無能な騎士が、野犬退治の依頼で美人な冒険者を手助けすることが出来た件について
二人と一匹は、村長に言われた通り、木こりが野犬に襲われたと見られる森へと向かった。
森は確かに木材を切るのには適しているように思えるが、何処か陰鬱な雰囲気を湛えている。
カノンは、周囲を注意深く観察し、丁寧に足元を踏みしめながら歩いていく。
一方で、アレクのほうは、ポーションで二日酔いを抑えているとはいえ、眩暈・動悸・吐き気が襲うのか、本来身体の弱い筈の魔法使いよりもフラフラした足取りになっている。
「オエッ……あんな安エールでこんなにフラフラになるものか……恐らく、あの酒場のマスターが何か悪いものを入れたに違いない」
カノンはアレクの情けない姿を、冷たい目で見ながら答える。
「酒場のマスターについては悪く言わないでください。あんな無法者の冒険者たちを束ねている、信頼の厚いマスターです。あなただって、本来出禁になる寸前のところで許されたわけですし」
そんなカノンの小言などお構いなしに、アレクは木に寄り掛かると、森に響き渡る大きな嗚咽音を出した。
オエエエエッ……オエエエエッ……。
森中に響き渡る嗚咽音。
あまりにも汚らしすぎて、カノンは眉を顰める。
ある意味では、墓場に響き渡るアンデットの鳴き声よりも不気味だ。
カノンは、アレクの嗚咽音を聞きながら、お礼とはいえ、アレクを野犬の依頼に同行させたことを若干後悔していた。
と、その時だった。
オオオーーーン……オオオーーーン……。
アレクの鈍くて情けない嗚咽ではなく、鋭くて力強い鳴き声が響き渡ったのだ。
カノンはその声を聞いて強く杖を握る。
鳴き声を聞く限り、普通の野犬より体躯が大きく力強いことが推測される。
「どうやら……勘づかれたようですね」
「大丈夫だ……オエッ……俺は将来、ドラゴンやヴァンパイアを倒すことが確約されている男だ。こんな野犬などイチコロだ」
プルチェは、イチコロになるのはどっちのほうなんだろうと思い、その光景を想像してみたが、怖くなって震えてしまった。
さらに野犬の鳴き声が響き渡る。
オーーーーン!!!オーーーーン!!!
「来ますね。気を付けてください」
そう言うと、カノンは戦闘準備を行う。
魔方陣を地面に書き、二人と一匹の身体能力と知覚能力を上げる魔法を付与して、戦闘能力を底上げする。
しかし、アレクにとっては逆効果で、二日酔いであることをますます知覚させてしまう結果になる。
「ぬおおおおおお!頭が痛い」
そう言いながら、アレクは地面に倒れこみ、頭を抱えては、足をじたばたし始めた。
足は枯れ木や枝が割れる音を響かせて、野犬に獲物がいることをアピールしているようにしか見えない。
その誘いに乗るかのように、野犬たちがアレクたちを取り囲む。
カノンは周囲を見渡して、野犬の数を確認する。
数は全部で八頭。
リーダー格の野犬は、アレクよりも少し大きい。
さらに毛並みも非常に綺麗でかつ気高く、片目の傷から、歴戦の狩人であり、その野犬がボスであると推測された。
「《ハンター・ドック》ね」
そう言って、カノンは杖を改めて握り締める。
カノンには少々想定外であった。
なぜ、本来魔王領に属する筈の魔物たちが、なぜ急にこんな平和な地域に現れたのか。
だが、そんなことを考えている余裕はない。
「アレクさん、この《ハンター・ドッグ》たちを倒さないと依頼は果たせません。ここは私が倒しますので、そこで寝転がっていてください」
しかしカノンの言葉に、アレクは青筋を立てて反論する。
「何を言う!私は勇者だぞ!貴様に指図される謂れはない!」
そして立ち上がったのだが……。
「ぬおお……」
立ち眩みで倒れてしまう。
そんなアレクを見て、《ハンター・ドッグ》たちは嘲笑うかのように、飛び跳ねながら吠える。
オーーーーン!!オーーーーン!!
馬鹿にするかのように、アレクの周りを飛び跳ねる野犬たち。
しかも、追い打ちのように、甲高い《ハンター・ドッグ》の声がアレクの二日酔いの頭に刺さるからたまったものではない。
アレクはなんとか立ち上がり、野犬を振り払うかのように、棍棒を振り回す。
しかし、《ハンター・ドッグ》はアレクを嘲笑うかのように、それを跳ねて避ける。
その様子は、まるで子供と犬が遊んでいるようでもある。
さすがにスライムに負ける騎士。あれほどまでに野犬に弄ばれるものか、とプルチェは思って震えていた。
「うう……また頭が痛くなってきた」
アレクは頭を押さえ、棍棒を支えにして立つのがやっとだ。
だが、そんなアレクの姿を見て、ボスの《ハンター・ドッグ》がニヤリと笑う。
そして次の瞬間には、アレクの懐に潜り込み、その鋭い牙で喉元に噛み付こうとしていた……!
――危ない!
プルチェはその凄まじい勢いに、ただただ震えることしか出来ない!
そこで、カノンは咄嗟に杖を振りかざして魔法を唱える。
「《氷の刃》!!」
すると、《ハンター・ドッグ》は氷の刃に斬りつけられ、アレクから引きはがされて地面へと転がる。
逃げ惑うプルチェは、慌てて木の上に駆け上がろうとする。
アレクのほうは頭痛を抑えるのに忙しい。
「頭が痛い、痛すぎる……」
カノンはアレクに声をかける。
「アレクさん、下がっていてください。ここは私が引き受けます」
仲間の一人がやられたと見るや、《ハンター・ドッグ》達は牙を剥き出しにし、敵意を露わにする。
「いいですよ、かかってきなさい。私があなたたちを、一匹残らず始末してあげます」
カノンは杖を構えて《ハンター・ドッグ》を睨む。
《ハンター・ドッグ》はカノンを周囲をグルグルと回る。
プルチェは木の上で、獰猛な《ハンター・ドッグ》が下にいるのを見て、プルプルと震えるのみ。
(……とはいえ)
カノンは熟考する。
何故、強い《ハンター・ドッグ》の群れがこのような放牧的で平和な村に現れたのかということだ。
ここには、兎や鹿、そして強くても猪といった生き物しか存在せず、このような獰猛な《ハンター・ドッグ》の闘争本能を満足させるような獲物は存在しない筈だ。
しかも、リーダーを中心にした統率の取れた《ハンター・ドッグ》ならば、なおさらだろう。
(……生態系が乱れている?)
カノンがそのように思った次の瞬間だった。
アレクが例によって、棍棒を振り回し、《ハンター・ドッグ》の群れに飛びかかっていったのだ!
「うおおおおおお!」
そして、振りかぶる。
ブォォーーーーーーン………。
《ハンター・ドッグ》は軽やかにそれを避ける。
見事に空振りしたのちに、大胆にずっこける。
アレクの棍棒は地面に突き刺ささり、当のアレクといえば、枯葉に倒れこむ。
もはや、この無鉄砲なやり方に、《ハンタードッグ》達は嘲笑うところか、呆れてしまっている。
アレクは棍棒を地面から引き抜くと、それを杖のようにして立ち上がり、カノンに叫ぶ。
「おい!魔法使い!なにをボーッとしているのだ、これは陽動作戦だ!」
アレクは、自分が囮になっているところを見計らって攻撃しろと言いたいのだろう。
だが、カノンにとっては囮というよりも、《ハンタードッグ》に弄ばれているようしか見えない。
とはいえ、アレクの一本鎗のような攻撃も無駄ではないようで、《ハンター・ドッグ》としては、アレクにフォーカスをするべきか、カノンをフォーカスするべきか悩みかねているところだ。
――この一瞬のスキを利用するしかない。
カノンは集中して、呪文を詠唱する。
「《氷の槍》!!」
すると、カノンの周囲から氷の槍が出現し、一斉に《ハンター・ドッグ》に襲い掛かる。
「ギャウン!!」
その攻撃に思わず怯む《ハンター・ドッグ》たち。
しかし、リーダー格のボスだけは違った。
鋭い牙を剥きだしにしてカノンに飛び掛かる!
機敏な動きで、《氷の槍》を避け、そしてカノンの首元に噛みつこうとする。
あわや危機一髪かと思いきや!
ポトッ!
木の上に間違えて登っていたプルチェが、震えのあまり、落っこちてしまったのである!
そして、その下にはリーダーの《ハンター・ドッグ》が都合よく存在していた!
キャウン!
目の前に冷たくてプルプルしたものが降ってきたとすると、動揺せざるを得ないのは、動物皆同じ。
百戦錬磨の《ハンター・ドッグ》もそれは例外ではない。
リーダー格の《ハンター・ドッグ》も、思わず飛び退いてしまう。
そこを、アレクは棍棒を振りかぶる!
ガコン!
棍棒は、《ハンター・ドッグ》の脳天を直撃。
そのまま《ハンター・ドッグ》のリーダーはふらふらと倒れこみ、そのまま気絶してしまった。
「やったぞ!この野犬め!《ちーと能力持ち》の勇者に敵うと思うなよ!」
そう言って胸を張る。
カノンはボスの《ハンター・ドッグ》とアレクを交互に見ながら、やっとの思いで言葉を発する。
「あ、あの……さっきから《ちーと能力》って言ってるけど、あなたの能力ってなんなのよ」
アレクは野犬を倒したことで、満足そうな笑顔で答える。
「知らん!」
なんどでも言っておこう。
アレクに《ちーと能力》など一切ない。
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