第9話 可憐な笑顔は、花のように美しく

 昼。太陽が真上まで登り、暖かい日差しが雨のように降る。アミュアさんは「日焼けする」と言い、化粧品店に立ち寄り日焼け止めを購入。それを日光に晒されている素肌に丹念に塗り込んでいた。


「アンタも女なんだから塗れ!」

 

 アミュアさんは苛立たしげな感じで、無防備に日に焼かれる肌を気にした素振りもないリップさんに自分が使い終わった日焼け止めを押し付ける。


「えー……いやっス。ウチ、こういう肌に塗る系のやつ苦手で」

「塗れつってんの!」

「痛いっ!」 

 

 引き気味に日焼け止めを拒否するリップさんに、アミュアさんは脛蹴りを食らわせる。脛に蹴りが直撃したリップさんは痛そうに、蹴られた右足を抱えて飛び跳ねる。アミュアさんの蹴りってそんなに痛いかな? 「ギャーギャー」と二十五歳の子供に騒がれ、仕方なく日焼け止めを手に取り、気持ち悪そうに首と顔に塗るリップさん。  

 

「うぅー……気持ち悪いぃ」

「慣れないさい! ほら、首の後ろ! 手首のところ!」

「うぅー……」


「ヒイヒイ」言いながら素肌に日焼け止めを塗る彼女のために、僕達は化粧品店の出入り口横で一時停止。そして日焼け止めを素肌に塗り終わり、ジメジメした梅雨に出てくる蛙のような、気持ち悪そうに顔に皺を寄せたリップさんが、僕に残りの日焼け止めを手渡してきた。


「いや、僕はいらないです」

「日焼けするとアレなんで、塗ったほうがいいっス」

「え? いや、だから、いらな——」

「日焼けするとアレなんで、塗ったほうがいいっス!」

「え、えー……?」


 まるで『助けてくれなかったから道連れだ!』と言わんばかりに、僕に日焼け止めの入った容器を押し付けてくるリップさん。僕はその容器を掌を盾にして受け取り拒否しているのだが、リップさんは意味不明な説得を繰り返し、僕は仕方なくそれを受け取る。


「もらっていいの?」

「もういらないから好きにすれば?」

「ああ、そう……」

「さあ! 塗った塗った!」

「わ、わかりましたから……」


 僕は木製の丸型容器の蓋をクルクルと回し、中に入っていた乳白色の『クリーム』を手に取る。そういえば、カカさんが日焼け止めをよく使っていたな。化粧を全くしない母さんに無理矢理押し付けたりしてたんだよなぁ——懐かしい。僕は手に取った、ねっとりと肌に粘りつく日焼け止めを見ながら、思い出を振り返る。そしてそれを手で擦り伸ばし、腕捲りして露出していた前腕と首、顔に塗り込む。 

 

「あ、なんか『柑橘系』の良いが匂いする」

「ふふん! 私が選んだやつだもの! 最高でしょ?」

「うん。良い匂い」

「う、裏切り者! そこは『うへぇ』って嫌な顔をしないと」

「んー、僕は平気ですね」

「う、裏切り者ぉ……」


 そんなこんなで、僕達は移動を再開。僕達が今向かっているのは、あの『ギルド』だ。世界冒険者協会『ギルド』。世界『149カ国』の内、その九割以上の国に本部を構えているという、正真正銘の世界組織。勇者と加護とか、普通知っているだろってことを知らなかった僕でも知っているくらい『ギルド』は有名だ。なぜ知っているのかって言われたら、酒に酔った爺ちゃんが「ワシも昔はナァ!」って昔の冒険自慢を聞かされていたからなのだが、まあ、そんなことはどうでもいいだろう。僕は興味津々で内心『ウキウキ』しながら、ギルドに向かうエリオラさんの後に続いていた——のだが。


「わ! 可愛い!」

「え、ええ! ちょ、アミュアさん!」


 一応年上なので『さん』呼びにした僕は、いきなり露店の方へ走っていくアミュアさんの跡を追う。今僕達がいるのは『中央公園』だ。昨日の夜に歩いて通った場所だが、昼という事もあってか、初めて来た場所かのような新鮮さがあった。

   

「ね、ね! 可愛くない!?」


 人形を売っている露店の前に走って行った彼女は、追いついた僕に『パアッ』とした花のような笑顔で言った。 今までにないくらい笑顔の彼女が指差す物を、僕は目で追う。 人差し指が指していた物は、兎を模った二十センチくらいの小人形。中身を裂いたら臓器が出てくるのでは? と思ってしまうほど、血が通っているかのような妙な『リアリティ』が人形にはあった。


「あ、ああ。可愛いですね」

「でしょでしょ! アンタ分かってるじゃないの! なんか知らないけど、エリオラとリップには、この良さが分かんないみたいなのよね。ふふっ。ねえねえ、どれが一番可愛いと思う?」

 

 人形好きなのだろう彼女は、好きな物を前にして『大人ぶる』のを忘れてしまうくらい大はしゃぎする。そんな子供みたいな彼女に『一番可愛い』と思う物を聞かれた僕は「うーん……」と悩んだ末『黒斑がある白い犬』の人形を手に取った。

 

「僕はこれかな」


 この人形、村にいた『羊飼いのメノスケさん』が飼ってた牧羊犬にそっくりだ。

 なんか、懐かしい気分にさせられるなぁ。


「ふーん。まあまあね」

「あ、そう……」


 ゴメンな、メアニー(犬の名前)。アミュアさんは、お前の良さが分からないみたいだよ。僕は反応の薄かったアミュアさんに眉尻を下げ『メアニー人形」を台の上に戻す。


「ソラ君! 私とリップはギルドに行っているから、アミュアをよろしくね! 昼過ぎにはここに戻るから!」

「え!? いや、僕もギルドに……わ、分かりました」


 僕はキラキラした目で人形を眺めているアミュアさんを置いていくことが出来ず、仕方なくエリオラさん達と別れ、二人とは別行動を取ることになってしまった。まさかの『二十五歳の子供』のお守りをすることになり、僕はガクッと首を折る。そんな僕のことなんて露知らずの彼女は目を子供のようにキラキラさせ「わぁ〜……!」と、楽しさが口から溢れ出させていた。


「——? あれ? エリオラ達は?」

「エリオラさん達は僕達を置いてギルドに行っちゃいましたよ……。昼過ぎくらいに、ここに戻ってくるみたいです」

「ふーん」


 人形から目を離し、顔を上げた彼女は辺りをキョロキョロと見回して、そう言った。エリオラさんの声に気付かないくらい見入っていたのかと僕は思いつつ、彼女に『これから』について尋ねる。


「今からギルドに向かいます?」


 僕はギルドを諦めきれず、淡い期待を込めて腰を折った。視線を合わせたアミュアさんは『プイッ』とそっぽを向き、ぶっきらぼうに答える。


「エリオラ達が行ったなら、私は行かなくていいでしょ。露店を見て回ることにするわ」

「そうですか……」


 やっぱり、今回はギルドに縁が無かったということか。仕方ない。人形に引き寄せられてしまった彼女が迷子にならないように、僕がついて行ってあげなきゃいけないな。そう思い、バックを背負い直した僕を見て、アミュアさんは『ハッ!』とした表情を浮かべた。


「——! キモっ!」

「は?」


 何なんだ、突然「キモっ!」って……。今の一瞬で、僕が「キモっ!」ってなることしたのか? 僕は意味不明な発言をした彼女に、眉尻を下げながら問いかける。

 

「何が「キモっ!」なんですか?」

「……」


 む、無言?


「マジで、どうしたんですか・・・・・・?」


 彼女は僕の問いを聞いていないのか、両手で杖を握り締め、まるで『不審者』を見るような目を僕に向けてくる。そして『グッ』と眉間に皺を寄せ、小さい彼女にできる限りの『目力』で、怪訝な顔をする僕に言う。 


「アンタ、この状況を『デート』とか思ったでしょ!」

「…………はあ?」


 突然、何を言うかと思えば。 考えもしなかったことを「思ってたでしょ!」と言われてもね。ていうか、仮に思っていたとして、何が「キモっ!」なんだ?


「思ってないですよ」

「嘘吐け! 別に私について来てもいいけど、それは『デート』じゃないから! 勘違いして私に惚れないようにしなさいよね」

「はいはい」


 自意識過剰すぎる彼女に「アンタは、私のボディーガード役ね!」言われてしまい、ボディーガードになってしまった僕は、お嬢様役のアミュアさんに引き連れられて中央公園を進んでいく。

 

「アミュアさ——」

「あ?」

「あぁ——お嬢様。何方へ行くんですか?」

「ふふん。今から香水を買いに行くわよ!」

「香水?」

「ええ。ちょうど切らしていたのよ! ほほほ」

「ははは……」


 そんなこんなで、僕とお嬢様は実際に買いはしない『ウィンドーショッピング』をしていく。「見なさいな、メーテル」と、僕は勝手に『メーテル』という謎の名前を付けられてしまい、仕方なくそれを受け入れる。「どれですか、お嬢様」と『アミュア』という名前に反応してくれなくなった『お嬢様』に、どの商品を指しているのかを問うた。


「これよ、これ。花を硝子に閉じ込めたやつ」

 

 お嬢様が僕の教えるように指差していたのは、硝子細工の装飾品。どうやって加工したのか想像もつかないそれは、棒状の硝子の中に造花と思われる『一輪の薔薇』が入っていた。多分だけど、これはプレゼント用の商品なのだろう。値段も強気の『二千ルーレン』。結構な高級品だな。

 

「買おうかな」

「ほ、本気ですか?」

「……やっぱり要らない」


 もう興味を無くしてしまったのか、プイッと視線を切って移動を再開。先ほど寄った化粧品店には好みの香水が売ってなかったそうで、今は別の店を探しながら歩いている。ていうか、化粧品店を探しているのは僕だけで、当のお嬢様は「アレ! コレ! ソレ!」と寄り道ばかりだ。まあ寄り道に関しては、買い食いばかりしていた僕が人に言えたことではない気もするのだが……。

 

「あ、服屋! 行きますわよ! メーテル」

「服を買うんですか?」

「買うかもしれないわね」

「なるほど」 

 

 僕達は『女性服専門店』に入り、そこで品物に目を通す。僕とは一生縁が無さそうな、きらびやかで華々しい服屋には、可憐な上流階級のお嬢様方が「キャッキャ」と服を身体に当てて、自分に合う服を選んでいた。店内には『ラグジュアリー』な女性用の下着や、コレを普段使ってる人がいるのか——と思ってしまうくらいセクシーな『ガーターベルト』などが取り扱いされており、僕は居た堪れない気持ちを覚えながら、何とか「ふふん」と服を物色しているお嬢様の後を追う。

 

「コレとか、どう?」

「え? あぁ……んん?」


 お嬢様が手に取り、自分の身体に当てているのは、花の刺繍が入った『純白のワンピース』だった。どこからどう見ても『子供服』な気がするのだが、まあ彼女の体型に合う服がそれしかないから、それは仕方がないのだろうけど……このワンピース、妙に既視感があるんだよなぁ。


「ちょっと、聞いてる?」

「その服、なんか既視感があるんですよねぇ」

「——? 誰かが着てたの?」

「いや、来てたわけじゃ——あっ! 思い出した!」


 そうそう! そうだった! そうだった! このワンピースを作ったのは『サチおばさん』だ! 僕が採れたての野菜を、サチおばさん家に持って行った時に、サチおばさんが作ってたのと同じものだったんだ。これが既視感の正体か。少し——いや、かなり心のモヤモヤがスッキリした。


「はあ? なに、どうしたわけ?」

「このワンピースを作った人、僕の親戚ですよ!」

「えっ!? そうなの!?」

「サチって人なんですけど——」

  

 その後、服に付いていた作成者のタグには『サチ・カールモル』という名前が書かれており、僕の記憶が正しかったことが証明された。そして、意外な事も分かった。サチあばさんの作る服は、巷では結構『有名』なのだそうで、その服だけを買うって人も多くいるそうだ。その話を聞いた僕は、自分の事のように誇らしくなり、気分良く服屋を退店した。まあ、服は一着も買わなかったのだが……。


「そろそろ、中央公園に戻りましょう」

「そうね」


 今は昼過ぎ——時刻は大体、三時過ぎくらいだろう。三時間以上、お嬢様の見物に付き合わされたわけだが、まあ彼女は楽しそうだったし、そう思うと疲れはない。僕達が今いるのは『南西大通り』だ。目的の香水を購入し終えて、今から『中央公園』に戻る。ここからそう遠くはないし、公園まで徒歩三十分くらいで着くはずだ。もしかしたら、エリオラさん達を待たせてしまっているかもしれないが、それはご愛嬌ということで許してもらいたいけど、怒られたら僕が謝るしかないだろうな。絶対、このお嬢様は「ごめんなさい」なんて言わないだろうし。


「ね」

「……? どうしました?」


 お嬢様は突然歩みを止め、香水の入った袋を持つ僕の方へ振り返る。  

 はにかむ彼女は少し恥ずかしそうに、それでも嬉しそうに、僕に言う。

 

「今日はありがとね——ソラ」


 僕は想像もしていなかった『心からの感謝』を受け、戸惑うながらも眉尻を下げて笑みを溢した。


「————どういたしまして、アミュアさん」

「ふふっ! さっ、エリオラたちの所に行くわよ!」

「了解!」

 

 僕達は人混みが流れる雑踏を、軽い足取りで進んでいく。中央公園にはエリオラさん達が既に居り『全く』という風に肩を竦め、眉尻を下げる彼女達に、僕は「申し訳ないです」と謝罪する。そんな僕を見たアミュアさんは「気にしなくていいのよ、楽しかったんだから!」と——花のような笑顔を咲かせた。

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