無能な騎士が、最弱のスライムのことを最強だと勘違いして仲間にした件について
アレクは店を出ると、先ほど買った棍棒を振り回しながら、意気揚々と村の門へ向かう。
「これから、俺は《れべるあっぷ》をしなくちゃいけない。
どんなチート能力者であっても、まずは《けんけんち》というのを稼いで、レベルをあげてステータスを強化する。
最強のチート能力と最強レベルで最強・最強にならなければいけない!」
アレクが棍棒を振り回して歩いていると、道で出会う村民は皆目を逸らすし、子どもは泣いている。
明らかに不審者か暴漢を見る目であり、勇者を見るまなざしとは程遠い。
「しかし、この手の奴らは、俺が魔王を退治し姫と結婚すると、手のひらを返し俺を讃えるのだ!今はこの屈辱に耐える必要がある」
そう言って、アレクは山賊のように笑う。
アレクは、村の門を抜けて、道なりに進んでいく。
すると、道の前にスライムがいるのを、アレクは発見する。
スライムというモンスターは、ゼリー状のようで、水滴のような形をしたモンスターだ。
そして、この世界でも最弱と言われている種族であり、その弱さには定評がある。
どれくらい弱いかというと、村から外に遊びに出た子供たちが、パチンコの的当てに使ったりするほどである。
「ほほぉ!スライムか!《れべるあっぷ》をするのにはもってこいだ!」
アレクはそう言うと、棍棒を持ってスライムに近づいていく。
ただのんびりと散歩していたスライムは、殺意を身にまとった騎士が近づいてくるのを見るや否や、その身体を震わせはじめる。
怯えているのである。
しかし、アレクはスライムが怯えていることなど気にも留めず、棍棒を思い切り振りかぶる。
「命乞いをしても無駄だ、魔物!世界を救うためには尊い犠牲が必要なのだ!すべては《けいけんち》のため!喰らえ!」
そのまま飛びかかり、勢いよく棍棒を振り下ろし、スライムに直撃させる。
……のだが。
ぽよよ~~~~ん。
間抜けな音と共に、アレクの棍棒は無残にも弾き飛ばされてしまった。
それも当然である。
弾力性のあるスライムの身体に対して、いわば打撃系の攻撃をしたところで、その衝撃はほとんど吸収されてしまう。
そして、アレクは棍棒を弾き飛ばされた勢いで尻もちをついてしまう。
「ぐわああ!」
アレクは尻もちをつきながら、スライムが反撃してこないか警戒する。
しかし、スライムはそんなつもりはなく、ただ怯えているだけである。
ただただ、自分が悪いスライムではないと言わんばかりに震えるのみ。
そんなスライムに対して、アレクは棍棒を拾いなおし、再び振りかぶる。
「喰らえ!棍棒の一撃!」
そして、また棍棒を振り下ろすと……。
ぽよよ~~~~ん。
またしても弾かれてしまうのである。
「くそ……、勇者である私の攻撃を弾き返すとは!スライムのくせに生意気な!」
アレクは激しく地面に叩きつけた尻をさすりながら、頭をフル回転 (異世界転生の知識) させる。
以下が、アレクの考えたことである。
「勇者の攻撃が通用しないスライムというのは、恐らくはスライム種族の中でも、変異種と呼ばれる上位帯のモンスターだろう。
だが、それだけでは、この強さは説明できない……。
そういえば、時々異世界転生者の中でも、スライムといった弱い種族に転生するパターンを見たことがある……つまり」
アレクは立ち上がると、姿勢を正し、礼をする。
「あなたはきっと異世界から転生した勇者のスライムとお見受けしました!」
スライムはアレクの言葉を聞いて、別の意味で怯え始めた。
「実は私も異世界のチート能力持ち転生者 (著者註――本人が勝手に名乗ってるだけです) なのです!私は魔王討伐を目標にしております!
私は世界の真理を隈なく記した書籍において、スライムは最初最弱でも、れべるあっぷしし続ければドラゴンにも勝る最強種族になると聞きました!
二人で旅をして、魔王を倒し、我々を見下している奴らをぎゃふんと言わせましょう!」
スライムはアレクの言葉を聞いてもなお怯え続ける。
《ちーと》?《れべる》?《転生》?《魔王》?どういうこと?
スライムの頭にはクエッションマークが一杯広がっている。
そんなスライムの怯えようと混乱を見ても、アレクは容赦なく続ける。
「見ての通り、私は《れべるあっぷ》をしなければならないのです!そしてあなたはきっと私よりれべるが上なのです!
なぜなら私の攻撃を弾き飛ばせるのがその証拠です!
だから一緒に旅をして、共に強くなりましょう!」
アレクはスライムに手を差し伸べるが、スライムはその手を取っていいのかどうか迷っている。
「さあ、一緒に旅をして、魔王を倒しましょう!」
アレクはそう言うと、強引にスライムの手を取ると、そのまま肩に引っ張り上げる。
「さあ、まずはレベル上げです!共に強くなりましょう!」
スライムは無駄に断ったりすると、懐にある剣で叩き切られてしまうかもしれない、と思って黙っておいた。
そして、棍棒ではなく錆びついた剣で攻撃すればよいことに気が付かなかったのが、アレクの愚鈍さの証明みたいなところでもある。
こうして、本当にただ自称している、チート持ち騎士と最弱のスライムが旅に出ることになったのである。
そして、皆さんの想像通り、このスライムは……。
――ただのスライムである。
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