辺境の騎士でしかない俺が、勇者じゃないわけがないだろ!
アイアン先輩
開始
無能な騎士が、妄想に取りつかれ、自身を《異世界転生者》だと思い始めた件について
勇者領・アルテシウム王国の奥のさらに奥、都会の喧騒とも、魔王との諍いとも無縁な平和な村・レムがある。
ここに、痩せぎすでノッポの、アレクと呼ばれる中年騎士が住んでいた。
なぜこんな村に騎士がいるかと言えば、余りにも無能すぎて、左遷されてしまったのだ。
どれほど無能かと言えば、このようなエピソードがある。
◇◆◇
あるとき、アルテシウム王国の市場に、子供のジャガイモ泥棒が現れた。
そのジャガイモ泥棒を捕まえるために、アレクは甲冑をチャラチャラと音を立てながら走り、やっとその子供を路地裏に追い詰めた。
あと寸前のところで捕まえられるかと思いきや……。
『喰らえ!』
子供がジャガイモを投げると、ちょうど投げたジャガイモが兜の中に入り込んで挟まってしまったのだ。
ジャガイモを取り出そうとモゴモゴとしていると、子供はいつのまにか消えてしまっていた。
アレクのジャガイモは、同僚の女騎士に、無事に取り出されたものの、兜に挟まったポテトは同僚の笑いものになり、アレクのあだ名は「ドン・ポテト」と呼ばれる屈辱を味わうことになってしまった。
◇◆◇
とにかく、村は暇すぎた。
そして、人間は暇すぎると余計なことしかしない。
アレクにおいて余計なことというのは、小説を読み漁ることであった。
特に、アレクは「異世界転生」と呼ばれる小説が気に入っていた。
この小説ジャンルは、アルテシウム王国では「現実世界ではパッとしないが、異世界に転生して凄いスキルを身につけたり、ハーレムを築いたりするというストーリー」がウケており、他の読者に漏れず、アレクも現実の自分がパッとしないことを慰めるべく、そんな小説を読み漁っているのである。
魔王と勇者が戦っていると言われている世界の中では、例外的に、レム村は平和でのどか。
それこそ鶏が走り回り、牛は呑気に鳴いているような村の片隅で「異世界転生モノ」を読み進めているうちに、アレクはあることに気が付いたのだ。
――もしかして、俺が王国から追い出された勇者なのかもしれない。
何度も確認するが、アレクが追い出されたのは「無能だから」の一点に過ぎない。
しかし、シンプルな真実というものは、本人は気が付かない。
あるいは気が付いたとしても認めたがらないものである。
しかし、そう考えると、魔王と勇者の戦いがこれほどまでに熾烈になりながらも、一向に決着がつかないことにも説明が付く。
つまり、今現れている勇者は真の勇者ではないからこそ、戦いに終止符が打たれないのだ。
そして、真の勇者とは、他でもないアレク、その人であると。
――俺が王国を追い出された理由。それは俺が本来はチート能力を持つ真の勇者であり、それを上司や他の勇者たちが嫉妬して、早めに追い出したのだ。
つまりだ。
――俺は陰謀でハメられたのだ!
何度も確認するが、アレクは「チート能力を持つ真の勇者」でも何でもない、ただの平凡で無能で愚鈍、しかも独身で童貞の中年騎士である。
しかし、アレクはそう考えれば、すべての辻褄が合うと思ったのである。
本人がそう思っているんだから、仕方ない。
――となれば、俺は真の勇者として立ち上がり、魔王を倒し、この争いを終止符を打つのだ!
アレクは書斎で勢いよく立ち上がったせいで、机に膝をぶつけてしまい、悶絶することになる。
「うぐおおおおおおおおおおおお!」
アレクの膝は真紫になっていた。
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