第7話 清き乙女は槍を持つ

「かああぁぁぁ・・・・・・う、ぅん・・・・・・ぐかっ」

 

 夜遅くに眠りについた僕は『ゴゴゴ』という鼓膜の揺れで目を覚ました。

 瞼に重く伸し掛かる眠気を目を擦って跳ね除け、上半身をベットから起こす。

「うぅ〜・・・・・・」と大きな背伸びをし、ゴゴゴと部屋中に大音を響かせる『猛獣』の方を見る。

 彼女は鼻が詰まっているのか、凄まじい鼾を発し、口からダラダラと涎を垂らしている。

 爺ちゃんも鼾をよく掻いていたけど、こんな二度寝を妨げるような『キツイ』ものではなかった。

 ここまで強烈な鼾は初めて聞いた。

 というか、もはや鼾じゃなくて『唸り声』だな。

 このレベルのものだと、鼾を掻いている本人の健康が心配になる。

 こんなに激しい口呼吸をしていたら、喉を痛めてしまうのではないだろうか? 

 

「グゥゥ・・・・・・かぁあああ・・・・・・スピィィ——・・・・・・」



 ・・・・・・もう日が昇っているし、起きよう。

 正直、二度寝をしたいくらい眠いんだけど、この状況で二度寝とか無理だろ。

 僕は頭に重く伸し掛かる睡魔を押し退け、半目になりながらベットから立ち上がる。

 

「う、うわぁ・・・・・・」


 唸り声のような鼾を発するアミュアちゃんの方を見ると、夢で戦闘でもしていたのか? というくらいベットがグチャグチャになってしまっていた。

 どうやら彼女は『寝相も』悪いらしい。

 寝巻きのワンピースを引っ繰り返し、大胆に腹部を晒す彼女は、昨日僕に見られて恥ずかしがっていたオレンジ色の下着を堂々と晒している。

 毛布は蹴飛ばされて下に落ちているし、眠っていて寒くなかったのだろうか?

 僕は、手の掛かる子供だなぁ——と思いつつ、ベットから落ちかけていた彼女を抱え、真っ直ぐに寝かせ直す。

 引っ繰り返っていた寝巻きを直し、下に落ちていた毛布を拾って、身体の上に掛ける。

 

「はぁ〜〜〜・・・・・・」


 大きな欠伸をした僕は、ググッと背を伸ばし、部屋の片隅に置かれた自分の荷物を漁って寝巻きから着替える。

 寝巻きを脱ぎ、ワイシャツに腕を通した僕はふと、締め切られたカーテンに近づく。

 そして、そーっと音を立てないようにカーテンを開けた。

 カーテンを開けた先には四階からの美しい光景——は広がっておらず、霜が付いた窓から「うっ」と咄嗟に目を窄めてしまうほど、鮮烈な陽光が部屋に入ってくる。 

 僕は眠っているアミュアちゃんの方に陽光が行かないよう、カーテンを調整しながら霜で外が見えない窓を開けた。

 

「おぉー・・・・・・!」

 

 窓を開けた僕の視界に広がったのは、真っ白い『露』だ。

 街全体に『朝露』が広がって地上を隠してしまっており、

昨夜に見た『地上の星』と言える光景を一新させている。

 霧が朝日を浴びてキラキラと輝くその光景は、まるで空を揺蕩う『雲の上』にいるかのようで——僕は無意識に身を乗り出していた。

 僕が「スゲー・・・・・・」と口を開けたまま、白に染まる壮大な光景に見入っていると、突然『バタン』っと何かが落ちる音が部屋の中央辺りから鳴った。 

「ん?」と僕が振り向くと「ガァーガァー」と大きな鼾を掻きながら眠っていたアミュアちゃんの姿が、ベットから消えて無くなってしまっていた。

 もしかして・・・・・・と思い、足音を立てないようにベットの方へ歩いていくと、そこには落下してしまった毛布と、その下敷きになっている『人型』の膨らみがあった。  

 どうやら、彼女は『寝相も』悪いらしい。

 ありゃりゃと思いながら、落下した彼女を持ち上げるために手を伸ばす——寸前で止めた。

 もしかしたら起きて早々に「ウガアアア!」って飛びかかってくる可能性がある。

 僕は動かない人型の膨らみを一旦放置し、途中だった着替えを済ませる。 

 そして『いつでも逃げられる』用意をした後、ベットから落下してしまったアミュアちゃんへと手を伸ばした——その時。

 突然、毛布がムクムクと膨らんだ。

  

「ぅ・・・・・・?」


 どうやら、怒れる猛獣が目を覚ましたようだ。

 寝て覚めても怒り心頭とは思えないけど、どうだろう?


「おはよう、アミュアちゃん」

「・・・・・・ぅん」

「これ水。喉痛くない? 大丈夫?」

「・・・・・・ぅん」

「着替えこれだよね? ベットの上に置いとくね」

「・・・・・・ぅん」

「髪の毛ぐちゃぐちゃだね。よく眠れたかな?」

「・・・・・・っすり寝れた・・・・・・ぉはよう・・・・・・」


 おおっ! これは大丈夫そうだな・・・・・・!

 どうやら、怒れる獣は部屋から去っていったようだ。

 ここにいるのは『猛獣』ではなく『子供のエルフ』。

 もう怖がる心配は無いだろう。


「おはよう」

「・・・・・・ぉはよう・・・・・・」


 寝惚けているみたいだけど・・・・・・まあ、平気平気。

  

「僕、顔洗ってくるね」

「・・・・・・ぅ・・・・・・ぅん?」 


 僕は寝室から出て、昨日の戦場——リビングへと入る。

 昨日、僕達が寝たのは夜中の十二時過ぎだったので、こんな早朝には誰も起きていないんじゃないか? と、僕は思っていたのだが。

 リビングには昨日と同じ貴公子のような服を着たエリオラさんがおり、彼女はソファに座って髪を梳いていた。

 寝室から出てきた僕と目を合わせた彼女は「おはよう。よく眠れた?」と柔和な笑みを浮かべて言う。

 僕はそれに対し「おはようございます。眠れはしたんですけど、いびきが・・・・・・」と苦笑しながら返した。

 すると彼女は「ふふっ。だから私の部屋が良いって言ったんだよ?」と意地悪そうな笑顔を浮かべる。

 それを「ははは・・・・・・」と空笑いで返し、軽く会釈をし、リビングを通って浴室へと移動した。

 僕は浴室内にある洗面台の前に行き、銀色の『蛇口』というものを捻る。

 すると、僕がキュッと捻った蛇口から『ジャー』と音を鳴らしながら『冷水』が流れ出てきた。

 簡単に出てくる水に「おぉー・・・・・・」何とも言えない感動を覚えながら、その水を手皿に溜めて顔を洗う。

 昨日の夜に「こんなのも知らないわけぇ?」と、謎に自信満々なアミュアちゃんから、シャワーや蛇口の使い方や、壁に埋め込まれた『スイッチ』を押すと、部屋に灯がつくことを教えてもらったのだ。

「スゲー!」と声に出して感動する僕を引き連れて部屋を紹介して回った彼女は、まるで自分が誉められているかのように「ふふん!」と胸を張っていた。

 井戸のポンプと違って、こんな簡単に水が出てくるのか、と思ったものだ。

 浴室の壁に置かれた『シャワー』とかいう物も、火を焚いている様子も無しにお湯が出てきたし、まるで魔法のようだ。

 ここには話に聞く『水道』が通っているのだろうが、都会は湯まで簡単に作れるのかぁ——と、僕が今まで住んでいた、ド田舎村と大都会との差を如実に感じてしまった。

 これが村にあったなら・・・・・・楽なんだろうなぁ。 

 そんな夢物語を考えながら顔を洗い終え、歯を磨いた。


「ふぅ〜・・・・・・スッキリ」 

  

 顔を拭き、鏡で汚れが残っていないかを確認し終えた僕は『スッキリしたー』っと顔に出しながら浴室から出る。

 寝不足からくる頭に絡み付くような眠気も、冷たい冷水と共に流れ落ちていった。

 僕が調子良さげに鼻歌を奏でながらリビングに戻ると、そこにエリオラさんの姿はなく——彼女の代わりにリビングの中央で『仁王立ち』していたのは、猫のように髪の毛を逆立てている寝巻き姿の『猛獣』であった。

 その手には『杖』が握られており、僕は警戒せざるを得なかった。

 猛獣は僕の気配に気付くなり、ゆっくりと首を動かす。

 僕へと向けられた彼女の顔は何故か真っ赤に染まっており、目には大粒の涙が浮かんでいた。

 彼女の方から「グスッ」と嗚咽のような声が聞こえてきて、若干だが肩がピクピクと揺れ動いている。

 まさか、まだ怒っているのだろうか?  

 

「どうしたの・・・・・・?」


 僕が心配した面持ちで且つ警戒したように、彼女に人の言葉が通じるかを確認すると、ゆっくりと俯いた彼女は閉ざされていた口を開き『人語』を発した。 

 

「おはよう・・・・・・」

「う⁉︎ うん! おはよう」


 予想だにしていなかった突然の『挨拶』に動揺した僕は、言葉を詰まらせながら何とか返事を返した。

 僕の返事を受け、一瞬だけ顔を上げたアミュアちゃんは再び口を閉ざし「ふ、ふふふ」と肩を揺らし笑う。

 それに底知れない『恐怖』を感じ取った僕は一歩後退り、彼女から距離を取った。

 もしかして、ベットから落ちた時に頭を打ってしまったのではなかろうか?

 

「アミュ——」

 

 僕が声を掛けようとした——その時。


「うがアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ⁉︎」


 部屋中に轟いたのは、耳を劈くような『大叫声』。

 人の言葉を捨て、獣へと落ちた彼女から発される『度を超えた』大音に、僕は身体を仰け反らせる。

 そして感じた——怒りを超えた明確な『殺意』を。

 殺意の波動にゾッと肌を粟立たせた僕は、逃走を開始した。

 僕の逃走と同時、再び大叫声を上げた『獣』は走る僕の背に向かって『突撃』を開始。

 彼女の手に握られているのは『青色の杖』だ。

 その杖の先端には『半透明な刃』が生えており、その刃渡は三十センチほど。

 それはもはや『杖』ではなく『槍』と言える物に変わってしまっていた。

 

「死ねエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッッッ‼︎」 

「う、うわあああああああああああああああああああああああああああっっっ⁉︎」


 僕は全力でグルグルと部屋の中を走り回る。

 冷静にフェイントを入れてくる獣に「何なんだよ⁉︎」と悪態を吐きながらも、何とか飛んでくる槍を回避し続けた。

「ふんッッッ!」と気合の入った声を発する猛獣は、走り逃げる僕の背中を執拗に突き狙ってくる。

 マジだ。この人マジで僕を刺す気だ——と、完全にヤル気な猛獣の目を見て、僕は顔を真っ青にさせた。 

 

「死ね! 死ねぇっ! お前を殺して私も死ぬっっっ‼︎」

「何でぇっ⁉︎」


 意味不明な発言をするアミュアちゃんに、僕は声を裏返しながら助けを叫んだ。


「エリオラさんっっっ‼」 


 ソファ越しに猛獣と対面した僕は、距離を詰めようとしてくる猛獣から逃げるように、ソファをクルクルと回る。

 先程まで、ここで髪を梳いていたエリオラさんに助けを求めるも、彼女からの応答は無い——。

 何でこういう時に限って居なくなるかなぁっ‼︎

 タイミングが悪かったのか、はたまた態と僕を見放したのかは分からない。

 しかし今この時、エリオラさんに助けを求められないということは理解した。

 も、もう一人に助けを求めなくては・・・・・・っ!


「リップさんっ‼ リップさんっっっ‼︎」 

 

 僕が助けを呼ぶのと同時に、痺れを切らした猛獣がソファを飛び越えてきた。

 スカートを翻して堂々と下着を晒す猛獣の『本気』に当てられた僕は、涙目になりながら部屋中を駆け回る。

 そして逃げ続けること数分——「何事・・・・・・?」と、寝惚けた様子のリップさんが寝室から出てきた。

 

「リップさんっ、助けてっっ⁉︎」

「リップ‼︎ 邪魔したらアンタも刺すっっっ!」

「へ、へっ⁉︎ な、マジで何事っスか⁉」

 

 僕は寝室の方へ全力疾走し、寝惚けたリップさんを『押し倒す』形で寝室へと飛び込んだ。  

「でへえっ⁉︎」と素っ頓狂な声を上げて、顔を真っ赤にするリップさんを無視し「待てやコラァ!」と叫び狂う猛獣が入ってこれないよう、勢いよく扉を閉めて鍵を掛けた。

 

「な、なな、ななな、何があったんスか⁉︎」 

「僕だって分かんないですよ⁉︎ 顔洗ってリビングに戻ったら「死ね!」って、いきなり襲い掛かってきて・・・・・・!」


 混乱しているリップさんに同じく混乱している僕が、しどろもどろになりながら説明する。

 扉をバンバン叩く猛獣に肩を跳ねさせながら「どうすればいいんですか⁉︎」と話し合った。

  

「出てこいっ! 吹き飛ばすゾォっ!」


 や、ヤル気だ。

 この声は『本気』だぁ・・・・・・っ!

 本気で扉ごと僕達を吹き飛ばすつもりなんだ!

 そ、そうなったら、間違いなく死ぬ! 


「リップさぁん! マジだよ、この人ぉっっ!」

「まっ、待ってください、アミュアさん! ウチと話をしましょう!」

「うるさい! アンタも刺すッッッ!」

「へえっっ⁉︎」


 仲間の説得すら通じなくなってしまった猛獣は、とうとう人の言葉をしてて『ウゥゥ・・・・・・』と唸り声を上げる。

 そして突然扉が叩かれなくなり、部屋が静かになった。

 何だ・・・・・・? と、猛獣からの『殺害宣告』を受けた僕とリップさんが顔を見合わせていると——

 

「死ね」

 

 ——という、底冷えした声が部屋に入ってきた。

 その言葉を聞いた瞬間、僕達は『終わった』ことを悟る。

 しかし、リップさんは流石『冒険者』というべきか、諦めて座り込んでいた僕の腕を掴み、ベットの影に移動した。


「む、無意味だ・・・・・・おしまいだぁ・・・・・・っ!」

「だ、大丈夫っス・・・・・・アミュアさんは「吹き飛ばす」って言ったんで、多分『爆破魔法』を使うつもりっス。この影にいれば直撃は避けられまス。だから、大丈夫のハズ」

「り、リップさん・・・・・・!」 


 カッコ良すぎる・・・・・・!

 まだ、この人は『命』を『生きる』を諦めていないんだ。

 不甲斐ない。不甲斐ないぞ僕!

 僕は男だろ⁉︎ 僕は男なんだよ! 

 こういう時は『女性』を身を挺して守らなければーっ!


「そうだよね、爺ちゃんっっっ!」

「えっ⁉︎ じ、爺ちゃん・・・・・・?」


 突然の「爺ちゃん!」に、僕の気が狂ってしまったと勘違いしたリップさんは次の瞬間、目を見開いた。

 僕は隣でベットの影に隠れていたリップさんに覆いかぶさり、猛獣の爆破攻撃から『身を挺して』彼女を守る体勢を取った。

 彼女は僕のまさかの行動に「うへぇっ⁉︎」と素っ頓狂な声を上げる。

 僕はそんな彼女を無視し、これから起きる『大破壊』から生き延びようとして——・・・・・・いたのだが、その爆発はいつまで経っても起きる気配が無い。

 

「あのぉ・・・・・・」

「あ、すいません」


 僕が守るために覆いかぶさっていたリップさんは、プシューと蒸気を顔から出しながら起き上がった。

 真っ赤な顔で目をグルグルと回している彼女の肩を「どうしたんですか⁉︎ 大丈夫ですか⁉︎」と、必死に揺らす。

 ガクガクと首を前後させていた彼女は「ままま」と言って、僕の動きを静止させる。

 

「大丈夫なんでぇ。は、はは、ははは、離れてくだしゃい」

「ほ、本当に大丈夫なんですか・・・・・・?」

「はぃ」

  

 僕は「大丈夫か?」と、眉を顰めながらも彼女の言う通りに肩から手を離した。

 そして、慎重に顔をベットの陰から出し『猛獣』の様子を伺う。

 唸り声もしない。

 爆発の気配もない。

 当然だけど、扉が爆破された形跡もない 

 もしかしてだけど、昨日みたいに体力が尽きて、白目を剥いて倒れたとか?

 僕が怪訝な目で、じーっと扉を凝視していると、コンコンと扉がノックされた。

 

「おーい! アミュアは捕らえたから、もう大丈夫だよ」

「うがアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼︎」

「え、エリオラさんっっっ‼︎」

 

 扉の向こう側から聞こえてきたのは、今まで部屋から姿を消していた、エリオラさんの声だった。

 その声に続く形で、猛獣の『悔しげ』な叫声が轟く。

 僕は『助かった』と深く息を吐き、隣で火照った顔を手で扇いでいるリップさんと顔を見合わせ、頷き合った僕達は立ち上がる。


 そして扉の鍵を開けて、リビングへと入った——


         * * *

 

 僕達がリビングに入ると、そこには肩を竦めるエリオラさんと「うわああああああああああああああああん⁉︎」と大泣きするアミュアちゃんの姿があった。

 僕は大泣きするアミュアちゃんの前で膝をつき、同じ目線で『真摯』に対話を求めた。

 そんな僕に最初は「絶対殺す!」や「死ねぇっ!」などの罵詈雑言を浴びせてきたが、次第に疲れが見えてきて、息を切らしながら肩を落とした。

 僕が『槍』で背中を裂かれてしまった服の袖で、流れる鼻水を拭いてあげると、彼女は嗚咽で声を詰まらせながら、今回の怒りの原因をポツポツと語り出した。 

 

 曰く、彼女が『絶望』したのは今朝のこと。

 目が覚めると、寝惚けている『か弱い乙女』である自分を甲斐甲斐しく世話をする『下卑た男』がいたそうだ。

 その男はニヤニヤしながら、寝巻き姿の『セクシー』すぎる自分を『いやらしい目』で見ていたらしい。

 その男は口の端から膨大な量の涎を垂らし、垂涎の肉体と美貌を持つ自分を『いやらしい目で』見ていたとのこと。


 同じこと二回言ったな——と思ったが、黙って話を聞く。

 アミュアちゃんは興が乗ってきたのか、やや早口だ。

 

 下卑た男は寝惚けている自分に『薬品』を飲ませた挙句、自分の服の匂いを『スンスン』と嗅いだ気がしたそうだ。

 そして、その男は何かを『洗ってくるね』と言って、寝室から出ていったという。


「薬品って・・・・・・寝室に常備されてた、飲料水だよ?」

「黙れ! 私がまだ話してる」

「そもそも匂いなんか嗅いでないし」

「うるさい! そんな気がしたのっ‼︎」


 アミュアちゃんはプリプリと起こりながら話を続けた。

 

 寝惚けていた自分は『下卑た男』の『いやらしい目』に当てられて急覚醒したそうだ。

 もしかして自分が眠っている間に、あの男に『何か』をされてしまったんじゃ・・・・・・と思った彼女は寝室を確認して回ったそうだ。

 そして確固たる『証拠』を見つけたらしい。

 その証拠とは、自分が使っていたベットが信じられないくらい『乱れ』まくっていたこと、なのだそうだ。


「それは君の寝相だよ」

「私、寝相悪くないもん」

「僕が窓から外を眺めてたら、バタンってベットから落ちたのに?」

「・・・・・・・・・・・・」


 僕の言葉を無視し、彼女は話を続ける。

 

 その『意味深』に乱れたベットを見た彼女は、昨日、あれだけ殴ったのに機嫌の良い僕にハッとし、寝ている間に下卑た『何か』をされてしまったと思ったそうだ。 

 それに絶望した『清き乙女』である彼女は、決意した。

 汚された自分はもう生きてはいけない。

 

「だから私を汚した『ゴミクズ男』を殺して、潔く死んでやろうと思ったの——」


 とのこと。

 

 僕とエリオラさん、それにリップさんは、やや興奮気味になりながら『堂々』と言ってのけるアミュアちゃんに冷たい視線を送る。

 最初は、見ず知らずの僕と相部屋は嫌だったよな——と、申し訳なく思っていたのだけど。

 もう、そんな気持ちは露ほども無くなってしまっていた。

 

「・・・・・・朝食を摂りに行こうか」

「スね」

「ちょっと! この縄解いてよ!」


 僕達は縄で縛られているアミュアちゃんから離れ、部屋の出口へと移動する。

 

「ねえ! 早く解いてよ! 私もお腹空いた!」 


「ソラ君は何食べたい? お詫びに奢ってあげる」

「え⁉︎ いやいや、悪いですよ。ここに泊めてもらったのに食事までなんて」

「気にしないでください。お詫びなんで」

「じゃ、じゃあ・・・・・・」


「縄を解いてって! 私抜きで話しないでよ! ねええええええええええええっ‼︎」


          * * *   


「ウチは・・・・・・パンとコーヒーで」

「私は彼女と同じものを」

「あ、僕も同じので」 


 僕達はホテルの近くにある喫茶店に行き、そこで朝食を摂ることになった。

 僕とエリオラさんはリップさんと同じ、パンとコーヒーというモーニングセットなるものを注文。

 そして——


「私は、苺のショートケーキとモンブラン。あとオレンジジュースと、苺パフェ!」

「かしこまりました」


 朝から甘々な物を嬉々として注文するアミュアちゃん。

 彼女がワンワン泣きながら「解いて解いて!」と騒ぐので、それを可哀想に思った僕が縄を解いてあげたのが、大体一時間前のことだ。

 最初は、リップさんオススメの『丼料理屋』に入ったのだが、アミュアちゃんが「食べるものが無い」と言いだし、店を出た彼女に連れられるまま来たのが、ここなのである。

 反省してなさそうな感じのする彼女は、ニコニコしながら鼻歌を奏でている。

 そんな彼女に対し、肩を竦めたエリオラさんは僕の方を見て口を開いた。

 

「ソラ君は、モルフォンス区長のところへ行くの? 昨日、居場所を聞いてきたよね?」

「はい。今日、会いに行こうと思ってます」

「どうして会いに行くんだい?」


「それは——」


 そう質問してくる彼女に、僕は『旅の目的』を語った。


「なるほどね・・・・・・。そうだ、私達が西役場まで送って行ってあげるよ」

「え、でも・・・・・・」


 エリオラさんの提案は、僕にとっては嬉しい限りだ。

 でも、これ以上、彼女達のお世話になるのは気が引ける。

 エリオラさんから求められた話も全然だったと思うし、僕にはもう返せるものが無い。


「それは凄く有り難いんですけど、もう返せるものが無くて・・・・・・。だから遠慮させてもらいます。ごめんなさい」

「んー・・・・・・。いや、返せるものならあるよ」

「え?」


 エリオラさんは僕の呆けた顔を見て、ニヤッと笑う。

 何だ? 何にも持ってない僕が返せるものって・・・・・・。

 ちょっと怖いな。

 答えが分からずに硬直する僕を一頻り眺めたエリオラさんは、その答えを教えてくれた。


「昨日、東の門辺りが騒がしかっただろ?」


 それは昨日のことだから覚えてる。

 というか、そこでエリオラさん達と会ったんだし、忘れるわけがない。


「えっと、魔獣が出たとか何とか・・・・・・でしたよね?」

「そ。すごいね、聞こえてたんだ」

「最前列で野次馬してましたからね」

「それでも、あの人混みの中で聞き取れたのは凄いよ」

「そ、そうですかね・・・・・・」


 エリオラさんの褒め言葉を受けて「ははは」と照れ笑いしながら、僕は頭を掻く。


「キモっ! イチャイチャしないでくれない?」


 照れ笑いする僕に、アミュアちゃんは辛辣な言葉を掛ける。

 僕は生クリームを頬に付けるアミュアちゃんを見て、背中の裂けた服の袖で拭ってあげた。

 彼女は不服そうな顔をしたが、ここで僕を突っぱねるのはバツが悪かったのか、終始大人しかった。


「ソラ君は『魔獣』って知ってる?」

「は、はい。魔獣は知ってます」


 勇者とか加護とかを知らなかったせいで出た質問に、僕は若干慌てながら回答する。


 魔獣は確か『獣型の魔族』を指す言葉だったはずだ。

 魔族は、世界にとって悪いもの。

 百害あって一利なしの怪物って、カカさんが言っていた。


「風の国は他国と違って『極端に魔獣が少ない』んだ。だから知らないのも無理はないかなと思っていたけど、よかったよ」


 やっぱり疑われていたのか——と思いながら、コーヒーを飲もうとカップを持ち上げた。


「えっと、それで魔獣が何なんですかね・・・・・・?」

 

 僕の問いにエリオラさんは、再びニヤッと笑った。

 その笑みに嫌な予感を覚えた僕は、飲む寸前だったコーヒーカップを卓に置く。


「昨日、召集をかけられて探したんだけど見つからなかったんだ。だからソラ君に手伝ってもらおうと思ってね」


 ま、まさか——という僕の疑問を解消するように、エリオラさんは『意地の悪い』笑みを浮かべた。


「て、手伝うって・・・・・・?」


「魔獣探しをね・・・・・・!」

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