第25話 帰ってきた奴の名は——
宿で一夜を明かし、翌日。
今だに寝息を立てているエナちゃんを一瞥し、椅子に腰掛けて、白湯を飲む。
昨日買っておいたパンを齧りながら、窓から外を眺めた。
さて、どうするか。昨日のアレは事件になっている可能性が極大だ。
とりあえず町に出て、情報を得ないと。 新聞とかないかな?
もしかしたら昨日のアレで、僕達も狙われの身かもしれないんだよな。
マルさん達と一緒に行動してたのを屋敷周りを巡回していた警備の人に見られてたし。
まず誰かと合流したいな。ドッカリは論外だし。マルさんは捕まってるよなぁ。
トウキ君は、あの状況で助けられたのだろうか……?
まずは町に出てみるか。もしかしたら僕達のことは知られてないかもだし。
ここに閉じこもっていたら、何も始まらないよな。よしっ!
彼女が起きたら、町を回ろう。
最悪、この町から逃げ出すのも覚悟しておかないとな。
「……おはよぉ」
「あ、おはようエナちゃん。はい、水」
* * *
「女将さん。新聞ってありますか?」
「今日のやつは無いわね〜。昨日のやつならあるけど」
「そうですか。いえ、ありがとうございます。今から買いに行ってきます」
「お気をつけて〜」
よし、行くか! 僕は扉に手を掛けて、宿から出る。
「ソラ、どこ行くの?」
「えっとね、通りに出て新聞を買って、マルさん達のことを調べてみる」
「……ドッカリは?」
「ドッカリは置いてく」
「賛成」
ふふっとお互いに笑い、手を繋いで道を歩く。
今僕達がいるのは町の東側。
とりあえず、大通りに出て散策してみよう。
町の大通りは豪奢なアクセサリーショップばかりだったが、そこから外れると一気に町が暗い雰囲気になった。
さっきまで居た宿も寂れた感じだったし、本当に見せ掛けは良いということなんだろう。
路地裏とか、浮浪者らしき人が俯きながらぶつぶつと何かを言っているし……。
歩いていると、この町は決して裕福ではないということが分かった。
多分だけど、お金持ちはほんの一部で町民の八・九割くらいは僕達と変わらない庶民なんだと思う。
利権というか、一部の権力者しか金の恩恵を得ていないんじゃなかろうか?
物価も普通くらいだし、人の生活も僕の知るものと何も変わらない。
金工の町、金の町——金にあやかれるのは一部の人だけ。
なんだかなぁ。もっとこう、分配とかできるんじゃないのかな?
難しい問題なのか、独り占めしているだけなのか。うーん……。
「ソラっ」
「ん⁉︎」
突然の声掛けに、僕は肩を震わせて返事をする。
僕を呼び掛けたエナちゃんの方を見ると、彼女は不機嫌そうに頬を膨らませていた。
「……」
「え? どうしたの、エナちゃん」
彼女は、プスーと息を吐き、腕を絡ませてグイッと引っ張った。
行きたいところでも、あるのだろうか?
「どこか行きたいの?」
「違う」
「え?」
「私のことだけ考えて」
「——? 考えてるよ?」
「……そ」
「んん……?」
エナちゃんは顔を赤くして外方を向いてしまった。
「ちゃんって、付けないで」
「……? 分かった」
どういうことだろ?
「じゃあ行こっか、エナ」
「ふふっ。うんっ!」
* * *
「これください」
「はいよ! 十ルーレンね」
お金を支払い、目的の新聞を購入する。 今いるのは東の小通りだ。
小さな商店街で、食料や雑貨などが売られている。
「あっち!」
「おっとっと」
腕を引かれるまま連れて行かれたのは、小洒落たカフェ。 ちょうどいいか。
僕はコーヒーを注文し、エナは朝からパンケーキだ。
外にある椅子に座り、僕は買った新聞を見る。朝刊だ、ちょっとドキドキするな。
マルムット【死刑】なんて書かれてないよな? 怖っ。
ペラっと紙を捲る……——あっ⁉︎
〈ゴルゴンの屋敷周辺で暴動——男を確保!〉
マルさァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァん!
僕は椅子をガタッと揺らすが何とか動揺を抑え、書かれている記事を見る。
えっと……男は一人か? じゃあ、トウキ君はまだ町に居そうだな。
是非とも合流したい。
いや、マルさんをどうやって助ければ良いんだよ! 捕まってるじゃねぇかっ⁉︎
ドッカリめぇ……! 僕は我先にと逃げ出した元仲間に八つ当たりする。
はあ……途方に暮れるってこういうことなのか。
「コーヒーでーす」
「あ、どうも」
爺ちゃんコーヒー嫌いだったけど、僕は好きなんだよな。
ティーカップに注がれた、湯気が立つ黒色の液体を嗅ぐ。うーん、いい香り。
コーヒーを飲み、これからのことを考える。
どうやってマルさんを助ければいいんだ?体当たりか?
待て待て待て、落ち着け落ち着け。冷静に考えないといけない。
バケット救出作戦は、マルさん救出作戦に切り替わった。
居場所は、どうせ牢屋だ。
行方不明のバケットって人より、救出難易度は下がったはず。下がったよね?
「ソラ、あーん」
「……甘いね」
「ふふっ」
一口もらったパンケーキは、蜂蜜にクリームの乗った激甘仕様。
いつもの僕なら拒否しているところだが、流石に断れないな。
激甘なパンケーキを噛みつつ、それを美味しそうに頬張るエナを見つめる。
どうにもこうにも、優先すべきは彼女だ。
マルさんを救出しに行くにしても、一度ゴルゴンの屋敷に出向かないといけないだろう。
そこに彼女は連れてはいけない。
今のゴルゴン家の考えは分からないが、もしもがある。
そのもしもの時には僕が身を挺して、エナを守らなきゃいけない。
覚悟しろよ、ソラ!
僕はコーヒーを一気飲みし、立ち上がった。
ちょうど、エナもパンケーキを食べ終えた。
南だ。この町に来たときに借りた、南の大通りにある宿に行こう。
もしかしたら、誰かそこに戻っているかもしれない。
僕はエナの手を引いて、南の大通りを目指した。
* * *
「あのぉ」
「はい?」
「十六号室に、誰かいますか?」
「ちょっと待ってね」
南大通りの宿に到着し、そこの受付の人に話を聞く。
ちょっと怖いんだよな。
確保ーって、いきなり捕まらないよね?
緊張した面持ちで待っていると、受付の人が戻ってきた。
「一人いますよ〜」
「「……!」」
僕はエナと目を合わせ、急いで部屋に向かう。トウキ君っ……!
部屋の扉に手を掛け、ゆっくりと慎重に開く。
「あっ! お帰りなさいっ!」
部屋にいたのは、スキンヘッドで筋骨隆々の三十路の男。
皮の胸当てを身に付けた——知らないおじさんだった。
「え、誰?」
「知らないおじさんが居る〜。ソラぁ怖いぃ」
「えっ⁉︎ いや、俺っ!」
慌てふためくおじさんに、僕達は不審者を見る目を向ける。
それに動揺したおじさんは、しどろもどろした。
「どどど、どうして……はっ! 記憶が……⁉︎」
は? 何言ってんだ、コイツ。
「いやぁ、何の冗談? 俺だよ俺、ドッカリだよ!」
「「……」」
「え?」
帰ってきてたのコイツかよと、落胆した顔で「はあ……」と溜息を吐く僕達に、彼は冗談めかした顔で「俺だよ俺〜」と言う。
「な、何でっ、喜べよっ! 合流できたんだぜ⁉︎」
「「先に逃げたのドッカリじゃん」」
「うっ⁉︎ え、あれっ? お、お前らどこ行ってたんだよ〜。心配してたんだぜ〜? へへっ……」
「「……」」
記憶喪失の振りしても無駄だぞ。何も言わずに逃げたの、許してないからな。
「悪かったよぉっ⁉︎ でもさ、でもさああああっ⁉︎ マルさんがあそこまで暴走するって思わないじゃんかあっ⁉︎」
すっっごく分かるよ、その気持ち。
僕はふぅ、と息を吐き、土下座をするドッカリの肩を叩く。
仕方ないから許そう。顔を上げたドッカリは、希望に満ちた顔で立ち上がる。
「で、これからどうします?」
「あ、それなんだけど……」
「ほ?」
僕は昨日の話をドッカリに伝えた。エナのこと、バケットさんのこと——
黙って話を聞いていたドッカリは目頭を押さえながら俯いてしまった。
その肩はプルプルと震えている。
「そうだったんだなぁ。それは辛かったなぁ……」
「ドッカリ……」
感極まって泣き出すドッカリの背中を優しく摩る。
腐っても善人なんだよな、コイツは。
「今、失礼なこと考えませんでした?」
「いや。考えてないよ?」
意外と鋭いな。
色々と話し合う僕とドッカリの目の前にエナが立つ。
どうした? と男二人が目を合わせ、彼女を見る。
エナは何故か不機嫌そうな顔をしていた。
「どれだけ泣いても、ドッカリは嫌い」
「「え?」」
突然の口撃に、僕達は狼狽えた。
動揺するドッカリを押し飛ばし、エナは僕の腕に自分の腕を絡ませた。
それを見て、さらに動揺した顔をしたドッカリは叫ぶ。
「ソラさんっ!」
「な、なに?」
「子供はマズイってぇぇ!」
その発言をした瞬間、エナはドッカリを思いっきりビンタした。
乾いた音が部屋を満たし、強烈な平手打ちを食らったドッカリが驚愕に染まった顔で尻餅をつく。
「キャアッ」
うわっ、イカつい顔から女の子みたいな悲鳴が。
ドッカリは、まるで小動物のように身を縮め、小刻みに震える。
「死ねっ⁉︎ ドッカリ、死ねっ! 死んじゃえ‼︎」
「えっ⁉︎ ど、どうしたの二人ともぉっ⁉︎」
ドコッ、ボキッ、バキッと暴力を振るい出すエナ。
「ちょちょちょ⁉︎」
怒り狂うエナを何とか宥め、亀のように蹲りながら泣きじゃくるドッカリを慰める。この一件で何となく、二人の溝が深まった気がする。
はあ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます