第14話 彼らの正体

部屋に戻って時計を見ると、3時を回ったところだった。

私が居ない間に昼食の食器は片付けられていた。


出かけてきたのが1時過ぎだったから、往復で2時間くらいか。普通に歩いて約1時間ほどで、あの塀のある場所まで行けるという事だ。

今日はすぐ裏庭の方に回ったけれど、玄関からそのまま真っ直ぐ行ったらどこに出るのか。明日にでも一度行ってみようと思う。


行きも帰りも人の姿は見かけたけど、誰にも何も言われなかったし、私に対して無関心な様子だった。

無関心を装って本当は監視してるとかだったら怖いけど。

伝わってくるエネルギーから、どうもそういう感じははしない。

本当に無関心なんじゃないかと思う。


けっこう歩いたので疲れて、部屋でゆっくりしているうちにまた少し寝てしまった。

目が覚めてトイレに行きたくなり、部屋の外に出て探した。

部屋から数メートルの場所、廊下を少し進んだところにあった。

戻ってしばらくすると「夕食の時間です」のメッセージが入り、昼の時と同じように食べ物を持ってきてくれた。

来てくれたのは、昼間と違って今度は初老の男性だったけれど、ノックの仕方や入り方は昼間の人と同じだった。

これがマニュアルなのかなと思う。


夕食は洋食で、大きな海老フライにサラダもたっぷり付いていて、スープ、ご飯、デザート、コーヒーだった。

これも最高に美味しくて、食べ終わって寛いでいると「入浴の時間です」というAIからのメッセージが入った。

お風呂って何処にあるんだろうと思っていると、すぐにノックの音がして「失礼します」と声が聞こえ、扉が開けられた。

部屋の入り口に立って「ご案内します」と言ったのは、若い女性だった。

けっこう人が居るらしい。

来るたびに人が違う。


ある程度想像していた通り、風呂場は豪華な作りだった。私にとって当たり前だったシャワーだけの習慣とは大違いで、ゆったりと入れるヒノキの浴槽があった。

大きな鏡の前には椅子が置いてあり、座って使えるシャワーが設置されている。

屋敷に人は沢山いるようだけど、従業員用のお風呂とは別なのか。

ここは私一人で使えるらしい。


扉が木製で他の部屋とあまり変わらないから見ても気が付かなかっただけで、風呂場はトイレの横にあった。


部屋に戻ってからは、AIのメッセージで就寝時間を告げられるまで自由に過ごせた。

私は以前と同じように、ペン習字の練習をすると見せて父のノートを読んでいた。

監視カメラの位置も分かったし、あの位置から細かいところまでは見れないはず。


ベッドの寝心地は良くて、就寝が夜12時、起床が朝8時なのでゆっくり寝られる。私は、体力を温存するために休める時は存分に休んだ。

食事や入浴など決められた時間以外は、外に出ても何も言われなかった。


玄関から出て真っ直ぐ、裏庭とは逆の方にも行ってみた。

こちら側は、敷地の端には1メートルくらいの高さの木製の塀があった。

その向こうには、よその家があるらしい。

間に広い通路を挟んで、他の家の門扉と庭が見える。

通路は舗装されていない土の道で、道の両サイドには美しい花が植えられていて遊歩道のようになっている。

一つ一つの家が広大な敷地を持っているようで、反対側の塀のある場所まで徒歩で行くのは、相当に時間がかかりそうに思えた。

数時間で戻ってくるのはとても無理そうなので、こっちは諦めた。

脱出を考える時は、裏庭の方から行って、真っ直ぐに塀のある場所まで行くのが、おそらく最も近道。

玄関側から行くと遠いし、他の家も沢山あるようだし。

見つかる確率が上がってしまいそうだ。


ここへ来てからニ週間は、特に何事も無く過ぎた。

AIからのメッセージに従って同じパターンの毎日が続く。

自由に時間を使える昼間は外へ出かけ、夜は父のノートを読み返す。

脱出の時のことを、頭の中でシュミレーションする。

そういう毎日を過ごしていた。

水も食べ物も集合住宅に居た時とは比べ物にならないくらい良質な物だし、入浴時間にはゆっくり湯船に浸かり、睡眠はたっぷり取れるし、空気が綺麗な場所を歩ける。

そのせいか日に日に体が軽くなり、とても調子がいい。

以前は、慢性的な肩こりや頭痛、倦怠感ぐらいは普通にあるものだから仕方ないと思っていた。

気になる時は薬を飲んで、薬で痛みを抑えて仕事を頑張っていた。

けれど・・・・あれが普通ではなかったらしい。


父のノートにも書いてあった。

「一般庶民は体のあちこちに不調を抱えて何種類も薬を飲んでいる人が多いのに対して、彼らはすこぶる健康だ。食生活、住環境、ストレスの度合いなど、全てが違うから」

両方を体験してみた今だから余計に分かる。

これは真実だ。

こういう事を知るまでは、上のランクにいる人達というのは人格的にも高潔で優しく思いやりに溢れているものと私は思っていた。

常に人類全体の幸せを願い、自分達だけがいい思いをするなんて有り得ないという考えの人達だと、そう信じていた。

ずっとそのように教えられてきたから。

今もおそらくほとんどの人が、彼らを人格者だと信じている。


真実は真逆なのに・・・・

彼らは一般庶民から奪えるだけ奪い、自分達だけは贅を尽くした生活を営み、それでもまだ足りず、更に奪い取ることしか考えていない。


私は、脱出に向けてこの場所について把握しておこうというのは常に意識していた。

その気持ちで過ごして半月経つと、建物の中、周りの様子など大体頭に入ってきた。



今日は昼過ぎくらいから、何やらいつもと雰囲気が違って玄関の方が騒がしい。

部屋の中に居ても大勢の声が聞こえてくる。

数人の来客があったような様子だ。

それからしばらく間を置いて、また何人か入ってきた。

私には関係ない事らしく、私のスケジュールはいつも通りだった。

食事も普通に運んでくれる。

気になりつつも、いつも外に散歩に出る私が急に部屋にこもって来客の様子を見ていたら、きっとすごく怪しまれる。

そう思ったので、昼間はいつも通り出かける事にした。


夜になり、入浴を終えて部屋に戻る時も、廊下を歩いていると二階から賑やかな話し声が聞こえてきていた。

大きめのボリュームでBGMをかけていて、話の内容までは聞こえない。

男性の声も女性の声も混じっている。

ただの遊びの集まり?それとも何かの会合?

どんなメンバーが、今日ここに集まっているのか。

信用スコアAの人達の集まりである事は間違いない。

彼らは、同じランクの人間としか対等に付き合わないから。



就寝時間を告げるメッセージが流れ、部屋の照明が消えた。

今までは毎日すぐに寝てしまったけれど、今日は目が冴えて仕方がなかった。

二階の賑やかな話し声も、部屋に入って扉を閉めてしまうとそれほど聞こえない。

屋敷全体として防音はしっかりしているらしい。


彼らが集まっている部屋は、二階のどの辺りなのか。

私が最初に通された部屋は、二階の一番奥の方の部屋だった。

おそらくそれよりは手前の方。


一階廊下の監視カメラの位置は把握出来ている。

二階の方は知らないけど・・・

おそらく一階と同じではないかと思う。

だけど、廊下を端まで行って階段を上がるのは、さすがにリスクが大きいかも。

別の方法は何かあるだろうか・・・・


夜中にトイレに行くことは、今までだって普通にあるし。

夜中に部屋を出るということは別に怪しまれはしないと思う。

問題はそこから先。


トイレと風呂場は隣り合っていて、中のドア一枚で行き来できる。

掃除をしている時間には、開けたままになっているのも見たことがある。

トイレの窓は小さすぎて出入り出来ないけれど、風呂場の窓ならいけるかもしれない。


私は、廊下に出てトイレまで行き、扉を開けて中に入った。

廊下に出た時から、二階の話し声が聞こえてきた。

まだ何か話しているらしい。

中に入ると、手前に化粧台と手を洗うスペースがあって、その奥にトイレの個室がある。

風呂場と繋がっているドアは、この手前のスペースの横に付いている。

ドアを押してみると、鍵はかかっていなくて簡単に開いた。

トイレと風呂には監視カメラは無い。

廊下の監視カメラでもし見られていたとしても、トイレに入ったところしか見られていないはず。

風呂場に移動した私は、浴槽の横にある窓を開けた。

この大きさなら、何とか通れる。

窓から出て飛び降りても一階の高さだし、この下には危険な物は無い。

風呂に入りながら窓を開けると裏庭の緑が見える作りになっている。

散歩に出た時に確かめておいて良かった。

しかもこの場所は、建物の外から見ると少しくぼんでいて、内側に入っている。外の左右どちらから人が来ても、しばらく隠れることが出来る。


窓から出た私は、地面に降りて辺りの様子を見た。

もう真夜中で、二階で騒いでいる彼ら以外は皆んな寝ているのか静かだ。

もし起きている人が居たとしても、夜中に裏庭を歩き回る人は居ないようで、人の姿は見えない。


彼らが居る部屋は、偶然にもちょうどこの真上辺りらしい。

明かりが漏れていて声がよく聞こえる。

二階の部屋からベランダに出て、彼らは飲んで騒いでいるようだ。

ベランダの手すりに寄りかかるようにして、誰かが話している。

万が一彼らが下を見たとしても、ベランダの下にいる私の姿は見えない。

二階の部屋が明るいのに対して私が居る場所は真っ暗だから、そういう意味でも私に有利だった。


ベランダの手すりに身を乗り出している彼らの姿が、私からはよく見えた。

父のノートに書いてあった内容を読んで、ある程度は予想し、その姿を想像してはいたけれど・・・・実際に見ると本当に恐ろしかった。


「トップに君臨する彼らは人間ではない。

非人類種の彼らは、大きくて二足歩行する爬虫類のような姿をしている。

そして、彼らに近い、彼らのすぐ下の地位に居る者達は、非人類種の彼らと人間とのハイブリッド。

非人類種の血を濃く受け継いでいる。

国内でも、信用スコアAランクのトップの方には、おそらくこういう者達が居ると思う。

彼らは、人間に擬態することも本来の姿に戻る事も、どちらでも出来る」

父のノートに書かれていた事だ。


私の結婚相手の男性も、ここに来た日に見た時は人間にしか見えなかったけれど、今私が見ているのが本当の姿。

人間に擬態していれば外見的には美形に見えるにも関わらず、何故だかわからない嫌悪感があったのは・・・・この正体を感じていたのかもしれない。


























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