第14話 肉体美を晒す『自称』姉

 暖かい・・・・・・。とても気持ちがいい。

 高級な毛布で全身を優しく包み込まれているかのような、安心できる温もりを肌で浴びるように感じる。

 壊れていた身体の箇所がゆっくりと元の形に治っていき、尽きていた体力が見る見るうちに回復していく。  

 万全の状態まで『治癒』された僕の肉体は、暗い闇の底に落ちていた意識を力強く引っ張り上げる。

 そして、ゆっくりと瞼を開けた僕の目前には、怒った顔をしている二十五歳の子供——アミュアさんの姿があった。


「あれ・・・・・・? アミュアさん・・・・・・?」

「あ! やっと起きた!」


 僕は寝惚けた頭を何とか覚醒させ、ギチギチに硬くなっていた首を無理やり動かし、今の状況を確認する。

 どうやらここは『魔獣討伐の拠点』のようだ。

 僕が今横になっているベットは、周りに化粧品が散らばっているから、アミュアさんが使っていたベットで間違いないだろう。

 そんな彼女のベットで横になっている僕は、当のアミュアさんの膝を枕にしているようだった。

 確か・・・・・・僕の内側にあった風を爆発させた後、身体が『ピキッ』って動かなくなって、そのまま気を失ってしまったんだよな。

 それで気絶してしまった僕は『誰か』に拠点まで運んでもらった——という感じだろうか。

  

「痛いところある? あるなら治してあげるけど」

「えっと、首がギチギチに硬くなってます」

「治癒魔法をかけると筋肉が硬くなるのよね〜。だからそれを治すのは無理」

「ああ、そうっスか」


 僕はアミュアさんの膝枕から頭を離し、横になっていた上半身を起こす。

 そして『ズンっ』という感じの重さが伸し掛かっている頭をブンブンと横に振って、何とか振り払った。


「なんか、全身が重いんですけど・・・・・・」

「当然でしょ、全身に治癒魔法かけたんだもの。っていうか感謝してよね! アンタ結構ボロボロだったのよ?」

「ああ・・・・・・どうも、ありがとうございました」

「ふふん! もっと褒め称えなさいな」

 

 その後、部屋を徘徊する僕の後を彼女が「褒めろ褒めろ!」と言いながらついて来るので、僕は仕方なく「すごーい」とか「さすがー」などの心無い賞賛を贈った。

 彼女は「心が篭ってない!」と最初は怒っていたものの、ずーっと『褒め称え続ける』僕に満更でもない様子だった。

 そんな彼女を尻目に、僕は部屋に居ない『二人』を探す。

 

「アミュアさん。リップさんと・・・・・・エリオラさんはどこに?」

「リップは『薬屋』よ。エリオラは——」


 アミュアさんが、エリオラさんの『居場所』を言おうとした——その時。

 バンっと部屋に備え付けられていた『浴室』の扉が開き、素っ裸の何者かが部屋に入ってきた。


「私はここだよ」


 そう言って僕達の目の前に現れたのは、服も下着も身に付けていない『生まれたままの姿』のエリオラさんだった。

 彼女は自信満々の様子で、自身の肉体美——美しく引き締まった全身の筋肉や割れた腹筋、女性特有の膨らんだ乳房を異性である僕に堂々と晒していた。

 そんな彼女に対し、僕とアミュアさんは言葉を発することができす、気圧されるように尻餅をつく。


「おはよう、ソラ君。元気そうでよかったよ」


「・・・・・・き、筋肉スゴっ!」


「そっちじゃねえだろっっっ!」

 

 混乱しながらも、万人の目を惹きつけるだろう彼女の肉体美を褒め称える僕に、アミュアさんはできる限りのツッコミを入れたのだった——  


         * * *


「弟のようなソラ君に、私の裸体を隠す必要は無いと思ってるんだけどね」

「意味分っかんないから! バカバカバカバカバカバカバカバカバカ!」

 

 僕とアミュアさんは全く服を着てくれなかったエリオラさんに無理やり服を着させて、彼女の『意味不明』な弁明を聞いた——のだが、案の定、僕達には『理解不能』だったため先ほど彼女との会話は諦めたところだった。

 この件に関しては、僕達の傷薬を買いに行っていたと言うリップさんも味方に付いてくれた。

 全裸を堂々と晒していたエリオラさんは、僕に裸体を見られても特に気にしていた素振りもなく——というか、もはや『見せに来ていた』ような感じではあった。

 そんな様子のおかしいエリオラさんは、真っ赤な顔でマジ怒りするアミュアさんを前にしても物怖じせずに『ヘラヘラ』としており、リップさんが買ってきた菓子パンを頬張りながら、薬を手足についた擦り傷に塗っている。

 

 こんな様子のおかしい彼女に、一体何から話せばいいのやらだが、僕はとりあえず『模擬戦』についての話を聞く。

  

「模擬戦って、本当に何だったんですか?」


 僕の言葉を聞いて、先に反応したのはアミュアさんだ。


「模擬戦ってなに? アンタら、朝っぱらからどこ行ってたわけ?」


 眉を顰める彼女の問いに、僕はできる限り詳細に答えた。

 アミュアさんとリップさんは僕の話を聞くにつれて『理解不能』と言わんばかりに顔を顰めていき、僕を『殺そうとした』彼女が平然としている状況に違和感を感じ始める。

 どうやら彼女達は、僕の『混乱』を共有してくれたようだ。


「エリオラ。アンタ本当に何がしたかったの?」


 そんな呆れ気味に問いかけるアミュアさんに、エリオラさんは柔和な大人な笑みを顔に浮かべて答えた。


「私はただ、ソラ君に『死んでほしくない』と思っただけだよ」

 

 エリオラさんには何かしらの真意——模擬戦を始めた意図があるのだろうけど、結局僕達には分からないまま、この話は終わってしまった。

 不完全燃焼という感じはあるけど彼女に『悪意』はなさそうだし、いつまでも『思いっきり蹴りましたよね? 超痛かったんですけど』という恨みつらみを善人である彼女に持っている意味は無いと思うし、暴力に関しては納得しきれないけど、彼女には一食一泊の恩があるから、許すことにしようと思う。


「マジで意味分かんないんだけど」


 僕も分かんないんだけど・・・・・・。

  

「暴力を振るったのは心から悪いと思っているよ。本当に申し訳ない。それで謝罪の意味を込めて、今から食事を取りに行かないかな?」

「はぁ・・・・・・? いいっスけど」


 唐突な食事の誘いを受け、リップさんは渋々了承する。


「エリオラの奢りね」


 アミュアさんは乗り気な感じで、もう『お怒り』の意識を切り替えてしまっていた。


「ソラ君も行こう。お姉ちゃんがいいもの食べさせてあげるからね」

「お、お姉ちゃん・・・・・・?」


 この人、マジで怪我しておかしくなったっんじゃ・・・・・・。


「キッショ・・・・・・」

「エリオラ姐さん、頭打っちゃったんすか・・・・・・?」

「彼女達は無視して行こうか、ソラ君」


 僕は何が何だかよく分からないまま、エリオラさんに手を引かれ、宿を出て食事に向かった。


          * * *


 食事をしに向かったのは、西大通りにある小洒落たレストラン。

 シェフの人が「フリューで一番の味だよ!」って声高に吠えている、ちょっと暑苦しいレストランだ。

 そんな熱い店でも客は多く、テーブル席が空くまで三十分近く待った。

 全員で席に着き、僕はチーズパスタを注文し、エリオラさんも僕と同じものを頼んだ。

 アミュアちゃんは『ソルフーレンの国旗』が突き立てられたお子様ランチ——じゃなくて、小さいオムライスを。

 リップさんは、激辛と謳われていた緑色のスープを注文していた。

 あとは誰が頼んだか一目瞭然という感じで、お子様の目の前に大量のケーキが並んだ。

 エリオラさんの奢りだからって、どうせ食べ切れないのに羽目を外しすぎなんじゃないだろうか? 

 こんな量を食べられるのか? と僕が眉を顰めていると、エリオラさんが『苺のショートケーキ』をフォークで取り、それを僕に向けてきた。


「はい、あーん」

「自分で食べれますよ・・・・・・」


 食べさせてもらうのは普通に恥ずかしいし、甘いものは好みじゃない——というか大の苦手なわけで。

 僕に拒否されたエリオラさんは『しゅん』と肩を落として、自分が取ったケーキを頬張った。

 そんな彼女を見ながら、僕は自分が注文した『チーズパスタ』を不器用にフォークを回して、口に運ぶ。 

 ——うん。

 チーズの濃厚な味が、縮れたパスタ麺によく絡みついていて、とても美味しい。

 太めに製麺されたパスタも食べ応えがあって、舌だけじゃやなく、腹にも満足感を得られる。

 さすが、フリューで一番の味——納得の一皿だな。


「ね、一口ちょうだい」

「え? まあ、いいですけど・・・・・・」

 

 突然、僕のパスタを強請ってきたアミュアさんは、僕の予想通り、パスタを一口分——どころではないくらいの量を横から掻っ攫っていく。


「ありがとね〜」

「だと思ってましたよ・・・・・・」


 あっという間に寂しくなってしまった皿を見て溜め息を吐いた僕は、ふと周りを見回した。

 リップさんは汗だくになりながら黙々とスープを啜っており、エリオラさんはいつの間にかパスタを完食していた。

 

 何か、この人達とはつい最近出会ったなんて思えないな。

 皆んな、いい人達だ——殺されかけたけど。

 

「ソラ君はさ・・・・・・」

「はい?」


 僕に向けて口を開いた真面目な顔をするエリオラさんは、しばらく黙った後、口を開いた。


「ソラ君は、この後どこに行くんだい?」

「この後、ですか・・・・・・?」

「そう。私たちは明日、この街を出ようと思ってるんだ」


 街を出る・・・・・・のか、明日。

 モルフォンスさんがくれる信書は『ハザマの国』への物だったはずだ。

 だから僕が行くとすれば『北』になるのだろう。


「エリオラさん達は、どっちへ行くんですか?」

「私たちは『アリオン諸国』の方へ行く。ちょっと目的があってね」


 アリオン諸国は、この国から南の方にある小国家群の総称だ。

 僕が向かうだろう方向とは逆方向になる。

 だとすると、僕達は明日でお別れなのだろう。

 

「目的って、何なんですか?」

「私達ではなくて、私個人が『とある人物』を探しているんだよね」

「とある人物・・・・・・?」

「アロンズ——っていう『魔人』を探しているんだ」


 魔人・・・・・・?


「魔人・・・・・・って何ですか?」

「アンタ、マジで無知ね。ビックリだわ」

「まあ簡単に言うと『人型の魔族』っスね。喋ったりして人間と遜色ないっス。見分けがつかないレベルっスよ」


 魔族の中には、そんなのもいるのか。

 アロンズ・・・・・・聞いたことないな。

 何で探しているんだ?


「何でその『アロンズ』っていう魔人を探しているんですか?」


 エリオラさんはしばらく黙った後、目に静かな怒りを宿しながら、僕の問いに答えた。


「アロンズっていう魔人に、私は家族を殺されている。だから探しているというのは『復讐』だね。それが私の旅の目的だから」


 殺された——という言葉の衝撃が強すぎて、僕は何も言えなくなった。

 リップさんとアミュアさんの方を見ると、二人は話を補足してくれた。


「私はアロンズってやつとは関係ないわよ。ただ何となく生まれ故郷を出たかっただけ」

「私はフリーの時にスカウトされただけっス」

「ま、ソラ君が気にする必要はないよ。もし見つけたら、私の代わりに『ガツン』っと仇を取ってくれ」


 ガツンっとって、弱っちい僕に出来るわけないでしょ。


「ふふ、これが最後のソラ君との食事か。いや、またいつか会えるさ。世界は思っているより狭いからね」

「そうですかね・・・・・・」

「そうさ、いつか会える。君のお母さんも、いつか必ず見つかるよ」

「——! が、頑張ります・・・・・・!」

「応援しているね」

「キッモ。イチャイチャしないでくれない?」

「はは。本当に姉弟みたいっスね」


 リップさんの「姉弟」という言葉に『キュピンっ』と頭の当たりに謎の光が走ったエリオラさんは急に立ち上がり、メチャクチャな熱意を発しながら聞き取れないくらいの早口で「??????????」と、何かを語り出した・・・・・・。


「ということで、弟は素晴らしいんだよ・・・・・・!」

        

 唖然とする僕の服の裾を引っ張ってきたのは、アミュアさんだ。

 何か聞きたい様子をしていた彼女は、僕の耳に口を近づけた囁く。


「アンタさ、アレ聞こえてた? なんて言ってたの?」

 

 この状況、既視感があるな。興味津々な彼女には悪いけど——


「何にも分からなかったですね」


「え?」


「「「ご馳走様でした」」」

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