無能な騎士が、野犬を退治したことを報告しに行くのだが、悪評が広まりすぎていて村に留まりたくなかった件について

 カノンは、村長に《ハンター・ドック》の亡骸を渡す。

 その身体の禍々しさと凶悪さに、村人たちは集まり、不安な気持ちを露にする。

 プルチェも、自分が日向ぼっこをしたりして楽しんでいたところに、こんな獰猛な生物がいたことを知って、プルプル震えていた。


「……こんな、鶏を投げて飛距離を競うことくらいしか娯楽がないこの村に、なんでこんな魔物が……しかもアレクは逆に鶏に追い掛け回されて笑い種だったのに……」

「怖いわ……こんな怖いの、屋根修理しようとしたアレクが、その屋根から転落してきてあわや私の上に落ちてきそうになったとき以来だわ」

「……まったくだ。アレクが入ってきた狐を追い払おうとして、鋤で追いかけまわした挙句、畑をめちゃくちゃにしたとき以来だ」

「他にもアレクが……」


 村の人々は不安を口にしているつもりが、何時の間にかアレクの悪口大会になってしまっていた。

 当のアレクといえば、その悪口を聞かないふりをしていた。それが勇者というものだと自分に言い聞かせている。

 カノンは報酬金の入った袋の重さを確認し、だいたい想定通りの金額であることを確認すると、ローブの中にしまい込んだ。

 村長は改めて《ハンター・ドッグ》の姿を確認し、このような強靭で凶暴な魔物を、目の前の麗しい女性が退治したことについて、驚きと敬意を隠さなかった。


「こんな……見ているだけでも震えあがるような魔物を退治するとは……あなたはよっぽど凄腕の冒険者なのは間違いない……」


 カノンは、その村長のセリフに対して、冷静に返事をする。


「本当に大したことはありません。確かに、普通の野犬よりは恐ろしく感じるかもしれませんが、野犬は野犬。所詮は犬です。この程度のモンスターを倒せなければ、冒険者家業は務まりません」


 そのセリフに、村人たちは感嘆を示す。

 なぜか、村人の感嘆に、アレクは誇らしげに胸を張っている。

 カノンは続ける。


「何はともあれ警備の強化を国に打診してみてください。本来、このような平和な村にはあってはならぬ事件ですので」


 そう言うと、二人と一匹は、村を去る準備を整え、村を後にする。

 本来ならば、若干時間も過ぎており、日も傾いていた時間ではあったので、村に泊まることも検討はしたのだが、なんせアレクがそれを許可しないのである。


「勇者にとっては一刻一刻が万金に値する。いま、こうやって休んでいる間にも、人々は殺され、土地は荒廃し、鶏は朝を願って鳴いている。世界を平和にもたらすため、一刻もはやく魔王を倒さなければいけないのだ」


 一人と一匹は、その様子に顔を見合わせるが、すぐにアレクが村に留まりたくない理由は合点がついた。


 ――要は、カノンとプルチェに、自身の愚行についてよく知っている村人たちを合わせたくないのである。


 先ほどの悪口の内容から、アレクの失敗については腐るほどネタがあるに違いない。

 村人のことであるから、その話題について、夜中盛り上がるに違いない。

 アレクはあらゆることに関しては愚鈍であったが、自身を悪く言われることには人一倍敏感であった。


 そう考えると、アレクがまだ見せていない底抜けの頭悪さに、プルチェは震えるしかないのである。


 ◇◆◇


 日も落ちかけて、あたりが薄暗くなるころ、カノンとアレクは、枝や石を集めて、野宿の為の簡単な焚き木を作る準備をしていた。

 アレクと言えば、始めての野宿の為か、カノンに教えてもらいながら、枝や石を並べていく。

 云々と納得したように頷いているが、本当に理解しているかどうか怪しい。

「こうやって、中心に放射線を描くように並べると、中心に火が集まって、火種が回りやすくなるんですよ、わかりますか?」

「わからん!」


 自信満々に理解できないと返事されると、カノンとしても納得するしかなかった。

 最後に、火打ち石で着火する。

 小さな火種を大切に大きくしていくと、徐々に枯れ木や枝が燃え始め、パチパチという音と共に、木の焼けるいい匂いが漂いはじめる。


「しかし、カノン。こんなものは《火の魔法》を使って着火すれば楽だろう?」


 カノンは、何も知らない子供を見るかのような顔をして、アレクを見る。


「本当に、何も知らないんですね。あなた。いくらあのような平和な村に住んでいたとはいえ、世界のことを余りにも知らなすぎます」


 カノンは、手持無沙汰なのか、周囲に散らばっている小枝や枯葉を、火の中に入れていく。


「まず一点として、焚き木の着火に使うためには、魔法というのはコストが大きすぎます。その威力を増すことも神経を使いますが、その威力を下げることにも神経を使います」


 カノンの瞳には、燃え盛る炎が映し出されている。


「第二に、魔法を使えることを主張することはあまり得策ではありません。特に、私のようなギルドに属していない《野良魔法使い》にとっては……」


 そう言い終わると、カノンは物憂げに炎を見つめる。

 アレクはカノンを明るくさせるつもりで、少しトーンを上げていう。


「そんなもん簡単だろう!野良で厳しければ、ギルドに言って、受けつけに申し出ればよろしい!そこで、申請書を渡されるから、名前と性別、そしてレベルを書き込めば、登録完了だ!そうすれば、最初はFランク魔法使いだが、野良であることはなくなるだろう!」


 アレクは《異世界転生小説》で読んだ知識を自慢げに話す。

 しかし、カノンの反応はアレクの期待するものではなかった。


「あなたは魔法使いギルドが如何にエリート主義であり、秘密結社主義的であるかを知らないからそう言うんです。基本的に魔法使いギルドの活動というのは、その性質上公然と明かされておらず、それというのも……」


 カノンはアレクの軽薄さにムキになって、身を乗り出して説明しようとしたが、我に帰って説明するのをやめた。


「……いえ、こんなことをあなたに説明しても仕方はありませんね……」


 そう言って、また悲しそうな表情を浮かばせる。

 プルチェは悪夢を見ているのか、鼻提灯を浮かばせながら、プルプルと震えている。


 アレクは難しいことが解らなかった。

 そして、カノンの話も特に興味はなかった。

 それ故だろうか――。


「……?何か物音がしないか?」


 カノンは耳を傾ける。

 風が吹き、草木の揺れる音が、静寂を強調する。

 しかし……。


 ガサ……、ゴソ……。


 明らかな人の足音。

 カノンは近くに置いてあった杖を握りしめる。

 プルチェは、自身の鼻提灯が割れる音に驚いて、プルプルと震える。


「もう囲まれているようですね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る