無能な騎士が、美人な冒険者が野盗に狙われて撃退するが、結局は盗賊を撃退したことを自分のものにしようとした件について

「テメエか、カノンとか言うやつはよ?」


 闇から姿を現したのは、笑みを浮かべる男たちの集団。

 ボロの服を来て、顔の半分をスカーフを巻き付け、そして片手には鋭いナイフを手にしている。

 その姿は如何にも――。


「その通り!私が《ちーと能力もち・異世界転生者》と呼ばれるアレクだ!その姿は小説で何度も読んだことあるぞ!貴様らは、道行く人々を襲い、金を巻き上げる野盗という連中だな!」


 アレクが全部説明してくれた通りである。

 そして、プルチェは野盗のぎらついた目に、プルプルと震えている。


「ちっ!テメエには聞いてねえよ!俺らよりもきったねえ鎧と兜を着てよ!お前は兵舎のゴミ箱から装備品でも漁ってんのかよ!」


 そう言って、野盗たちは笑う。

 アレクは自身の装備を馬鹿にされたことに対して、怒りを抑えきれないでいる。


「ふざけるな!この兜は高熱の炎を弾き飛ばし、そして、この鎧は凍てつく刃のような吹雪すら快適に過ごせる品物!貴様らのような、ボロきれみたいな服装と一緒にするのではない!」


 実際のところ、アレクの装備は、本来ならばゴミ箱に行く筈だったところを、恩情によってアレクに譲りわしたものだから、半分は当たっているわけだ。


「なんでもいいさ……俺らの邪魔をするなら、お前らも、このナイフの錆にしてやるさ」


 そう言って、男の一人がナイフを投げる。

 ナイフは宙を切り、そしてアレクの頬を通り抜ける。

 アレクが頬を触ると、手のひらに鮮明な血がこびりつく。


「おうおう、そこの自称勇者様よ、暗くて助かったな!もし明るかったら、失明はまぬがれなかったぜ!」


 そう言いながら、男たちはナイフを舐める。


「何が失明だ!《異世界転生勇者》に対して歯向かおうとすると、未来の光を失うことを見せてやる!」


 そう言いながら、例によってアレクは棍棒を振り回す。しかし、その棍棒は男たちの身軽なステップによって悉くかわされてしまう。



「ぬううう!なかなか素早っこいぞ……その身のこなしから……《闇影団》の一味だな!」


 アレクは全力で棍棒を振ったせいもあって、息を切らしながら、そのように言う。

 ちなみに《闇影団》というのはアレクが気に入っている小説に出てくる野盗の名前なのだが、そういう情報はこの際どうでもいいだろう。


「なんだよ!そのクソだせえ名前はよ!俺たちの名前はそんなダセェもんじゃねえ!《漆黒の烏》っていうんだよ!」


 《闇影団》とどちらの名前が良いかは不明だが、問題はその名前がカノンにとって聞き覚えがあるということだ。


「……なぜ《漆黒の烏》が私を狙っている」

「そりゃあ、カノンさん、お前さんが一番良く解っているんじゃないか?」


 アレクはそんな真剣な会話を邪魔するかのように、棍棒を振り回して乱入するが、《漆黒の烏》たちは、アレクのそんな攻撃をいなしながら会話を続けている。

 プルチェは、アレクの惨めな姿に涙を禁じることが出来ず、ただただ震えるのみ。

 アレクの棍棒攻撃は一向に当たらず、逆に男たちが投げるナイフや小道具で、頬や額に傷が出来ており、見ているだけでも痛々しい。


「とりあえず、アレクさん、そういう無鉄砲な攻撃はやめてください」


 そう言ってアレクを引き下がらせる。

 アレクは棍棒を振り回しすぎて体力が消耗しすぎているためか、息切れを起こしている。


「《漆黒の烏》が私を狙う理由は、私が勇者だからだ、そうだろう?」

「お前はどうでもいいんだよ!黙ってろ!」



 もはや、アレクがなんでここまで狙われたいのかわからない。

 男たちも、アレクを愚者を見る目から狂人を見る目に変わっていく。


「アレクさん、彼らが狙っているのは私です。ここは私に任せてください」

「ぜぇぜぇ……勇者は仲間を信頼し、時には戦いを任せるのも勇者の役割……カノン、任せたぞ……」


 そう言うと、アレクは大の字になって地面に寝転がる。

 その緊張感の無さに、カノンも《漆黒の烏》も、呆れかえる。


「やっと本題に入れるな、カノンさんよ」


 男たちがナイフを構え、カノンにジリジリと距離を詰める。

 カノンは熟考する。

 自分がいくら歴戦の冒険者だとはいえ、男たちが本当に《漆黒の烏》と呼ばれる盗賊集団なら話は別だ。


「《漆黒の烏》、噂には聞いたことがあります。その実力は盗賊ギルドの中でも随一である、と」

「その通りだよ、お嬢さん!俺たち《漆黒の烏》は、盗賊ギルドの中でも一二を争う実力派集団だ!」

「しかし、そんなあなたたちが、なぜ私を狙うのですか?」


 男たちはニヤリと笑い、そして答える。


「へぇ、わからないのか?本当にか?」


 カノンもそれに合わせてニヤリと笑う。


「本当にわかりませんね!」


 そう言うと、カノンは焚火から一本の枝を素早く抜き去ると、上へ投げる。

 男たちは、その灯りのほうを一瞬向いてしまう。

 そのスキを使い、カノンは素早く呪文を唱える。


「《凍てつく氷層》!」


 そして、杖を地面に突き立てると、その杖を中心として地面が凍り始める!

 すると、男たちは足元が滑って、立てなくなる。

「くそっ!こんな初歩の魔法で……お前たち!何を転んでやがる!」


 カノンは素早く呪文を唱える。


「《浮遊》!《迅速》!《剃刀》!」


 カノンは地面から数センチ浮き上がると、猛スピードで凍った地面を進む。

 そして、魔力によって鎌のような形状になった杖を振りかざし、男たちに斬りかかる!

 しかし、男たちも負けてはいない。

 さすがは《漆黒の烏》と言ったところで、巧みなナイフ捌きで、鎌を受け止める。


「その身のこなし……さすがは《漆黒の烏》。そこらの野盗とは格が違いますね」


 そして、カノンの後ろから、一人の男が斬りかかる。

 だが、それもカノンにはお見通しだ。


「《衝動》!」


 素早く呪文を唱え、杖の先から衝撃波を放つ。

 そのパワーに軽く男は吹き飛ばされ、そして地面に叩きつけられる。


「チームワークも抜群というわけね。普通の魔法使いならとっくに殺されていたわね」

「そうだよな、あんたは普通じゃねえもんな!」


 その返事を聞き終わるや否や、カノンは無詠唱で杖の先から炎の弾を放つ。

 魔法は詠唱をするものだと思い込んでいた男の一人は、炎に吹き飛ばされて、気絶する。


「そうよね。無詠唱は普通の魔法使いならできないでしょうね」


 そう言うと、また杖を変形させ、今度は槍の形にして、投げつける。

 槍はまた一人の男の胸を貫いたあと、弧を描いてカノンの元へと戻ってくる。

 槍を貫かれた男は、胸に穴が開いたのかとパニックになり、そのまま泡を吹いて気絶する。

 だが、実際は軽く槍に刺された傷が残っているのみである。


「ちゃんと致命傷にならないよう手加減したわ」


 カノンはもはや男たちの数が少ないことを見るや、高々に宣言する。


「で、どうするの?この場で死ぬか、それとも、退散して命を惜しむのか!」


 男たちは状況が悪いと見ると、一目散に森へと逃げていった。


「へん、勇者・アレクに怖気づいたというのか!やっぱり賊は賊ってことだな!」


 ふとカノンが横を見ると、アレクが棍棒を振り回して、ピョンピョンと兎のように飛び回っていた。

 カノンが呆れていると、アレクは胸を張って、自慢げにこう言う。


「だってさ、俺が立ち上がって棍棒を構えたら、あいつら逃げ出したからな!要は俺の気迫に押されて逃げたってことでいいだろ?」


 良くないと思うけど。

 カノンはそう思うしかなかった。

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