第24話 二重の衝撃・・・・・・

「行きますヨォ……」 


 昼食を摂り終えた昼過ぎ。

 飯屋でゴルゴンの屋敷を見に行こうと発言したマルさんに押し負ける形で、町の中央にある屋敷へと向かう。

 まだ様子を見ましょうと皆んなが止めたのだが、マルさんの発する無言の覇気に、何も言えなくなってしまった。

 トウキ君は楽しげにニヤニヤし、他三人は不安な目でトボトボとついて行く。 

 僕とマイマイちゃんは手を繋ぎ、両手の空いているドッカリは寂しそうに僕達を見る。

 

「はぁ、結婚かぁ……」


 突然、空虚な目をして空を見上げるドッカリ。これはマズイやつだな。

 昨日みたいに泣かれると、僕が励まさなきゃいけなくなる。

 流石に疲れるし、それだけは避けたい。話を逸らさないといけないな。

 

「屋敷って、どれくらい大きいんだろうね」

「あ、えっと、かなりデカイですよ。城みたいな」

「へー」


 よし、成功だ。ふぅー、ヒヤヒヤさせないでくれ。


「はぁ……」

「ドッカリうるさい」

「あ、ごめんなさいっ」


 笑っちゃダメだ、笑っちゃダメだ!

 まさかの暴言に、僕は肩をプルプルと震わせる。ナイス、マイマイちゃん。

 笑いを抑えていると、突然腕を引っ張られた。 


「っ!」

「おっとっと——すいません!」


 僕はぶつかりそうになった男性に、慌てて謝罪する。

 相手はギョッと目を見張りつつ、僕との視線をすぐに切り、そのまま走り去っていった。何だったんだ?


 僕を引っ張ったマイマイちゃんの方を見ると、彼女は険しい目で走っていく男の背を見つめていた。  

 僕は不思議そうな顔で彼女を見つめていると、僕の視線に気付いたのか、ハッと僕の方を見る。 


「っ⁉︎ な、何でもない……」

「ありがとね、マイマイちゃん。さっきの、ぶつかりそうだったから引っ張ってくれたんでしょ?」

「……」

「ありがとね」

「……うん」


 何か反応が変だな。

 

「危なかったな」

「うん。でも、マイマイちゃんのおかげでぶつからなかったよ」

「……そうだな」


 んん? トウキ君も反応がおかしい。二人とも、どうしたんだろう。


「お〜い! 置いてっちゃいますヨォー!」

「え? あっ! 急ごう!」

「……うん」


 僕は彼女の手を引いて、走って追いついた。



         * * *


「ここかぁ……」


 僕達は屋敷を取り囲んでいるのであろう、四メートル以上もある防壁を沿って歩く。防壁を見上げる先には、高い尖塔が丸見えだ。この大きさ屋敷と言うより、城なのでは?

  

「ドッカリは、ここ来たことある?」

「ないですね。俺は別の町で間接的に雇われてただけなんで」

「そっかぁ……」 


 それにしても、すれ違う通行人が全員厳ついな。殆どが武装しているし、冒険者——いや警備の人かな。すれ違う度に睨まれるし、長居したら捕まるのでは?


 マルさん大丈夫か? さっきから鼻息がすごいんだけど。

 この人のせいで全員捕まる——とか最悪なんだが。

 僕は堪らず、トウキ君に耳打ちする。


「マルさん平気かな?」

「もしもの時は俺が何とかする。お前はマイを抱えて逃げろ」

「……分かった」


 僕はマイマイちゃんに目配せし、彼女はそれに頷いた。

 彼女も心の準備はできているようだ。


 防壁の周りを移動しながら、中の様子を窺う。

 目では見えないので、耳に集中して音を探った。

 ん? マルさんの鼻息が聞こえない?

 

「ソラっ!」

「な、なにっ⁉︎」


 目を開くと、驚愕したトウキ君の顔が映る。

 何事? と彼が見ている方を目で追うと、そこには——屋敷の門へと全速力で走る、武装したマルさんの姿が!

 モーニングは宿に置いて——いや、あれは、棍棒⁉︎

 何で持ってんだよ! 買ったのか⁉︎ いつの間に……!

 わ、走り方キレイ——って違うっ⁉︎


「はあっ⁉︎」

「マイを抱えろ! 逃げるぞっ!」 

「トウキ君、マルさんをっ! ドドッカリぃっ!」

「アイツは先に逃げた!」


 一人で逃げたのか、アイツ!

 

「ソラっ逃げなきゃ! ドッカリはクソ!」

「に、逃げろぉぉぉぉっ!」


『キエエエエエエエエエエエエエエエエエッッッ‼︎』


 遠くから聞き覚えのある奇声が響き、沢山の野太い声が何だコイツって叫んでいる。もう事件になったぁ……!


「ソラぁっ!」

「どわああああああああああああああああ⁉︎」 

  

 僕はマイマイちゃんを抱えて、その場から逃げ出した。

 

 ドッカリはクソ! 

   

         * * *

 

「はあ、はあ、はあ、はあああああああ——……」


 今いるのは町の城壁の側——つまり町の端っこだ。

 人気は無く、建物と城壁に挟まれていて道は薄暗い。 

 遠くで喧騒が聞こえる気がするが、今はそれどころじゃないな。

 うん。それどころじゃない。


「マイマイちゃん、大丈夫?」

「ソラが、速すぎて、何にも分かんなかった……」

「あ、そっか」 


 全速力で走った僕の脚力について来れる人はおらず、今は僕とマイマイちゃんの二人だけ。全員と逸れてしまったわけだな。正直、叫びたい気分だ。


 もおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお⁉︎

 マルさんのバカァッッッ!


 落ち着けぇ、冷静に考えろ。そう、切り替えだ、切り替え。 

 まず、これからどうするか考えないと。宿に戻るか? いや、ダメだ。

 勘だけど、マズイ気がする。

 宿には戻れない。じゃあ、皆んなと合流は……できなそうだよなぁ。

 トウキ君は大丈夫そうだけど、マルさんがなぁ!

 あとはドッカリだけ。どこ行ったんだ、アイツ。 

 

 くっそぉ、何で武器持ってたんだよっ!

 宿に置いてきたの見たぞっ! まさか二つ持ってたのか? 

 マジかよぉ、どこに隠してたんだよっ……とほほ。


「……ごめんね」


 突然の謝罪。僕は謝ってきたマイマイちゃんの方を見る。

 彼女は壁に背を付けて、膝を抱えていた。

「いや、謝ることないよ。僕達が助けたかったから来たんだよ? マイマイちゃんは気にしないで」

「ち、違うの」

「——?」


 彼女は泣きそうな顔で、僕に何かを伝えようとしている。


「私っ『マイマイ』じゃない……」

「えっ⁉︎ どどど、どういうこと?」


 突然の告白に僕は狼狽える。

 

「い、入れ替わってたの? ふ、双子?」

「違うぅ。私、私の名前はマイマイじゃないの。嘘ついてたのっ……」


 そ、それだけ? 偽名を言っただけなら、僕達に実害は全っくない。 

 そこまで気にすることじゃないと思うんだけどな。


「うーん、と偽名ってだけなら泣くこともないよ? 僕達は気にしないからさ。ね? 泣かないで?」

「うっ、グスッ。うぅぅ。違うの、それだけじゃっ……ないのっ。うぅ、グスッ」

 

 とりあえず、彼女は何か言いたいのだろう。 

 ここは大人しく聞かないと、彼女の心に良くなさそうだ。

 僕は彼女の前に行き、胡坐をかく。

 彼女の黒紅色の髪を優しく撫でて、話を聞いた。


「私『エナ』って言うのっ」

「エナちゃんか。じゃあこれからそう呼んでいいかな?」


 彼女は僕を見ずに、ゆっくりと頷いた。エナちゃんは話を続ける。


「あのっ、ね。あのっ、バケットって言う人」


 バケット——武器屋の店主で、エナちゃんの父親だ。

 ちょっと言い方が余所余所しい感じだな。


「あのねっ」

「うん」

「バケットって人、お父さんじゃないの……」

「そっか」


 バケットさんとは、どういう関係なんだ? 育ての親『里親』ってことかな?

 もしかして無関係ってことは、ないよな?


「バケットって人はね、ママの知り合いでね……」

「うん」


 ママ——そういえば話に出て来なかったな。

 複雑な事情がありそうで聞かなかったけど、やっぱり事情があったのか。


「ママの知り合いでね、私をね、引き取った人なの。ママが、ママがっ、死んじゃってっ、うぅ」

「そっか」


 つまり、バケットさんはエナちゃんの里親ってことか。

 バケットさんが借金して連れてかれて、ここに?


「それでっ……おじさんねっ」

「うん」

「私っ、私のこと怖いって言って、出てっちゃったの。私が嫌って……いなくなったの」


 スゥー……なるほど。複雑すぎる。どうしよう、爺ちゃん。 


「ママ、変な人だったの。それで、おじさんの弱みをね、知っててねっ……無理矢理ね、私を預けたって、おじさんがね……言ったの」


 なるほど。一旦、状況を整理しよう。えっと、マイマイは偽名で、本名はエナ。

 バケットさんは実父ではなく、里親。彼女の実母はバケットさんの弱みを握っていて、彼女が死ぬ前に、彼にエナちゃんを押し付けた。で、エナちゃんを怖いと言って、バケットさんが家から蒸発した。うん? でもドッカリは依頼を受けたんだよな? 借金の話は本当ってこと?


「あのね、ママはね。怖い人だったって言ってたの。あのね、ドッカリが来たのもね……ママが悪いの」 


 ママぁ。何をしたんだ、一体。


「……私のパパね」

「うん」

「私のパパね。クレジーナって人のね……」

「うん?」

「クレジーナって人とね、結婚してた人なの」


 ——⁉︎ ……⁉︎ ——⁉︎ ……⁉︎

 ドドドど、どういうことっ⁉︎ 僕は動揺のせいで、すごい速さで瞬きを繰り返す。

 

「ど、どういうこと?」

 

 僕は堪らず、その先を問う。


「あのね、パパ『マックス』って言うの」


 マックスさん、何したんだ⁉︎

 

「パパね、クレジーナって人と結婚してたの。それで、ね……ママが、その人をね」


 僕は無意識に固唾を飲んでいた。額から汗が流れる。


「ねと」


 ねと?


「ね……寝取ったの」


 ママぁ。頭が真っ白になる——……僕は呆然と空を見上げた。


 その後、彼女から詳しく話を聞いた。

 

 曰く、ゴルゴンの屋敷で働いていたママ(エマさん)がそこの頭首であったクレジーナさんの夫のマックスさんを誘惑して子供を作った。

 それで、ゴルゴン家は大騒ぎ。マックスさんはエマさんに付き、そのまま駆け落ち。ブチギレたゴルゴン家はマックスさんを暗殺。狙われたエマさんは、自分の命が少ないことに気づき、金山で盗みを働いていたバケットさんを脅して、エナちゃんを彼に託した。唯一、彼女の味方してくれていた店主のお爺さんは、彼女が来て半年で亡くなった。それで余計に気味悪がられたと……。


 エナちゃんは今は八歳で、バケットさんの所に行ったのが七歳の時。

 つい最近ってことか。

 

 ゴルゴン家は彼女の娘の居場所を突き止めていて、嫌がらせを繰り返していた。 

 その嫌がらせを解決するために、武器屋を訪れた優男みたいな僕を利用したと言う。最初は大人が付いてくれて、嫌がらせが少しでも減れば良いなという思いだったそうだ。そもそも、僕みたいな弱そうな奴がどうにか出来るとは思っていなかったらしい。それが、相手がドッカリだったのと味方にマルさんがいたせいで、こんなことになってしまったと……。

 百の善意で動く僕達に今さら嘘とは言えず、彼女はここまで来てしまったようだ。  

 気付かない内に、僕達は彼女を苦しめていたのか……。

 

 あぁ、ああぁ。ママあああああああああああ⁉︎ パパあああああああああああ⁉︎

 僕うううううううううううう⁉︎

 不甲斐ない。不甲斐ないっ……!  僕は堪らず頭を抱えた。 


「ごめんねっ。ソラっ、ごめんなさいっ……」


 ——はっ! いかん! いかんぞ、ソラァッ⁉︎

 僕が不安を見せちゃダメだっ! 安心させてあげなきゃ、いけないんだァッ‼︎

 小さい子供なのに、こんなに抱え込んでぇっ。僕、泣きそうっ。


「いいんだよ、エナちゃん。ありがとね、僕を頼ってくれて。それがすごく嬉しい。僕は君の力になりたい。だから、エナちゃんも僕の力になってくれる?」

「うん」

「移動しよっか。もう暗くなっちゃったし、宿を探そう?」

「うんっ……!」


 絶対に彼女を救ってみせるっ! そう強く心に誓い、彼女の手を引いて前進する。

 僕は一人でも、やるゾォッッッ‼︎ 


        * * *    


「ソラ。私ね、人の心が見えるの!」

「人の心が見える?」


 今いるのは町の端っこにある小さな宿屋。

 食事を摂り終えて休んでいる時、彼女が突然そう言った。


「あのね、あのね? ママもね? 同じ力を持ってたんだって!」

「人の心を読む力?」


 僕の問いに彼女は首を横に振った。


「人の心がね見えるの。うんとね、胸の所に光があって、それの色を見るの」

 

 詳しく話を聞くと、彼女は人の感情は見えるようだった。

 青色だと悲しみ、赤色だと怒り。黒色だと悪意。

 今日、僕とぶつかりそうになった男の人は、黒色の感情だったらしい。

 スリ? だったのだろう。

 

 なるほど。

 その力で彼女のママは、バケットさんの悪事に気付けたのか。納得だ。

 エナちゃんの警戒心が高かったのも、その力のせいなのだろう。

 相手が悪意を持って近づいて来たのが分かったら、僕なら恐怖で逃げ出してしまうだろうし。子供の彼女は一人では生きられないから、誰かを頼らざるおえない。

 すごく怖かっただろうな。

 

 彼女のママ曰く、その力は魔法とか、加護ではなく—— 《異能》と呼ばれる、特殊な力らしい。


「これ教えたの、ソラが初めて!」

「そっかぁ」


 何か、息詰まった感じが取れたな、エナちゃん。嬉しそうで良かった。


「うふふ。ソラのことも分かっちゃうのよっ!」

「ええ? じゃあ、僕今、どんな感情?」

「……私のこと好きって思ってる」

「そっかぁ」


 その後、なぜか不機嫌になったエナちゃんからお説教を食らい、いつの間にか寝てしまった彼女をベットまで運んだ。


 僕は床に寝転び、明日のことを考える。まずは皆んなと合流だな。

 マルさん無事かなぁ? まあ、トウキ君がいるし、大丈夫か。


 ドッカリは……アイツはダメだな。置いていこう。

 

 ふふっと、笑みを溢しながら目を瞑る。

 エナちゃんの寝息が聞こえる。僕も寝よう。明日に備えないとな——…… 

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