無能な騎士が、美人な冒険者と出会い同じ依頼を受けようとするが断られてしまう件について
酒場に入ると、中はかなり賑やかであった。
大男と小柄な男が腕を掴み合って腕相撲を行ったり、
隅ではトランプカードで盛り上がっていたり、
さらに奥では吟遊詩人が楽器を奏でていたり、
あるいは胸元の空いた派手な衣服で着飾った女性が、男たちをからかったりしている。
しかし、アレクはそれらに興味を示さず、《英雄亭》のマスターに話しかける。
「マスター!冒険者について聞きたいのだが!」
アレクがそう言うと、マスターは少し眉をひそめる。
酒場にいる人々も何やら厄介な奴が見たとばかりに、アレクをちらと見て、各々のやっていたことに戻っていく。
マスターが口を開いた。
「冒険者ねえ……。しかも、あんたみたいな騎士から、その言葉を聞いたのは久しぶりだな」
マスターは皿やグラスを洗いながら、アレクの質問に答える。
アレクは質問を続ける。
「冒険者になるためには、《ぼうけんしゃぎるど》に入って会員登録をして……」
マスターはバカバカしい、という顔をする。
「そもそもよ、冒険者みたいな不安定な仕事を選んでおいて、ギルドに入ろうなんざ、ちょっと矛盾していねえか?
ギルドって同業者組合って意味だぞ。
なんで冒険者っていう自由な仕事を選んでんのに、組織に属するんだ?」
アレクはそんなことは知らない、と言わんばかりに顔を振る。
マスターは呆れたようにため息をつきながらも説明を続ける。
「……ま、そういうムーブメントがあったのも確かだよ。
ギルドを作ろうってね。でもよ、冒険者なんて会社勤めしたくないからやるんだよ。
お前、朝十時に起きて会社に出勤して小説を書いている、小説家みたいなもんだよ。
できたら他の仕事をやってるわな」
アレクは一瞬だけ、小説家にも色々いるからと言いそうになったが、口を噤んだ。
「じゃあ、冒険者はどうやって仕事をしろっていうんだ!ぎるどから……」
マスターはすごい剣幕で掲示板のほうを指をさす。
「あれを見て、依頼主に合ってこい。
そして、依頼主と同意が取れたら、依頼が成立する。依頼が成立したら、仕事して解決して報酬をもらう。
そこにはギルドが入る余地など一切存在しない!」
アレクはあまりの怒声に思わず身体を竦ませた。
プルチェも、その勢いに震えざるを得ない。
「じゃ、じゃあ《Sらんくぼうけんしゃ》になって、国から認められ……」
マスターの表情から、もういい加減にしろという思いが溢れているのをアレクは見逃さなかった。
「冒険者は冒険者だ。上も下もねえよ。どいつもこいつも同じ、放浪者で余所者でしかねえよ」
アレクは納得いかなさそうに、なにかをぶつぶつと呟きながら、掲示板を見る。
掲示板を見上げると、そこには様々な依頼が掲載されている。
『護衛。フェンリル街までの道中安全の確保のため。一人6000ゴールド』
『野犬退治。村人の危険から身を守るため。一匹あたり2000ゴールド』
『薬草採集。1束300ゴールド』
アレクは掲示板を眺めて考える。
「……私は《Sきゅう・ぼうけんしゃ》だ。何が悲しくて野犬を叩いたり、薬草を集めたりしなけりゃならんのだ。私はいますぐにでも、恐ろしいヴァンパイアから姫を救出したり、オーガに襲われているエルフの村を救ったりしなければならんのだ!」
(スライム一つも倒せないのにヴァンパイアもオーガも倒せるわけないじゃん……)
率直にプルチェはそう思ったが、ただプルプルと震えるだけで、黙っておいた。
すると、一人の女性が、アレクの後ろにやってきて、「失礼」と言って掲示板を見る。
アレクはその力に少し押されてよろめいて、プルチェの上によろめいてしまう。
プルチェは驚いてそそくさと逃げる。
アレクはそのまま地面に倒れこみ、大きな音を立てて倒れてしまった。
酒場の客はそれを見てクスクスと笑う。
「なんだ急に!《Sきゅう・ぼうけんしゃ》に失礼だぞ!謝れ!」
女性はアレクの言葉などまるで無視して掲示板を見ている。
女性は20歳くらいだろうか。
髪は銀色で腰まで伸びていて、瞳はアイスブルーだ。
顔立ちはとても綺麗だが、アレクよりも頭一つ分大きいからなのか、凛々しく見える。
そして、服装はと言えば、帽子をかぶっており、ローブを着こんでいた。そのローブも、生地がしっかりしており、決して安くない品物であることがうかがえる。
その格好からすると、どうやら魔法使いらしい。
女性はアレクの言葉など全く無視して、掲示板に貼り付けてある依頼を見たりしていた。
アレクはその女性の姿に、目を奪われた。
――なんだ、この凛々しさ!この女性こそが、私の《はーれむ》に入れるのに相応しい!
アレクは何事も無かったようにゆっくり立ち上がり、鎧に付いた埃を丁寧に振り払うと、女性に対して目いっぱいの作り顔で話しかけてみることにしたのだ。
「私の名はアレク。私は勇者として魔王を倒そうと旅をするものです!」
アレクは自信たっぷりに胸を張ってそう言ったのだが……。
「キモ」
女性はただ一言、その言葉をつぶやいた。
その言葉はあまりにも冷たく、鋭い。
アレクは胸の奥から怒りがこみ上げてきたが、なんとか自分に言い聞かせて落ち着かせる。
「私はあなたのような貴婦人と、冒険を重ねて《れべるあっぷ》をしたいのです!」
女性はアレクの言葉を聞いてもなお、眉一つ動かさない。
「いや、キモいから。そういうの」
アレクは顔を真っ赤にさせているが、なんとか顔を下に向け、こぶしを握り締め、怒りを納めようとする。
(いかんぞ……いかんぞぉ……アレク。勇者というのは、こう優しくて冷静で、こういった無礼な態度にも爽やかに対応するものだぁぞ……)
アレクの怒りがなんとか怒りが収まって、再び顔を上げると、既に女性は依頼を決めていた。
「じゃあ、この依頼にしようかな。『野犬退治』だと簡単すぎるけど、まあいいわ……」
女性はそう言って、依頼書を剥がすとカウンターに向かう。
酒場のマスターは女性から依頼を受けとると、アレクの時とは打って変わって笑顔になった。
「おお、カノンちゃん。久しぶりだね!元気してたか?」
マスターの言葉に女性は答える。
「はい、お久しぶりです。マスター。掲示板を見ると、野犬退治の依頼があったので、それをやりたいと思います」
カノンと呼ばれた女性はそう言うと、カウンターの上に依頼書を広げる。
マスターはそれを見てちょっと申し訳なさそうな表情になる。
「あー、この依頼かあ。カノンちゃんにはもったいないと思うよ。本来ならもっと骨のある仕事のほうがいいんだろうけどね」
アレクは後ろから二人の会話を聞いて、妄想を巡らせる。
(この女性、野犬を簡単に捌けるということは、まさか《Aきゅう・ぼうけんしゃ》ということか!?)
ちゃんと誤解ないよう捕捉しておくと、カノンを《Aきゅう・ぼうけんしゃ》だと言っているのはアレクだけである。
とりあえず、このことはアレクには、分が悪いように思われた。
(「異世界転生」の小説によれば、どれだけ実力があったとしても、新米冒険者は一番最低ランクから始まるのが普通。たとえ将来的には俺のほうがランクが高くなるとしても、今は先輩なわけだから、媚を売り、教えを乞わねばならない!)
そう考えて、アレクはマスターに口を挟む。
「マスター、私も冒険者ランクを上げるために、その野犬退治の依頼に協力したいのだが!」
マスターは面倒そうにアレクを見る。
しかし、カノンは興味なさげにアレクを見て、言葉を発する。
「悪いけど、野犬退治の仕事は私だけで充分。それに、私が押しただけで倒れちゃうような騎士は御免被るわ」
カノンに言われてしまったら、アレクとしては返す言葉もない。
アレクはプルチェと一緒に大人しくカウンターから退くのだった。
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