温泉

無能な騎士が、荒らされた畑を負けじと耕した結果、温泉のことについて村長に教えてもらった件について


 そんなこともありつつも、ルルゥはへこたれずに、まるで農民だったかのような手つきで、畑を耕していく。

 その光景に、手伝いに来ている村長はますます感心する。


「おお!料理だけでなく、農作も上手くできるのか!ますます村に欲しい人材だな!」


 そう言って、村長は手放しで褒める。

 ルルゥは嬉しくなって、さらに畑を耕す。


「えへへ……ありがとうございます」


 そんな頑張るルルゥの姿を見て、ひとりの村民が声をかける。


「そうだ!ルルゥちゃん!実はこの村には温泉があるんだよ!」


 しかし、「温泉」という言葉に真っ先に反応したのはルルゥではなく、アレクだった。


「この近くに、温泉が!?!?温泉があるのか?????」

「うるさいわよ、アレク」


 カノンはアレクを少し叩く。


「そうだ、実はこの村の名物というのは、鹿肉シチューだけではなく、温泉もあるのだ。良かったら農作業が終わったら行くと良い。副村長が案内してくれるだろう」


 農作業で疲れた一行は、さっそく副村長と共に、温泉を案内してもらう。

 特にアレクは行く気まんまんで、それというのも……。


「どうせ、こんな村はずれの温泉なんて整備されているわけがない!となると、すなわち混浴!混浴であるということは、この勇者・アレクを見下しているカノンを、今度はこちらが見返すことが出来るというわけだ!」

「見下しているのは半分正しいですけど、見返すことにはなりませんし、あなたの見返すということは少しいやらしさを感じます」


 カノンは白い目でアレクを見ているが、そんなことはお構いなしに、アレクは、温泉に期待を膨らませている。

 プルチェと言えば、カノンとルルゥのお風呂姿を想像しては、何故か震えていた。

 とにかくアレクの期待は半端が無く、棍棒を振り回し、温泉に向かうのを待ちきれないでいる。


 なにはともあれ、温泉まで、副村長が案内してくれることになった。


「ささ、こちらですぞ」


 そう言いながら、副村長はアレクたちを温泉まで案内する。

 しばらく歩きながら、副村長は自称勇者・一行に話しかける。


「いやはや、デーモンの襲撃に際して、再襲撃があるかもしれない、なんて無理を言って申し訳ないですなあ」

「いえ!勇者の役割といえば、困っている人に手を差し伸べること!それはどんなときでも変わりません!」

「そうですか、それは頼もしいことですなあ……。しかし、村人の中には『よそ者なんて信用ならん』と言うものもいますからな……」


 そう笑いながら、シグマ副村長は歩いていく。

 しかし、カノンはシグマ副村長の目が笑っていないことが少し気になっていた。


「さあ、こちらですぞ……」


 辿り着いたのは、村はずれの山の麓にある一軒家。

 一見すると、本当にこの中に温泉があるのか疑わしい。


「さあさあ!勇者様!」


 そう言って入ってみると、なんと、女湯と男湯に別れているではないか!

 アレクは念のため、という形でシグマ副村長に聞いてみる。


「これは……?混浴ではないのか……?」

「左様でございますが……」


 シグマ副村長は、何を当たり前のことを、という顔をして返事する。


「さすがに、混浴は気にされる方もいらっしゃいますからね、こんな粗末な温泉でも、そこはきちんとやっております」


 アレクは理不尽というか、不満な顔を浮かべる。


「しかし、村の温泉と言えば混浴!私は小説で見たことがある!だから、私は楽しみにしていたのだ!」

「小説と現実は区別してくださいね。私どもの温泉はこれでやっています」


 当然の突っ込みに、アレクは納得できないような形で首を傾げる。


「いやいや、しかし太古の小説によれば、温泉は無法地帯であるから、温泉で覗きをすることもできると書いてあった!」


 カノンはそれを聞いて釘を刺す。


「念のために言っておきますが、温泉を覗くのは犯罪ですよ。その時は、あなたを犯罪者として処置しますので……」


 そう言い残して、カノンは民家のほうへ入っていく。

 アレクは、その本気の声に唇をかみしめるしかない。

 プルチェも、カノンのオーラにただただ震えるのみ。


「さあ、勇者様。温泉はこちらですよ」


 副村長にそう促されて、アレクも渋々と民家へと入っていく。


 何はともあれ、温泉が男湯と女湯に別れていることに安堵したカノンは、ルルゥと一緒に入ろうとする。


「あの……でも、カノン姉さん、アレクが覗いてくることもあるかもしれない……」


 そう言いながら、脱衣所に向かう二人。

 カノンは一枚の張り紙を指さして言う。


「あれ、なんか怪しいわよ」

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