第6話 加護とか勇者とか戦友とか——
僕は『迷路か?』と思ってしまうほど、木製の重厚扉が続く通路を歩いていた。
変わり映えしない豪奢な絨毯が敷かれた床を歩きながら、通路の端々に設置された謎の芸術作品に目を引かれる。奇怪な絵画や、グニャグニャの壺などを通り過ぎる際に横目で見ると、アミュアちゃんが「アンタには、この良さが分かんないでしょぉ〜」と煽り口調で言ってきた。それに対し僕が「これの何が良いの?」と素直に聞くと、彼女は分かりやすく言葉を詰まらせて「い、良いのよ!」と言い、僕の問いへの回答を突っぱねる。どうせ君も分かっていないんでしょ? というニヤニヤした目を僕が向けると、彼女は『キッ』と僕を睨み、口を聞いてくれなくなってしまった。
そんなこんなで僕達は部屋の前に到着。エリオラさんが持っていた鍵で重厚な木製扉を開けて、棒立ちしていた僕に「さ、入って」と促す。僕が一番先なの!? と思いながら、この部屋を借りている彼女達よりも先に、僕は『一泊六千ルーレン』の部屋に足を踏み入れた。
「広っ……」
「ぷっ。アンタの家の何倍よ?」
「んー、一・三倍くらいですかね?」
「ひ、広くない?」
「広いですよね、ここ」
「いや『ここ』じゃなくて、アンタの家がね」
僕は「装備を外してくるね」と言って、別室へ行ったエリオラさんとリップさんを待ちながら、ムズムズしそうになるほど豪奢な部屋を散策する。
僕が今まで泊まった安宿とは、一線を画した豪奢な内装。大理石のタイル床の上には、フロントや通路に敷かれていた絨毯とは違った、これまた高級感溢れる金の糸で編まれた赤の茶色の絨毯が敷かれている。僕は靴をフカフカの高級スリッパに履き替え、コートを脱ぎ、カーテンが開かれている窓の方へ、引き付けられているかのように移動した。部屋の窓は横に広く、窓枠が存在しなかった。まるで『壁と一体』になっているような、継ぎ目の無い一枚の窓を覗くと、そこには息を呑むほどの美しい絶景が広がっていた。夜闇が街全体を覆うように広がるっているにも関わらず、人々の生活で使われている光が街中を照らし、その闇を地上だけが跳ね除けている。まるで、天井で瞬く星が地上に現れたかのように、その光景は美しい。僕は時を忘れるほど、その絶景に魅入られてしまう。どれくらい見入っていたかは分からないが、僕がハッと意識を取り戻したのは、ニコニコしたエリオラさんに肩を叩かれた時だ。僕がバッと振り向くと、エリオラさんは装備を外し、ワイシャツと赤のズボンを着た、女性に言うのも何だが『貴公子』のような格好をしていた。僕は、彼女達を待たせてしまったと思い「すいません!」と咄嗟に謝罪する。
「仕方ないよ。この光景は時を忘れて固まってしまうくらい綺麗だから——」
——と言って、エリオラさんは僕の肩を抱き寄せ、僕が見入っていた美しい夜景を眺め始めた。距離近くないか? と僕が戸惑っていると「キモいから早く話を始めてくんない?」とアミュアちゃんが釘を刺す。辛辣とも取れるアミュアちゃんの一言に肩を竦めたエリオラさんは、僕の肩から手を離し、広いリビングの中央にあるフカフカのソファに腰掛けた。「ふぅ……」と息づいたエリオラさんは、柔和な大人の笑みを浮かべ『おいで』と僕に手招きする。僕は手招きに従い、彼女の対面に腰掛けて、彼女が求めていた『話し』の体勢を取った。
「あの、話って何ですか?」
「ちょっと待ってね……よし」
エリオラさんは話し始めようとした僕を止め、透明なガラステーブルの上に置かれていた瓶ボトル——赤ワインを手に取り、これまたテーブルの上に置かれていた、ワイングラスに注ぎ始めた。
「あ、あの」
僕の肩をツンツンと突いてきたのは、ずーっとダンマリしていた、リップさんだ。
「どうしました?」
「あー……へへっ。ココアとか飲むっスか……?」
んん? 昼の時と、反応とか話し方が違う。もしかして双子? 昼のリップさんとは別人なのか? よく分かんないけど——
「お願いします」
「うっス。作ってくるっスね……」
「あ、ありがとうございます」
「へへっ……」
……? 一体、昼の間に何があったんだ?
「話っていうのはさ。ソラ君『加護』を持っているんだよね? それについて話を聞きたかったんだ」
「加護……ですか?」
「ああ」
加護と言っても、今日の今日まで忘れていたんだよなぁ。というか『加護』って言葉を、今日初めて聞いたわけなんだけど。泊めてもらったからには、しっかりとエリオラさんの話に答えたいんだけど……。そもそも『加護』って言うものを知らないし、まともに答えられるのだろうか? 答えてと言われても、何も答えられない気がするんだが。
「あの、僕『加護』って言葉を今日初めて知ったんですけど……」
「んー、じゃあ、私が知っていることから話してあげるね。加護っていうのは——」
僕はエリオラさんが教えてくれた『加護』についての話を前のめりになりながら真剣に聞いた。
曰く『加護』とは『神の寵愛』である。加護とは『神が愛した』ものに与えられる『神の力』。世界でも加護を持つものは非常に稀であり、加護を持つ特定の人物、加護を持つ者の中でも隔絶した強さを持つ者は『勇者』と呼ばれているらしい。
勇者とか神の寵愛とか、話が大きすぎる……。
エリオラさんが言うには、加護にも種類があるらしい。
『火の加護』——『火神』からの寵愛を受けた者が扱える『火の力』。
現在の『火の勇者』は『火国の姫君』である。
『水の加護』——『水神』からの寵愛を受けた者が扱える『水の力』。
現在の『水の勇者』は『海王国の婿』である。
『風の加護』——『風神』からの寵愛を受けた者が扱える『風の力』。
『風の勇者』は『数百年前』から『不明』である。
『土の加護』——『土神』からの寵愛を受けた者が扱える『土の力』。
現在の『土の勇者』は『土国の武人』である。
加護・勇者については以上の——四つ。
話を聞き終わるに、僕のは『風の加護』だと思われる。
昔『風』を掌から出せていたから間違いないだろう。
「とまあ、私の話を聞いて察せたと思うんだけど『加護』って言うのは『特別』なものなんだよね」
「なるほど……」
加護=神の寵愛。つまり、『風の加護』を持っているということは、僕は『風の神』に愛されてるってことになるのか。何故、僕は神様に愛されているんだ?
僕が特定の神を信仰していたことはない。言ってしまえば、僕は『無宗教』ということだ。それなのに、僕は幼少期から『風の神』の寵愛を受けている。んー? と僕が悩ましげに腕を組み、首を傾げていると、エリオラさんが口を開いた。
「ソラ君の『出身国』は何処なんだい?」
出身国? それと僕の加護は関係があるのだろうか?
「僕は、この国——ソルフーレンが出身ですけど……」
僕の答えを聞いたエリオラさんは『ふむ』という風に顎に手を当てて首を傾げる。
斜め向かいに座っていたアミュアちゃんは、何故か不機嫌そうに眉間に皺を寄せて「チッ」と舌打ちをした。何か、おかしなところでもあるのだろうか? 僕が居心地悪そうな感じで身じろぎし、ソファに腰掛け直すと、何かを考えていたエルオラさんは再度、僕に問いかけた。
「ソラ君は何故、加護について知らなかったんだい?」
何故『知らなかった』のか——か。僕は幼少の記憶を引っ張り出し、それを口から吐き出す。
「えっと、子供の時に掌から風を出せたんです。それで母親に風を掌から出して見せたら「それは使わないで」と言われてしまって……。それ以来、一度も使ってなかったので、今日まですっかり忘れていました……」
「掌から風を出せるって、母親以外の『誰か』に言ったりしたのかい?」
母さん以外の誰かに、僕の風のことを伝えたのは、爺ちゃんくらいじゃないかな?
確か、爺ちゃんには、母さんの「使わないで」って言われたことも伝えた記憶がある。母さんの話を僕から聞かされた爺ちゃんは「……そうか」としか言わなかったんだよな。ああ、そうだったんだ。僕の『風のせい』で二人に暗い顔をさせてしまったから、僕は『風を使わないように』していたのか。
「えっと……母以外に風のことを知っているのは、祖父だけだと思います。祖父が誰かに言ったりしていないのなら多分、二人だけです」
「なるほど。その人達から『加護』について教わったりしなかった?」
「いえ、誰も『何も言わなかった』です」
僕の嘘偽り無い言葉を聞き、エリオラさんは腕を組んで瞑目した。アミュアちゃんは『意味不明』と言わんばかりに白けた顔をし、ソファから立ち上がって別室へと行ってしまう。お湯を沸かしてココアを淹れてくれたリップさんは、僕の話を聞いて『どういうことだ?』と考える風に、視線を斜め上に向けた。やはり、僕は『おかしい』のだと思う。何故知らない? という空気が、彼女等の混乱が、僕の肌を突き刺してくる。僕は息を詰まらせながら、居た堪れない空気の中を耐え忍んだ。
「そこが、不思議なんだよね」
「ど、どこが、ですか……?」
僕は、自分でも分かりきっている箇所を態とらしく尋ねる。
「不思議なのは君の母親と祖父だね。普通、この国で『風の加護』を持って生まれてきたら、周りが『狂喜乱舞』するほど大騒ぎするはずなんだよね」
「ど、どういうことですか……?」
「……ソラ君はさ『風の勇者の伝説』を知っているかい?」
風の勇者——という言葉を今日初めて知った僕が、その風の勇者の伝説を知っているはずもなく。僕は微かに首を横に振る。
「……千年前。『古代』と呼ばれる時代において、最も活躍した『最強』の勇者。死ぬまで魔族を狩り続けた、正真正銘の英雄。それが『古代・風の勇者』だ。その勇者が没したのが、この国というわけさ。彼の勇者の墓が、この国にはあるんだ」
「風の勇者……」
知らない。そんな伝説、僕は知らない。誰も教えてくれなかった。誰も、何も言わなかったんだ。母さんが買って与えてくれた絵本には、そんな伝説——勇者が描かれたものなんて、一つも無かった。皆んな『知ってて当たり前』という雰囲気が部屋に充満してしまっていて、僕は息が出来なくなった。
「風の国と呼ばれている理由を、ソラ君は知ってる?」
「し、知りません。だって、カカさんは——」
僕が汗を掻きながら言葉を続けようとした、その時。バンっ! と凄い音を立てて、アミュアちゃんが入って行った別室の扉が開いた。僕とリップさんが肩を跳ねさせて扉の方を見ると、顔を怒りで真っ赤にした寝巻き姿のアミュアちゃんが、ドシドシと足音を立てながら僕の方へ来る。
「ウゥゥ……うがあああああああああああああああ!?」
なにごと!? と固まったままでいる僕に、アミュアちゃんは『ポコポコ』と殴りかかってきた。
「え、え!? ちょっ、なになに!?」
「ウゥゥ! 死ねぇっっっ!!」
「し、死ね!?」
な、マジでいきなり何なんだよ!? 意味が分からないまま、アミュアちゃんの本気——可愛いくらい超弱い——の暴力を腕で防ぐ僕に、リップさんが「あぁー……」と言って教えてくれた。
「風の勇者は、エルフ族から狂信的に信仰されてるんスよ。それで、アミュアさんも例に漏れずというか……はい」
「え、でも僕『勇者』じゃないですよ」
「うがああああああああああああああああああっっっ!?」
「うわあっ!?」
謎に『怒りを増した』アミュアちゃんは、単純な拳打は僕に効かないと悟ったのか、爪を立てて『引っ掻き攻撃』を僕に食らわし始めた。マジで痛いっ!
「あ、風の加護なんかはエルフ族から『憧れの的』なんスよ。風の勇者と同じ力なんで。それで、アミュアさんも例に漏れず……超憧れてるんスよ」
何じゃそりゃ! そんなの巻き込み事故じゃん!
「死ねえぇっっっ!!」
「痛い痛い痛いっっっ! 参った! 参ったって!!」
「死ねえええええええええええええええええええええ!!」
「うわあああああああああああああああああああああ!?」
* * *
僕はエリオラさんの勧めに従い、猛獣との『戦い』で掻いた汗と、負った傷から流れる血をシャワーで流した。満身創痍で浴室を出た僕と入れ替わるように、同じく傷を負い、汗だくとなったリップさんが浴室に入る。軽く会釈をしあった僕達の間には、確かな『絆』が存在していた。見境なく襲いかかってくる『オレンジの猛獣』と戦った僕とリップさんは、もはや『戦友』と言える仲だろう。ここに来るまで、ずぅーっと『恥ずかしそうに』ダンマリしていたリップさんが、廊下ですれ違った時に「へ、へへへ」って嬉しそうに笑っていたし、間違いないと思う。
その後、浴室から出てきたリップさんが「これ、傷にいいっスよ」と、別室から塗り薬を持ってきてくれた。僕は上下スウェットの寝巻きを着ており、リップさんは下着くらい短いズボンにタンクトップという結構な薄着。彼女は自分で着たのに「は、恥ずかしいっスね……」と顔を赤くして照れていた。僕がお世辞で「似合ってますよ」と言うと「でへぇっ!?」と声を大にして驚く。
「しっ、しぃーっ!」
「はっ! す、スイマセン……!」
僕は彼女の驚きの声で、ソファで眠る『猛獣』が起きてしまったかを遠目から確認した。そして、ホッと胸を撫で下ろす。
「……セーフ」
「……っスね」
僕達は猛獣との戦いで負った『戦傷』に薬を塗る。僕は両手両足に付いた引っ掻き傷に。リップさんは両腕に付いた、噛み跡に。最後に僕の顔面に痛々しく残る、引っ掻き傷だ。見えないけど仕方ないか——と、手で伸ばした薬を顔を洗うように塗ろうとすると、リップさんが「見えないっスよね? ウチが塗ってあげまスよ」と言ってくれた。僕が「ありがとうございます、お願いします」と言うと、彼女は照れているのか頬を染めて「痛々しいっスね」と傷が痛まないよう優しく塗り始めた。
そして——
「安らかに眠れ——」
シャワーで汗を流し、顔と腕に負った傷に薬を塗った僕は、汗だくで白目を剥く『猛獣』をベットに寝かせる。
「ウゥ」
「ッ!?」
「ウゥゥ——……」
何だ『いびき』か……吃驚させないでくれよ。
僕は、いびきを掻く猛獣の隣にある『空きベット』を使わせてもらうことになった。エリオラさんは「私の部屋でもいいよ?」と言っていたのだが、何故か『獣の目』をしていた彼女に怯えた僕は同じ獣でも『弱い方』がいいと思い、ここに決めた。正直な話、リップさんと同じ部屋の方が安心できるのだが「おお、男の子と同じ部屋は……!」と顔を真っ赤にしていた彼女に無理に頼める訳もなく。泊めてもらった分際でこう言うのは何だけど、この部屋は消去法では仕方なかったのだ。
大人しく『最悪』に怯えながら眠りにつくことにする。
「ウゥゥ——……」
僕は音を立てないように『そぉー』っとフカフカの高級ベットに寝転がり、起きたらまた襲われるのかなぁ——と不安に思いながら目を閉じた。
加護とか、勇者とか。今日初めて知った言葉が、僕の頭の中で反芻される。引っ掻き傷をヒリヒリさせながら天井を見上げていると、隣から大きないびきが聞こえてきた。それを聞いて『明日考えよ』と思った僕は毛布を頭から被り、再び目を閉じた。
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