第12話 残酷だって、分かっているけど

「歩くのヤダ」と言って、その場にへたり込んでしまったアミュアさんを僕が背負い、三十キロほどの重さと、ジワジワと汗を掻きそうになる体温を背中で感じながら、西へ歩いて移動すること——約二時間。僕達は『フリュー大森林』と呼ばれる、どこまでも続く森の前に到着した。

 

「やっと着いたわね」

「アミュアさんは自分で歩いてないじゃないですか」

「はいはい。ありがとね、ソラ」

「はあ……」


 調子良いな、この人。僕は額に滲んだ汗をコートの袖で拭き、辺りを見回す。

 森の前には沢山の冒険者が屯しており、フリューの門前と同じように「どっちへ行こうか」と話し合いをしていた。しかし、フリューの門前にいた冒険者達と、ここにいる冒険者達は『明確』に違う点があった。それは彼等彼女等の目が『敵対者』を見るような目だったからだ。フリューの冒険者達は『おっとり』としていて余裕がある感じだったけど、ここの冒険者達はどことなく『ピリピリ』していて、その余裕は全く感じられない。そりゃそうか。ここにいる冒険者達は皆『十万ルーレン』という高額報酬を巡り合う『ライバル』だからな。先に魔獣を獲った者か勝ちで、十万ルーレンという報酬は独り占め。負けたら報酬はもちろん『ゼロ』で、ここまでの労力は水の泡になるわけだ。そんな『殺伐』とした雰囲気を醸し出す彼等彼女等の話し合いに、エリオラさんは余裕の笑みを浮かべながら参加し、どの辺が怪しいかなどの情報を事細かに聞き出した。何でも『フリュー大森林』はその面積が広大すぎて、たかが冒険者数十人では捜索しきれていないとのこと。リップさん曰く、森の大きさは風の都である『フリュー』に匹敵するほどらしい……。「広すぎない?」「広すぎますね」と、僕とアミュアさんが話し合い、エリオラさんとリップさんは『どう動くか』を話し合った。結果として、僕達は『二人一組』になって行動することになった。

 

『アミュア・リップチーム』『エリオラ・ソラチーム』

 

 この二つに分かれ、魔獣を見つけたら戦闘員が撃破。探索員は戦闘中は遠くへ逃げて、発煙筒で他チームに位置を知らせるとのこと。僕はリップさんから発煙筒と、赤色の石が埋め込まれた、十五センチくらいの『ボタン付きの棒』をもらった。

 

「何ですか? これ」

「それは『魔道具』っス。マジックアイテムとも言われていて、これは棒の先っちょのところに火が付くんすよ」

「火が付く……」


 僕が棒の持ち手ある『ボタン』をカチャッと押すと、本当に棒の先っちょから火が出てきた。


「それ凄いでしょ! ボウッと火が出るのよ!」

「棒だけに——……って、ダジャレ?」

「ち、ちげーし!」


 自慢げにダジャレを披露したアミュアさんは、僕のツッコミに『ハッ』と肩を揺らし、顔を赤くしながら僕の発言を否定した。そんな羞恥に染まる彼女を無視し、僕が「スゲー!」と魔道具を『カチャカチャ』して遊んでいると、エリオラさんとリップさんから「クスクス」と笑われてしまった。僕は顔に熱が集中すツノを感じながら「ゴホン」と、態とらしく咳払いし、もらった発煙筒と火の魔導具をコートのポケットに入れた。——ん? 魔導具と発煙筒を入れたポケットをガサガサと漁ると、中には既に何かが入っており、僕はそれを取り出した。ポケットから出て来たのは『食中り』の薬だった。小瓶に入った青色の粉薬は、僕が村から旅立つ時に薬師の『カカさん』からもらったものだ。 僕はコートのポケットに入れっぱなしだった食中りの薬を、グッ握りしめる。すると、心の奥底から『懐かしさ』が込み上げてきた。

 まだ村を出て、二週間も経っていない気がするのだが……。


「準備できたかい、ソラ君」

「——! はい!」

「ふふ、それじゃあ行こうか。夜の間も探すから、明かりの準備をしておいてくれ」

「分かりました」


 朝の七時前から移動して、今の時刻は十時前くらいだ。今から広大すぎる『フリュー大森林』の奥深くへ行くとなると、深夜まで探索は続いてしまってもおかしくはない。さっきリップさんから預かったバックの中に……あった、これこれ『ランタン』。僕はランタンを手に持ち、出発の準備が完了した。


「よし。私とソラ君が魔獣を探すのは『森の西側』だ。一旦奥まで行って、そこからは扇状に探索するよ。あと、私からあまり離れないでね、もしもの時は私が守ってあげるから」

「は、はい!」


 カ、カッコいい……! 僕は、エリオラさんを見て「キャーっ!」と黄色い声を上げていた女性達の気持ちが分かった。 正直、魔獣のことが少し怖かったんだけど、彼女がいるなら大丈夫な気がする。彼女の背中は、そんな恐怖を取り除いてしまうくらい、とても頼もしく感じた。これがアミュアさんだったら、僕は余計に不安に感じていたと思う。あの人の背中は頼りない——ってアミュアさんに言えば、脛を蹴られそうだな。これは身の安全のために、心の中にしまっておこう。僕は無駄な思考を止め、スタスタと前を行くエリオラさんの後に続いた。

 

 僕達は昼前に森に入り、ひたすら西南の方角へ真っ直ぐ、森の奥へ奥へと進んでいく。どれだけ進んでも何も変わらない、何処までも何処までも——この森が『無限』に続いているかのように錯覚してしまう風景に惑わされて、方向感覚や時間の感覚を奪われてしまった僕が若干の焦りを感じ始めた頃、前を歩いていたエリオラさんが急に立ち止まった。


「少し休憩しようか」

「あ……はい」


 僕は突然振り返ったエリオラさんにそう言われ、キョロキョロと辺りを見回し、座るのにちょうど良さそうな木の根に腰を下ろした。木の根の主である、背が高くて幅の太い樹木を背もたれにし「ふぅー」と息を吐いた僕は、ふと空を見上げた。太陽が僕の真上——中天に存在し、今の時刻が正午くらいだと言外に告げている。僕達が『フリュー大森林』に入ってから、大体三時間が経ったというわけか。まだ数十分くらいしか歩いていない気もするし、丸一日歩いてたような気もする。風景が変わらない場所を延々と歩いていたせいで、感覚がおかしくなってしまっている。 進んでいるようで、進んでいないような不思議な感覚だ。ちょっと気持ち悪くなりそう……。


「はい、水」

「あ、どうも」


 僕は、エリオラさんが飲んでいた水筒を受け取り、それに迷うことなく口を付ける。


「ふふ、間接キスだね」

「は、ははは……」 


 悪戯好きの子供のような笑みを浮かべたエリオラさんは、彼女の飲み掛けの水を飲む僕に『冗談』を言う。僕はそれに苦笑しながら、グイッと水を飲み干した。そして空になった水筒を地面に置き「あぁー……」と気を抜けた声を出して、できる限りの脱力をする。張り詰めていた緊張を解き、リラックスした僕の耳に届くのは、木の葉が風で擦れ合って奏でられている『ザー』という耳心地の良い音だ。魔獣とかいう『危ないの』がいなければ、ここで小一時間くらい昼寝をしたい気分だ。

 

 軽く目を瞑って休憩していた僕は目を開き、折っていた首を上げて辺りを見回した。この森に来た時から思ってはいたけど『薄暗い』な。

 

 管理が行き届いていないのだろう手付かずの森には木々が生い茂っており、背の高い木に生える枝葉に日光が遮られて視界が十全に機能しない程度には仄暗くなってしまっている。木漏れ日はあるけど明るさを十分に満たすほどではないし、魔獣が木陰に隠れてしまっていたら発見なんてできないのではないだろうか? 何故か『鳥の声』も聴こえないし、結構不気味な感じだ。


「ふふ」

「——? どうしました?」

「ここだと『分かりやすい』な——と思ってね」

「どういうことですか……?」


 急に笑い出して、一体何が分かりやすいんだ? 怪訝な顔で首を傾げる僕を見て、エリオラさんは上品に口に手を当てて「ふふ」っと笑う。そして僕が求めていた「分かりやすい」という彼女の言葉の答えを教えてくれた。

  

「ほら、その雑草を見て」

「雑草……?」 


 木の根に腰掛けた僕の足元にある、何の変哲もない雑草。その草を指差すエリオラさんは何故か『ワクワク』とした表情をしていて、すごく楽しそうだ。僕は彼女の指が指している場所を目で追い、何の変哲もない雑草を『まじまじ』と見る。その雑草は風に吹かれているように『サワサワ』と揺れ動いている——のだけど、これがどうかしたのだろうか?


「それ『君の風』で揺れ動いているんじゃないのかな」

「僕の『風』?」

 

 僕は視線を下げて自分の足元の雑草が揺れ動いているのを認め、次にエリオラさんの足元の雑草を見る。彼女の足元の雑草や、尻を敷いている辺りの雑草は、僕とは違って『ピクリ』とも揺れ動いていない。どうやら僕の足元のこれは『自然の風』ではなく、エリオラさんの言う通り『僕の風』の影響を受けているようだ。


「確かに。揺れてるの、僕の足元のやつだけですね」

「だろ?」 


 これが『加護』と言うやつか。今まで全然気づかなかったな……。もしかして、普段もこうなっていたのだろうか? っていうか、凄いのは彼女——エリオラさんだ。

 よく初対面の時に、この程度の微風に気が付いたな。どれだけ感覚が鋭いんだか。


 人知れず、僕からの尊敬の念を送られるエリオラさんは目を子供のように輝かせながら「うんうん」と顎に手を当てて、興味深そうに僕を観察していた。彼女は僕に触れそうな距離で手をかざし、僕が出しているのだろう『微風』を感じ取ろうとする。

 

「うん。ソラ君の身体の表面には『風の膜』のようなものがあるね。妙な風は感じていたけど、こうなっていたんだね。無意識で使っているのかな?」

「えっと、意識はしてないですね。勝手に出てるんだと思います……」

「へぇー、面白いね」

「そうですかね?」

「面白いよ、とっても。風の加護か……憧れるなぁ」


 風の加護——これって、エリオラさんが憧れるほどのものなのかな?

 微風を出しているだけとか、超地味だと思うんだけど。

 僕が『使いこなせていない』だけ——なのかもしれないけど。

 

「ソラ君、加護を少し使ってごらんよ」

「加護をですか?」

「そう。君、加護を使い慣れていないみたいだし、使いこなせるようになった方がいいと思う。これからの事を考えると君は『一人で戦える力』を持っているべきだと思う」


 一人で戦える力——か。確かに。僕がフリューを出て『ハザマの国』へ行く時には、この人達とは『別れてしまっている』だろう。彼女のいう通り、僕が一人旅をする時のことを考えると、自衛——『一人で戦う力』は必須なんだと思う。

 

「僕にできますかね……?」


 自信が無くて下目遣いになる僕に、エリオラさんは柔和な大人の笑みを送る。

 まるで保護者のように、彼女は僕に語りかける。


「できるさ。君がいつか『勇者』になったら「彼は私が鍛えたんだ」って、アミュア達に自慢させてくれ」

「ゆ、勇者ですか……?」


 僕が『勇者になる』とか言う、壮大すぎる御伽噺を子供のように目を輝かせて話すエリオラさんに、僕は堪らず苦笑した。


「そう。君が勇者になれば、私は勇者に戦い方を教えたって事になるだろ? それを自慢したいんだよ——私は」

「自慢になりますかね?」

「なるよ『一生物』のね」


 少し意地悪な顔をするエリオラさんは『少女のような雰囲気』を出しながら、地面から立ち上がった。僕も彼女に続くように立ち上がり、ズボンに付いた土を叩いて落とす。立ち上がった僕を見ていたエリオラさんが口を開こうとした——その時。

 

 僕達のもとに一際強い『風』が吹いてきた。

 

 身体を叩きつけるような強風が、地面に生えている木々を縫いながら吹きつけてきて、僕が手に持っていたコートがバシバシとはためく。

 

「——?」

「ソラ君? どうしたんだい?」


 吹き付ける強風を横合いから浴びていた僕は、その風に乗ってきた『何かの音』を敏感に感じ取った。音を乗せた風が吹いてきた方角を、僕はじっと凝視する。そんな固まる僕に怪訝な顔をするエリオラさんは、僕が向いている方角を見た。しかし彼女は何も感じ取れない——いや、感じ取れるわけがない。それは、風の加護を持っている者だけが知覚できる『風の知らせ』だったのだから。


「多分ですけど、あっちに『何か』がいます」


 僕が指差した方角は『北西』。エリオラさんは突飛なことを言い出す僕を否定することなく、少女のような晴れやかな笑みを浮かべ、頷いた。

 

「行ってみよう」

「……はい」


  

 僕とエリオラさんは駆け足で北西に進む。エリオラさんの判断で、僕はリップさんから預かっていた発煙筒を使った。白くて細い煙が『モクモク』と空に上っていき、大体一時間半ほどで、離れていたアミュアさん達と合流できた。それから四人——と発煙筒の煙を見つけて集まってきた数人の冒険者達を連れて『風が示していた方角』へと進んでいく。時折吹く風に乗ってくる『音』は、その姿を隠すことなく僕を誘導してくれた。数人の冒険者達を僕が『先導』して進み、約一時間半ほどが経過した。

 

 風に乗って僕を導いていた音のは、僕の眼下にある巨木の下に掘られた『穴』から発生していた。『キィーキィー』という動物の赤子のような、か細い声が聞こえてくる巣穴に、僕達について来ていた強面の男性冒険者が躊躇いなく手を突っ込む。 


「おっ! いたぞ!」


 周りの『ザワッ』とした声と共に——巣穴から引き抜かれた冒険者の手に握られていたのは『黒い犬の赤子』。巣穴から取り出された犬の顔には『四つの目』が存在し、その爪は通常の犬とは異なる歪な形をしていた。間違いなく、この『生物』が——


「こりゃあ、魔獣のガキだ!」


「てことは、ここが魔獣の巣穴で間違いないな。おい! 罠を張っておけ!」

「すげえ〜。これが『風の加護』かよ。こんなん俺らが見つけられるわけねえなぁ」

「ああ。加護持ちの奴は初めて見たけど『加護は特別』って言われてるだけのことはあるな」


 魔獣の子を見つけた各々は「ああだ、こうだと」興奮した様子で好き勝手に喋っている。そんな彼等彼女等と『世界が切り離されてしまった』かのように、僕は硬直したまま黙り込んでいた。

 

「よし、それじゃあ『殺す』ぞ」と、小さい命の前で残酷な『死刑宣告』を言う冒険者を——僕は黙って見つめていた。

 

 僕は何も言わずに『何も思わず』、魔獣の子の『ギャイッ!』という甲高い断末魔を耳に入れる。男性冒険者は手慣れたように首を捻じ折った魔獣を地面に放り投げ、再度、魔獣の巣穴に手を突っ込んだ。 

 

 そして——一匹、二匹、三匹、四匹、最後の五匹目を首を折って殺す。  


 その『流れ作業』を僕は黙って見つめていた。何故か僕は『魔獣』の命が奪われる様を見ても、止めようとは思えなかった。命を奪うのは残酷なことなのだとは思うけど、それが必要な事だとも『心の奥底』で理解してしまっている。


 何故かは分からない。その理由を理解できなかったから、僕は『固まって』しまっていたのだから。

 

「終わったね。リップ、罠を張っておいてくれ」

「うっス!」

「ソラ君、リップの仕事が終わったら拠点に戻るよ」

「——! は、はい!?」


 僕はエリオラさんに肩を叩かれ、驚きで肩を跳ねさせる。彼女は僕の目を『不思議』そうに、じーっと見つめた後、柔和な笑みを浮かべて「行くよ」と、フリューがある方角を指差す。僕は彼女にぎこちなく頷き、作業をしているリップさん達の手伝いを始めた。首の捻じ曲がった『魔獣の死骸』を使って罠を張る冒険者達を小一時間ほど手伝い、そのまま休憩なしで拠点へと戻った。 

  

 朝が来かけていた深夜に拠点の宿に着いた僕達は、汗で汚れた身体を洗い終えると、気絶したようにすぐさま就寝する。


 そして——日が登った頃、僕はエリオラさんに起こされた。

 

「エリオラさん……? どうしたんですか……?」

「ちょっと、ついて来てくれるかい?」

「え…………?」


 訳が分からないまま寝巻きを着替えた僕は、エリオラさんに連れられて西の方角へ『フリュー大森林』へと向かった。道中「どうしたんですか?」と僕が聞いても何も答えないエリオラさんを怪訝に思いつつも、僕は心から信頼している彼女を疑うことなく、大きな欠伸をしながら後をついて行った——

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