第10話 怪しげな宿。敗者は汚泥を浴びる

 早朝。

 日が登り切る前の時間帯——朝と夜の間——に目を覚ました僕は、ある仕事に追われていた。


「はあ・・・・・・」


 僕が行っていた仕事は『荷支度』であった。

 今日、僕達は『ホテル』を出発し、街の最西へ向かう。

 そこで魔獣捜索の拠点を作り、そこを中心に活動を行なっていくのである。 

 このホテルがあるのは街の中央付近なので、壁外活動を行うのには全く適していないのだ。

 どの『門』からも遠い、ここを今日まで拠点に選んでいた理由はエリオラさんの言っていた通り、二十五歳の子供の我儘のせいだ。

 そんな彼女は「明日、このホテルを出る」と、エリオラさんが伝えた時も「ブーブー」文句を垂れていた。

 エリオラさんの一睨みで、一旦は黙り込んでくれたのだが、就寝前に同室だった僕に「ねーねーブーブー!」と彼女が寝落ちするまで愚痴文句を聞かされていたのが、朝に起きた今でも耳に残っている。


 そもそも僕個人の荷物は全てバックに入っているから、僕が荷支度を必要は本来無い——のだが。


「カァァァァァァァァ・・・・・・ウゥゥ——」

「はあ・・・・・・」


 今僕が纏めている荷物は、昨日の夜「早起きしてくださいね」って僕が釘を刺しておいたにも関わらず、約束の時間を過ぎた今も大きな鼾を掻いて爆睡してしまっている彼女の私物だ。

 目を疑いで細める僕が、ベットに寝転がるアミュアさんに釘を刺した時には「余裕よ! よ・ゆ・う!」と手をヒラヒラさせて余裕有り気な感じだったのに、今僕は『爆睡』している彼女の代わりに『荷物を纏めて』いるのである。

 単に荷物を纏めるだけなら、ここまで不満は持たなかったのだが、僕が荷支度——いや『片付け』を始めた時は、目を逸らしたくなるほどの惨状であった。

 彼女が脱いだ服や、謎のクネクネする人形。

 それに昨日買った香水や、床に転がされていた乳液。

 絶対に使っていないだろう封の付いた化粧品などなどが、借り部屋だというのに寝室中に散乱してしまっていたのだ。

 買い食い癖の酷い僕が言うのは何だけど、彼女にはもう少し『しっかり』してほしいものだな。 


 僕は部屋中に散らばっていた服やら下着やらを畳み終え、それを彼女が用意していた大きな旅行鞄に押し込んでいく。

 昨日の内に荷物を纏めておけって、エリオラさんに散々言われていたのに、何が『余裕』なんだか。

 余裕で『寝坊』しちゃってるよ。


「よしっ、終わり」


 さてと、他に散らばってる物は・・・・・・無さそうかな?

 一応ベット下と、ベットの上も確かめておかなきゃな。


「ウゥゥゥゥ・・・・・・」


「起きろーーーーーーーーーーーっ!」


「——っ⁉︎ は、ふはいはいあ⁉︎」

 

 僕は『爆睡』している彼女を見て、グッと眉尻を上げる。

 そして彼女が寝ているベットシーツを両手で掴み、思いっきり巻き上げた。


「ギャアッ!」


 ベットシーツと共に『ブワッ』と宙を舞った寝巻き姿のアミュアさんは、寝惚けたような声を上げながら僕が支度した荷物の上に落下した。    


「朝ですよ。顔洗ってきてください」

「は・・・・・・・・・・・・はあ?」


 ようやく起きた——無理やり起こした——彼女は寝惚けているのか、ベットシーツを引っ繰り返して忘れ物がないかを確認している僕を、ボケーッと見つめている。 

 そんな、もうすぐ出発にも関わらず何も準備をしない彼女に肩を竦めた僕は、寝惚け固まっている彼女を抱えて運び、顔を洗わせるために浴室の放り込んだ。

 

「朝から大変っスね、お疲れ様っス」

「はい・・・・・・。昨日の夜に「余裕」とか言ってたのに、全然でしたよ」

「ふふっ。彼女、口だけは達者だからね」


 既に準部を済ませ、リビングでアミュアさんを待っていたエリオラさんとリップさんは、彼女の代わりに早朝から動いていた僕に労いの言葉を掛けてくれた。 

 そして「はぁ〜・・・・・・」と大きな欠伸をしながら浴室から出てきた彼女に着替えを押し付け「早くっ!」と急かす。


「分かったから・・・・・・急かさないでよ・・・・・・」

「もう時間過ぎてますよ!」

「分かったって・・・・・・」


 着替えのために寝室に戻っていった彼女が出てこず、エリオラさんが「もしかして、ベットで寝ているんじゃないのかな?」と言ったため、僕が部屋に確認に入ると、彼女は半泣きで床にへたり込んでいた。


「どうしたんですか⁉︎」

「た、タイツが裂けちゃった・・・・・・」

「は?」


 僕が間の抜けた顔で彼女が持っていた、彼女が普段使っていたのだろう『黒を基調した、オレンジ色の斑点があるタイツ』を手に取って見る。

 

「・・・・・・? どこが裂けてるんですか?」

「はあ⁉︎ ここよ、ここ!」

「・・・・・・ああ!」


 彼女は、どこが裂けているのか分からない僕に教えるため、タイツに腕を通し、左側面にある『極小』の切り跡を見せつけた。 

 

「最悪ぅ〜〜〜〜っ! お気に入りだったのに・・・・・・」

「この程度なら問題ないと思いますけどね」

「バカっ! こういう『小さな傷』から広がっていくものなのよ!」

「そ、そうっスか・・・・・・」


 女性物のことを何も分かっていない僕に対し、彼女は寝惚けていたのを忘れてしまうくらい熱弁する。

 

「まあ、タイツのことは残念でしたけど、こういうのは消耗品だと思いますから、仕方ないですよ。それより時間なんで、早く支度してください」

「はあ・・・・・・はいはい」


 彼女は諦めたように、切り跡の入ったタイツを僕に押し付け、代わりの物を僕が纏めた鞄から引っ張り出す。

 そして、着替えるために寝巻きを脱ごうとして——

 僕が寝室にいることに気づいた。

 

「ばっ、で、出てきなさいよ! ——痛ったぁっ!」


 彼女が『ハッ』と肩を揺らしたと思えば、真っ赤な顔で僕の方へ来て、いきなり脛蹴りをする。

 そして案の定、蹴った本人が一番痛そうなリアクションを取ったのだった・・・・・・。


           * * *

 

 昨日と同じ、ロリータファッションに着替えるのに十分。

「こういうのはちゃんとしなきゃなの」と大人ぶる彼女が美容液を顔に塗り終わるのに十分。

「ここに住みたかったのに〜・・・・・・」と、駄々を捏ね始めた彼女を僕が抱えてホテルを出たのが、昨日予定していた出発時刻から『一時間半』が過ぎた頃であった。

 僕が抱えると『ウガァアア!』と暴れると思っていたが、僕の肩に座った彼女は意外と大人しく「進みなさい!」と昨日のボディーガードの設定を引っ張り出したのか、終始上機嫌だった。       

 そんな彼女に僕達三人は微笑しながら、ホテルの前に停まっていた私営の馬車に乗りこみ、街の最西へと出発する。

 街の西門へは、ここからだと十時間ほど掛かるらしく、何度か馬車を乗り継ぎしないといけないそうだ。

 今日は丸一日移動に費やすようなので、本格的に魔獣捜索をするのは明日になるのだろう。

 僕は程々に気分を引き締めつつ、アミュアさんが懐から取り出した『トランプ』で、移動に出る暇を潰した。


 そして、白熱した『ババ抜き』は佳境を迎えようとしていた。


「んー・・・・・・」

「ふっふっふっ・・・・・・」


 僕はアミュアさんのオレンジ色の瞳を見離さず、じぃーっと彼女の『動揺』を探る。

 僕の『勝負に燃える』熱ーい視線を真正面から受け止める彼女は、「余裕余裕!」と言わんばかりに涼しげな笑みを浮かべている。


 一筋の汗が、僕の額から顎先へと流れていく——


 今行われているのは『ババ抜き最下位』を決める、僕対アミュアさんの一騎打ちの勝負だ。

 この勝負に負けたものは、晴れて『ビリ』という屈辱の汚泥を頭から全身に被るのである。

 先に悠々と上がっていった、エリオラさんとリップさんは、ニヤニヤしながら勝負の行く末を見守っている・・・・・・。


 右か——左かの『二者択一』。       

 

 鼓動が早い、呼吸が浅い、視界がぼやけそうになる。

 絶対に、絶対にアミュアさん『なんかには』負けられないんだ。

 

 負けたくないんだ・・・・・・っ!


「これだああああああああああああああああああああ‼︎」

「——あぁ・・・・・・!」

 

 僕は、ささやかな——限界まで指の力を使った——抵抗をする彼女から、大人気ないくらいの力で『勝利のカード』を引き抜く。

 極限まで凝縮された世界の中で、驚愕に染まる彼女の表情が、僕の『勝利』を物語っていた—— 


「よっしゃあああああああああああああああああああ‼︎」

「ぶわあああああああああああああああああああああ⁉︎」


 僕の勝利の雄叫びと、アミュアさんの『敗北の泥』口いっぱいに入れられた悲鳴が馬車内に打ち上げられる。

 

「チクショーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

「僕の勝ちだああああああああああああああああああ!」

 

 最下位決定戦の勝利を受けて『ガバッ』と椅子から立ち上がり、頭を打つ僕とは対照的に、最下位という汚泥を全身から被ったアミュアさんは、その泥の重みに耐え切れず、椅子から転げ落ちた。


「やっぱり、アミュアだったか」

「スね〜」        

    

 僕は最西に到着するまで、この『勝利』を引っ張り続け、アミュアさんは『敗北の汚泥』を引きずり続けたとさ——     

          * * *


 街の最西『大西門前』まで移動した僕達は、日が落ちきってしまって闇に染まった空を認め、早々に魔獣捜索の拠点とする宿を探し始めた。

 途中でアミュアさんの要望を受け、道端にあった小洒落た料理屋に入り、そこで大きすぎるハンバーグを食した。

 奢ってもらったのに申し訳ないのだが、僕とアミュアさん、それにリップさんも『巨大ハンバーグ』を完食できず、敗北した僕達の残りをエリオラさんが「私が食べるよ」と言って完食してくれた。

 流石だ——と、敗北者である三人が『彼女の胃袋』に感心していると、彼女は突然店員を呼んで食後のデザートを注文する。

 え? と固まる僕達を他所に、それも『ペロリ』と平らげてしまったエリオラさん。

 そんな彼女に僕達は感心を通り越して、若干引いていた。

  

 そして食事を終えた僕達は料理屋を出て、宿探しを再開。

 アミュアさんは諦め悪く『高級ホテル』を探していたが、やっとのことで見つかったホテルは、どことなく『怪しい雰囲気』を醸し出していたため、彼女は真っ赤な顔で「ここは違うわ・・・・・・」と『普通の宿』探しを始めた。


「さっきの『ホテル』って、売春宿じゃないですか?」


 羞恥に染まる真っ赤な顔で黙り込んでしまっていたアミュアさんに、僕は思っていたことを包み隠さず言葉に出す。


「ばっ——なわけない! 違うもん! 私のそんなところ探してないし!」

「ですよね。それに、アミュアさんは『あそこ』には入れないと思いますよ」

「はあっ⁉︎ アンタそれ『セクハラ』だからね⁉︎ ってか、なんでアンタは平気そうなのよ! 私と同じ反応しなさいよ!」

「えぇ?」 


 セクハラか・・・・・・。

 確かに『女の子』に直接言うのはそうかもしれないな。

 これは反省しなきゃ——か。


「いやぁ、村の男連中に『猥談』とかよく聞かされてたんですよ。それで『ああいいうの』まあまあ平気なんです」

「そ、それはそれで可哀想ね・・・・・・。まあいいわ。私『大人のレディ』だから許してあげる。次はないからね?」

「はい」


 僕の『セクハラ発言』を広い心で許してくれたアミュアさんは「疲れたからおぶって」と言って、有無を言わさず僕の背中に飛び乗った。

 容赦無く腕を首に回し、僕の首を絞めるアミュアさん。

 僕はさっき非礼もあり『仕方ないな』と思いながら、彼女をおんぶする。 

「ふふん」と上機嫌な彼女の体温を感じながら、僕達は宿を探し続けた。


 そして一時間以上探し続けて、やっと見つかった『まあまあ』な宿屋を拠点にすることになった。

 僕の背中に掴まっていたアミュアさんは「ブーブー」と、もっといい宿が良いと文句を垂れていたが、そもそも他の宿屋の空きがなかったので「ここは仕方ないですよ。僕みたいに野宿するかもしれなくなりますよ?」と説得すると、彼女は頬を膨らませながら『コクリ』と頷き、この宿に泊まることを了承した。

 

 借りれた部屋は、四人部屋が一つと、一人部屋が一つ。

 アミュアさんは「一人部屋がいい」と言っていたが、リップさんが「ウチ、男の子と同じ・・・・・・?」と小動物のように震えながら言うと、アミュアさんが「はあ・・・・・・」と文句を言わず、先に折れてくれた。

 そんなやり取りを見ていた僕は、申し訳なそうに眉尻を下げ「すいません・・・・・・」と謝罪する。

 するとリップさんが「いやいや! ウチが悪いっスからね! 謝らないでほしいっス!」と、ワタワタしながら言ってくれた。 

 アミュアさんも「リップが悪いから、別に良いのよ」と、僕を励ましてくれる。

 想像もしていなかった『アミュアさんからの励まし』に、僕達三人は顔を驚愕に染める。

 そんな僕達に気づいたアミュアさんは「勘違いしないでよね!」と『プイッ』とそっぽを向き、借りた部屋に入っていった。


 そして僕は借りた三人部屋のベットで、早々に休息を取る——はずだったのだが。

 ベットで眠ろうとする僕の上に、突然「イエーイ!」と叫んできたアミュアさんが飛び乗る。

「うぐぅっ」と苦悶の声を漏らす僕を無視し、ニヤニヤと笑う彼女は手に持っていた『ある物』を見せつけてきた。


「と、トランプ・・・・・・?」

「リベンジよ! リ・べ・ン・ジ!」

「えぇー・・・・・・今?」

「今じゃなかったら、いつするわけ? 今日負けたんだから、今日勝たなきゃいけいないのよ!」

「え、えぇー・・・・・・」


 そんな感じで、僕とアミュアさんは夜が更けるまで『ババ抜き勝負』を続けた。

 白熱した勝負の結果は『僕の全勝』。

 全敗してしまったアミュアさんが「もう一回! もう一回!」と涙目で強請ってきて、それを仕方なく受け入れた僕は、彼女が疲れて寝落ちするまでババ抜きに付き合わされてしまったのである。

 

 僕が使っていたベットで寝落ちしてしまった彼女はそのまま寝かせておき、代わりに僕は彼女が使う予定だったベットに寝転がる。

 

「はぁ〜・・・・・・」と大きな欠伸をした僕は目を閉ざし、ゆっくりと眠りに落ちた——

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