田舎
無能な騎士が、歓迎ムードにのまれて調子に乗っていると、キャンプファイアに飛び込んでしまい、ついでに上級魔族が現れた件について
村人たちは、この客人たちを持てなすかのように、笛や太鼓をたたき、そして村娘はひらひらとキャンプファイアの周囲を踊る。
村人たちの表情は、キャンプファイアの灯りもあってか、明るく楽しそうだ。
そして演奏は、メルトヴァニラにいる吟遊詩人に比べれば、素朴であり、決して上手くはなかった。
しかし、心の底で親しみを持てるような、味わいのある演奏となっていた。
恰幅もあり豪胆そうな髭男がアレクの隣に座り、小さなカップを渡すと、革袋から液体を注いだ。
「さあ、勇者殿。この村の一番人気で自慢の酒だ。ぜひ飲んでみてくれ」
アレクはカップを受け取ると、グイッと一気に飲み干してしまう。
そして、息をプハァーと吐くと、男は拍手をする。
「うまい!こんなおいしい酒は初めて飲んだ!」
それを聞いた村人たちが笑いだす。
「その酒はなかなか強いのに、お兄さんやるもんだねえ!」
プルチェは、気が付けば村娘にツンツンと指で突かれて、からかわれていた。
そのからかいに対して、どうする事も出来ず、プルプルしていた。
ルルゥは皆の愉快な表情を見て、自身の表情を明るくなっていくのを自覚した。
それを見ていた村長が、ルルゥにボウルを渡す。
そのボウルには、野菜と肉が入ったシチューが並々と継がれいた。その具材はとても荒々しく切られており、木のスプーンを満たすような大きさだ。
ルルゥはボウルを鼻を近づけると、食欲をそそる匂いがした。
「あの……これは?」
ルルゥはちょっと不安げに男のほうを見る。
男は満面の笑みでルルゥに言う。
「あんた、だいぶ痩せこけてるからな!うちらの名物料理、鹿肉シチューだ!ちゃんと食べな!」
ルルゥは、手についた鎖を鳴らしながら、恐る恐るシチューを口にする。
ルルゥが口に運んだ瞬間、野菜の豊潤で新鮮な甘みが口に染みわたる。そして歯で噛むと、今度は鹿肉の荒々しさが混ざり合い、そのハーモニーが深い味わいになっている。
「お……おいしい……!」
ルルゥは夢中になってシチューを口に運ぶ。
カノンはローブからもう一つのパンを出して、手に持てるくらいのサイズにちぎると、そっとルルゥに渡す。
「スープはね、このパンと合わせるとおいしいのよ」
ルルゥは、パンをシチューに付けて、その口の中に入れてみる。
殆ど欠けることがないシチューの味に、今度はパンの風味が混ざり合い、もはやその味わいは言葉にすら出来ないだろう。
(……こんなことって……!)
ルルゥはただただ、味の虜になって、何度もパンとスープを交互に口に運んだ。
ルルゥが幸せそうな顔を見て、村長は満足そうに頷いたのちに、カノンに向き合う。
「ところで、あんたら何のためにこんな旅をしているんだ?」
カノンは気まずそうに言葉を詰まらせていると、酔っぱらって気分良く踊っているアレクが口を挟んだ。
「勇者が旅をする目的など、一つしかない!それは魔王退治!それしかないだろう!」
村長はこの心意気に大胆に笑い、カノンの肩を強く叩く。
「なんだ、とても面白そうじゃねえか!俺達には魔王云々は解らんが、とても大切なことなんだろうな!」
「私はあまり関係ないというか、巻き込まれているというか……」
カノンは今までのことを思い出していた。
あーあ、あの野犬退治の時に、気の迷いでアレクを誘わなければ、こんなことにはならなかったんだろうな……。
そんなことを考える。
そんな平和な宴だったのだが……。
「キャアアアアア!!!」
村人たちの悲鳴。
カノンは何かの襲撃かと思って、杖を握って身構えた。
しかし実際のところは、アレクが酔っぱらって千鳥足になった挙句、キャンプファイアに突っ込んでしまったためにあがった悲鳴だったのだ。
突然のアレクの粗相に、あたふたと震えるプルチェ。
お尻を抱えながら走り回るアレク。
燃え盛るアレクのお尻に井戸水をぶっかける村人たち。
ルルゥはお腹一杯になったのか、お尻に付いた炎を必死で消しているアレクの姿を笑う余裕が生まれていた。
それに吊られて、村長も笑う。
「あなたのリーダーである勇者も、なかなか愉快な方ですな!」
「いえ、私はリーダーだとは認めていません」
カノンは頭を抱えて、こう思った。
やっぱ早めにパーティを離脱したほうがいいかもしれない。
その時だった。
ドガーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!
轟音と共に、アレクに火の玉がぶつかる。
アレクの身体は吹き飛ばされ、そして、またアレクのお尻に火がついて、アレクが飛び回る。
カノンは杖を握って、炎の火が飛んできた方向を見る。
今度こそ、本当の襲撃……!
カノンは息を呑んで、火の玉が飛んできたその先を見る。
そこには……。
筋肉隆々で赤い肌。
黒い長髪。背中には巨大なコウモリの羽。
頭には羊のような角。
「ハハハハ、カノンの名は聞いているぞ!こんなところで会えるとは光栄だな!」
上位魔族・デーモン。
本来ならば、この村には決して現れることがない魔族である。
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