第11話 背に当たるのは『薄い』感触
早朝。僕達は起床して早々に支度を済ませ、三十分遅れて起きてきたアミュアさんの支度が終わるのを待ってから宿を出て、街の『大西門』へと向かった。太陽が顔を出してすぐの時間帯のせいか、街を歩いている人は昼間よりも断然に少なく、新聞を配達する人や開店の準備に追われている人、ウォーキングをする健康志向な人など、昼間に見ない人々が朝霧に満ちる街に現れていた。
「はぁ〜〜……ソラ、眠いから『おんぶ』して」
「ええー……まあ良いですけど」
「アンタに拒否権なんかないっつーの!」
僕は杖を持ったアミュアさんを背負いながら、途中で寄ったパン屋で購入した、揚げパンを美味しそうに齧る。そんな『ホクホク』とした僕の様子を背中から見ていたアミュアさんは、唐突に「一口頂戴」と言ってきた。僕は口に含んでいたパンを飲み込み、僕の右肩から小さい顔を出す彼女に言う。
「さっき『苺のクロワッサン』食べてたじゃないですか」
そう。彼女は「これがいい」と言って、僕にピンク色をしたパン『苺味のクロワッサン』を買わせていたのだ。今までの宿代や食費なんかはエリオラさん達に出してもらっていたから、彼女に食事を奢るのは別に良いのだけど、今日は一日中壁街を歩き回りそうなのに、力の源になる朝食を減らすのはなぁ——という思いだ。お腹が空いて力が出ないなんてことは避けたいのだけど。
「そんなの関係ないわよ。お腹空いたから一口頂戴!」
「はあ……。そんなに言うんだったら、どうぞ」
僕は、幼稚な彼女が『普通の一口』で終わらせるとは思っていない。どうせ、限界まで口を開けて食べるに決まっている。僕はスッと細めた疑いの目を肩から顔を出す彼女に向けつつ、手に持っていた齧り跡のある揚げパンを差し出した。
「ふふっ。あーーーん」
案の定、限界まで口を開けた『がめつい』彼女は、僕の揚げパンの『半分以上』を噛みちぎっていった。
「ほら! やっぱり『一口の大きさじゃない』じゃないですか!」
「良いじゃん良いじゃん!」
「もぉーー……」
予想していた通りのことが起き、溜息を吐いた僕は残りの半分を一気に平らげる。
半分以下になってしまった朝食を摂り終えた僕が前方に視線を戻すと、目的地の『大西門』がすぐそこまで近づいてきていた。見上げるほどに大きな西門には既視感があり、僕がフリューに入るために通った『大東門』とそっくりそのままな造りであった。 その大西門の前には『冒険者』らしき人達がおり、エリオラさんトリップさんの二人は、その冒険者の一団に今回の『魔獣』についての話を聞きにいった。エリオラさん達と同じ冒険者——僕達と同じく魔獣を探しているのだろうあの人達が、素直に情報提供してくれるのだろうか? と僕は疑いつつ、暇をしている僕とアミュアさんは大西門の前で、地面に転がる小石を蹴り合う。
約十五分後、僕達は冒険者の一団と話し終えたエリオラさん達と合流した。
「どうでした?」
僕は、エリオラさんに『話し合いの結果』を聞く。
「昨日くらいに西の大森林で『魔獣』を見た者がいたそうだ。シルエット的には『四足の犬型』魔獣のようだね。想像できると思うけど、足の速いタイプだよ。見つけた時は走り負けてしまったようで、そのまま見失ってしまったそうだ。それで、この辺りの冒険者達は西にある大森林に当たりを付けて、昨晩から動いているみたいだ」
エリオラさんの話が終わり、リップさんが注釈する。
「昨日のうちに、その魔獣の発見報告が街にばら撒かれたみたいで、大森林には街中の冒険者が集中してるみたいっス。手前の方は粗方荒らされているでしょうから、私達は初日から『森の奥』に行かなきゃっスね」
「なるほど」
大森林。一昨日の作戦会議で僕達が『西に向かう』切っ掛けになったやつだな。
つまり、エリオラさんとリップさんのがした一昨日の予想は見事に『的中』していたわけだ。僕は、この場で拍手して「すごいっ!」って、彼女達を褒め称えたい気分になった。
仕事柄と言うべきか、冒険者の直感のようなものが彼女達にはあるのだろう。
流石エリオラさんとリップさん『冒険者』なだけはあるなぁ。それに比べて——
「そんな話したっけ? 聞いてないんだけど」
キョトン顔をする『冒険者(笑)』のアミュアさんは、首を傾げてそう言った。
やっぱり、ちゃんと話を聞いてなかったんだな、この人。予想通りの発言に、エリオラさんとリップさんは苦笑して肩を竦め、僕は呆れたような表情を浮かべる。
「一昨日に、この話しましたよ……」
「ふーん……そ、どうでもいいわ」
彼女はそう言って、プイッと外方を向く。そんな彼女に対し、エリオラさんは「ふふ」と笑い、大西門の方を指差した。
「それじゃあ、出発しようか」
「は、はい!」
僕はエリオラさん達の後を追い、大西門の検問所前へと移動した。そこで検問官——門衛の人に、自分達は冒険者であると伝え、ゲートを開けてもらって壁外に出る。
『魔獣捜索——そして討伐』
この内の『魔獣捜索』が、僕に与えられた仕事だ。ど素人の僕が、いきなり『オンボロナイフ』で魔獣討伐なんて不可能なのは間違いなから、この役職は妥当と言えるだろう。僕が魔獣を発見した場合『剣士のエリオラさん』もしくは『魔法使いのアミュアさん』が魔獣討伐をすることになっている。魔獣が見つからなくても『怪しい場所』にリップさんが罠を張って、様子を伺うというのも一つの作戦だ。
「わ! すごい人の数」
「情報が回るのが速いっスね」
壁外の門前には同業者——魔獣を狙った沢山の冒険者が集まっており「お前、どっちに行く?」と、向かう方角を話し合っていた。その話し合いにエリオラさんも参加し、残った僕達三人は、離れた場所で待機だ。強面で厳つい冒険者達に物怖じせず、情報を求めにいく彼女に『カッコイイなぁ』という思いを乗せた尊敬の眼差しを送りながら、僕は『これから』ことを考えた。フリューの西にある『大森林』は、ここから徒歩で二時間ほど進んだ先にあるそうだ。そのことを考え、ふと思ってことを隣で荷物を漁っていたリップさんと、小石を蹴るアミュアさんに問い掛ける。
「森に潜んでる『獣』って、危なくないですか?」
率直な疑問。冒険者は、その道の『スペシャリスト』なのは重々承知だが、森に潜む獣は、そんな彼等にとっても『危険』なのではないだろうか?いきなり草木から飛び出してきて『首をガブリ』されたら、致命傷になって死んでしまうと思うのだが。
「私が居るんだから平気よ! だから、あんたが何を考えても無駄よ! 無駄無駄」
質問の答えになっていない答えを発するアミュアさんに、困ったように眉尻を下げた僕は、荷物を漁っていたリップさんに視線を送る。
「いやいや、ソラさんの疑問は尤もっス。視界が開けていない森林で『犬型魔獣』は脅威です。油断してると手足を持っていかれますし、木の上に隠れている可能性があるんで、下だけでなく頭上も警戒しとかなきゃいけません。私みたいに戦えない人が生き残るには『考える』しかないっス。強くなっても考え続けなきゃ、いつか死ぬっスよ」
リップさんは『油断しまくっている』のだろうアミュアさんに釘を刺すように、そう言った。
「は? 私は死なないし! この私が魔獣なんかに負けるわけないじゃないの! リップのくせに生意気よ!」
ダメだこりゃ。折角、リップさんが『気付き』を与えてくれたのに、アミュアさんはそれに腹を立ててしまったようだ。彼女は真っ赤な顔で『キィーキィー!』と甲高い声を上げながら地団駄を踏み、自身の怒りを分かりやすく表現している。こんな感じだと、一度灸を据えなければ彼女は一生『大人』にはなれないだろうな——と、僕は思った。そして行かれる彼女を無視し、困り顔を浮かべていたリップさんに、尊敬の念を送る。
「流石、リップさん。カッコいいです」
「へ? へへへへっ、そっスかねぇ。えっとぉ——」
「え?」
僕の「カッコいい」という素直な褒め言葉を受けて、リップさんは照れたように頬を染めて、左手で頭を掻く。そして彼女なりの照れ隠しなのか、はたまた僕の言葉で何かしらの『スイッチ』が入ってしまったのかは分からない「?????????」と超高速な舌捌きで、彼女は何かを話し始めた。その話を何とか聞き取ろうとする僕は、聞こえていないにも関わらず、腕を組みながら『コクコク』と頷く。そんな『話が聞こえている風』な僕を見て、ノリに乗ってきたリップさんは、舌捌きのスピードを更に上げた。
ペラペラと、何かを話すリップさん。うんうんと、話を『聞こうとしている』僕。それを見て驚いた様子のアミュアさん。三者三様の様子を見る、話終わったエリオラさん。僕とリップさんは側から見れば、新手の楽士か何かだと勘違いしてしまうくらい『ノリ』に乗っていた。高速で何かを唱えるリップさんに、それ合わせて頷く僕。ノリに乗る男女を、驚いた様子で見つめるエルフの子供。ショーか何かだと勘違いして来た冒険者達が見つめる中、とうとうリップさんの話が終わった——
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ——ということっス!」
「…………へ、へぇー」
リップさんには悪いけど、結局なんっにも聞き取れなかったな。この人は一体、何の話をしていたんだろう?
「ねえ、ねえってば」
僕のコートを引っ張ってきたのは、一緒に話を聞いていたアミュアさんだ。
何か聞きたい様子の彼女は、キラキラと輝く、子供のような笑顔を浮かべていた。
「ど、どうしました?」
「アンタさ、アレ聞こえてたの? なんて言ってた?」
ああ、アレね。興味津々な彼女には悪いのだけど……
「ああ、何にも分からなかったですね」
「「え?」」
「三人とも、そろそろ行くよ!」
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