無能な騎士が、奴隷の魔族を「魔王の娘」と決めつけ、あろうことか「魔王の次期継承者」とまで妄想を膨らませている件について

 三人と一匹は改めて、メルトヴァニラに背を向けて、次の街へと向かうことにする。


 先頭は当然如くアレク。

 棍棒を振りかざしながら、下手糞な歌を熱唱している。


「すすめーすすめーゆうしゃーすすめーすすめーゆうしゃー」


 歌が下手であれば、歌詞のセンスも無い。

 一人と一匹は、この曲を聞いていると、本当にこの男を先頭にしていいのか、という気持ちになる。


「ところでだ!魔王の娘よ!なぜお前は奴隷なんかに身を落としたのだ?」


 アレクは例の無神経さを発揮して、単刀直入にルルゥに尋ねる。


「いえ、その……なんども言うように、そもそも魔王の娘ではなく、ただの下流魔族で……」


 そんなことを、か弱い声で返事する。 


 カノンはそれを聞きながら考える。

 実際に、ルルゥは嘘をついていない。

 まず一つに、魔王の血統を持つ魔族が、こんな簡単な呪いを付与した鎖如きで魔力を封じ込められる筈がないということ。

 恐らく、魔王の血統を持つ魔族であるならば、これだけ弱っていたとしても、それ相応の魔力を感じることは出来る筈だ。しかし、それがない。


 ここから帰結すること。

 それは、ルルゥはただの魔族であり、魔王の娘ではないということだ。


 しかし、それでもアレクは納得しない。


「いや!それは違うぞ!」


 アレクは棍棒を地面に突き立て、ルルゥの両肩に手を乗せる。


「お前は魔王の娘なんだ!誰がなんと言おうとも!」


 その自信に満ちた言葉に、ルルゥは困惑する。

 なんで、この人は真っすぐに私の眼を見て、そんなデタラメ・嘘八百を言えるのだろうか、と。

 しかも本人の目の前で。

 これはもしかして新手の洗脳術なのではないかとすら思う。


「あの……逆に、なんでそう確信しているんですか?」


 ルルゥは尋ねるが、アレクは自信満々に答える。


「それはな!そのように小説に書いてあったからだ!」

「小説?」

「そうとも!私が読んでいる本では『奴隷にまで身を落とした魔族というのはたいていは魔族の王』と書いてあった!他の小説においては『奴隷というのはたいてい才能に秀でているから優しくするのが良い』といったようなことも書いてある!これを総合するなら、ルルゥは『魔王の次期継承者』というわけだ!」


 あれ、なんか話大きくなっていませんか……?

 ルルゥとプルチェは、アレクの中で妄想が膨れがっていることに、お互いに震え合った。

 そんな中でも、カノンは冷静だ。


「このさい、ルルゥが魔王の娘だろうが、魔王の娘ではなかろうが、どうでもいいんです。

 実際、ルルゥは魔力を漏洩させる鎖に繋がれていて、魔力が枯渇状態にあります。

 もう一つ、気がかりなこととしては、ルルゥを《漆黒の烏》の奴隷商人から盗み出したことで、《漆黒の烏》全体に喧嘩を売ってしまったのは間違いない。

 私たちは暫く、彼らに狙われ続けるでしょう」


 そう言って、カノンはパンを取り出し、それを半分にしてルルゥに渡すと、自分もパンを細かくちぎって食べ始める。


「何を簡単なことを!やってくる《漆黒の烏》の先客たちを、このパンのように!」


 そう言いながらカノンの手からパンを奪い取る。


「ちぎっては投げ、ちぎっては投げすればいい!」


 そして、実際にパンをちぎっては投げ始める。

 カノンは怒りを通り越して呆れてしまっている。


「一つだけ警告します。食べ物を粗末にすると、誰からとはいいませんが、あまりよい印象を持たれませんよ」


 そう言って、カノンは手元の杖を使って、アレクを軽くたたく。


「いてっ!?」


 打ちどころが悪かったせいか、思ったよりも杖が痛く、アレクは叩かれたところを撫でる。

 プルチェといえば、痛そうなアレクのリアクションを見て震えるのみ。


 とはいえ、ルルゥはこのやりとりを見て、不安というか、緊張がほぐれるのを実感し始めた。


(……なんか、悪そうな人達じゃなくて良かったかも……)


 そう言いながら、ルルゥはパンをもぐもぐと食べ続ける。

 そう思いながら、三人は歩き続ける。


「とりあえず、メルトヴァニラに安心して居られないとなると、我々三人の新しい拠点が必要である!かわいい姫様がいて、《漆黒の烏》と敵対している義賊のギルドがあり、その上、そのギルドマスターは美人であり、なぜか俺のような勇者がタイプだったりする!」

「なんで、そんなに都合よく考えられるんですか……」


 もはや、カノンは怒りも、呆れも通り越して、もはや冷静の域に達しつつある。


「何はともあれ、アレク。今のところ、私と貴方は利害が一致しています。休まるところまで、共に行動するのは悪くないでしょう」

 

 そんな話をしながら歩き続け、太陽が落ちてくる。

 もうそろそろ、何処かで宿泊しなければと思ったその時、目の前に幾つかの民家が見えてくる。

 恐らく、村なのだろう。広場の中心では焚き木が炊かれ、人々が仕事の疲れを癒すべく集まっている。

 これ幸いと言わんばかりに、アレクは人々のところへ駆け寄り、声を掛ける。


「すまない!私たちは魔王を討伐するべく、旅をしている勇者の一行だ!一晩、泊めてはくれないか!」


 人々は一瞬顔を見合わせたが、すぐに笑顔により、三人と一匹を呼び寄せる。


「おうおう、旅の者よ。ちょうどいいところに来たな!今日は農作業も終わって、ご飯の時間だ!持て成してやろう!」


 アレクは嬉しくなって、当然のように丸太に腰かけて、人々の輪に入った。

 二人と一匹も、せっかくだからということで、村人たちのご厚意にあずかることにした。

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