冒険

無能な騎士が、都市に久しぶりに出向くが《ぼうけんしゃぎるど》が無いことにガッカリする件について


「ところであなたの名前は何というのですか?」


 アレクは棍棒を振り回しながら、スライムに尋ねる。


「ぷるる……」


 しかし、スライムは答えられない。そもそもスライムには名前がないのだから。

 アレクはそんな様子を察したのか、勝手に名前を付けたようだ。


「そうですか。なら、あなたの事はいつもぷるぷるしているところから、プルチェと呼びましょう!」


 スライム改めプルチェはアレクの言葉を聞いてもなお怯えている。

 今回は変な騎士が自分をお供に冒険を始めているということからの恐怖である。 

 そんな様子にも気が付かず、アレクは続ける。


「この道をそのまま進むと、メルトヴァニラという大きな町に到達します!

 このメルトヴァニラは、大きな町ですから、きっと、《ぼうけんしゃギルド》というものもあります!

 勇者は、その《ぼうけんしゃギルド》というところで依頼を受け、そして冒険者としての格――つまり、S級とかA級とかいったもの――を上げていくことで、名声と実力をあげていくのです!

 私が読んだ本だと、そのように書いてありました!」


 プルチェはその話を黙って聞いているしかなかった。

 暫く道を歩いていると、目の前に巨大な街壁が現れてくる。


「さあ!プルチェ!これから《ぼうけんしゃギルド》に入って、《れべるあっぷ》を始めるぞ!」

 

 アレクのその言葉に応えるように、プルチェもプルプル震えるのであった。


 ◇◆◇


 勇者領・アルテシウム王国最大の都市メルトヴァニラ。

 さすが、そこは大きな街といったところで、様々な施設があるのが見える。

 広場に付くと、本当に様々な人々がおり、オシャレに着飾った貴婦人や、大道芸がボールやナイフを上手に回しているのを群衆が見守っていたりする。

 その様子を、ピカピカに磨かれた鎧を着こんだ兵士たちが見回っている。


 そして、その周囲には、宿屋、鍛冶屋、酒場、雑貨屋、市場、衣服店、宝石店……と、様々な店が立ち並んでおり、人々が入れ替わり立ち代わり、その店を出入りしている。

 その様子は、この町が都会であることを実感させられる。

 アレクもそれに感化され、意気揚々と歩く。


「しかし、とはいえ《ぼうけんしゃぎるど》なるものは何処にもないではないか!」


 アレクは一つ一つの看板を確認しながら、それらが《ぼうけんしゃぎるど》ではないことに、少し苛立ちを覚え始めていた。

 そして、全ての建物を調べ終わり、また最初の宿屋、鍛冶屋、雑貨屋……という並びに戻ってくるのである。

 アレクは、癇癪を起こし地団駄を踏み、プルチェを怖がらせる。


「ええい!なんだこの街は。こんなに大きいのに、《ぼうけんしゃギルド》一つも無いのか!」


 そんなことを言っていると、一人の少女がアレクに声をかける。


「お兄さん、また冒険者なんていう古いものを探してるのかい?」


 アレクが振り返ると、そこにいたのは18歳くらいの女の子だった。

 髪はショートカットでボーイッシュな雰囲気で、着ている服もズボン姿だ。


「私はそこの宿屋、《鷹と土竜の泊り木亭》の手伝いをやっている、アイナっていうんだ」


 アレクはこのアイナに事情を話す。


「私は勇者アレクという! そしてこれはプルチェというスライムだが……」


 アレクは自分のことを勇者だと明かし――しつこいようだが、彼は勇者ではない――、プルチェのことも紹介したのだが……。


 アイナはそれを鼻で笑う。


「だいたい、なんで勇者なのに冒険者になろうとするわけ?」


 アレクは呆気にとられた顔をする。


「そりゃ何故って……弱きを助け、強きを挫く。困っている人がいたら手を差し伸べ、悪い奴がいればそれを退治する。それが勇者の役割であり、冒険者の役割というものだろう……」


 アイナは何も知らない子供を見る目でアレクをじろじろと見る。

 そして一つため息を吐いて、何処から説明するべきか、指を回して考えながら、やっと言葉を出す。


「一言いうけど、冒険者ってのは基本的にはよそ者の集まり。よそ者なんて、厄介事を持ち込んでトラブルの種を巻くだけだよ……」


 アレクは反論する。


「そんなことはない!冒険者は英雄譚の中だけでなく、今もこの王都にも存在する!私が《Sきゅう・ぼうけんしゃ》だ!」


 アレクの言葉にアイナはあきれたような表情を浮かべる。


「そんなの……まあいいや……。でも、本当に冒険者なんていう時代遅れの職業は存在していないんだよ? そもそも冒険者ギルド自体存在しないし……。まあ、色々聞きたければ、そこの酒場に行くといいよ。色々聞かせてくれるから」


 アイナが指で示した先を見ると、そこには、ビールのジョッキと剣が書かれた看板が風に吹かれていた。


「あそこは《英雄亭》と言われる酒場よ。その名の通り、貴方の言う冒険とやらには一番近くて、色々聞かせてくれるわよ。あ、そうそう」


 最後にアイナが大切なことを言い忘れたと言わんばかりに付け加える。


「今日泊っていくなら、《鷹と土竜の泊り木亭》をよろしくね。今はちょっと部屋が空いている時期だから、サービスはするわ」


 そしてアイナは宿屋の方に歩いて行った。


「まったく、あんな子どもに諭されるなんて……。しかし、あの酒場でなら、《ぼうけんしゃぎるど》の話を聞けるだろう!」


 アレクはそう言うや否や、すぐさま《英雄亭》のドアを開けるのだった。

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