第21話 父がここに立ち寄っていた 新しい情報を聞く
二人の住居は、もう数十メートル山奥に入った場所にあった。
時代劇でしか見たことが無いような茅葺き屋根の家。
湧き水が得られる場所が近くにあり、裏には井戸と小さな畑もあるし、山菜なども豊富に採れて暮らしには困らないと言う。
最初見た時夫婦かと思ったけれどそうではなく、二人は兄妹だった。
利兵衛と久栄という名前を教えてくれたので、私達も名乗った。
87歳と85歳と聞いたけれど、動きもキビキビしていて年齢よりずっと若々しく見える。
私達がどうしてここに居るのかも、二人は特に聞こうとしなかった。
今日は疲れてるだろうから休んだらいいと言ってくれて、事情は明日にでもゆっくり聞くからと言ってくれた。
自分達に危害を加えようとする人間かそうでないかぐらい感覚で分かると、ちょっと不思議な事を言った。
私達にしてみれば、もちろん有難い。
普通なら怪しまれても仕方ない状況だと思うし。
二人は生まれた時からこの辺りで育っていて、以前は村人が数十人居る小さな村落だったらしい。
人が街に出て行ったり、老衰で亡くなったりして徐々に減っていき、今では自分達二人しか居ないと話した。
そこには悲壮な感じは全く無く、二人は見るからに健康そうで、暮らしを楽しんでいるように見えた。
ウメキチと呼ばれた犬は二人の愛犬で、元は野生の犬だったらしい。
この辺りでよく見かけるので食べ物の残りを与えたりして、交流を持つうちに居着いたということだった。ウメキチは漢字で梅吉と書くという。
使っていない部屋は物置にしていて狭いからということで、納屋を貸してくれた。
梅吉が番犬として一緒に寝てくれるようなので、とても心強い。
あの場所で座ったまま仮眠を取るつもりでいたので、屋根のある場所で寝られるのはものすごくありがたかった。
今は九月の半ばで、ちょうど季節も良くて寝やすい。
大きめの麻袋をいくつか貸してもらえたので、土間にそれを敷いて鞄を枕にして眠りについた。
走ったり歩いたりで疲れていたのもあり、すぐに眠気がきた。
地面は固いけれど土の温もりがある。
屋敷のあの部屋よりも、何故かこの場所の方がとても心地よく感じた。
翌朝、自然に目が覚めた。
鳥の鳴き声が聞こえ、納屋の戸を開けると心地良い風が入ってくる。
太陽の光が差し込む。山の夜明けだ。
目覚ましの音もしない。
AIからのメッセージも来ない。
体が自然に目覚めた時間に、自分が起きたいと思ったから起きる。
これは最低限の自由だと、父のノートに書いてあった。
最近までそれを知らなかったけれど。
時間なんて気にせず好きなように起きるのは、何と心地いい事かと実感した。
幸さんも明日香ちゃんもまだ寝ているので、私は一人で外へ出た。
梅吉が、後からついてきてくれた。
梅吉と一緒に、朝露の降りた道を歩く。
母家の方に行くと、味噌汁のいい香りが漂ってきた。
玄関の引き戸は開けっ放しだったので、私は中に向かって声をかけた。
「おはようございます。昨日はありがとうございました」
料理をしていた久栄さんが顔を上げて、挨拶を返してくれた。
「納屋の床は固かったと思うけど、少しは寝れたかい?」
「十分眠れました。土の温もりって、なんか気持ちいいんですよね。ほんとに助かりました」
「味噌汁と漬物とご飯で良かったら、一緒に食べるかい?」
「いいんですか。ありがとうございます。いただきます」
昨日の夜は普通に食べたというのに、遠慮する余裕が無いぐらい空腹だった。
珍しく運動したせいかもしれない。
土間の横に一段高くなった畳の間があり、ちゃぶ台が置いてあった。
私も食器を並べるのを手伝ったりしていると、裏の畑から利兵衛さんが帰ってきた。
幸さんと明日香ちゃんも起きてきて、皆んなで朝ごはんを食べた。
土鍋で炊いた玄米、自家製の胡瓜の漬物、玉ねぎの味噌汁というメニューだった。
屋敷で食べた豪華な朝食も美味しかったけれど、それ以上にこういう食事の方が私は好きだと思った。
何だかわからないけど、食べるとすごく活力が漲ってくる。
屋敷の食事では、たしかにすごく美味しくはあるけれど、こういう感覚は一度も無かった。
幸さんも明日香ちゃんも「美味しい」と感激していて、皆んな遠慮無くご飯と味噌汁のおかわりをしてしまった。
梅吉は土間で汁かけご飯を食べている。
お腹がいっぱいになって落ち着いた頃、私達は改めてお世話になったお礼を伝えて、ここに居た理由を話した。
二人は特に驚く事もなく聴いてくれた。
「儂らは生まれてこの方ここしか知らんから。街がそんな風に変わった事も全然知らんかったなぁ」
「ここでは新聞とか取ってないし、テレビも買ったこと無いしねぇ。あ、そうそう忘れるとこだった。そういえば何日前だったか・・・まだそんなに日が経ってないけど、男の人が二人来たよ。今日のあんた達みたいな感じでねぇ」
「ほんとですか?!どんな人でした?」
「もしかして希望ちゃんのお父さんなんじゃない?」
「年をはっきり聞いたわけじゃないけど見た感じ一人は若くて、あんた達よりちょっと年上ぐらいかねぇ。もう一人は年配で、50代半ばくらいだったと思うよ。親子かと思って聞いたらそうじゃなくて、同じように街から逃げてきた仲間だって言ってたよ。他にも居たらしいんだけど、気の毒に途中で殺られたらしくてねぇ・・・」
「追手が来て捕まったんですか?」
「そうじゃなかったらしいよ。逃げ切れたかと思ったら、体に埋め込まれてる何とか言うやつが作動して、急に苦しみ出して死んじまったって言ってたなぁ。恐ろしいねぇ」
「マイクロチップですか?遠隔で操作して、人を殺す事も出来る」
「そうそう。それそれ。ここに来た二人はそれを埋めてなかったから助かったらしい」
私は、スマホに入っている父の写真を二人に見てもらった。
「年配の方の人って、もしかしてこの人じゃないですか?」
「・・・多分、この人に間違いないと思う」
「そうだねぇ。私もそう思う。もうちょっと髭が伸びてたけど」
「あんたに似てもいるし、間違いないだろう」
「希望ちゃん、良かったね!」
「ありがとう。良かった・・・」
私はよく父に似ていると言われる。
この写真は普段の父そのままに映ってる感じだし、二人が父と会ったのは数日前だから記憶に新しいと思うし、きっと間違いない。
家で父の個人識別番号が消えた時も、感覚的に父は生きていると思っていたけど、今それが確信に変わった。
父は一人ではなく、一緒に逃げている仲間も居るようで本当に良かった。
一緒に逃げてきた何人かが、いきなり目の前で苦しみ出して死ぬのはショックだったと思うけど。
私も屋敷に居る時に、その光景を見た。あれはなかなか忘れられるもんじゃない。
「もっとゆっくりしていってくれれば、あんた達とも会えたのにねぇ」
「追手がここに来たら儂らに迷惑がかかるからって、一晩泊まっただけで行っちまったよ」
「水と食糧は少し持って行ってもらったから、2~3日はもつと思うけどねぇ。この山を越えたら海沿いに出るから、そこを目指して行ったよ」
「父にも良くしていただいて、本当にありがとうございました。私もこれから追いかけたいです」
「良かったら一緒に行くよ」
「そうだね。多い方が安心だし」
「ありがとう!助かる」
「もう行くのかい?」
「長く居て迷惑がかかるといけないので。一晩泊めていただいて本当に助かりました」
「朝食ごちそうさまでした。ありがとうございました」
二人にお礼を言って、私達は出発準備をした。
幸いな事に天気もいいし、暑くなく寒くなく歩きやすいと思う。
山を越えて海岸へ抜けるまでの道順も教えてもらった。
利兵衛さんと久栄さんも、十年前くらいまでは何度か通った道だと言う。
この辺りはほとんど開発も進んでいないし、道は変わっていないはずと教えてくれた。
聞いた感じ複雑な道順では無いし、今から丸一日歩けば山を越えられるかもしれない。
「梅吉を連れて行くかい?」
「だけど帰りが・・・」
「梅吉は自分で帰ってくるから大丈夫だよ」
「凄いですね」
「何から何まで申し訳ないけど、それなら頼んでいいですか?」
「いいよ。遠慮しないで」
「ありがとうございます。本当に助かります」
いただいた水と食糧を鞄に詰めた。
リュックを持っているのは幸さんだけだったから、私と明日香ちゃんは風呂敷をもらって食糧を包んだ。
これで今日一日分は十分足りるし、明日まで少しいけるかもしれない。
「梅吉。この人達を海岸沿いまで、案内してくれるかい?」
久栄さんがそう言うと、梅吉はワンと鳴いて尻尾を振っている。
承諾の意思表示らしい。
「それじゃあ頼むよ」
その一言を合図に、梅吉が先に立って歩き出す。
杖代わりになる太い木の枝も一本ずつもらって、私達は出発した。
数分も歩かないうちに、さっきまで居た家の方から煙が流れてきた。
何か焦げ臭いし、パチパチと音も聞こえる。
梅吉が立ち止まった。
すぐに方向を変えて、吠えながら家の方へ走って行く。
「何かあったんじゃない?」
「もしかして家が燃えてるとか?!」
「戻ろう!」
私達も、梅吉に続いて走って戻った。
燃えたのは納屋の方だった。
普段から溜めている雨水を使い、二人が何とか消し止めようとしている。
私達もすぐに井戸から水を汲み上げて、出来る限り手伝った。
納屋は母家と少し離れているので、母家まで燃え広がるのだけは防ぐことが出来た。
それでも、水浸しになった納屋の中は悲惨な状態だった。
昨日泊めてもらった納屋の屋根はすっかり焼け落ちて、中に置いてあった道具や保存食も、ほとんどダメになってしまっている。
柱や壁はある程度残っているものの、修理して元通り使えるようになるまでには相当な時間がかかりそうだ。
「不自然な燃え方だね」
燃え落ちた天井の方を見上げて、幸さんが言った。
「今朝見た時は、火の気になる物なんて何も無かったのに・・・」
明日香ちゃんも、燃えた後の床を隅々まで確認して首を傾げている。
「もしかして・・・上から狙われて焼かれたのかも・・・」
私は、父のノートに書いてあった事を思い出していた。
手っ取り早く広い土地を空けたい時、逆らう人物に対して脅そうとする時、彼らが使う方法。
「だとすると、私達がここへ来た事で・・・」
「迷惑をかけないうちに早く出ようとしたけど、すでに遅かったって事か」
「本当にすみません。こんなに良くしてもらったのに」
私達は一生懸命謝ったけど、二人はあまり気にしていない様子だった。
「謝らなくていいよ。あんた達が焼いたんじゃないし」
「そうだよ。気にしなくていいよ。だけどこの焼け方は確かに変だねぇ。家や納屋が火事になったのは、この年まで生きてる間には何回か見たことがあるけど、普通下から燃えるからね」
「上空から狙われて焼かれたか。そんな事もあるんだなぁ。納屋の方が大きいし、母家と間違えたんじゃないのか?だとすると助かったって事だ」
利兵衛さんはそう言った。
母家は、炊事をするための土間と、一段高くなった四畳半くらいの畳の間が二間だけ。トイレも風呂場も外だし、確かに建物の大きさとしては納屋の方が大きい。納屋は十年前くらいに大幅に修繕したという事で、見た目も母家より新しい感じだった。
上から見ても、この辺りに家の屋根があるのは見えてしまうと思う。
他にも近所には、空き家になったまま放置状態の家が点々と残ってはいるけれど・・・・屋根も手入れされて人が住んでいそうな新しさが感じられるのはこの家しかない。
私達が山に逃げ込んだ先にこの家があるのを知った彼らが、ここを焼いた。
気にしなくていいと言われても、相当な迷惑をかけている気がする。
私達が死んだかどうか確かめに追手が来たら、またさらに迷惑がかかる。
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