第26話 まさかの裏切り

「とりあえず、マルさんと面会しよう」

「……ふ」


 ちょっと、笑ったの誰ぇ? 笑っちゃダメだって。マジで笑えない状況なんだからさ……。 


「ドッカリ」

「はい?」

「牢屋ってどこにある?」

「は?」


 あぁ? 一番知ってそうなのに、知らないのか? 


「ちょっと、今失礼なこと考えませんでした?」

「いや?」

「……俺は知りませんよ。多分ですけど、衛兵の詰所とかにありそうじゃないですか?」


 衛兵詰所かぁ……つまり何処。あ、今ボソッと「使えないな」という言葉が聞こえた。それを聞いたドッカリは肩を震わせて、泣きそうな顔をする。

 

「「「…………」」」


 部屋を静寂が満たす。……空気が悪いな。早めにここから出た方が良さそうだ。

 

「ま、まあまあまあ。外に行こう! 誰か知ってる人いるでしょ!」

「そ、そうですよね!」

「ドッカリは来なくていい」

「へ?」

「エ、エナ……」


 彼女の口撃に固まるドッカリ。そんなこんなで僕達は気を取り直し、部屋を出る。

 宿屋の主人に話を聞き、北の大通りにある衛兵詰所へと向かう。

 険呑な雰囲気を放つエナをドッカリから遠ざけ、何とか馬車に乗った。


「ドッカリ臭い。離れて」

「うぅ……」      

「あああっ! 北の衛兵詰所までぇっ!」

「はいよ〜」


          * * * 

   

「あのぉ」

「どうなさいました?」


 僕達は北の詰所に到着し、そこで事務をしていた衛兵の人に話しかける。

 衛兵の人は人当たり良さげに笑いかけてきた。


「何かぁ、この人が昨日捕まった……マル、ムット? って言う人の知り合いらしくてぇ。ここまで連れていけって言われてぇ……」

 

 僕は隣に居る、今日会った男を指差し、そう嘯く。まさかの裏切りにドッカリは目を剥いた。ゴメンな。でも、仕方ないじゃん? 安全のために、エナを巻き込むわけにはいかないんだ。


「マルムット——少々お待ちを」

「あ、はいぃ」


 場が静まり返っている……。


「ソラさん、アンタ何言ってんの? 何言ってんの?」

「あのぉ、ドッカリ、さん? って言いましたよね? ここで合ってるのでぇ」

「何言ってんの!? おいおいおい! 何言っれんお?」

 

 噛んじゃうくらい動揺する男の人は、必死に僕を説得している。

 

「ソラぁ、このオジサン怖いぃ」

「はっ!?」

「そだねぇ……」

「はあっ!?」


 こうするしかないんだ。と、ドッカリにウィンクする。頼んだぞ——ドッカリ!

 彼は僕の思いが通じたのか、口に四本の指を突っ込み、ガタガタと震え始めた。

 それを見て、僕は何故だか汗が止まらない。いや、この汗は暑いだけだっ! そうに決まってる!


「あっつ〜……このあと涼みに行こうか」

「ふふっ賛成〜」

「ああぁガガガがこあぁうぃ」

 

 カツカツ、と足音がする。どうやら、衛兵が戻ってきたようだ。

 僕達はこの辺でお暇させてもらおう。僕とエナが詰所から出ようとした、その時——ガッと、肩を掴まれて静止させられた。


「そそうくっくくくここっ!? いよっ!!」

「ちょっ、はあっ!?」


 何だぁっ!? コイツっ僕の肩を掴んで離さないっ!!

 逃げなきゃいけないんだぞっ!! やめろぉぉぉぉぉぉぉ離せぇっ!


「離せっ!」

「いよぉっ⁉︎」

「ちょっとっ、離してください! 誰かぁっ⁉︎」

「きゃーーーーーーーーーっ⁉︎」


 僕の助けを呼ぶ声と、エナの悲鳴が詰所に響き渡る。

 すると、ダンダンダンと足音を鳴らして衛兵数人がやってきた。


「な、何事だっ⁉︎」

「おいっ変質者だっ! 応援来いっ!」


 僕を掴んでいたドッカリは、衛兵に取り押さえられ「うわあああああああ」と叫びながら、何処かへ引き摺られていった……。


「大丈夫ですかっ⁉︎」

「まさか白昼堂々、少年を襲うとは」

「牢に連れていけ!」

 

 と、とんでもない事になってしまった気がする。まあ大丈夫だろっ。へへっ。 

 そ、そんな事よりもマルさんだ!


「あ、えっと僕は大丈夫です。あのマルムット? さんは……?」

「あ、ええとですね、マルムットという人は、今朝お連れの方と共にゴルゴン金山に向かわれたようです」

「えっ⁉︎ ゴルゴン金山⁉︎」


 何故⁉︎  え? バケットさんを救出に行ったってこと?

 てか、どうやって牢から出たんだよ!


「え、な、何故ゴルゴン?」

「ゴルゴン家の一存のようです。牢監督の者に聞いた話なので、それ以外は何も分かりません」

「あ、そ、そうなんですね。お忙しい中、どうも……」


 僕達はこれ以上の問題が起きる前に、そそくさと詰所から出た。

  

「ふぅー」

「ソラぁ疲れたぁ」 


 僕達は道の脇に座り込み、溢れるような汗を拭った。

 胸が落ち着くまで深呼吸を繰り返し、何とか平静を取り戻す。

 

 冷静に考えると、無駄な犠牲だったのかもしれない。うん。

 こういう時こそ切り替えよう。僕は両頬をパンっと叩き、意識を切り替えた。


「ご、ゴルゴン金山に、行こうか?」

「…………抱っこ」

「ん? いいよ」


 疲れを見せていたエナを抱っこして、馬車を探す。

 僕は後ろ髪を引かれつつ、ゴルゴン金山へ向かった。


         * * *

 

 現在は——午後五時         


 ゴルゴン金山は町から北へ進み、一時間ほどで到着した。

 金山に近づいてみて実感する、その巨大さ。僕達を連れてきてくれた御者さんの話だと、標高は四千メートルはあるらしい。今からこれを登るのかと気を落としていると、御者さんが笑いながら教えてくれた。なんでも、金採掘は山の下部から地下へと掘り進めているようで、この山を登る必要は無いんだとか……。

 

「あ、あの人の居そうな所って分かりますか……?」

「人の居そうな所? うーん。鉱夫の宿舎ぐらいじゃねえかなぁ? 採掘所の近くにあるぞ」


 宿舎か。そこにマルさんが居るのかな? もう埋められてたりして……。

 いやいや、トウキ君がいるし大丈夫だろ。……大丈夫だよね? 


「馬車は許可がないと入れないから、歩いていくしかないぞ。けど道が通ってるから、その通りにけば着くはずだ。気をつけてな」  

「あ、はい。ありがとうございました!」 


 僕達は馬車を降りて、目の前にある金山の門へ向かう。三メートルはありそうな金ピカな門だ。辺りには誰も居らず、自力で開けるしかなさそうだった。 


「ちょっと押してみるね」

「うん」

 

 僕は抱っこしていたエナを降ろし、門に両手をつける。

 力一杯押すが門はびくともせず、動く気配が無い。

 どうするかなぁ……。他の入り口はないかな? ちょっと探してみるか。


「他のところに行ってみようか」

「うん」


 僕達は門から離れ、左の方へ歩く。金山は大きな鉄格子と、痛々しい有刺鉄線に囲まれていて、侵入者を阻んでいる。僕達侵入者が、ここに入るのは困難を極めることが想像に難くはない。見た感じ、鉄格子の高さは三メートルほどで、その上に乗っかるように有刺鉄線が取り付けられている。遠くを見ても同じ光景が続いているし、山を一周しても状況は変わらなそうだ。これは、飛び越えるしかないのか? 僕一人なら行けそうだけど、エナを抱えながらだと難しい気がする。失敗して、エナを怪我をさせるのはいただけないし、飛び越え作戦は断念だな。どこか低くなってるところはないかな? 少し探してみるか。それから山周辺を歩き回ること——数十分。               


「ないなぁ」

「門に戻ってみよう?」

「そうだね。一度戻ろうか」


 もう日が沈み、辺りは薄暗くなっていた。夕陽が遠くの空を茜色に照らしている。

 そえを見つつ、門前に移動する。

 さて、これからどうするかな。門の大きさは、三メートル超。

 これを飛び越えられるなら、有刺鉄線なんかを怖がるわけないんだよな。

 門が開くまで、近くで待つしかないのか……?


「どうしようか?」

「……マルは助けたい」

「だよねぇ」


 マルさんは狂気じみているけど根は良い人だ。最初から善意で手助けをしてくれていた彼を、僕達は裏切れない。ドッカリを見捨てて言うのもアレなのだが……。

 まあ、アイツはマルさんを助けてからだな、うん。今は忘れよう。 

 

「さて……どう——」


『キョエエエエエエエエエエエエエエエッッッ⁉︎』


 ッッッ⁉︎ 僕は咄嗟に空を仰ぐ。遠くから聞こえてきたのは、聞き覚えのある狂声。この声は——この声はぁっ!! 


「マルさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっっ!?_」

「えっ⁉︎ ええっ⁉︎」 


 今の断末魔かっ⁉︎ まさか、死刑執行⁉︎ もうなりふり構ってられん! 

 風の加護を使って飛び越えてやるっ! 門が吹き飛ぼうともーーっ⁉︎


「エナァ! 掴まれぇぇぇぇぇぇっ!」

「は、はいっ!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

  

 全力で助走をつけ、地を蹴って跳躍する。飛ぶ寸前で風の加護を発動し、足元に風による小爆発を起こす。雄叫びを上げながら宙で足を漕ぐ。一時の浮遊感。

 まるで空を飛んでいるかのような、常人離れした跳躍。

 エナはあまりの高さに目を瞑り、僕は驚愕で目を見開く。


 上手く使えた——風の加護を!! 


 僕は凄まじい勢いで門を飛び越えた——!!

 ドンっと着地し、勢いを殺さず走り出す。

 

「マルさアアアアアアアアアアん!! 今助けに行きますからァァァァッッッ!!」


『キエエエエエエエエエエエエッッッ!?』


 僕は全速力で声のした方へ向かった……。 

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