無能な騎士が、魔王を倒すための装備を整えようとするが、卵の弁償をしなければいけなくなった件について


 アレクは膝をさすりながら、装備を買いにいくことにした。


「いてて……。この膝の傷も、真の勇者になる前の試練と思えば軽いものだ!」


 アレクはレム村で唯一の商店に向かう。

 勢いよくドアを開けると、店主が退屈そうに爪をいじっている。

 店主は、アレクを興味なさそうに一瞥し、店主としての最低限の礼儀を果たすべく、最低限の挨拶をする。


「ああ、アレクさん。こんにちは……今日は何をお探しで?」

「ああ、今日は魔王討伐の為の準備をしようと思ってね!」

「はぁ、魔王討伐ですか……」


 店主は改めてアレクの身体を見る。


 アレクは持ち前の怠惰さから、あまり装備を整備していなかった。

 鎧はだいぶ傷ついているし、兜に至っては凹んでいる。

 剣もどうも錆びついているようで、「魔王を倒す」という華やかな使命に従事する人間の姿ではない。

 だが、アレクが思い込むと、もう梃子でも動かないということを店主は知っていたので、話だけ合わせるようにする。


「まあアレクさん……魔王討伐というのは結構なことです……ですが、ここはレム村・唯一の雑貨店です。特にここ最近では平和も続いており、そんな勇ましい武器や防具などはありません」


 アレクは改めて店を見渡す。

 そこには、今朝取れたトマトや卵、小麦粉や牛乳などの食料品から、あるいは鋤や籠といった農業に必要な道具、そして最後には、怪我をしたときのための薬草が並んでいる。

 確かにどれも魔王を討伐するには役立ちそうもないものばかりである。

 アレクは店主に尋ねる。


「そんな強力な武器は必要ない。そのうち、ドラゴンを退治したり、凶悪な魔法使いを撃退すれば手に入る品物だ。まだ私は《れべる1》という最弱の状態だ。《れべる1》という状況では、ドラゴンスレイヤーを振り回す《すてーたす》は存在しない!だから最初は、こういう棍棒でいいのだ!」


 そう言いながら、アレクは近くに飾ってあった棍棒を手に取る。

 この棍棒は、畑を荒らすカラスやイタチを追い払ったりするための便宜的なものであって、魔物と戦うには心もとない。

 アレクは聖剣を手にしたかの如く、ご機嫌良く棍棒を振り回しながら「俺は魔王を倒すんだ!」と意気込んでいる。

 店主はそんなアレクを見て、呆れて物も言えないが、一応客なので、商品の説明だけはする。


「まあ、一応、ひのきで出来ていますから、そんなに簡単に壊れないとは思いますが……」


 アレクが棍棒を振り回していると、近くの棚に飾ってあった卵に当たり、卵がコロコロと棚から転がり落ち、地面に引き寄せられて、グシャグシャと割れてしまう。


「ああ、すまない!しかし、これも魔王を倒すための代償!許してくれ」


 アレクの愚鈍さは店主も十分承知だったが、ここまでだと、店主は呆れて何も言えなくなった。


「まあ、アレクさんが魔王を倒すとか、倒さないとかはこちらにはどうでもいいことです……とりあえず、その棍棒と卵代を払って出て行ってください。これ以上厄介事は御免なので」


 アレクは「ああ、分かった!」と言って、棍棒と卵の代金を払う。

 店主はアレクが出て行ったのを見届けると、ため息を付きながら、割れた卵を掃除するのであった。

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