第15話 さらに恐ろしい場面を見てしまった 彼らによる行動の操作
近くに人が居ないのを確認して、出てきた時と同じように風呂場の窓から中に戻った。
ドアを開けて一旦トイレの方に戻り、食わぬ顔で廊下に出た。
もし監視カメラで見られていたとしても、トイレに行って戻ったとしか見えないはずだし、時間にしても10分程度だった。
怪しまれることは無いと思う。
部屋に帰ってベッドに入っても、さっき見た彼らの正体を思い出してしまい、なかなか眠れなかった。
次の日の昼食後、私はいつもの習慣で外に散歩に出ようと玄関に向かった。
玄関を出るところで、人と軽くぶつかってしまった。
私が考え事をしていたせいで、前をよく見ていなかったのかもしれない。
相手は若い男性で、隣に女性も居た。
「すみません」
すぐに謝ったけれど、二人は一瞬私の方をチラリと見ただけで、無視して屋敷の中へ入って行った。
二人は美男美女だったけれど、背筋がゾッとするような訳の分からない嫌悪感が私を襲った。
二人とすれ違った一瞬、その感覚をはっきりと感じた。
それに、二人の目を一瞬見た時に気が付いた事があった。
人間の目では無かった。
瞳孔が縦長になっている、爬虫類のような目。
グレーの制服の使用人以外、普段ここには人は居ない。
さっきのあの二人は、昨日の夜から来ている来客に違いない。
人間に擬態しているけれど、本来の姿が一部見えてしまっている状態。
昨日の夜に見た彼らの姿と重なる。
このあと、私はいつもと同じように外に出た。
逃走経路を考えたいという事もあるけれど、天気の良い日なら外に出るだけでも気分が上がる。
昼食後に出て遅くとも暗くなる前に帰らないといけないので時間は限られるけれど、毎日できるだけ違う場所を見て回っている。
私がまだ知らない外に続く抜け道、近道があるかもしれないから。
今日は、裏庭に方に回って雑木林の中の遊歩道を歩いた。
ここに来て一番最初に通ったコースだけど、他の場所も色々見た後でもう一度行ってみようと思った。
あの時見落としていた抜け道など、もしかしたらあるかもしれないし。
遊歩道を歩いて行き、もうすぐ雑木林を抜けるかなというあたりまで来た時、人の話し声が聞こえてきた。
ここでは珍しい事だ。
ここで働く人達は、お互いに一切会話をしないから。
私が挨拶してももちろん無視だし、最初は私が嫌われてるのかなと思ったけど。
彼ら同士の間でも同じらしいというのは間も無く分かった。
Aランクの人達同士は会話を楽しむようで、昨日二階で飲んで騒いでいた人達は賑やかに話してたけど・・・あの人達が、この辺りに来る事ってあるのかな?
今聞こえている話し声が、あの来客達だったとしても、私が散歩に出るのは別に止められていないのだし堂々としていればいい。
けれど・・・なんとなくだけど、あの人達ではないような気がする。
そのままさらに先へ歩いていくと、話し声がはっきり聞こえ始めた。
男性二人の声。
声の感じからして、どちらもまだ若い。
おそらくここで働いている人達ではないかと思う。
雑木林の切れ目まで来ると、並んで立って話している二人の後ろ姿が見えた。
グレーの制服。
思った通り、ここで働いている人達だ。
二人が立って話しているのは、あの塀の前だった。
ここの敷地と、一般庶民が住む市街地を隔てる高い壁。
最初、盗み聞きするつもりはなかった。
けれど、二人は私が近付いている事に気が付いてないようで、話の内容は全部聞こえてくる。
ここで急に出ていくのも何か気まずいと思ってしまう。
結局私は雑木林の中に隠れたままで、二人の話を聞いてしまった。
「・・・前に妹に会ってから、もう三年以上だ」
「気持ちはわかるけど。もし見つかったら・・・」
「それは俺も散々考えたけど、でもやっぱり諦められない」
「・・・そうか。二人きりの家族だもんな。やっぱり会いたいよな」
「このままずっとここに居たら、会える確率はゼロだ。もし見つかって消されたとしても、ここに居て何も行動しなくていつか後悔するより、ずっといいと思う」
「分かったよ。そこまで決意したんだったらもう止めない。一緒に行く事は出来ないけど、俺に出来る事があるなら協力する」
「ありがとう。気持ちは嬉しい。けど、これは俺の問題だから。誰も巻き込みたくない」
「この高さの塀を一人で乗り越えるのは無理だろ。そこだけでも・・・」
「この塀を越えなくても出られる方法はある。俺も最初、ここしか出口は無いと思ってたけど、ずっと調べてて地下通路があるのが分かったんだ」
二人のうちの片方が、脱出を計画している。
私は、途中から思わず聞き耳を立てていた。
ここから出て、会いに行きたい家族が居る。
考えている事は私と同じだった。
脱出経路は、塀を乗り越える以外にもあるのか。
「地下通路か・・・俺は全然気が付かなかったけど、そんなのがあるんだな。ここには見張りは案外少ないから、それだったらいけるかもな」
「生活が保障されてる場所から出て行きたいなんて思う人間は滅多に居ないから。奴らも警戒してないんだと思う」
「なるほどそうだよな。ここの塀の防犯システムだって、向こうから入ってくる人間には思いっきり警戒してるけど、中に向けてはほとんど対策してなさそうだもんな」
ここで、突然会話が途切れた。
沈黙が数秒続いてたいる。
一体何があった?
もしかして誰か来たとか?
足音もしないけど。
次の瞬間、さっきまで普通に会話していた二人が、突然殴り合いの喧嘩を始めた。
え?!何でこんな事に・・・
口論になってたとかでも無いのに。
わけがわからない。
見る間に、腕力で優っていた方が、もう一人を殴り倒した。
さらに倒れた相手の体に馬乗りになって、首を絞め始めた。
このままでは危ない。
「やめて!何があったか知らないけど!」
私は隠れていた場所から飛び出して走った。
考える前に体が動いていた。
相手を殺そうとしている男性の腕に飛びついて、力の限り引き剥がしにかかった。
近付いて初めて気がついた。
この人の表情。
何の感情も現れていない。
口論になってる様子はなかったけど、もし何か相手に対して腹が立ったなら怒りとか、傷ついたなら悔しさとか悲しみとか。
相手を殺したいほどの強い感情が、表情に現れていなければおかしい。
一体どういうこと?
私が必死に止めようとしても、腕力では全く敵わなかった。
振り払われ、突き飛ばされて、腰を強打した。
痛さを堪えて直ぐに立ち上がり、再び止めに入ろうとした時、私は倒れている男性の顔を見てしまった。
助けられなかった。
この人が、もう息をしていないのは明らかだった。
相手を殺してしまった方の男性が、ゆっくりと立ち上がった。
突然、その体が震え出し、よろめき、回転を始めた。
人間の自然な動きとは全く違う。
一体何が起きたのか。
「え?!何?!どうしたの?!」
私は、止めるにもどうしていいか分からず、かと言って逃げるわけにもいかないと思い、ただ呆然と見ているしか出来なかった。
異様な動きは激しさを増して、四肢の関節が変な方向に曲がり始めた。
次の瞬間、次々と体の骨が折れていく嫌な音がはっきりと聞こえ、私は思わず目を逸らした。
ものの数十秒で、男性はバタリと倒れた。
その直前に聞こえた音。
首の骨が折れる音だったと思う。
助けられなかった。
これだけ近くに居たのに。
呆然と立ち尽くしていると、誰かが近付いてくる足音が聞こえた。
一人じゃない。
数人の足音。
ここに居てはまずい。
このまま居ても、もう二人を助ける事は出来ない。
私は雑木林の方に走って行き、茂みの中に身を隠した。
私が隠れている場所の前を、数人の人物が通り過ぎていった。
黒づくめの制服姿の人達。
私がここに連れてこられる時、家にやってきた人達と同じ制服。
彼らは、倒れている二人の方へ向かって走って行った。
数分後に、今度はワゴン車が来てそこへ向かって行く。
何かを乱暴に放り込む音が聞こえた。
続けて、車のドアがバタンと閉まる。
ここからは見えないし音しか聞こえないけれど、音だけでも何が行われているのかは見当がつく。
車が去った後に行ってみると、ここで争いがあった事も、人が二人亡くなった事も、まるで無かったかのように元通りだった。
その痕跡は跡形も無く消されていた。
私は最悪の気分で、来た道を引き返した。
さっき見た場面が何度も思い出されて、どうしても気持ちが沈んでいく。
あの場を見たのに助けられなかった。
逃走を計画していたあの男性は、見つかって消される危険を犯してでも、家族にどうしても会いたいと話していた。
私も同じような状況だから、その気持ちは本当によく分かった。
あの二人は、数秒の空白のあと、急に喧嘩を始めた。
それまでに激しい口論になっていたとかなら、まだ分からなくもないけど、そんな事も無い。
それまでは、むしろ親密な感じで話していた。
逃走に関して・・・大っぴらには言えない内容を話していたというところも、信頼関係があった証拠のように思える。
いきなり喧嘩が始まった事は、どう考えても不自然だった。
それに、何の感情も示さないあの表情。
あの異様な体の動き。
まるで本人の意思とは関係の無いような・・・・
ここまで考えて、私は父のノートに書かれていた内容を思い出した。
「彼らが最終目標として掲げているのは、完全管理監視社会。
人類すべてを一括した集合意識として精神の檻に閉じ込め支配する事。
それを完成させるため、地球全体を覆う電磁波空間をAIクラウドに連結させる。
こうなると個人個人の自由な思考を完全に消し去り、彼らの意のままにコントロールすることが可能になる。
その下準備として、今のレベルの通信システムを完全配備してきた。
あらゆる場所に巨大な鉄塔が立ち始め、電信柱に機器が設置され始めた事はそう遠い過去のことでは無いから・・・希望も覚えているかもしれないな。
人体の方は、受信機となる。
なので通信システム配備と並行して、人体の方にもマイクロチップの埋め込みが進められてきた。
それが便利だという宣伝文句に乗せられて自らマイクロチップを体に埋め込んだ者も居る。
勤め先でそれが義務になったという事で、受け入れた者もいる。
そうでなくても、人体を受信機にするために行われてきた事がある。
次世代材料と言われる酸化グラフェン(黒鉛を酸化させる事でナノレベルまで単層化し得られるナノ炭素材料)を取り入れさせる。
薬に、注射に、食べ物に、水に、衣類に、空からの散布により、これはどこからでも入ってくる。
電波塔は、個人に対して遠隔操作したり管理する事が出来る。
極端な例で言えば「殺せ」と命じて他の誰かを殺させる事も(暗殺)
その人間の存在を消そうと思えば「死ね」と命じて自殺させる事も
数秒で完了するようになる。
彼らは遺伝子を操作して、通常の人間の数倍の筋力を持つ肉体、睡眠時間が極端に少なくても維持できる肉体、痛みを感じにくい肉体などを作る研究も進めている。
今のところは主に戦場に送る兵士としてそういった人間を作っている。
これからは労働力としても使うかもしれない」
遺伝子操作によって人間の肉体が改造されたり、思考までも乗っ取られたりするとなると、人間というよりもはや機械に近くなってくる。
最初これを読んだ時は、まさかそこまでと思ったけれど・・・
彼らが人間に対して行っている事全体を思えば十分にあり得るし、実際に私はそれを見てしまった。
おそらく、さっきあの場に居た事を彼らに知られてはいないと思う。
見つかっていたら私も消されたはずだし。
ここで働く人全員に盗聴器を付けて会話を聞いているのか?
だけど・・・あの二人の会話を聞いたのだとしたら、止めようとする私の声も入っているはず。
頭の中の思考を読んだ?
今の段階でそれはまだ出来ないと思う。
それだったら、脱走を考える私の頭の中も読まれてるはずだし。
会話を聞いたのでは無いかもしれない。
内容まで聞けなくても接触したという事がバレたのか?
ここで働いている人同士一切会話をしないのは、そういう規則なのかもしれない。
接触したという事はそれを破ったことになる。
まさか、たったそれだけの事で、死刑執行という事なのか?
一般的な人間の基準で考えたらあり得ないけれど、彼らならやるかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます