第4話 出会いは胸ぐらを掴む
「うおぉ・・・・・・!」
街に踏み入った僕の視界に広がったのは、道路を埋め尽くす人混みであった。
ガヤガヤとした人並みが奏でる喧騒が鼓膜を叩き、何処かから漂ってくる焼いた食べ物の香りが僕の鼻腔を突き、空いた胃袋から『ぐ〜』という音を鳴らさせる。
道路はギリギリ隙間があるなぁくらいの人の間隔であり、その道の両端には、一体何処まで続いているんだ? と思ってしまうほど『ズラリ』っと屋台が軒を連ねていた。
僕は流れてくる食べ物の香りに引き寄せられるように、ふらふらと人混みの中に入っていく。
どこに何があるのやらだが。
未知に臆するなんてことはなく、心を躍らせながら人を避けて道を歩んでいく。
ほぼ全ての建物が三階建て以上の造りになっており、僕が今まで見てきた村々の建築物とは比べ物にならないほど背が高く、堅牢そうであった。
さすが『風の都』
ソルフーレンの中心と言うだけはあるな。
そう考えてみると、僕は今、この国で一番栄えている場所に来ているのか。
な、何か今更なんだけど、ドキドキしてきた・・・・・・。
——よしっ!
まずはモルフォンスさんを探さなきゃいけないんだけど、その前に腹拵えをしよう。
昼食を摂らないで広い街を動き回るのは難しいと思う。
うん。そうに違いない。
僕は自分を信じて、匂いに誘われるがまま屋台に近づく。
焼いた『何か』の匂いと白煙を、これでもかと街に流していた出店を無視して横切ろうとした——その時。
その店の店主から「いらっしゃい!」と無理矢理な感じで声を掛けられてしまい、僕は足を止めた。
「安いよ安いよ! 見てってよ兄ちゃん!」
「は、はあ・・・・・・」
僕は店主のおじさんに促されるまま、彼が額に汗を滲ませながら一生懸命作っている香ばしい匂いの正体を見る。
見たのだが・・・・・・その正体は不明のままであった。
これは、一体何なんだ?
焼いた魚の開きに、さらに焼いた魚が挟んである。
魚で魚を挟む? パンとかじゃなくて?
どういう考えで作られた料理なんだ・・・・・・?
「あの、これ何ですか?」
「これはフリューの名物『ウオウオウンマ』だ」
「・・・・・・は?」
ウオウオウンマ・・・・・・ダジャレか?
もしかして店主のおじさんの創作料理なのでは?
いや、でも『フリューの名物』って言ってたしな・・・・・・。
僕がこの料理について腕を組みながら考えていると、店主はテキパキと焼きたての『ウオウオウンマ』を紙に包み、僕に手渡してきた。
「はい、八十ルーレンね」
「——えっ⁉︎ いやぁ・・・・・・はい」
突然の押し売りに動揺した僕は店主に気圧される形でつい、お金を払ってしまった。
僕は銅貨一枚を払い、ルーレン紙幣二枚を受け取る。
これ、最初に泊まった村の宿泊料と同じ値段じゃん。
高い気がするんだけど、これ美味しいのか?
いやでも『名物』って言ってたし、味は良いんだよな?
僕は手渡された『焼き魚魚サンド』を見る。
しっかりと焼かれた白身魚には、いろんな香辛料が振り掛けられていて普通に美味しそうだった。
僕はスパイスの効いたものが好きだから、意外とイケるかもしれないな。
というか、これ見たことない魚なんだが・・・・・・。
近くにあった漁村の水揚げの時に、こんな紫色の魚いなかった気がするんだけど・・・・・・そろそろ食べるか。
僕は意を決し『ウオウオウンマ』見たことない紫色の魚を豪快に頬張る。
噛んだ瞬間に広がるのは——独特な香り。
やっぱり変な魚なのかな?
食べて大丈夫か・・・・・・?
——と、悩んでいた僕は次の瞬間、顔を晴れさせる。
「・・・・・・美味しい!」
噛めば噛むほど魚の旨味が口の中に広がり、独特の甘みや、ちょうどいい塩と焼き加減が最高に美味い!
「んん・・・・・・」
僕は口内に突き刺さる魚の骨を、何度も口から出しては手皿に置く。
魚二匹分とは言えど、流石に小骨が多すぎるな。
一口ごとに小骨が口内に攻撃を仕掛けてくるせいで、普通に食べづらい。
味は最高に良いんだけど、骨がなぁ・・・・・・。
骨が無ければ百点満点の一品だった。
「美味しかったです」
「おお、兄ちゃん良い食べっぷりっ! じゃあもう一つ」
「ご馳走様でしたーーーーっ‼︎」
あっぶないな、本当に。
隙を見せたら二つも三つも押し売られてしまうな。
ウオウオウンマはすごく美味しかったけど、二個目は遠慮しておこうと思う。
魚の小骨口撃を対処するのは少々疲れるからな。
二つ目は何にも気にせずガツガツ食べたい。
今さっき食べたのが魚肉だったから、今度は牛か豚か鳥。
あ、羊もいいな。
僕は腹を摩り、胃に空きがあることを確認。
僕はまた、香ばしい匂いに誘われるようにフラフラと出店巡りを始めた。
あっ! 串焼きだ!
よし、次はあれにしよう——って、違うっ‼︎
モルフォンスさんを探さないといけないんだった!
僕はハッとし、頭を抱えてしゃがみ込む。
僕の旅の目的は『母探し』だ。
それでこれから『モルフォンスさん』に会わないといけないのに、それを忘れて食べ歩きをしようとは・・・・・・。
こんなことを知られたら爺ちゃんに『バッカでぇ!』ってゲラゲラと笑われてしまう。
なんで僕は、こんなに自制ができないんだ・・・・・・っ!
いかん! いかんぞ!
僕は、パンッと両頬を叩き、意識を切り替える。
「よしっ!」
意識を切り替えた僕は、本来の目的を食欲から取り戻す。
しゃがんでいた体勢から立ち上がり、キョロキョロと辺りを見回した。
切り替えたは良いけど、どこに行けばいいんだろう?
うーん。
まずは、モルフォンスさんの事を知っている人を探さなきゃいけないのかな?
モルフォンスさんを見つけるくらい難しそうなんだけど、もしかしたら『有名人』の可能性もある。
あ、役場に行ってみるか。
そこなら住民の住所とか知ってるだろうし、そこでモルフォンスさんについて教えてもらおう。
「よし!」と移動を始めようとした——その時。
「——おわっ」
「うおっ!」
突然、ドンっという衝撃が全身に走り、僕は身をよろけさせる。
僕が転ばないように踏ん張って耐えると、僕とぶつかった鎧を着込んだ男性は『ガチャン!』とすごい音を立てて背中から転んでしまった。
「だ、大丈夫ですか⁉︎」
「す、すまない! 急いでいたもので・・・・・・あ、手を貸してくれ」
「あ、はい!」
鎧を着込んだ男性はその鎧の重みで起き上がれず、僕に手を求めてきた。
それに対して僕はすぐさま手を貸し「よっと」と言って男性を引っ張り起こす。
起き上がった男性はズボンに付いた土埃を叩いて落とし、僕と視線を合わせた。
「いや、すまなかった!」
「いえいえ! 自分も余所見をしていたので、こちらこそすみませんでした」
二人でペコペコと頭を下げ合った後、鎧の男性が急いでいる様子で「ごめんね!」と言い、駆け足で去っていった。
何だったんだ、一体・・・・・・。
「ん?」
何だか周りが"ざわざわ"としていて騒々しい。
いや、人が混んでいるから騒々しいのは当たり前な気がするけど、そういう平和的な喧騒じゃなくて、まるで何かに怯えているような騒々しさの様に思える。
何かあったのだろうか・・・・・・?
僕は興味本位でキョロキョロと周りを見回し、人集りになっている場所を発見した。
人集りは僕が街に入るために通ってきた、都市の『東門前』にできていた。
何となくそこへ歩いて見に行った僕は、野次馬らしき人集りに揉まれながら爪先立ちで東門の方を眺めた。
武装した人が沢山いる・・・・・・あれは冒険者、だよな?
東門の前には沢山の冒険者が集まってきており、真面目な表情でヒソヒソと話し合いをしている。
本当に『何か』があった様子だ。
事件か何かだろうか?
僕は謎の野次馬根性を発揮し、人を躱しながら惹かれるように前へ進んでいく。
そして、何とか最前列に立った僕は、じーっと冒険者たちを観察した。
最前列に立ったおかげで、野次馬のザワザワとした喧騒に紛れる、微かな冒険者達の声を掴むことができた。
「都市の近辺で一体の魔獣を見かけたそうだ」
「都市の近くでですか? それ、ヤバイんじゃ・・・・・・」
「外の人達を避難させた方がいいんじゃないですか?」
魔獣・・・・・・って聞いたことあるぞ。
確か、アレだよな。
僕達『生物』を創った『聖神』とは違う神である『魔神』に創られた『物』の名称だったはずだ。
そんな感じのことを、勉強会でカカさんから教えてもらった。
獣なのに物なの?
生物じゃなくて? って、その時の僕は疑問に思ったんだよな。
何故か僕が「教えて」って言っても、カカさんは露骨に目を逸らして「何でだろうねぇ」と教えてくれなかった。
納得できなかった僕は、しばらく頭を悩ませていたんだっけ・・・・・・って、今はそんなことはどうでもいい。
街の近くに魔獣出た。
それは多分、緊急事態なんだと思う。
話し合いをしているのは、さっきの鎧を着込んだ男性とエルフの弓士。
一番強そうな剣士だと思われる赤髪女性と、その仲間っぽい茶髪の女性と・・・・・・杖を持ったエルフの子供?
あ、目が合った。
エルフの子供は僕が送る視線に気付いたのか、僕のことを、じーっと見てくる。
そして、ムッとした表情をしながら僕の方へ歩いてきた。
え? なに? と僕が周りをキョロキョロしていると、フリフリの『ロリータファッション』? を着た、ツインテールのエルフの子供は僕の前に来て、その口を開いた。
「集合よ!」
「・・・・・・はい?」
突然、この子は何を言ってるんだ?
僕は困惑した様子で周りを見ると、周囲にいたはずの野次馬達は、まるで僕とエルフの子供をさ避けるように距離を取っていた。
ぎゅうぎゅうになっていたはずの人混みが、僕の周りだけポッカリと穴が空いてしまっている。
「何チンタラしてる訳? 急ぐわよ!」
「へ? いやっ、ちょっまっ! 待って⁉︎」
僕は女の子に袖を掴まれ、そのまま東門のところへ引っ張られていく。
僕は混乱しながらも、何か『勘違い』をしている子に弁明を行う。
が——何故か僕の言葉に耳を貸さない子供の手によって、僕は冒険者達の輪に無理やり入れられてしまった。
キラキラした武具を装備した冒険者達の中に、ショボいナイフを腰に差し、ボロっちいコートを着る僕。
まさに異物混入である。
「よし、全員揃ったな。出発しよう!」
「了解!」
「行きましょ〜」
いやいや!
「出発!」じゃないよ!
ここに僕がいるの違和感すぎるだろ!
「あの! 僕・・・・・・、は、話を聞いて・・・・・・!」
冒険者達はオロオロする僕の話を聞かずに、スタスタと門から外へ出て行ってしまう。
「アンタ何してんの? 早く行くわよ!」
「ちょ、君っっっ!」
僕をここまで引っ張ってきた少女は、平然とした様子で苛立たしげに「行くわよ!」と僕に言ってくる。
この子、僕がサボろうとしてると思ってるのか・・・・・・?
僕は慌てながら少女と、その『保護者』らしき赤髪の女性のもとへ駆け寄り、今の状況を分かっていないのだろう彼女達に説明する。
「あの僕、冒険者じゃないです! 一般人です!」
僕の必死な説明を聞いた彼女達——赤髪赤眼で剣を腰に差し、銀の胸当てを着けた凛とした人族の女性と、カッコいいゴーグルを額に装着した、灰色のジャケットを着た気怠げな茶髪茶眼の人族の女性。
それに、オレンジと黒のロリータファッションを着た、橙色の髪と目をしたツインテールのエルフの少女は、お互いに顔を見合わせた後、僕の方を向いて口を開いた。
「んー・・・・・・? 嘘ね!」
突然「嘘ね!」とエルフの少女が僕を見て言った。
どこからその自信が来るのか、少女は『フフン!』という感じで笑い、グッと目に力を入れて「早く行くわよ!」と僕の胸ぐらを掴んで引っ張る。
「だから違うって! 僕は冒険者じゃないですから!」
「嘘おっしゃい! ナイフ持ってるじゃないのよ!」
「そ、それはぁ・・・・・・!」
な、なるほど。
この子は僕が腰に差している『武器』を見て、僕のことを冒険者と断じているのか。
確かに。
冒険者じゃない一般人が、こんな使い古された『バトルナイフ』を冒険者みたいに装備している訳がない。
え・・・・・・? これもしかして僕が悪いのか?
いやでも「違う!」と僕は少女に説明しているし、それを聞き入れずに「嘘!」と断じているこの子も悪いのではないだろうか?
——と、考えている間にも僕の胸ぐらを掴んでズルズルと東門の方へ引っ張っていくエルフの少女。
これは仕方ないと、僕は少女に抗うように全身に力を入れ『ビタっ』と急停止した。
すると、エルフの少女は僕が急停止した衝撃で掴んでいた胸ぐらを手放してしまい「ギャッ」と両手を広げて盛大に転んでしまった。
僕の胸ぐらと同じく手放してしまった青色の杖が、カランと乾いた音を鳴らして地面に転がる・・・・・・。
「あっ! 大丈夫っ⁉︎」
「・・・・・・ぅ・・・・・・ウウッ!」
思いっきり手を地面に叩きつけて起き上がり、地べたに座った格好のまま涙目で睨んでくるエルフの少女。
そんな彼女に僕は急いで手を差し伸べる。
が——彼女は差し出された僕の手を「ウウッ!」と唸って払い除けた。
そして自分で地べたから立ち上がり、スカートに付いた砂埃を叩いて落とす。
僕が申し訳なさそうな目で見ていると、俯いていた彼女は突然、僕に右拳を突き出してきた。
「死ねぇっ‼︎」
「え、ええっ⁉︎」
殺意の込められた右ストレートに僕は目を見開き、冷静に右掌で少女から繰り出されたパンチを受け止める。
本気の殺拳を弱そうな僕に完全防御された少女は、再び涙目になり、顔を隠すように僕に背を向けた。
顔を見せないように後ろを向いた少女は、ズズズっと鼻を啜る音を鳴らし、袖で目元を拭う動きをする。
まるで僕が泣かせてしまった様な状況に、冷や汗を掻きながら“あたふた”していると、トントンと肩を叩かれた。
振り向くと、僕の肩を叩いた赤髪の女性は申し訳なさそうに眉尻を下げていた。
「悪いね、うちのアミュアが失礼してしまって。彼女、見た目通り性格も子供なんだよ」
「は、はあ・・・・・・」
この感じだと、やっと誤解が解けたようだ。
よかった——と僕が胸を撫で下ろすと、僕に拳を食らわそうとしたエルフの少女『アミュア』ちゃんが、ガバッと振り向き、言葉を捲し立てた。
「ガキじゃねえし! そいつがクソガキだし!」
僕に矛先を向けてきたアミュアちゃんは、顔を真っ赤にしながら肩で息をしている。
どうやら『ガキ』という言葉が彼女のプライドを傷つけてしまったようだ。
「ゴメンね、アミュアちゃん。勘違いさせちゃったみたいで。このナイフは爺ちゃんからもらった物だから、お守り的な感じで腰に差してるだけで、別に冒険者だから持ってるって訳じゃないんだ」
「ア、アミュア“ちゃん”・・・・・・?」
アミュアちゃんは僕の『ちゃん』付けに衝撃を受けた様子。
僕は衝撃で固まってしまった彼女を無視し、何故か「クスクス」と笑っている、アミュアちゃんの保護者であろう赤髪の女性に話し掛けた。
「あの、そういうわけで僕は冒険者じゃないんです」
「うん、そのようだね。んー・・・・・・」
「え? な、何ですか・・・・・・?」
赤髪の女性は「んー・・・・・・」と僕を中心に回りながら、僕の全身を舐め回すように見てくる。
「エリオラ姐さん? どうしたんスか?」
茶髪の女性から『エリオラ』と呼ばれた赤髪の女性は、僕を見るだけでは飽き足らず、ベタベタと触ってきた。
「ちょっ、何なんですかっ⁉」
「ああ、ゴメンね! 君の周りだけ『変な風』が吹いてるなぁ——って思ってさ」
「か、風・・・・・・?」
風——・・・・・・あっ!
そういえば子供の頃に『風』を掌から出せたことがある。
その風を母さんに見せたら「使わないで」って止められて、それ以来、使うことがなかったから完全に忘れていた。
「君の、この風——加護ってやつなのかな?」
「か、加護⁉︎ すごっ! マジっスか⁉︎」
「加護」という言葉に茶髪の女性は声を高くし、頬を興奮で染める。
この反応・・・・・・加護って、そんなに凄い物なのか?
全く、そんな気がしないんだけど・・・・・・。
だって母さんは「使うな」って言ったし、爺ちゃんも知っていたはずだけど、加護とか言うものについては何も言わなかった。
というか——『加護』って何なんだ?
「あの」
「ん? どうしたの?」
「加護って、何ですか・・・・・・?」
エリオラさんに加護について問うと、何故かエリオラさん達三人は膠着した。
そして『マジかコイツ』みたいな感じで目を見開き、じぃーっと僕を見た後、三人は顔を見合わせる。
「・・・・・・本当に知らないの?」
無知な僕を疑うように問うてくるエリオラさんに、僕はコクリと頷く。
すると、メチャクチャ怒った顔をしたアミュアちゃんが前に出てきて、いきなり僕の脛を蹴った。
「痛ぁっ⁉︎」
「え? どうしたの・・・・・・?」
蹴った本人が痛そうなリアクションを取り、蹴られた僕は何事もなかったかのように蹴りに使った右足を抱えるアミュアちゃんを心配する。
痛そうにしゃがみ込むアミュアちゃんは、まるで怒りをぶつけるように上目遣いで僕を睨んできた。
いやいや、今のは君が悪いでしょ——と思ったものの口には出さず、彼女の腕を掴んで立ち上がらせる。
「んー、気になる事はあるけど・・・・・・アミュアの勘違いに巻き込んで申し訳ないね。ところで君、名前は?」
僕に『勘違い』の謝罪を言い、名前を聞いてきたのはエリオラさん。
この人はアミュアちゃんと違って話の分かる人なので、僕は素直に名乗った。
「僕は——ソラ・ヒュウルです」
「ソラ君ね。私の名前は『エリオラ』。君に非礼を働いたのは『アミュア』と言う。で、私の横に立っているのが——」
自己紹介をしたエリオラさんは、隣に立っていた茶髪の女性を手で指した。
すると、茶髪の女性は不器用そうに笑って口を開いた。
「自分は『リップ』っス。この度はアミュアさんが失礼しました。悪い人じゃないんで嫌わないであげてください」
僕はリップさん二人でペコペコと頭を下げ合い、自己紹介を終えた。
「キモっ。二人して頭下げすぎでしょ」
「君が頭を下げる必要があるんだけどね」
エリオラさんに図星を刺されたアミュアちゃんは「うぐっ」と声を漏らし、チラチラと僕の方を見てくる。
彼女のこの感じは、謝罪したくないけど、バツが悪いと言ったところだろう。
まあ正直、あの話の聞かなさにはムッとしたが、この子はまだ小さな子供だ。
エルフだから『歳を取る=老ける』にはならないんだけど、アミュアちゃんの性格的にまだ子供だろうな。
「僕のせいで勘違いしちゃったんだよね? これからは気をつけてね」
膝を折り、百三十センチくらいの身長のアミュアちゃんに視線を合わせながら、僕は笑い掛ける。
笑い掛けられた彼女は、苦虫を噛み潰したような表情で唇を噛む。
何故か分からないが、それを見守るエリオラさんやリップさんは「クスクス」と笑っている。
「そ、そうよ! アンタが悪い! 私、悪くないもん!」
「いや、アミュアさんが悪かったと思いますよ」
「ああ、アミュアが悪かったよ」
「あ、アンタ達・・・・・・味方しなさいよ・・・・・・!」
エリオラさんは真っ赤な顔をするアミュアちゃんの肩を叩き、東門を指差した。
すると、アミュアちゃんは「ふ、ふん!」と言って、ドスドスと門の方へ歩いて行く。
それに続くようにリップさんとエリオラさんも僕の前から手を振りながら去っていった。
僕は遠ざかっていく彼女達の背中を見送りながら、これが旅の『一期一会』と言うやつか——と胸に刻み、踵を返そうとした、その時。
バチっと頭の中で閃光が走り、アミュアちゃんのせいで忘れていた『モルフォンスさん』のことを思い出した。
バッと振り返り、遠ざかっていくエリオラさんに大声を掛ける。
「エリオラさん! モルフォンスって人のことをご存知ですか‼︎」
「ああ! モルフォンスは『西区の区長』だよ!」
「何処にいるか、ご存知ですか‼︎」
「西区の役所にいるはずさ!」
「わっ! ありがとうございます‼︎」
僕はまさかの幸運を噛み締め、教えてくれたエリオラさんに大きく頭を下げた。
そして、僕の目的地が定まった。
目指すは西区!
僕は足取り軽く、西を目指して走った——
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