第5話 ウィンクは何を伝える
風の都『フリュー』は六角形の形をしている。街は広大であり、そこに住む人も数多い。その巨大さ故に都市運営が困難を極めたらしく、仕方なく都市を六つの区——北東区、北西区、東区、西区、南東区、南西区に分け、それぞれ別の行政が管理・運営を行なっていると、馬車に相乗りしていた初老のおじさんが懇切丁寧に教えてくれた。僕の探している『モルフォンスさん』は西区の区長。つまり『超すごい人』なのではないだろうか? 凄いな、爺ちゃんの交友関係。僕は人知れず、祖父への尊敬の念を強めた。
僕が今いるのは東区だ。門の近くに泊まっていた馬車の御者に話しかけると「あそこに停まっている馬車が西区行きだよ」と親切に教えてくれて、僕は急いでこの馬車に乗ったのである。この馬車は『公共馬車』らしく、この都市で集められた税金が投入されていて、やや格安で乗車ができた。この都市の住民には無料券が配られるらしく、それを使えば公共馬車にタダで乗れるらしい。その話をおじさんから聞いて、スゲー! と感心した。何でも、馬車に『都営』と書かれた札が付いているものが公共馬車であり、それが付いていない馬車は『私営』なのだそうだ。一人悠々と乗りたいなら私営の馬車。ただし、私営の馬車は無知な観光客からボッタくるという負の側面があり、乗るものは選べ——とのこと。今みたいに相乗りでいいのなら安い運賃で運んでくれるとのことなので、僕は市営に乗ることはないなと思った。
買い食いばかりしていて何だけど、あまり無駄遣いはできないからな……。
僕の現在の所持金は『一万七千ルーレン』ここに来るまでの運賃と宿泊費、あと食費……。何か仕事をしないと、あっという間に所持金が尽きると思われる。さすがに所持金ゼロで母探しの旅を続けることは出来ないだろうし。どうしよう、そこまで深く考えていなかったな。仕事かぁ。農作業とか薪割りとか荷運びとか冒険者とか?
僕がやったことある仕事が街に残っていたら良いけど、最悪の場合もある。
その最悪の場合、冒険者も選択肢としては——あり? いや、やめておこう。
危険人物——賞金首的な人を捕まえる仕事とかは僕には荷が重いと言うか、不可能というか。そもそも冒険者っていう力仕事を、弱っちい僕がこなすなんて無理だろうしな。仕事かぁ……まあ何とかなるでしょ、多分。僕は思考を止め、流れていく風景を窓から眺める。
ぼぉーっと眺めていて分かる、この街の特徴。この街、フリューはエルフ族の数が多いということが、過ぎ去っていく窓の風景から見て取れた。エルフ族は『産まれた土地』から出たがらない習性があるとカカさんは言っていたけど、これを見るにそうでもないのかな? でも、エルフ族のカカさんが言うんだから、それは正しいんだと思うんだよな。ソルフーレンは西にある『エルムフット』というエルフ族の国と友好的と聞いたことがある(カカさん談)。エルフの習性を考えるに、今この国にいるエルフは友好国に住み始めた『エルフの子孫』的な感じなのだろうか? それならカカさん言っていたことと『点と点』が繋がる。 エルフって確か『長命種』って言われるくらい寿命が長いんだよな。エルフ族は皆んな、長い耳していて顔立ちが整っている。そして若々しい。今さっき見えた花屋の前で談笑していたエルフの少女達も、実年齢で見たら僕より圧倒的に上なのかもしれない。「女性に歳を聞いたら駄目」とカカさんにキツーく言われていたけど、やっぱり気にはなる。だって、"あの"カカさんが爺ちゃんより年上なんだもんなぁ……。エルフってすごい——僕はそう思った。
そういえば、さっきのアミュアちゃんは何歳なんだろ? んー……子供っぽいし、年下だろうな。うん、間違いない。
そんな、しょうもない思考を重ねること数時間。街に来たときは真上で燦燦としていた太陽は鳴りを潜めてしまい、代わりに日中は大人しくしていた月が、これでもかと輝きを放っている。
「よっと」
「時間かかったねー」
「ですねー」
「それじゃあね、ソラ君。話し相手になってくれて、ありがとね」
「いえいえ! こちらこそ」
馬車が停まったのは街の中心にある『中央公園』。巷で『中央区』と呼ばれている場所で僕は馬車を降りた。そして一緒にここまできた物知りおじさんと別れる。
「中央公園か……」
僕は西区まで行くんじゃなかったの? と思い、ここまで馬を走らせてくれた御者に話を聞いた。「すぐそこが西区だよ。西区の中を移動したいなら他の馬車に乗ってね」とのことだった。「なるほど」と僕は納得し、夜の中央公園で一人になった。
これからどうしようかなー、と思いながら腹を摩る。夜になり、空腹になった腹を確認。 僕は、仕方ないよね? とばかりに出店を探し始めた。
「んー……」
中央公園は『ウオウオウンマ』などの飲食店が並んでいた飲食街とは違い、アクセサリーや工芸品、手作りの服や鞄などの雑貨を取り扱った店が区画の九割を占めていた。 お腹空いたな——と思っていると、アクセサリーを取り扱う露店で商品を見ていたドレス着た女性と、スーツ姿の男性の声が聞こえてきた。
やたらと肌面積の多い淫靡な服を着た女性が、おじさんと言える男性に「これ欲しいなぁ〜」と熱の孕んだ声でおねだりをしており、数千ルーレンはするだろう宝石が付いたイヤリングを強請られた男性は下心丸出しの顔で「買っちゃおうっかな〜」と満更でもない様子だった。
女を頭から食べようとしている男は、足を食いちぎられていることに気付かない。
というやつだね、爺ちゃん。つまりあの男性は女性から『逃げられない』し、女性に逃げられたら『追いつけない』ということか。なるほど。「ソラは近付くなよ〜」って僕に釘を刺してきた、爺ちゃん達——村の男連中——が言っていたことは正しかったのかもしれないな、あの男性の様子を見るに……。
僕はイヤリングを購入した男性の背中から視線を逸らし、僕の目的である飲食店を探しを再開する。やっと見つけた揚げ物屋で揚げパンを購入。それを食べながら人を避けて進み、中央公園から出る。中央公園を抜けた先には『この線から向こう西区』と書かれた大きな看板があり、僕は何となく地面に引かれた白線をジャンプして越えた。
中央を越えて西区に入っても、人の多さは健在であった。街を覆う夜闇を設置された街灯と空から降る月明かりが跳ね除ける中、日中と変わりないガヤガヤとした喧騒を奏でながら出歩いている人々を見て、僕は不思議な感覚に見舞われた。僕の知っている夜は、真っ暗闇で誰も外に出歩かないものだ。しかし、今僕の視界に広がっているのは、まるで夜が来ていないかのような、日中と変わりない風景。何とも言えない衝撃に立ち尽くしていた僕はハッとし、速足で歩き出す。これから役場を探さなきゃいけないんだけど、先に宿を探さないと。僕は振り返り、中央公園の中心にある時計塔を見た。時計塔の短針は八時を越えて、九時に近付いている。時間を意識し、もうこんな時間かぁと思うと、ドッと疲れが身体に伸し掛かってきた。もう夜が更けてきている。早めに宿に泊まって、部屋で大人しくしておきたいな。役場探しは明日にして、今日はもう休もう。
それから西区を歩き、宿を探し回った——のだが。
一件目、満室。二件目、満室。三件目、満室。
四件、五件、六件、七件、八件——全て満室。
そりゃそうか、観光地だもの……。色んな街や国から人が来ている訳だし、夜が来たら宿に泊まったりするよなぁ。宿の数はすごく多いのだけれど、空室は皆無。僕と似たような境遇の人が「そこをなんとか!」と、宿の従業員に無茶を言って追い出されるところを何度か見て、僕は段々と『野宿』という可能性が胸に広がりつつあった。野宿か……。別に野宿が嫌という訳ではないが、ちょっと恐怖心がある。追い剥ぎにあって『お金』や『爺ちゃんのナイフ』を盗られてしまう可能性がある訳で。
今着ているコートも含めて爺ちゃんからもらった大切な物ばかりだ。間違っても、それを盗られてしまうわけにはいかない。もう宿を探して一時間以上経ったし、時刻は九時を越えて十時に近付いてしまっている。だから早く宿に泊まって、荷を下ろして落ち着きたいんだけどな。宿かぁ。一件だけ見に行ってない所がある——というか建物が高すぎて、中央公園から丸見えだったのだが。明らかに他の建築物とは一線を画した、縦に伸びた『城』。高級感漂うその建物は一体何階建てなのか、見上げるほどに高い場所にある窓から、部屋の明かりらしきものが漏れ出ている。 建物をライトアップしている白い光——恐らく街に立ち並ぶ街灯『魔道照明』と同じ物だと思われる——が、城のような建物を煌々と照らしており、夜なのにハッキリと見て取れる看板には『ホテル・ルーレン』と書かれていた。僕はホテルを見上げながら、立ち止まって思考する。
ここに泊まる? いや節約しないといけないのに、これはちょっと。絶対『数百ルーレン』で泊まれるような場所じゃないと思う。でも、うーん。値段を聞きに行ってみよう——かな。本当に聞くだけね。もしかしたら、想像より安い可能性がある。一縷の希望は持っていてもいいのではないだろうか? 「よしっ!」と、僕はバックを背負い直し、宿に向かった。ホテルの前に到着し「行くか……!」と、僕が扉の方へ進んでいくと、扉の横に立っていた『ドアマン』が、三メートル近くある大きなガラス扉を開けてくれた。まさかの『ドアマン』の存在に、嫌な予感が爆発しそうになったが、僕は足を止めることなく。冷や汗を掻きながら受付へと進んで行く。そして僕が受付の前に行くと、受付嬢はニコッと笑い、口を開いた。
「ようこそ、ホテル・ルーレンへ」
晴れやかな笑顔を僕に向けながらそう言う受付嬢に、予定通り『一泊の宿泊費』を聞いた。
「あの、ここって一泊いくらくらいですかね?」
「一泊『六千ルーレン』になります」
「ろ、ろろ——六千!?」
僕が今まで泊まってきた宿の『六十倍』!? そんなバナナ! 違うっ、そんなバカな! ほ、法外だ。何だ、六千ルーレンって……。さっき、色っぽいお姉さんに、おじさんが買ってあげていたイヤリングより高いじゃないか。
僕は無言で受付から離れ、ホテルの内装を見る。見たことない観葉植物が置かれたフロントの床は、フカフカで豪奢な絨毯が敷かれており、靴を脱いだほうがいいんじゃないのか? と思ってしまう。天井は、僕が住んでいた爺ちゃん家の屋根よりも高い。フロントにある金の装飾が入った豪奢な椅子に座り、大理石の机を囲む二人の男性は、爺ちゃんが着て目を瞑りたくなるほどダサかったスーツを着こなしている。
聞こえてくる話的に、二人は商談中のようだ。高く売りつけたい男性と、安く買い叩きたい男性の攻防。お互いの腹の底を見せない、ポーカーフェイス。盗み聞きしている僕の方が、ドッと汗を掻きそうになるほど白熱した舌戦。爺ちゃんから商人相手の交渉術は教えられているが、この二人は僕のレベルを優に越えていると思う。
まあ、二人はこのホテルの客だろうし、本当に僕とは住む世界が違うのだろう。
僕みたいなのは野宿がお似合いか……。帰ろ。いや、村には帰らないけど。僕は今だに舌戦を繰り広げている男性二人を脇目に、ホテルから出るため、トボトボと肩を落としながら扉の方へ向かう。すると——僕と入れ替わるようにホテルに入ってきた女性は『赤色の長髪』を靡かせながら僕と目を合わせた。
「あれ? ソラ君!」
「あ、エリオラさん!」
僕は昼に会った赤髪の女性、エリオラさんと再会した。思っていなかった再会に僕が目を見開き固まっていると、何故かは分からないが、エリオラさんは嬉しそうに笑う。彼女の後ろには、茶髪の女性——リップさんもいた。 彼女は昼間とは違い、視線を合わさずに軽く会釈をした。何か反応が変だな。と思いつつ、僕は「こんばんわ」と彼女に挨拶する。すると「う、うっス」と返事が帰ってきた。やっぱり反応が昼と違うなぁ——と僕が首を傾げていると、ひょっこりと、アミュアちゃんが僕の前に現れた。
「あんたじゃ、ここは無理でしょぉ?」
開口一番に煽り口調でそう言ってくるアミュアちゃんに、僕は大人の対応を返す。
僕は膝を折り、背の低い彼女と目線を合わせる。そしてニコッと笑い『挨拶』を行った。
「こんばんわ〜、アミュアちゃん」
僕の煽りに屈さない毅然たる対応に、彼女はキッと睨む。拳を握り締め、プルプルと震えながら、彼女なりの『挨拶』を僕に返した。
「殺すぞ、クソガキ……!」
んー……何でこんなに嫌われてるんだろうな? よし! ここは聞こえなかった『フリ』をしよう。
「え?」
「う、うがあああああああああああああああああ⁉︎」
うわっ、アミュアちゃんが襲い掛かってきた! 僕は咄嗟に横へ飛び、アミュアちゃんが繰り出した『飛び掛かり攻撃』を回避する。予想外だったのだろう、僕の俊敏な回避に行動に『ギョッ』と目を見開いたアミュアちゃんは、飛び掛かり攻撃を中断できず『でんぐり返し』を行い、その場で一回転した。でんぐり返しをした拍子に彼女のスカートが一瞬だけ翻り、オレンジ色の下着を晒す。バッとスカートを押さえて立ち上がったアミュアちゃんは顔を真っ赤にしながら、僕を涙目で睨んでくる。
「お前っっっ!! 見ただろっっっ!?」
アミュアちゃんの言う「見ただろっっっ!?」って下着のことだよな?
「はい。だからどうしたんですか?」
「はあっっっ!?」
素面の僕に『面を食らった』アミュアちゃんは、口をモゴモゴさせた後、真っ赤な顔のまま俯いてしまった。僕はそれ見て、何故か勝ったような気がした。彼女は気にしているのかもしれないけど、僕は子供の下着に何も思うことはない。先制攻撃してきた彼女には申し訳ないが、これは僕の完勝のようだ。
「ゴホン。ソラ君、ここに泊まりに来たんだよね? 良かったら少しだけ話をしないかな?」
身内の痴態を見て、軽く咳払いをしたエリオラさんは、僕に笑い掛けながらそう言った。
「話は別に良いですよ。あと、ここは高すぎて僕には無理でした……。大人しく別の宿を探しに行きます。あ、この辺りで空きがある宿ってご存知ですか?」
僕が恥ずかし気にそう言うと、気を取り直したアミュアちゃんが威張るように腕を組み、声高に僕に言う。
「フフン! そりゃあね、アンタみたいな田舎者がくるような所じゃないのよ! こ・こ・はっ!!」
「ごめんね、ソラ君。私達はそこにいる『クソガキ』の我儘でここを拠点にしているから、他の宿のことは分からないんだ」
「そうですか……。あ、話って何ですか?」
「ちょっと、無視しないでよ!」
「ああ、話って言うのは——」
「ちょっと!」
何故か怒り出したアミュアちゃんが、僕とエリオラさんの間に割って入り、僕達の話し合いは中断してしまった。仕方ないな——と思った僕は軽く頭を下げ「すみません、話の方は明日で——」と言い、ホテルから出ようとする。僕が扉に手を掛けようとした、その時。
「ソラ君、待って」
ガシッと、エリオラさんに肩を掴まれて静止させれらた。
「——? 何ですか?」
「私達が取っている部屋に、ベットの空きがあるんだよ。ソラ君、泊まっていったらどうだい?」
「はあっ!? それって……!」
ワタワタと慌てふためくアミュアちゃんを見て、僕の脳裏に『まさか』という考えが過ぎる。もう夜中が迫っている時間帯だから、その気持ちはすごくありがたいんだけど……。
「男の僕が、女性達の部屋に泊まるのは……」
僕がエリオラさんの誘いを、やんわりと断ろうとすると、彼女は背筋を凍らせそうになる程の『眼光』を発しながら、アミュアちゃんを一瞥した。
「良いよね?」
「え、いや……」
「いや……?」
「い、いや……別に良いけど……」
エリオラさんの眼光に当てられたアミュアちゃんは、小動物のように小刻みに震えながら『了承』した。有無を言わさない雰囲気を醸すエリオラさんに、何も言えなくなってしまった僕とアミュアちゃんは顔を見合わせる。一瞬だけ『ムッ』とした表情を浮かべたアミュアちゃんは、僕とエリオラさんを交互に見るものの、何も言わなかった。そんな小動物みたいな彼女を見て、可哀想と思ってしまった僕は、受付と話すエリオラさんに言う。
「あのぉ、今日初めて会った人にそこまでお世話になるのは悪いですよ……。今日、僕は野宿をするので、また明日——」
「ん? 借りてる部屋にベットの空きがあるってだけだよ。気にしないでいいよ。ソラ君は優しいね」
に、逃げ道を塞がれた——! エリオラさんは優しい笑みで、僕にそう言ってくる。もう、何も言えなくなってしまったんだが。
(ど、どうしようアミュアちゃん)
僕は、杖を両手に持って黙りこくってしまっていたアミュアちゃんに『アイコンタクト』を送る。アイコンタクトに気づき、僕の思いを正確に受け取っただろうアミュアちゃんは、僕に下手くそなウィンクを返す。
(——! ——!! ——!?)
な、何言ってんのか分かんねえ……! 彼女のアイコンタクトが下手くそすぎて、僕は何を伝えたいのかを読み取ることができず、ガクッと首を折り、全てを諦めた。
下手くそすぎるウィンクの持ち主であるアミュアちゃんは、眉尻を怒りで吊り上げ『何で分かんねえんだよ!』という風に僕の足をガシガシと蹴ってくる。分かるわけないでしょ——と、上手いウィンクで僕が伝えると、彼女は愕然とした様子で口を開けたまま固まってしまった。
「よし! 部屋に戻るよ、ついて来て」
「は、はい……」
僕は手に汗握りながら、エリオラさんの後について行く。リップさんは相変わらず黙ったままで、エリオラさんは有無を言わさない感じだ。アミュアちゃんはもう諦めてしまったのか、行き場のない怒りを『かわいい暴力』で僕にぶつけてくる。ガシガシと足を蹴られたり、バシバシと腰を突かれたり。というか、こんな豪華なホテルに泊めてくれるって、エルオラさんが言ってた『話し』って何なんだ?
ちょっと、怖くなってきたぞ……。
「大丈夫かな……?」
「はあ? てか早く歩け、クソガキ!」
アミュアちゃんに不安を溢すと、ガシっと脛を蹴られた。相変わらず蹴った本人が痛そうなリアクションを取っている。言葉が悪くなってしまうんだけど、この子『おバカ』なのではないだろうか? アミュアちゃんは僕の考えを敏感に察知したのか、今度は杖で尻を叩いてきた。必死で僕に攻撃を加える彼女から視線を逸らし、エリオラさんの後を追う。フロントを抜けた先にある階段の横には、取ってのない謎の『網目扉』があった。エリオラさんはその網目扉の前に行き、扉の前で待機していたホテルの従業員らしき女性に話しかけた。
「これは、何ですか?」
「これはね『エレベーター』だよ」
「——? 何ですか、それ……」
聞いたことない単語だ。エレベーターって名前の部屋なのだろうか? 不思議そうに首を傾げていた僕に、アミュアちゃんは勝ち誇った表情をしながら、この網目扉の正体を教えてくれた。
「これはね『乗り物』なのよ! 田舎育ちのアンタにはわかんないでしょうけど!」
乗り物? これが? この先に、エレベーターっていう乗り物があるのかな?
それに、この子に田舎育ちなんて言ったっけ?
「田舎育ちってよく分かったね?」
僕の言葉に対し、アミュアちゃんは眉尻を上げて言う。
「アンタみたいなの、どー見たって田舎者でしょ。ダッサイ服着てるじゃないの」
「ええー……」
やっぱりダサいのか、この服。お洒落しているアミュアちゃんにそう言われると、自信無くすなぁ。
「ほら、さっさと入りなさいよ!」
「え? ——わっ!」
僕が彼女の言葉で顔を上げると、謎の網目扉はいつの間にか開いており、扉の向こうは狭い個室になっていた。その個室の中に従業員の女性が先に入り、それに続く形でエルオラさんとリップさんが入室する。これに入るのか? と僕が固まっていると、ドンっと背中を押され、無理やり部屋に入れられてしまった。
「ふふ。ソラ君は初めてみたいだね」
「は、はい。えと、どこに乗り物が……?」
「それはお楽しみだね」
「——?」
どういうことだ? と個室内をキョロキョロと観察していると、最後まで入り渋っていたアミュアちゃんが入室してきた。少し不安げに個室に入ってきたアミュアちゃんを見て、この個室に慣れてないんだなと察せる。
「ね、乗り物ってどこにあるの?」
興味本位で『乗り物』について知っているだろう、不安げな彼女に問いかける。
ちょっと青い顔をした彼女は、眉間に皺を寄せながら言った。
「……これが乗り物なのよ」
「え? それってどういう——」
全員が個室に入室すると、従業員の人が個室に取り付けられた『謎のボタン』を押す。すると——ガチャンっと音が鳴り、勝手に扉が閉まった。それに肩を跳ねさせた僕は壁に手をつき、同じく肩を跳ねさせたアミュアちゃんは僕の服を手で掴んだ。
完全に密閉されてしまった個室は『ブオーン』という音を鳴らしながら揺れ動く。
「な、何が起きてんの!?」
初々しく動揺する僕を見て、エリオラさんと従業員のお姉さんは「クスクス」と笑っていた。そして、ガタンとした一際大きな揺れの後、個室が微動だにしなくなる。
何だったんだ? と僕が固まっていると——
「四階に到着しました」
従業員のお姉さんがそう言い、今度は別のボタンを押す。すると、ガチャンという音と共に網目扉が開いた。扉が開いた先は、僕達がさっきまでいた場所とは『違う場所』だった。これは、もしかしてだけど『個室が動いた』のか! エレベーターって言う『個室型の乗り物』ってことか……。スゲーっ!
「ソラ君、こっちだよ」
「あ、す、すいません!」
先に外に出ていたエリオラさん達に呼ばれ、僕はエレベーターから出る。
僕は『エレベーター』に後ろ髪を引かれつつ、エリオラさん達の後に続いた——
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