第12話 結婚相手との対面と、ここでの生活
私は、一歩中に進んで扉の前でお辞儀をした。
窓際に立っていた男が、数歩近づいてきた。
お辞儀を返すでもなく、握手の手を差し出すでもなく、何か言うでもなく、数十センチの距離まで来て立ち止まった。
ここまで近付くと、相手の顔がはっきり見えた。
髪も目も黒いけれど、顔立ちを見ると西洋人との混血かと思われる。
見たところ年齢は、私よりいくらか年上の30歳前後位の感じ。
彫りが深くかなり整った顔立ちなのに、私は目の前の男性に全く魅力を感じなかった。
それどころか目を合わせていると、背中から這い上がってくるような嫌悪感に襲われる。
何がそう感じさせるのか、私は最初分からなかった。
見た目ではなくて、醸し出す雰囲気。
ゾッとするような冷たさが、この男から伝わってくる。
人間らしい温かみを感じられないのは、黒づくめの人達も、ここで見た使用人達も同じだけれど。
それに加えて妙な威圧感があり、恐ろしく冷酷な感じがする。
男は、私の頭のてっぺんから足の先まで、吟味するように眺め回した。
まるで物を見るようなその視線に、だんだん怒りが湧いてきた。
さっきは一瞬相手を恐ろしいと思い、気持ちが萎みかけたけれど、怒りが私の心を奮い立たせた。
こんな失礼な態度ってある?
仮にも結婚相手だ。
彼だってその事はわかっているはず。
私は、もう一歩前に出た。
「はじめまして。結婚許可が出て、今日ここへ参りました」
相手の目を見て、はっきりと伝えた。
笑顔を作るのは無理だったけれど怒りは抑え、失礼にならない調子では言えたと思う。
けれど彼は、私の言葉を完全に無視した。
視線を壁に向け、彼が手の中で何か操作した。
すると部屋の壁の中に、小さな赤い光が現れた。
「お呼びでございますか?」
壁から、年配の男性らしき声が聞こえた。
「今来たから確認した」
彼が答えた。
「今来た」ってもしかして私の事?
壁に付いている何か機械に向かって、彼は話しているらしい。
屋敷の中のどこかに繋がっているのか。
「ご満足いただけましたでしょうか?」
壁からの声がそう言った。
「Cランクの女と言うからどんなものかと思ったが、見た目は悪くない。継続でいい」
言い終わると男は、何か操作してスイッチを切ったらしい。
微かな音が聞こえ、壁の赤い光が消えた。
「下がれ」
私は一瞬、自分に向かって言われたのだと分からなかった。
ここまで他人から失礼な扱いを受けた事は、今までの人生で一度も無かった。
あまりにも失礼すぎる態度に、怒りを通り越して呆れる。
後ろのドアが音もなく開いて「こちらへ」という声が聞こえた。
私が振り返ると、さっきここまで案内してくれた女性が立っていた。
もう一度部屋の中を見ると、男がすでに安楽椅子に座って背を向けているのが見えた。
「どうぞこちらへ」
女性がもう一度言ったので、私は仕方なく部屋から出た。
これが結婚だなどと笑わせる。
けれど考えたら、あんな男と同じ部屋で今日から一緒に過ごすなんて冗談じゃない。
下がれと言われたという事は、ここから出て違う場所に寝られるという事か。
それならむしろラッキーだったかもしれない。
女性は無言で先に立って歩き、私がついてきているか時々振り返って確かめた。
長い廊下をどんどん歩いていく。
廊下の端まで来ると、螺旋階段を降りた。
一階に降りて、また廊下を歩き、ほとんど反対側の端まで来たかという所で止まった。
今日ここに来た時最初に入った、玄関の近くまで来ていた。
階段は建物の片側にしか無いらしい。
「こちらです」
案内の女性はそう言って、部屋の扉を開けた。
「ありがとうございます。ここが私の部屋なんですか?」
「そうです。これから半年間、こちらで過ごしていただきます」
この女性は少なくとも、私が聞けば私の方を見て答えてくれる。
相変わらず表情は無いし、口調は淡々としているけれど。
「起床時間、入浴時間、就寝時間などはAIのメッセージでお知らせします。食事は毎回お部屋に運びます。何か困ったことがありましたら、壁のボタンを押してお伝えください」
「着替えの入った鞄を、ここに来る前に全部捨てられたんですけど。着替えは・・・」
「部屋の中のクローゼットに入っております」
「分かりました。ありがとうございます」
私がそう言うと、女性は一礼して去って行った。
父のノートの内容を、私は思い出した。
「子供を産むとなれば、母体の健康は維持されなければならないと彼らは考えている。体を浄化させるため添加物入りの食品は出されないと思う。人間の体の細胞は、半年あればほぼ全て入れ替わる」
たしか、そう書いてあった。
後でもう一度読み返してみようと思う。
案内の女性は、私が半年間ここで暮らす事になると言っていた。
父が書いていた通り、体内浄化ということか。
逃げるチャンスは、この半年間の間。
父のノートにも書いてあったように、その間に支配層の彼らの生活を垣間見れるかもしれない。
存分に睡眠を取って、配給の食料などとは違う体にいい食べ物を食べて、体力を温存しておく。
可能なら、逃げる時のルートを調べておく。
ここの人達の誰にも気付かれないように、感情は抑えて慎重に、表面は何事も無いかのように振る舞う。
私は自分のやるべき事を、心の中でもう一度確認した。
クローゼットを開けると、下着もパジャマも服も、確かに入っていた。
ここへ来る前に私が持っていた服の数よりも、かなり多いくらいだ。
部屋はほぼ正方形で、私が住んでいた部屋よりは随分と広い。
入り口の扉の反対側、奥の壁には大きめの出窓が付いている。
開け閉めは出来ないけれど、外には広大な庭が見える。
眺めは最高だった。
入って左側にドレッサーとベッド、右側に机と椅子があり、天井近い位置に一つ、換気用の小窓が付いていた。
ここが角部屋らしく、小窓からは空が見えた。
部屋の真ん中には、幅1メートル弱くらいの丸いテーブルが置いてあり、そこにも椅子が一つあった。
食事は部屋に運ぶとか言ってたから、おそらくこれが食事用のテーブルかと思う。
ホテルの部屋のような作りだけれど、トイレや風呂は無いところを見ると外なのかも。
監視カメラはおそらくあるだろうと思って、私はさりげなく部屋を見渡した。
監視カメラの探し方、よくある位置は、父のノートに書いてあったので覚えている。
やっぱりあった。
換気用の出窓のすぐ近く。
私はそっちを見ないように気をつけながら、部屋全体をもう一度見渡した。
もし今見られていたら、監視カメラの位置に気が付いたと思われたくない。
ザッと見たところ他には無いらしい。
あの位置だけなら・・・真下に入れば監視カメラからの死角になる。
ここは雇われている人間も多いから、監視カメラにのみ頼らなくても監視出来るという事なのかもしれない。
それと、ここに来る前の私くらいの生活レベルの人なら・・・この場所に来れば、かなり贅沢な生活と感じるはず。
喜んでここに居て、生活を楽しむのかもしれない。
ここに居る彼らが頑張って監視しなくても、逃げようとか思う人がそもそも居ないのかも。
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