柵の方が他の柵よりも明るい色をしているな。この四つの柵が新しくなってる訳だから、柵を壊されて畑を荒らされてしまったのはこの四つだと思える。畑は僕達から見たら奥の方——全て西側だな。うーん……これは、どうするべきなんだろう?


「これから張り込む訳だけど、どうする……?」

「んー、魔獣は西から来てるみたいだし、俺とソラが北と南から挟み込むように張り込んだ方が良いかもな」

「なるほど。じゃあ、僕は北でいいかな?」

「オウ。じゃあ俺は南を張るわ」


 そんな感じで、僕達は害獣駆除のための張り込みを開始した。  僕は北側の森にあった茂みに入り、そこで伏せて待つ。トウキ君は南側の木の上に登り、そこで魔獣が来るのを監視していた。


 今の時刻は正午過ぎ。もしかしたら魔獣駆除は一日では終わらないかもな。

 肝心の魔獣が出て来なかったら、数日間の張り込みも有り得るわけだ。正直、数日間この調子はキツイけど、この村の未来のためだからな。頑張ろう……!


 ——夜。日が落ち切った代わりに、月明かりが暗い森を照らす。僕達は昼と変わらず、同じ場所、同じ体制で張り込みを続けていた。今日はもう来ないかもなぁと半分諦めていた僕の耳に、ドスドスという重い足音が届いた。まさか——! そう顔を上げた僕の視界、西の方角から大きな影が畑に近づいてきていた。影の大きさは、縦に二メートル以上。横幅もすごい大きさだ。影のシルエット的にハザマの国の商店で見た、ダルマという置物そっくりに思える。あのずんぐりむっくりな体——どれだけ畑の作物を食い荒らしたんだ! 許せん! もし畑を荒らし始めたら現行犯だ!

 その時は僕とトウキ君が飛び出して挟み撃ち……絶対に逃さないからな。

 

『ブフウー……』


 ダルマトカゲは待ち伏せする僕達に気付くことなく、ドスドス足音を立てながら畑に近づいてくる。僕は息を潜めて、ただ待つ。

   

『ブブゥー』


 バキッという、静寂に包まれていた森に音が響く。や、野郎! ダルマトカゲは設置し直したのだろう新品同様の木柵を破壊し八番の畑に侵入し、植えられていた紫芋を物色し始めた——!


「そこまでだーっ!」

『ぶ、ブビィっ!?』


 茂みから飛び出した僕は、全速力でダルマトカゲに接近——腰に差していた短剣を抜剣して構える! 突然大声を上げて現れた僕に、トカゲは驚きの声を出し、その巨体を後ろに反ったせいで、ドゴンっ背中から倒れ込んだ。背中から倒れ込んだトカゲは混乱しているのか、はたまた逃げ出そうとしているのか、必死で手足をバタバタとさせている……。  


『ブブゥッ! ブビィー!』


 あ、あれ? なんか想像と違うな。んー? ん!? この感じ……コイツ魔獣じゃない! 生物図鑑には、こんなずんぐりむっくりで二メートルもある巨大なトカゲなんて載ってなかったぞ!まあ、あの本が全生物を網羅している訳ではないのだろうけど……一体、何なんだコイツは……。

 

「ソラ」

「トウキ君! コイツ、魔獣じゃないよ!」

「ああ。多分だが、コイツは……」

「コイツは……?」


 バタバタしているトカゲを見ていたトウキ君は、困ったように眉間に皺を寄せながら、僕にトカゲの正体を答える。  


「コイツ、竜種だ」 

「————え? ええええええええええええええええっ!?」

『ブブビィ……』 


 りゅ、竜種って、あの世界最強生物の竜族の……?

 コイツが絵本とかにも出てくる、ドラゴン……?

 今も必死で起き上がろうとしている、ずんぐりむっくりなコイツが……!?

 

「嘘でしょ……」

『ブブゥー!』


         * * *

       

 僕は必死で起き上がろうとしていたダルマトカゲの腕を引っ張って起こした。ダルマトカゲは危害を加える気のない僕達に安心したのか、勝手に掘り起こした紫芋をムシャムシャと食べ出す。僕はそれに「ダメ!」と怒ると、ダルマ以下略は悲しげな目をして、手に持っていた紫芋を僕に渡した。意外と聞き分けの良いダルマは、まるで人間の子供のように思えた。手持ち無沙汰なのか、今は自分の指をチュパチュパ音を立てながらしゃぶっているし、本物は見たことないけど、超巨大な赤ちゃんって感じだ。これがあの竜種とは……。僕の持っていた、超強くて空を飛んで火炎を吐く竜像は、この日この時この場所で粉々に砕け散ってしまった……。

  

「コイツ……どうする?」

「あー……コイツは腐っても竜種だ。魔獣なんかよりも断然強いし、暴れたら、この村の連中じゃ手をつけられない。俺は正直、殺すのはアリだとは思う。けど、村の連中はコイツを魔獣だと思ってるから、殺す前に判断を仰いだ方が良いとも思う。害意なんかは感じないしな」

「分かった……ダルマ! ちょっとついて来て!」 

『ブブ?』


 ダルマ(仮)は状況が理解できていないのか、首を傾げて間抜けな声を出した。

 やっぱり、ちょっと愛嬌があるな。  

      

         * * *


「ということでして……」

「まあー……」


 僕達はダルマを連れて村に戻り、大人達を集めて状況を説明した、村の人達は全員混乱しているのか、口を開けたまま固まっている。そりゃそうだ。変な魔獣かと思っていたら、変な竜種だったのだから。僕だって仕事中じゃなかったら固まっていただろうし。こうなってしまうのは無理はないと思う。


「どう、しますか?」

『ブブゥー…………』


 まるで命乞いをするような円らな瞳をするダルマ。それを見て、ガヤガヤと話し合う村の人達。僕とトウキ君は、少し離れたところからダルマを警戒しつつ、成り行きを見守った。そして——


「ソラくん、トウキくん」


 話し合いを終えた、今回の依頼主の老婆が僕達の元に来て、村の総意を述べた。

 

「今回は本当にありがとうね。それで、この子の事なのだけど——」


 僕は正直、ダルマを殺す必要はないんじゃないかと思ってる。竜は群れで行動すると昔、爺ちゃんに聞いたことがある。でも、ダルマは他の竜の仲間がいない気がする。竜族は生物の中で一番強い。だから、一頭だけでも十分生きていけるはずなんだけど、コイツが一頭で生きていくっていうのは無理な気がするんだよなぁ……。ダルマの目は、純真無垢な子供だ。本当に、ただの無垢な子供なんだよ。だから、コイツを殺すのは心苦しいと言うか、ダルマを殺せと言われたら、僕はできない気がする。

  

「この子は、ウチの村に居てもらおうと思うわ」

「……え?」

「だって、この子の目、子供みたいじゃない? 態度も行動も、本当にただの子供なんだもの。そんな子を殺すなんて私たちにはできないわ」

『ブゥー』


 僕は安堵で、無意識に力んでいた肩を緩ませた。ホッと息をついた僕は、トウキ君に最終判断を仰ぐ。


「それで、いいかな……?」


 じーっとダルマを見つめていたトウキ君は首に手をやり、ゴキッと音を鳴らせた。

 その後「ふぅー」と深く息を吐き、僕に笑みを向ける。


「いいんじゃないか? 竜は賢い生き物——まあ、コイツは間抜けそうだけど、悪い奴には見えない。間違っても人間を殺すとは、俺は思えないかな」

「そっか。それじゃあ、これで終わり……で良いのかな?」

「ええ。ありがとうね、ソラくん、トウキくん。私たちが出していた害獣駆除の依頼はこれで終わり。あ、依頼紙を出して、依頼完了のサインを書かないといけないのよ!」


 そういう老婆に、トウキ君は懐から出した依頼紙を渡す。その依頼紙にサインを書き終わった老婆は、柔和な笑みで依頼紙を返した。


「よし。ソラ! 依頼達成だ!」


 そう言って、こちらを向いたトウキ君は右手を上げた。僕はそれに笑みを返し、同じく右手を上げる。


「やったね!」

「オウ!」


 僕とトウキ君はパンっと音を鳴らして、ハイタッチをする。そうして初めての依頼を達成した僕達は村で一夜を明かし——日が登った翌日の早朝。僕達は村の人達と『ダルマ』というそのまんまの名前が付いた、ずんぐりむっくりな竜に見送られながら、菊の町に帰還するのだった

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