第16話 偶然見つけた地下の隠し通路

頭の中では様々な思考が渦巻いていても、私は表面上は普段と変わらない様に過ごした。

今日見た場面を思い出すと食欲も湧いてこなかったけれど、何とか頑張って普通に食べた。

入浴で湯船に浸かれる時間は、気持ちを落ち着かせる意味でもありがたかった。


昨日の来客達は、まだ滞在しているらしい。

二階から、昨日と同じく賑やかな話し声が聞こえている。

彼らの正体はもう分かったし、これ以上確かめに行こうとは思わない。

一番上に君臨していて人類を支配している存在は非人類種だと、父のノートに書いてあった。

「彼らは決して表に姿を現さないし、肉体を持たない意識体としての存在だ。

歴史を振り返ると、人間の目から見える存在として姿を現していた事もあった。

目に見えない存在の方がより神秘性を増し、力を示せる事に気が付き、彼らは人前には姿を現さなくなった。

彼らは、自分達を神として崇めさせるため、様々な宗教を作った」


昨夜私が見た人達は、人とは言えない見た目だったけれど・・・意識体としての存在ではなく目に見える姿形があるわけだし、人間ではあるのかと思う。

A-1のランクということは、本当のトップに居る存在達と人間とのハイブリッド。

非人類種の彼らの血を濃く受け継ぐ者達。

彼らは、人間の姿にも、本来の姿にも、どちらにも自在に姿を変えることが出来る。

ノートに書かれていた事は、今まで見てきた通りだ。


最初に会った結婚相手は、完全に人間の姿だった。

今朝見たカップルは、一見普通の人間の姿だったけれど、目が人間の目ではなかった。

昨夜見た彼らは、完全に非人類種で、爬虫類のような姿だった。

どの姿であっても、中身は変わらない。

支配層のトップの非人類種と、人間を掛け合わせたハイブリッド。

彼らの価値観も行動も、人間の基準で考えたのではきっと理解出来ないと思う。


「人間を命令通りに動かす事、都合が悪くなれば消す事も、彼らは自在に出来るようになる・・・・すでにそれは実験段階。何度も実行されている。遠隔で指令を送り特定の行動を取らせること(スパイ活動、暗殺、自爆テロなど)も出来る。証拠を消すため、その人間の脳や心臓の機能を麻痺させて停止させる・・・傍目にはその人間が全部自分の意思で勝手にやったようにしか見えない」

父のノートで読んだこの事も、まさに今日見た事そのままだった。

支配層の彼らが、AIを使って人間に関して常に情報収集をしているという事も、そういえば書いてあった。

それを元に、今使われている個人識別番号や信用スコアも作られている。

年齢

職業

収入

家族構成

健康状態

普段の生活習慣

主義主張

思考の傾向

会話の内容

趣味趣向に至るまで

私が集合住宅で暮らしていた時は、そこに取り付けられているAIによる監視システムがあって、会話の内容など全て聞かれていたけれど・・・

この屋敷の中にも、住み込みの使用人の部屋には当然そういう物があると思う。

今日の場合、場所は外だった。

あの辺りには、監視カメラがあったり盗聴器がある様子は無かったけど。


もしかしたら、普段から集められている個人データが、判断の基準になっているのかもしれない。推測だけど。

収集されたデータからあの人達は、支配層の彼らから見て好もしくない思考を持つ存在として普段から認識され始めていたのかもしれない。

そして、位置情報的なもので監視されているとしたら・・・・

二人が接触、会話しているというのが知られて、消されてしまった。

確実な証拠は無いけど、おそらくそういうことじゃないかと思う。


あの時、塀を乗り越えなくても外に出る方法があると、たしか言っていた。地下に通路があるとか・・・・

生活が保障されているここから出たいと願う人は滅多にいないから、外から中に入ってくる者に対しては警戒していても、その逆は警戒が甘いとも言っていた。

それはきっとその通りなんだろうなと思う。

信用スコアCランクの私でも、父のノートを読むまで、自分の生活は安心安全と信じていたし、そこから出ようなどと考えもしなかった。

それよりもずっと広くて環境のいい場所に居るBランクの彼らなら、余程のことが無いと出ていこうとは思わないはず。


私が結婚相手として選ばれたのはおそらく肉体的健康とか、そのあたりの事だと思う。

他の部分でどう評価されているのか知らないけど、少なくとも今のところ、脱走の可能性ありとは見られていないはず。

そうでなければ、自由に庭に出るのを許可して散歩などさせない思う。

私は父のノートを読むまで、支配層の彼らが作ったシステムに対して全く疑問を持った事も無かったし・・・主義主張や思考の癖についても今までのデータを集められているのだとしたら、きっと奴隷のように従順と認識されているに違いない。

そうでなければ、肉体的健康という意味でどんなに優れていても、彼らからしたら危険思想の持ち主を結婚相手には選ばなかったと思う。




来客の彼らは、翌日も翌々日も帰る様子は無かった。

毎晩夜になると二階で騒いでいる。

まさかずっと居るとかじゃないよね・・・・

昼間出かける時や、夕方帰ってきた時、彼らの中の誰かとすれ違う事はあった。

最初の日に見たカップルも、他の人達も、国籍は様々だった。

性別も年代もバラバラで、20代から40代くらいか。

皆んな私を見ても無関心で、知らん顔で通り過ぎた。

こっちとしてもその方がいいけど。

いずれここから逃げようと思っている私としては、顔を覚えられたりしても面倒だし。


私はここ数日、散歩に出た時は、どこかに地下通路に繋がる抜け道は無いのかと探しながら歩いた。

けれど、少なくとも私が探した範囲では見つからなかった。

誰からも普通に見れる様な場所に作るわけ無いか・・・

今日も諦めて戻りかけた時、数十メートル向こうを誰かが歩いて行くのが見えた。

一人じゃない

話しながら歩いてる。

7~8人は居る。

ここの使用人の制服姿ではない。

今滞在している来客達だ。

一度だけ対面した結婚相手も、あの中に居るのかもしれない。

遠くてはっきり見えないけど、多分、あの人がそうかな・・・

彼らは今のところ、私に気がついてないと思う。

誰一人、一度もこっちを見ないし。


彼らの姿を見かけた瞬間から、私は近くにあった木の影に隠れていた。

見つかったからといって、屋敷の敷地内を散歩してるのは別に不自然な事ではない。

それでも隠れたのは、あわよくば彼らがどこへ行くか見届けられると思ったからだ。

ちょっと散歩というのもあり得なくはないけど、そんなのにわざわざ全員で出て来るかなあと思う。

もし本当にうまくいけば、彼らしか知らない地下道へ通じる通路を、見つけられるかもしれない。

幸いな事にこの辺りは大きな木が沢山あって、いくらでも身を隠しながら進める。

彼らは自分達の話に夢中になっているのか、周りを警戒しているような様子は全然無い。

そういう意味でも、見つからない様にあとをつけて行くのは大して難しくなかった。


敷地内と外を隔てる低い木製の柵があり、そこに付いている扉を開けて、彼らは敷地内から出た。

外には遊歩道や果樹園があって、少し行くと他の屋敷の生垣がある。

生垣に沿って歩くと門扉があって、彼らはそこから入って行った。

私は、少し間隔をおいて彼らの後から入った。

どちらの庭の出入り口も、鍵さえ閉めていないので簡単に入ることが出来た。

この居住区は彼らの同類しか住んでいないから、防犯なんて気をつけなくていいんだろうなと思う。


彼らは、賑やかに話しながら屋敷の庭の中を歩いて行く。

私が今居る屋敷の庭とは、ここはまた個性が違う。

広々としていて、美しい自然が見られるという所では共通だけれど。


庭の一角がオープンテラスのような造りになっていて、そこにテーブルや椅子があった。

彼らはここに座って、家の中からも何人か人が出てきた様子。さっきまでより人数が増えている。

今からパーティーでも始めるのか。

もうすぐ夕方に近い時間だけれど、暗くなっても照明を使って外で楽しめるのかもしれない。


近付き過ぎては見つかる可能性があるので、私は離れた場所から彼らの様子を見ていた。

ここにちょうど倉庫ような建物があり、隠れるのには好都合だった。

けれど、ずっとここに居ても、地下の抜け道というのを探す事は出来ない。

そうか・・・今、屋敷の主も来客達もここに居るということは、屋敷の中は使用人しか居ない。

彼らがこれから数時間か、もしかしたら夜までここに居るつもりなら、しばらくは帰って来ないという事だ。

屋敷に戻れば今晩、部屋を抜け出すチャンスかもしれない。


このまま夜になってもここに居たら、夕食の時間に私が戻らないと、きっとすぐに知らせがいってしまう。

人数を動員して本気で探されたら、見つかるのは時間の問題。

それまでに外への通路が見つからなければ終わりだ。

それならここに居るよりも戻った方がいい。

彼らが居ないうちに、屋敷の中のどこかに地下通路への入り口が無いか、調べる事が出来るかもしれない。


戻ろうと決めて、見つからないうちにここから去ろうと思った時、この倉庫の鍵がかかっていない事に気が付いた。

引き戸が数センチ開いたままになっている。

倉庫なんか見ても、ガラクタが入ってるだけだと思うけど。

もしかして逆に貴重品とかお金を隠してるとか?

もしそうだったとしても、そんなのを盗んで見つかるリスクを上げる気は無い。

私はここから脱出出来さえすればいいんだから。


余計な事してないで早く去らないと見つかったらまずい。

そう思ったけれど、何故かこの中の事が気になる。

何故か分からない。

何か感覚的なもの。


私は、その感覚に従って倉庫の引き戸を開けた。

離れているし音は聞こえないとは思うけど、それでも慎重に。

音を立てないようにゆっくり。

向こうに居る彼らからは見えない反対側だから、まず見つかる事は無いと思う。


引き戸を開けると目の前数十センチのところに、私の背丈ぐらいのつい立てがあった。

外からは物置のように見えたけど、あまり物が入っていない。

つい立ての後ろを覗いて見ると、大きなダンボールの箱があった。

ガムテープで蓋をしてあって何も書いてないし、何の箱か分からない。

重いのかなと思って端の方をちょっと押してみた。

「えっ?!何これ・・・」

思わず声が出てしまった。

小声だったし距離もあるので、彼らに聞かれたりはしてないと思うけど。

軽い力で押しただけで、ダンボール箱がスッと動いた。


その場所に、床を切り抜いた様な穴があった。

下へ降りられる梯子がかかっている。

床に膝をついて下を覗いて見ると、数メートル下に床が見えた。

そんなに深くない。

これってもしかして・・・・


私は、思い切って梯子を降りてみた。

地下通路だ。

どこへ繋がっているのか分からないけれど、見たところかなり向こうまで続いている。

一人なら余裕で通れる幅があり、所々に明かりが灯っていて暗くもない。

ここから見る限り真っ直ぐに道が伸びていて、迷路の様になっているわけでもない。

少し先まで行ってみても迷う心配はなさそうだ。


頭上で微かな音がしたので見上げると、さっき降りてきた床の穴が閉まっている。

自動的に閉まるものなのか?

それだったら普通に押したらまた開くのか?

それとも侵入者があったら閉まる仕掛け?

もしそうなら、戻ったって危ない。


こうなったら進むしか無い。

道は両側に続いている。

どっちへ行く?

何となくこっちかな。

私は自分の直感を信じて、決めた方へ歩いて行った。




























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