奴隷
無能な騎士が、小説の知識に基づき奴隷を買おうとするが、それが酒場のマスターの逆鱗に触れ追い出されてしまった件について
再びメルトヴァニラ街に辿り着くと、カノンはほっと一息ついたような、安堵の表情を浮かべる
「野犬退治で安い報酬かと思いきや、村長が色を付けてくれました。これで魔法の材料を含め、三日から四日ほど余裕を持って生活できます」
そんなカノンを尻目に、アレクは舌打ちをして指を振る。
「おいおいおいおい、《Sきゅう・ぼうけんしゃ》に休んでいる暇などないぞ!こうして休んでいる間にも、魔王は勇者領を強奪・侵略し、人々は苦しみに打ち震え、牛たちは地獄の光景に神を求め、そして鶏は地面を這いずり回っている!そのような世界に平和をもたらすためには一秒も足りない」
プルチェは、いったい何処の世界の話だろうと思いながら、想像を張り巡らせてみるが、怖くなって震えてしまっている。
カノンは、アレクの誇大妄想に「まーた始まった」という顔をするのみ。
「で、(皮肉な調子で)勇者さん、だとすると、あなたはどうするんですか?」
「奴隷を買う!」
「はぁ?」
カノンは唐突のアレクの反応に思わず声を上げてしまう。
アレクは、その反応など想定済み、という感じで、言葉を続ける。
「何を言うか。《異世界転生モノ》では奴隷を買うことは当たり前だ。しかも、これらは官能小説ではないから、奴隷を買ったところで何も出来ない挙句、振り回されるのみ!しかし、ここで重要なことがある」
アレクは言葉を溜める。
カノンは何も期待はしていないが、どりあえず待っている振りはする。
「例外なく、奴隷は優秀である、ということだ」
カノンは、何処から突っ込んだらいいのやら……という気持ちで、頭を抱える。
「えーと、(皮肉な調子をますます強めて)勇者・アレク様。まず奴隷は何処で買えるんですか?」
アレクは何を常識的なことを言うか小娘、というちょっと軽蔑的な眼差しで、カノンを見る。
「奴隷は奴隷市場で売っているんだ」
「で、その奴隷市場というのは何処にあるですか?」
アレクは「はて?」という気持ちになった。
確かに、《異世界転生モノ》では、奴隷市場というのは嫌と言うほど見てきたが、しかしこの世界において奴隷市場というのは見たことがない。
カノンは、やはり何も知らない子供を諭すように、説明する。
「一般的に、奴隷を売買することは人身売買に当たります。確かに、隣国との戦争で敗れた捕虜を『言葉をしゃべる家具』同然の扱いをしていたことがあります。しかし、それも過去の話です」
カノンは奴隷がこの世界に存在しない理由をすらすらと述べていく。
アレクと言えば、反論できないが、やはり『美少女が身近にいてイチャイチャできる』という下心に勝てないためか、食い下がらない。
「な、何を!奴隷市場なんていうのは、裏世界に存在しているだろう!そこで買えばいいのだ!」
そんな二人の会話をプルチェはプルプル震えて聞くことしか出来ないでいる。
「ま、まあ!とにかくだ!(半ば強引に)奴隷市場に行くぞ!そして奴隷を買うぞ!」
「私は行きませんよ」
「おい!ダメだ!《S級・ぼうけんしゃ》たるもの、奴隷を持っていることが嗜みだぞ!さあ!行くぞ!」
そう言って、腕をつかもうとすると……
ドォーーーーーーーーン!
《衝動》で、簡単に吹き飛ばされてしまい、噴水の中に水飛沫をあげて落ちてしまう。
「何が《S級・ぼうけんしゃ》ですか。《A級》から上がったのはありがたいですけど、あなたには付いていきませんからね」
冷たい言葉を発したのちに、カノンは立ち去った。
プルチェは、その魔法の威力についてプルプル震えるしかなかった。
◇◆◇
アレクは水滴を垂らしながら、酒場に向かいドアを開ける。
酒場のマスターは、アレクの顔を見るなり、何やら不吉な前兆を感じるような、深いため息を吐いた。
「はぁ……次はなんだ?お姫様を救出する依頼でもよこせっていうのか?」
アレクは例によって、舌を鳴らしながら指を振る。
酒場のマスターは、その妙に苛立たしい振る舞いに舌打ちをする。
「違うな。俺は一件依頼を解決したから大金持ちだ。いまから奴隷を買う。だから奴隷市場の場所を教えてくれ!」
その声の大きさに、酒場の客は驚いてしまい、お互いに「奴隷?」と首を傾げる。
酒場のマスターは、青筋を立てて怒りを覚えつつも、それを出来るだけ表面に出さず、諭すように述べる。
「いいか、奴隷というのは、基本的には非合法なんだ。それに、奴隷を買うのは貴族か、あるいはそれこそ良くわからん冒険者が多いから黙認されているだけなんだよ、あんたがそんなものに手を出す必要はない……」
しかし、アレクは子供が駄々をこねるように、カウンターをバンバンと叩く。
ますます周囲の目線はアレクに集まり、酒場のマスターは機嫌が悪くなっていく。
「だいたい、世界を救うという大義名分に従事しているのに、少しくらい旨味があってもよくないか!?例えば、ショートカットで栗色の可愛い、猫耳の生えた獣人と旅が出来るとかさあ?」
プルチェは、かわいいお供ならここにいるんだけど、という気持ちもあったが、自信がなくなってプルプル震えていた。
バァン!
酒場のマスターは、強くテーブルを叩き、アレクを黙らせる。
「いいか、ここは表社会の酒場だ。そういう裏社会における厄介事を持ち込まないでくれるか?お前は私の逆鱗に触れている。出禁になりたくなければ、二度とそんなことを口にするんじゃない」
酒場のマスターのすごい剣幕に、アレクは肩を落として、酒場を後にする。
客たちは、呆れた顔して、食事なり酒なりに戻る。
アレクが落ち込んで歩いていると、ちょうど後ろから声をかけてくる男がやってくる。
「おにーさん!奴隷を探しているんだってな!?」
背の低い男が手を振りながらアレクに近寄ってくる。
鼻が鷹のようになっていて、少々服に汚れ目立ち、そして顔には皺が多い。
何やら堅気ではないオーラが漂っている。
「御仁、お目が高いな!ちょうど私は奴隷を探していたところだ!」
人目もはばからず、声を荒げて言う。
男は手を擦り、ニヤニヤしながら言う。
「奴隷商人なら、私が知っていますよ」
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