第42話 白鬼トウキVS悪賊カラス

 初手は両者、この世のものとは思えない怪力で打ち合う「剣戟」だった。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 白鬼と黒烏は、一瞬で複数の斬撃を閃かせる。その全てが見事に噛み合い、凄まじい金属音を打ち上げ、眩いばかりの火花を散らした。

 

 両者互角の剣戟。両者互角の膂力。

  

 刀が打ち合うたびに地面が微震し、空気が爆発する。僕が立っている遠く離れた丘の上でも、その揺れは感じ取ることができた。そして刀が打ち合う度に耳を劈くような、けたたましい爆発音が森一帯に轟く。異次元の怪力を耐えるための踏ん張りにより、二人が立っている地面は罅割れて陥没してしまっていた——!


「カァッ!」


 肘をググッと弓を引くように溜めたカラスは、それを一気に解き放ち、凄まじい速さで刀を突き出す! トウキの喉元を狙うその一撃は、まるで空間ごと貫いてしまうのではというくらい圧倒的威力が込められていた!


「フゥッ!」


 それを冷静に見切ったトウキは刀の側面で突きを流す。凄まじい火花とともに『流された突き』に目を剥くカラスを他所に、トウキは無表情で刀を返し、カウンターとばかりにガラ空きのカラスの胴を狙った。その一撃をギリギリ刀で受け止められたカラスは、あまりの衝撃でズザザっと地面を削りながら後退した。

 

「ひひっ!」

 

 カラスは一連の動きに動じることなく、開いた右手の人差し指をトウキに指し、ニヤっと笑みを作る。カラスが行う『何か』を探るように立ち止まって警戒していたトウキは、不意に現れた『束縛感』に衝撃を受けた。 


(透明な何かが両足に巻き付いてやがる)


 トウキは咄嗟に『何か』が巻き付く足の間に刀を刺す。すると、ズムっと生物の触感に似た手応えを感じた。

 

(この感触、この動き——蛇か!)


 トウキの刺突にのたうち回っていた蛇は、まるで『主』から命令を受けたかのように刀に巻きつき、ズシっとした重量を刀に付与した。

 

「ヒッヒヒィッッッ!!」

「チッ!」

 

 百キロはあるだろう超重量の刀を片手で振るトウキは、カラスの暴れるような連撃を何とか防ぐ。自身が命令し巻き付けただろう蛇を、容赦なく切り刻むカラスに眉目を逆立てながら、トウキは『魔法』を発動した。


(——魔法! 雷か!)

(ここで見せたくはなかったんだがな)


 刀に『纏われた』雷は巻き付いた蛇を焦がし、その身を焼き払う。重量の消えた刀を超速で薙いだトウキにカラスは目を見開いて回避、離れた場所で苛立つように眉間に皺を寄せた。雷が消えた刀から白煙を昇らせながら、トウキとカラスはゆっくりと回るように動きながら隙を伺う。

    

「テメエの魔法は雷だけカァ?」

「さあな」

「ひひっ……ッ!!」  

 

 短い会話を済ませた二人の止まっていた時間を破ったのはカラス。顎を擦るのではないかと言うくらいの超前傾姿勢。その姿は人ではなく、まるで一匹の獣のようであった。

 

「カアァッ!」


 刀を逆手に持ったカラスは獣のように突き進み、トウキの脚を狙った一撃を繰り出した。それを飛んで回避したトウキは、その時を止めた。彼の回避に合わせた『顔を向けた』カラスの頬は不自然に膨らんでおり、その答えは、すぐさま開示される。


「ブブウッ! ——!?」


 カラスの口から噴き出された血液を顔に浴びたトウキは、その目を一瞬も閉じなかった。


「あめえッ!」

「ヒヒィッ!」


 飛んだトウキの大上段と、地を這うカラスの下段の斬撃が打つかり合い、凄まじい衝撃波が発生する。爆音と爆風が辺りに轟き、戦いを見守っていたソラは腕で顔を庇った。


「汚ねえ技だな」


 そう言って顔を拭うトウキを、カラスはニヤニヤと見る。目潰しの効かない相手に、カラスは次手を見直す。この悪賊は搦手を多用する。自身の異能と、今みたいな予備動作なしの目潰し。異能は怪力で、目潰しは超人的な胆力で無効化された。

 

(目潰しは効かねえ。蛇は……この戦い中に回復しないな。ひひっ! やるじゃねえか)

 

 カラスは自身の『十八番』封じざる終えないということを認め、不敵に笑った。

 

 そして——カラスは搦手を捨てた!


「カァアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 カラスは狂声を上げて、大上段の斬撃を行う。トウキは刀を斜に構え、その一撃を華麗に打ち流した。


「——ッ!?」

(——獲った)


 そして、大上段斬りでガラ空きになったカラスの右脇腹に、刀から離した唸る左拳を凄烈に叩き込む!ボゴォッと凄まじい重低音が辺りに響き渡り、カラスは目をカッと見開いて眼球を真っ赤に血走らせた。


「グウゥッッッ!」

(チッ。肋に罅は入ったが、ひょろっとしたガタイのくせに、かなり硬えな)


 重すぎる一撃に堪まらず呻き声を上げたカラスは顔を青筋でいっぱいにしながらも、トウキから距離を取ろうとバッと飛び退く——しかし、トウキがそれを見逃すわけもなく刀を持ったまま前傾姿勢で駆け出して、飛び退くカラスを追従した。

 

「フゥッ!」

 

 カラスの目前に迫ったトウキは、ミシミシと奇怪な音をたてた筋張る右手を引き、限界まで溜めた刀を振り薙ぐ。眼前に迫り来る、どんな魔獣をも一刀両断するだろう一撃に対し、目をカッ開いたカラスは、同じく刀を持った左手を筋張らせ、トウキの一撃を真正面から——


「——ッ! カアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 ——弾き防いだ!


「「……ッッッ!!」」


 絶大すぎた剣撃の威力を両者は殺しきれず、手に持っていた刀が宙を舞う。クルクルと回転しながら空高くまで飛ぶ二本の刀を誰も目で追わず、二人は即座に徒手空拳で戦闘を再開した。


「カアアアアアアアアアアッ!」

「——ッ!」 


 全てを貫く気迫を纏う、顔面を狙ったカラスの右貫手をトウキは擦りながらも回避する。右頬に裂傷を負い、血を噴き出させるトウキはそれを歯牙にもかけず、カウンターとばかりに右拳をカラスの胸骨に向けて放った。

 

「ヒャハァッ!」

「ヅッ!?」


 鬼の拳撃を読み切ったカラスは身体をトウキの拳に合わせ、右足を軸に回転。その回転の勢いを利用し、引き戻した右肘でトウキの顎を強打した。顎に痛烈な一撃を食らったトウキは目から光を消すことなく、左膝を使い、ガラ空きになっていたカラスの背部に一撃をお返しする。 


(ヅウゥッ! このクソ角、俺の肘を耐えやがった! 大抵のやつなら今ので頭イッてたろうがァ。ふざけやがってッ!)


「俺が、あの程度で落ちるわけねえだろ?」


 トウキは小馬鹿にするような目で、煽るような表情で、苦悶に染まる顔をするカラスに発語する。


「〜〜〜ッ、死ねェエエエエエエエエッッッ!!」

「テメエがな!」


 顔を真っ赤にし、今までにないほどの殺意を露わにするカラスに、トウキはその殺意に負けないほどの「戦意」を返した。地鳴りが起こり空気が爆発する——常軌を逸した肉弾戦。人の肉体で奏でられるものなのか? と息を呑んで慄いてしまうほどの、爆発かのような重低音を鳴らしながら、二人の拳打が、蹴撃が! 幾度も打つかり合う——!


 暴力と暴力の打つかり合いに、ソラは呼吸を忘れてしまうほど、見入った。


 ——そして、二人の手に、宙を舞っていた刀が戻る。

 

「ゼァアアアアアアアアアアッッッ!」

「グッ、カアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!」


 再び始まる剣戟の嵐。しかしその剣戟は、最初の時ほど続かなかった。

 ——いや、続けなかったのだ。


(剣術は互角。なら……!)


 カラスは剣戟では永劫決着がつかないと悟り、上げた右足で地面を思いっきり踏み込んだ。常軌を逸した脚力での踏み込みで、カラスが立っていた地面で爆発が起きる。その爆発で打ち上がった大量の土砂が弾け飛ぶように辺りに散乱——その土砂により一瞬、両者の視界から敵の姿が消えた。

 

(目隠し……)


 トウキは軽く後ろへ飛び、その目隠しを冷静に対処する。

 相手の次手の攻撃を想像予測し——


(——!? 野郎、気配が森と同化してやがる! 奴の動きが読めねえ……!)


 完全に気配を消したカラスは土煙で姿を隠した瞬間——五メートル後方へ飛び、刀に鞘を収めて居合の構えを取る。さっきのソラの風爆で辺りの木々は吹き飛んで更地と化していた。この空間には隠れる場所も、逃げる道もない——

 

「飛剣——」

「——ッ! 雷装!」


 カラスが居合斬りのように引き抜いた刀の刀身には、黒い靄のような「魔力」が纏わり付いている。その靄が放つ、肌を裂くような脅威を気配を感じ取れていなかったにも関わらず、トウキはしっかりと感じ取れた。


 それは歴戦の中で培われた「勘」と言えるものであった。


 トウキはカラスの必殺を対処するため、刀に「魔力」を込めて魔法を発動する。

 魔力を「雷」に変換し、それを武器に纏わせて強化する「付与魔法」

 その纏わせた「雷」を使って発動する、ただ雷を爆発させるだけの——強力な一撃。


「————黒翼二連ッ!」


 カラスは本来なら当たるわけがない、五メートル先からの居合切りを「斬撃を飛ばして」成立させた。黒烏の飛翔を思わせる二枚の黒の斬撃は、トウキを斬り裂くためだけに、凄まじい速さで飛び進む——!

 

(完璧に合わせなければ、真っ二つになって死ぬ) 

 

 飛んでくる斬撃を目を離さずに見極めていたトウキは、目をカッ開き、刀身に纏わせていた「雷」を爆発させる。


「——雷衝ォッ!」


 まるで雷が落ちたかのような閃光と、けたたましい轟音。それが雷を纏った刀から発せられ、ソラはあまりの光量に咄嗟に目を庇った。

 そして——

 

「……クソ角ガァ!」

「……終わりかよ、黒髪」


 完璧に「斬撃」を相殺し、無傷のまま地に立つトウキ。それを見たカラスは顔を筋張らせ、凄まじい殺意を込めた眼力で、悠々とするトウキを睨む。   

 

「終わるわけねえだろ、馬鹿か? テメエが死ぬまで終わらねえよ……ッ! 飛剣——黒翼!」


 バッと姿勢を低くしたカラスは、先ほどの溜めも無しに、いきなり一枚の「飛ぶ斬撃」を行使した。それに目を見開いたトウキは、即座に魔法を発動。飛翔してきた斬撃を、再び相殺した!

 

(また消えやがった!)

 

 一瞬の雷光に乗じて再び姿を隠したカラスを、トウキは五感を頼りに探す。

 

 視覚には映らない。聴覚は聞き取れない。嗅覚は黒髪のキツすぎる刺激臭が、辺りに滞っていて使い物にならない。味覚なんか必要ない。触覚は食らった瞬間に詰み。

 

 トウキはカラスが持っていた血に染まったような「刀」の力を正確に読み取っていた。

 あれは「魔剣」と呼ばれる特殊能力を持った希少武器。宝具とも呼ばれるものを何故「賊」が持っているのかは分からないが、最悪——あの刀の一撃を食らった瞬間、勝負が決してしまう可能性が高い。だから、間違っても一撃を食らうことができないわけだ。トウキは汗を滴らせながら極限まで集中し、背後から迫った凶刃を正確に防いだ——!


「大の男が隠れんぼかよ?」

「——ッ!? クソガアァッッ!」


 再び始まる大剣戟。しかし最初の互角の戦いとは違い、トウキが優勢の状況であった。

 刀を打ち合う度に、カラスは仰け反って後ずさる。 

 一歩、二歩、三歩。

 余裕の無くなった表情を浮かべるカラスは、トウキの剛剣に押されていく。

 四歩、五歩、六歩……まだまだ押していく!

 

「お前「飛剣」以外の「魔技」が使えねえんだろ?」

「——ッ! アアッ!?」

「はっ! 図星かよ」

「〜〜〜ッ! 死にやがれエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッッッ!!」

 

 滑稽に思えるほど力任せに刀を振るうカラスは、最初とは比べ物にならないくらい技の精彩が極端に下がっていた。息を切らし、汗を散らし、千鳥足でトウキのもとへ向かうカラスは時間と共に、その力強さすら落としていく。それに憐れみの目を向けたトウキは凄まじい速さの峰打ちでカラスの左腕を叩き、血濡れの魔剣を地に落とさせた。

  

「ブッ!」


 カラスは、口から何かを吹く。それは凄まじい速さでトウキのもとへ向かった——が、今更そんなことで動揺する彼でもなく、軽く首を傾けて、カラスの悪あがきを悠々と回避した。


「鬼人と体力勝負は、分が悪かったな」

「グッ〜〜〜グウゥゥゥゥゥッッッ……!」


 トウキは、とうとう地に両手を付けたカラスを蹴飛ばし、魔剣から遠ざける。そして、バキっと刀の側面を踏み、刀身を折った。もう、カラスには武器も体力も残っていない。


 この勝負——トウキの勝利だ!


 その勝負を遠目から見守っていたソラは、トウキのもとへ駆け寄る。

 そして、ソラは見た。カラスの目の奥で燃えたぎる、ドス黒い殺意を……!

 

「トウキ君っっっ!?」

「——ッッッ!」

「ひひっ、ひひひハハハハハ! 遅えんだヨオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ、バカガアアアアアアアアッッッ!!」

 

 カラスの手には「凶刃」が「生えていた」!

 

(魔法剣! 野郎、まだ手が——!)


 凄惨な殺意の表情を浮かべたカラスは、左手に生えた魔力の刃をトウキの胸に目掛けて突き刺そうと飛び込む! カラスの狙いに気付いたトウキは、咄嗟の判断でカラスの左腕へ向けて、斬撃を繰り出す。が——カラスの攻撃の方が速い!


 このままでは、トウキは心臓に攻撃を食らう! 今この場に治癒魔法を掛けられる人間はいない! 食らったら——死ぬ! させない——!


 僕はトウキ君の懐に飛び込むカラスより早く、風を撃つ。


「風撃——ッ!」


 溜め無しの風撃。身体の奥底から引き出した神風は、一直線にカラスのもとへ向かい——友に飛び込むカラスだけを吹き飛ばした!


「——ガアッ!?」


 カラスは風撃が脇腹に直撃し、決河の勢いで遠くの木に叩きつけられた。


「クソッ……茶髪ガァ——…………」 


 血走った殺意に塗れた眼光を僕に浴びせ、力尽きる。トウキ君との凄絶な殺し合いをしたカラスには、これっぽっちも体力が残っておらず、糸が切れたように気を失い、横になったまま動きを止めた。


「ククッ。悪いな黒髪、俺は一人じゃねえ」


「トウキ君! だ、大丈夫っ!?」  


 焦りながら駆け寄る僕にトウキ君は笑いかけ、左手を上げる。

 

「オウ。ありがとな、ソラ。助かった!」

「……うんっ! 無事でよかった!」

   

 駆け寄った二人は笑みを浮かべたままハイタッチをし、激戦の勝利を噛み締めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る