第11話 Aランクの彼らの住居と私の結婚相手

高層ビルみたいなもっと高い建物を想像していたけれど、全然違っていた。

広々として緑豊かな美しい庭の中を歩いていくと、二階建ての木造の建物が見えた。鉄筋コンクリートとは違う感じ。

鉄筋コンクリートが一番耐震性もあるし素晴らしいと教わってきたけど、「彼らはそんな所に住んでいない」と父のノートに書いてあった。

本当にその通りだった。

「俺達庶民が住居として与えられている鉄筋コンクリートの集合住宅は、大量の接着剤を使用してコンクリートにビニールを貼り付けたような代物だ」と、父は書いていた。

「これは体を芯から冷やすので、健康面では当然マイナス。

おまけに、使われている接着剤が何年もかけてゆっくりと揮発していく。

住んでいる者はそれを吸い続け、健康を害していく。

けれど、それが原因だとは夢にも思わず、何か自然に病気になったらしいと思って病院に行き、症状抑える薬をもらう。

住居に関す夢こういった事を知り尽くしている彼らは、天然素材を使った家に住んでいるはずで、高い建物にも住まないはず。

高層階の環境は、人間の体に元々適さない。

そこに住むということは体のバランスを崩し、健康面に良くない影響があるのを彼らは知っている」


ノートの内容を思い出しながら、私は玄関の前に立った。

ここまで私を先導してきた人は、ここで待つようにと手で合図して中に入って行った。

私を乗せてきた車はもう走り去っている。

徒歩で誰かついてきている様子も無い。

うまい具合に一人になり、待つ時間がある分、私は周りの様子をじっくり観察することができた。


玄関の前には、色とりどりの花の鉢が並べられている。

レンガで作られた花壇もあって、そこにも美しい花が植えられている。

そういえば外の門からここへ辿り着くまでの間も、小道の両サイドに林があり、植物や花が豊富だった。

庭の中に小川まで流れていて、鳥の鳴き声も聞こえる。

私の住んでいた街にあったような巨大な鉄塔も無いし、10メートルごとくらいに設置されている電信柱も、張り巡らされている送電線も、ここには無い。

環境を重視する国では、そういうものは地下に埋める形を取っていたりすると、そういえば父のノートにも書いてあったけど・・・・

ここって国内なのに、環境が違いすぎてまるで異国のように思える。


庭というより植物園かと思うくらい、広大な土地の中に家が建っている。

建物は、二階建てだけれど横に長くてすごく大きくて、一体何部屋あるんだろうと思う。

子供の頃通った学校の校舎くらいの大きさはあると思う。

どっしりとした重そうな玄関扉は木製。

赤茶色の瓦屋根で、壁は白く、洒落たデザインの出窓もある。

他にも、太陽の光がたっぷり入りそうな大きな窓がいくつも付いている。


私の住んでいた集合住宅は、窓なんて無かった。

換気扇が付いているから空気の入れ替えは問題無いと聞いていたけれど、常に電気の明かりに頼らないと暗くて居られない場所だった。

それが普通だと思っていたから、気にしていなかったけれど・・・

これを見るとあまりにも違いすぎる。


少しくらい動いても大丈夫だろうと思い、私は建物に沿って歩いてみた。

玄関は真ん中あたりにあり、端まで行ってみたところで振り返る。

目測で大体20メートル位ある感じ。

全体の大きさは、その倍ということになる。

今までの人生で見たこともないような大邸宅だ。

角を曲がって進んでみると、奥行きはそれより短くて10メートル位だった。

こっちが裏庭になっているらしい。

裏庭の方は、広大な畑になっていた。

その向こうには水田も広がっている。

果物の木も沢山植えられている。

更に向こうには、一部に柵があって違う建物が建っている。

出入りできる形になっているという事は、ここの離れか何かかな。

一体どれだけの広さがあるんだろう・・・


父のノートにも書いてあった。

「俺達に回ってくる配給の食べ物。

あれは、食べ物と呼べるような代物では無い。

人工的に作られた物に、更に添加物が山ほど入れられている。

スナック菓子などには中毒性を引き起こす人工の甘味料、香料がたっぷり入れられている。

そのため、食べ続けるうちにこれが美味しいと勘違いして、もっと欲しくなる。

あれを食べ続けていると味覚がどんどん異常になっていき、元々持っている感覚はどんどん鈍くなっていく。


食糧による支配も、彼らの支配のやり方の中の一つだ。

まず、配給が無ければ庶民は生きていけないと刷り込んでいく。

そして配給の食物に添加する成分によって、自分の感覚を使えず自分で何も考えられない命令に従うだけの人間を大量生産する。


彼らは、自分達の食べる物に関しては、豊かな土壌で栽培された農薬不使用の安全な農産物だけを使っている。

化学肥料が大量に使われた農作物や、遺伝子組み換え作物、添加物まみれの食品など、彼らは決して自分の体には取り入れない。

どれほどそれが健康を害するか、良く知っているから。

彼らは自分達専用の水田や畑を持ち、そこで採れた物だけを食べる。

厳選された材料と、安全な調味料と、ミネラルが豊富で塩素やフッ素などの入っていない水を使って丁寧に調理された食事。

彼らはそういう物しか体に入れない」


数年前までは一般庶民も自分達の畑で作った野菜を食べたり、漬物など保存食も自由に作れたと、父が話したことがあった。

すぐにAIから警告が来たけれど。

父は私に、思い出せと言いたかったんだと思う。

ノートには、その頃から食品衛生法の改正が始まり、一般庶民が自由に食物を作って売る事が難しくなっていった経緯が書かれていた。

表向きは「全ての人に安心安全で美味しい食事を!」と言われていて、私もそれを信じていだけれど・・・・

実はあんな物は、大して美味しくないだけじゃなく安心でも安全でもなかったわけだ。

それどころか、配給に依存させるための支配システムの一環。

実際ここへ来て見たものについて考えると、父のノートに書かれていた事はやはり真実だと思える。


「もし、上のランクの誰かとの結婚許可が出れば、希望にとってそれはここから出られるチャンスになる。

上のランクの者達の生活を垣間見れるかもしれない。

子供を産むとなれば、母体の健康は維持されなければならないと彼らは考えているし、体を浄化させるため添加物入りの食品は出されないと思う。

人間の体の細胞は、半年あればほぼ全て入れ替わる。

その間に、体にとって本当に良い物を食べて、睡眠をたっぷり取って、体を浄化して体力を温存しておくといい。

何も知らないフリを貫き、満足しているように見せておけば警戒もされない。

出来るなら、敷地内の様子や建物の造りを把握し、どこから出られるか考えておけばいい。


逃げるタイミングは、この頃だと思う。


妊娠してしまうと、流産させないためにと言われて自由に出歩けなくなるかもしれないし、体調の変化で体力が一時的に下がるかもしれない。

出産を終えてしまえば、場合によっては命は無いかもしれない。

彼らの生活や環境を知ってしまった事になるから。

優秀な子供が生まれれば、彼らは希望に二人目三人目を産ませようと考えるかもしれないが、それでも、いずれは殺されてしまう可能性は大きい。

何としても早いうちに、体力をつけたら直ぐに逃げる方がいい。


俺も、何とか出来るように最大限頑張ってみる。

簡単には諦めない。

逃げることが出来たら、とりあえず市街地を出て山間部を目指すのがいいと思う。

山があることさえ、希望はもう覚えていないかもしれないが・・・・

真ん中にある市街地を囲むように、山間部はまだ残っている。 

この住所からの方角を言っても、希望が結婚によってどこへ連れていかれるか分からないからその情報は役に立たないかと思う。

とにかくどちらの方向へ逃げても、市街地から離れるように外へ外へ向かえばいい。


そこで再び会えることを願っている。


途中でこのノートが見つかりそうになったら、ためらわずすぐに捨てなさい。

ここまで読んだなら希望の頭の中に、ここに書かれている内容は全て入っているだろうから。

そうなれば三冊のノートはもう必要無い」


戻る時は、うろついていたと見られて警戒されたくないので早足で戻った。

玄関の前まで戻り、何食わぬ顔で待っていると、数分後に中から扉が開いた。

入れということなのかと思い、私は中へ足を踏み入れた。


出迎えてくれたのは、さっき先導してくれた人とは違う人だった。

淡いグレーの服を着た年配の女性が扉の横に立っており、私に向かって軽く一礼した。

私も会釈を返した。

「こちらへどうぞ」

女性が言って、前を歩いて行くので私はついていった。


この人も、声に抑揚が無く表情が無い。

それでも、一言も話さない黒づくめの人達よりはマシかもしれないけど。

一目で性別が分かるというところも。

この女性の白髪混じりの髪は、綺麗に切り揃えられたショートボブで、地味めだけど化粧はしている。

白のシャツ、グレーのパンツスーツは制服なのかもしれない。

最初正面から見た時、胸に付けた名札のような物に気付いて見たところ、個人識別番号らしい数字が書かれていた。その横にB-1と書いてあった。

信用スコアだ。

Aランクの彼らに、より近いところに居る人達はBランクの人達なのかと思う。


廊下を歩いている間にも、食事のワゴンを押している人、部屋から掃除道具を持って出てきた人、書類を抱えて早足で通り過ぎる人など、数人とすれ違った。

年配の人も若い人も男性も女性も居たけれど、全員服装が同じというところを見ると、やっぱりこれがここの制服らしかった。

女性の化粧は控えめで髪型も皆んな地味だけど、全く同じというのではない。

皆んな表情無いし、彼ら同士すれ違っても誰も挨拶を交わさないけど。


Aランクの人達が雇い主で、黒づくめの人達が外で影の仕事をする存在、グレーの制服の人達は屋敷内の使用人か、その中でも上のランクなら秘書か側近のような存在といったところか・・・・


長い廊下を通り、螺旋階段を上がり、更に廊下を歩いて奥の方の部屋まで行った。

案内の女性が立ち止まり、壁に付いているプレートの番号を押すと、ロック解除される音が聞こえた。

その奥に更にもう一枚扉があり、女性がノックすると中から「入れ」という男性の声が聞こえた。

抑揚の無い、冷たさしか感じられない声。

私はそれを聞いただけで、一瞬背筋が寒くなった。

「下がれ」

案内の女性に対して言ったらしき次の一言で、女性は一礼して出て行った。

部屋の扉は開いていたので中を見ると、部屋の奥に窓を背にして男性が立っていた。

背が高く細身。

逆光で顔は良く見えない。

この男性が、もしかして私の結婚相手ということか。

「入れ」

そう言われたので、私は部屋の中へ歩いて行った。

思いっ切り命令口調か。

恐れる事はない。

何もこの人が私より偉いわけじゃない。

皆んな同じ存在。

父のノートに書かれていた真実の情報を思い出し、私は相手の目を真っ直ぐに見た。
















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