第13話 VSエリオラ

 登った太陽の光に目を窄めながら、約二時間の移動の末、僕達は昨日来た『フリュー大森林』に到着した。

 早朝にも関わらず、魔獣を探しに来た冒険者がチラホラといる中、僕達はそんな彼等彼女等を無視して森の奥へと進んでいく。

 僕がどれだけ「一体、何なんですか?」と無言で西へ進むエリオラさんに問いかけても、彼女からの返答は何一つも無かった。

 そんな普段とは様子のおかしい彼女を怪訝に思いつつも、僕は彼女の後ろをついて行く。

 西へとひたすらい歩いて行くこと——約二時間。

 寝不足の中を計四時間以上も歩かされていた僕は、さすがに喉の渇きや疲れを感じ始めていた。

 僕が持っている荷物は、いつも着ている私服とコート。

 それに、爺ちゃんからもらった『オンボロナイフ』だけだ。

 バックなんか背負ってないし、身に着けている服以外の荷物は何一つ持っていない。

 エリオラさんも僕と同じで、彼女が持っているものはいつもの貴公子のような服に、銀色に輝く胸当て、それと腰に差された柄の長い片手剣。

 それ以外の荷物は、どこからどう見ても持ち合わせていないと思われる。

 水も食料も持ってきていないのに、こんな『森の奥』に一体何の用なのだろうか?


「エリオラさん! 流石に答えてくださいよ!」


 さらに森の奥へ奥へと進むこと『一時間』。

 とうとう痺れを切らした汗だくの僕は声を大にして前方にいる、僕が歩みを止めたと同時に立ち止まった様子のおかしい彼女に問いかけた。

 何か言わないと、もうついて行かないぞ——という意志を硬くした僕の方へ振り返ったエリオラさんは『相も変わらず』といった表情で、僕のもとへと歩んでくる。  

 そして僕の前に彼女は、腰に差していた剣を僕に渡した。 

「は? な、何なんですか・・・・・・?」

「いいから、受け取って」


 グイッと手渡された剣を僕は受け取り、彼女に言われるがままに、その剣を鞘から引き抜く。

 

「・・・・・・!」 


 剣身に『薔薇の荊』の装飾が入った、銀色の剣。

 まるで美術品かのようなそれは、僕なんかでは到底手が出せない『一級品』であることが素人目の僕でも理解できた。


「それ、貸してあげる」

「・・・・・・は?」


 突然、首を『キョロキョロ』と動かして何かを探し始めたエリオラさんは「こっちだ」と言って僕を手招きした。

 理解が追いつかず、混乱の極地にいた僕は彼女に言われるがまま、無理やり預けられた銀剣を抱えて彼女の後ろをついて行く。

 それからしばらく歩くと、少しだけ木々が開けている場所に着いた。

 ここが何なんだ? と、僕が辺りを探るように見回していると、エリオラさんが再び僕の前まで歩いてきた。

 

「ソラ君。そのナイフ、貸してくれない?」

「・・・・・・いいですけど、何をするんですか?」

「んー『模擬戦』かな。鍛えてあげようと思ってさ。私が君を」


 突然すぎる彼女の発言に僕は咄嗟に声を出せず、口を開けたまま呆けさせた。


 ほ、本気か・・・・・・? 

 模擬戦って『戦う』って事だよな?

 いや僕のためを思ってくれているなら気持ちは嬉しいけど、僕なんかが彼女の相手になれるとは到底思えない。

 どう考えても、エリオラさんは一級の冒険者だ。

 対した僕は、田舎生まれ、田舎育ちのど素人。

 僕と彼女じゃ『月とスッポン』くらい実力が掛け離れていると言っていいだろう。

 全く釣り合いが取れていない。

 模擬戦って、そもそも勝負にならないだろうに。 

 

「え、ええ・・・・・・」

「いいからいいから。私を『殺す気』で来てほしい」

「殺す気って、そんな無茶苦茶な・・・・・・」


 有無を言わさずに僕から『ナイフ』を奪い取ったエリオラさんは、ヒュンヒュンと手慣れたようにナイフを回した。 そして『彼女は一級冒険者』である——と無理やり理解させられるほどの『隙の無い構え』を取る。

 彼女の気迫に押され、怖気付く僕は剣を持ってズリズリと後退りするものの、彼女が僕に向けてくる『真摯』な眼差しを受けて、僕は『ゴクリ』と息を呑んだ。

 

 この『模擬戦』って多分、昨日エリオラさんが言っていた「一人で戦える力」のことでだよな?

 つまりこれは、彼女なりの『厚意』ってこと・・・・・・?

 っていうか、僕を鍛えるっていうなら別に『模擬戦』じゃなくても良くないか⁉︎

 もっと、こう——爺ちゃんが毎日やってた腕立て伏せとかさ、身の危険がないものがあるだろうに。

 マジで、僕は模擬戦をやらなきゃいけないのか?

 

 いや——僕は『やるしかない』のか。


 僕は彼女から放たれた『逃がさないよ』という意思を伝えてくる眼光を受け、覚悟を決めた。

 邪魔になるナイフの鞘を地面に放り投げ、エリオラさんの剣を鞘から引き抜く。 

 この銀剣の刀身は『七十センチ』くらいで、爺ちゃんのナイフの刀身は『十五』センチほどだ。

 間合い? なら僕が圧勝している。

 僕は利き手である『右手』で剣の柄を握り、適当な構えをする。

 僕の覚悟が決まった鋭い眼で見据えられたエリオラさんは、ニッと口角を上げて腰を低くした。 

 

 どちらかが動けば即刻『模擬戦』が開始するという空気が、場に流れている——

 

 待てよ、この剣って『ズバッ』って切れるよな?

 一級の冒険者(エリオラさん)が使っていた剣だ、間違いなくこの世のものとは思えない切れ味を発揮するだろう。

 爺ちゃんのナイフも、オンボロだけど包丁よりは切れるだろうし・・・・・・大丈夫なのか、これ。

 まさかとは思うけどエリオラさん「ウリャッ!」って僕のことを斬らないよね?

 僕がナイフで斬られたら「ウギャアアアアアアア⁉︎」って断末魔を上げて死んじゃうと思うんだが。

 ヤル気に満ち溢れているエリオラさんの顔を見て、僕の胸に凄まじい量の『不安』が押し寄せてくる。

 手加減してくれるよね? 僕ど素人だよ?

 大人な彼女のことだ、多分だけど大丈夫・・・・・・のはず。

 一応、釘は刺しておこう。


「あの、手加減——」

「手加減はいらないよ。全力で来て!」

「いや、手加減を——」

「君から来ないなら、私が攻めるよ!」


 いやいや! 話を聞いてよ!

 ヤバい! 

 剣なんか使ったことないし、どうすればいいんだ⁉︎

 振ればいいんだよな? 振ったはいいけど、エリオラさんに直撃したりしないよな?

 まあ、僕なんかの攻撃が圧倒的に格上な彼女に当たるわけないか。

 

「じゃあ、行くよ!」

「お、おお、おおお、おうっ!」

 

 グッと右足を踏み込んだエリオラさんを見て、僕もあたふたしながら剣先を彼女に向けて臨戦体勢を取った。

 僕の構えを見て、ニヤッと笑った彼女は前傾姿勢を取る。 顎先が地に付くスレスレまで前傾となった彼女は踏み込んでいた右足を蹴り、地面を『爆発』させた。

 ボンッという爆発音と共に、エリオラさんは瞬間移動と言わんばかりの速度で僕の目の前に出現した。

「——ッ⁉︎」言葉を失った僕は咄嗟に剣を縦に構えて、迫り来る、暴力的な一撃を防いだ——!

 

「ふうッッッ!」

「ぐ、っおわああああああああああああああああああああっっっ⁉︎」


 ギャイィンッッッ——という、けたたましい金属音を森中に響かせ、僕の眼前で盛大な火花が散った。

 一撃を受け止めた僕の両肩がミシミシと嫌な音を鳴らし、全身からブワッと冷や汗を噴き出させる。


 それでも——耐えた・・・・・・!


 尋常ではない衝撃を受けて一瞬宙に浮く感覚に襲われるも、次の瞬間には『ザッ』と地に足が着く。


 一撃が重すぎるだろ・・・・・・!

 華奢な身体の線をしているエリオラさんからは想像もできないほどの『怪力』が込められた一撃を受けて、僕は目を剥いた。 

 ビリビリと痺れる手から剣が溢れてしまわないようにする僕は、一瞬だけ『警戒』を解いてしまった。

 

「警戒を解いてはいけないよ」

「え——ごぉっっっ」


 強烈な前蹴り。

 胸部に放たれた靴底の一撃に僕は反応できず、決河の勢いで背後に吹っ飛ばされる。

 不思議と痛くない攻撃に驚きつつも「ふんっ!」と、凄まじい勢いで流れて行く地面を冷静に対処し、片手を地面について一回転。

 ガリガリと地面を削りながら何とか体勢を立て直し、僕は次の彼女の攻撃に備えた。


「——っ⁉︎ 消えた⁉︎」  


 いない・・・・・・どこにも!

 僕は首を必死に動かして姿を消した彼女を探す。

 そんな焦る僕を嘲笑うかのように、彼女は背後を取った。

 

「こっちだよ」

「——っ⁉︎ ウグゥゥゥゥっ⁉︎」


 今度は背部を靴底で蹴られた!

 吹っ飛ぶ僕は『クルッ』と身体を回転させて下半身を落とし、尻で地面を擦って蹴りの勢いを殺す。

 そして『バッ』と立ち上り、次への行動を即座に開始するも——再びエリオラさんはその姿を掻き消してしまった。


 僕は再び、姿を隠したエリオラさんを探す。

 先程に二の舞にならないよう、背後の気配を重点的に探るも、何も掴めず、誰も見つからない。

 

 これが『気配を消す』というやつか・・・・・・!


「風を使うんだ。真正面からじゃ、君は私に勝てないよ」

「ッッッ⁉︎」

 

 突如、僕の横合いに現れたエリオラさんの一撃を、僕は何とか防ぐ。


 重なる金属音。散る火花。

 凄まじい衝撃に身をよろけさせるも、なんとか耐えた。

 

 ヤバい、ヤバい、ヤバい!

 どうしろってんだよ・・・・・・これ!

 風——って一体、どう使えばいいんだよ⁉︎ 

 もう十年以上前から『一度も使ってない』んだぞ‼︎

 

 目で追える速さじゃない! 膂力は圧倒的に負けてる!

 次々に迫り来る攻撃は、尻餅を着かないようにするだけで精一杯だ!


「君は自分を縛ってる。その縛りを『枷』を外さなきゃいけないよ」

「枷っ⁉︎ どういうことっ・・・・・・グゥッッッ⁉︎」


 脇腹っ・・・・・・! 

 ドンっという低い音が僕の身体から鳴り、あまりの鈍痛に耐えきれず、僕は一瞬意識を飛ばしてしまった。

 僕は唯一の武器である『剣』を手放してしまう・・・・・・。

 気を失った僕は自分で蹴りの勢いを殺せず、決河の勢いで横合いに吹っ飛び、生えていた木に背中から激突した。 

「——ッッッ⁉︎ 痛っつぅ〜〜〜〜っっっ⁉︎」

 

 木にぶつかって意識を取り戻した僕は、あまりの激痛に悶え苦しむ。

 そんな地面で倒れながら苦悶の声を上げている僕のもとに、一人の影が覆いかぶさる。

 そして『一時の沈黙』の後、影は口を開いた。


「君はさ、まだ『お母さん』の言っていることを守っているんだよ。だから『忘れてほしいんだ』今はさ」

「母さん・・・・・・っ⁉︎ 忘れるっ?」

「そう。君はまだ『お母さんとの約束』を無意識に守っているんだよ。だから『加護』が上手く扱えていないんだと、私は思っているんだ」

  

 エリオラさんが何か言ってるけど、僕はそれどころじゃないんだが・・・・・・⁉︎

 背中と右脇腹が痛すぎる。

 折れてるんじゃないだろうな、これ。


「勿体無いんだよ、本当に。あの『勇者と同じ力』を持っているのに、そんなんじゃさ・・・・・・」 

「僕は勇者じゃないです・・・・・・勇者とか、なれませんよ」


 震える両手で何とか身を起こそうとする僕に『震えそうになるくらい』エリオラさんは冷たい目を向けた。


「————」


 僕はその目を向けられて声が出せなかった。

 冷然とした彼女の視線を浴びて、身体の芯を冷え込ませた僕は『まさか』という想像を働かせる。

 この人、僕を『殺す気』なんじゃないのか・・・・・・?

  ——っっっ⁉︎ 膝が震えて立ち上がれない⁉︎

 

 背筋が凍る。

 冷や汗が止まらない。

 

 これ、これ——エリオラさんが僕に向けてるのって——


 『殺意』なんじゃないか・・・・・・⁉︎


「ヒュッ」と浅い息が漏れると同時に、僕は全力で地を蹴って『回避』する。


 その瞬間。


 僕がさっきいた場所から『ボンッ』という爆発音が轟く。

 僕は回避の勢いを『グルグル』と地面を転がって殺す。

 そして余裕のない素振りですぐさま立ち上がった僕が見たのは、爆心地に立つ『拳を突き下ろした』形で固まっていたエリオラさんの姿だった。

 彼女の『拳』は着いた地面は大きく爆ぜてしまっている。

 常軌を逸した膂力を地面に放った彼女は『ゆらり』と身体を起こし、こっちを見る。 


 マジだ・・・・・・この人、僕を『殺す気』だ。

 逃げなきゃ、今すぐ逃げないと殺される——!

 

 僕は『ドンっ』と地を蹴り砕いて逃走を開始する。

 全力で東に向かって走り、殺意を向けてくるエリオラさんから距離を取った。


「はっ、はっ、はっ——っ!」

 

 逃走中、後ろから『ガサガサ』と葉を揺らす音が聞こえ、エリオラさんが僕を追いかけてきていることが分かった。

 

 さっき以上の殺意を感じる。

 もし追いつかれたら、間違いなく死ぬ・・・・・・!

 

 僕は、生まれて初めて狩られている。

 

 初めて知った——肉食獣に追われる小動物の気持ちを。

 

 圧倒的な力量さ。勝てるわけがない。


 そのことを理解し、僕は必死に生きることを望んだ。

 全力で走っても、走っても、ついて来ている!

 

 無我夢中で走る僕は、何故か過去を思い出していた。

 これが走馬灯なのだろうか・・・・・・。

 いや、死ねるか馬鹿野郎。

 

 エリオラさんに指摘された『僕を縛る』過去。

 息を切らしながらも、鮮明に見えてくる記憶。   

         

          * * *


『母さん。見てみて! 風! 手から出る!』


 これは最初、僕が『加護』に気付いた時だ。

 母さんは僕が掌から出る風を見て、迷った顔をしている。

 その理由は? 何を悩んでいるの?


『ソラ』

『すごいでしょ! 爺ちゃんたちに言ったら驚くよね⁉︎』

『駄目よ。それを使ったら駄目なのよ』


 母さんは泣きそうな顔をしている。

 何で泣きそうな顔をしているの?


『なんで・・・・・・? 使ったら駄目なの?』 


 母さんは、涙目になる幼い僕をギュッと抱きしめた。


『ごめんね・・・・・・。それは、その風は使わないでほしいの。理由は言えないけれど、意地悪じゃない。私が、私のせいなの。だから・・・・・・』


 僕を抱きしめる母さんは、一筋の涙を流している。

 幼い僕は、それに気付いていなかった。

 いや、気付いていたからこそ・・・・・・僕は——


『・・・・・・分かった。もう使わない』


 涙目の僕を、母さんは頭を撫でて慰める。


『ごめんね・・・・・・ごめんね・・・・・・っ。私が『私が居なくなったら』ソラの好きに生きていいからね——』


 分からないよ。

 何で泣いているの?

 何で、そんなこと言うの・・・・・・?

 何で——・・・・・・


         * * *


「グゥっっっ⁉︎」

「足は早いんだね、ソラ君」


 僕はあっという間にエリオラさんに追いつかれ、思いっきり背中を蹴飛ばされた。 


「ゴッッ⁉︎ ゲハっ。うぅ・・・・・・」


 決河の勢いで吹っ飛ぶ僕に対し、凄まじい速さで先回りしたエリオラさんは、僕が立ち上がれないように背中を踏みつけ、完全に身動きを封じてしまう。

 何とか動こうとする僕を、僕が動こうとする以上の力で踏み押さえた。

 エリオラさんは亀の様に動けなくなった僕を嘲笑うことなく、淡々と話を続ける。


「何で、君なんだろうね」

「はっ・・・・・・?」

「内心、ムカついてたんだよ。風の加護——あの『伝説の勇者』と同じ力を持っているにも関わらず、それを扱えない君に『使わせなかった君の母親』に」

「か、母さんは、何か理由があって・・・・・・! だから!」

「その理由って今も有効なの? いないんだよね、君の母親」

「そんなの、僕が知りたいですよ・・・・・・!」

「いつまで甘えるつもりなの、君。その歳で、自分で考えて動けないのか、君はッッッ‼︎」

「があっっっ⁉︎」


 僕はまるで『ボール』のように軽々と蹴り飛ばされた。

 エリオラさんの鉄靴の先が腹部にめり込み、内臓が潰された様な嫌な感覚に襲われる。

 信じられない程の衝撃を身体の内側に受けて、胃の中の物を全て吐き出した僕が飛んだ先に、再び先回りした彼女が構えていた。

 朦朧とする僕が見たのは、僕を殺そうとしているエリオラさんの姿。

 彼女は『拳に炎を纏い』その右手は煌々と輝いている。

 もし、あれをまともに食らえば間違いなく僕は死ぬだろう。

 それほどまでに強力な洗練された力だと、薄らと開く両目から見ても理解できた。

 

 死ぬ? ここで? 今?

 抵抗できない、防御できない。

 あれを食らえば、間違いなく死ぬ。

 どうする、どうやる、どうやって、あの攻撃を防ぐ?

 

 ・・・・・・——風を使えば、いい。


「ッッッ‼︎ がアアアアアアアアアアああああああああああああああああああ‼︎」

 

 僕は全力で、身体の内側で眠っていた『風』を叩き起こす。

 何年も僕によって眠っていた風は、僕の中で嵐となって暴れ回った。

 目の奥で『パチパチ』と光が明滅し、口から臓物が飛び出るんじゃないかと思える程、身体の内側で風が吹き荒れている。

 

 すごく、すごく懐かしい。

 生まれた時から・・・・・・いや、もっと昔から。

 僕は『風』と一緒だったんだ——


《まだ死ぬわけにはいかない》


 僕はカッと目を開き、身体の内側で暴れまわる風を爆発させた。

 弧を描いて宙を舞っていた僕の身体は、風によってその動きを止める。

 

 僕は空に浮いていた。風の乗り、体勢を整える。

 

 掌に『暴風』を作り、それを撃ち出すように構えた。

 

 狙うは、エリオラさん——いや、駄目だ殺してしまう。

 だけどここで撃たなかったら、それも駄目な気がする。

 彼女は、僕が撃つことを望んでいる。

 それは真っ直ぐに僕を見る、彼女の目が伝えていた。 

 僕は、それに応えたい。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ‼︎」


 僕は掌に溜めた暴風を、彼女の目の前に落とした。

 それは瞬く間に蹂躙の限りを尽くし、森の一部を吹き飛ばす。

 暴風の弾着で『ドゴーン』という低い轟音が辺りに響き渡り、小さな地鳴りを起こした。

 それは遠く離れた冒険者達も確認でき、冒険者達は立つことすら儘ならない豪風に這い蹲りながらも耐え凌ぐ。

 起き上がった冒険者達は風の発生源、空高く砂埃が舞う場所を認めを、そこを目指して走った。


「・・・・・・これが、加護」 

 

 まるで僕を避けるように、風の余波が吹き抜けていく。

 風の力を使った本人には一切被害の無い、極大の一撃。

 それを宙から見届けた僕は、風に乗ってゆっくりと降下する。 

 そして地に足が着いた瞬間、身体が『ピキッ』と動かなくなり、そのまま地面に倒れてしまった。


「・・・・・・っ⁉︎ ぁ・・・・・・」 

  

 さっきボコボコにされたのが、今——・・・・・・

 

 ダメージを蓄積したソラの身体は限界を迎え、意識が暗転する。

 勝ったのか負けたのか分からないまま、眠りに落ちる。

 

 しかしソラは、確かに満たされていた。

 

 無意識に抑えつけていた『風』を解放し、自由を手に入れたのだ。

 自由になった風はソラを抱きしめるように、守るかのように——

 眠るソラを中心に回っていた。

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