第9話 翌朝の突然の出来事と3冊目のノート


「就寝の時間です。部屋に戻ってください」

というAIのメッセージが入った。

それから数秒後に、今居るリビングも、私の部屋も全て自動的に明かりが消えた。

3時までリビングに居たことは無いから知らなかったけど、言ったそばから問答無用で電気を消す。

実に腹の立つやり方。

真っ暗で自室までの移動もしにくい。

それでも今日は逆らわず寝ることにした。

体力を温存する事が何より大事。

明日普通に仕事をして、終わったあと今日と同じペースで3冊目を読めば、ここに居る間に全部読めるわけだし。

読み終えたらすぐ、他の荷物と一緒に鞄に詰めてしまおう。


翌朝、起床時間の少し前に私は目を覚ました。

ベッドの中で上半身を起こし、体を伸ばしたりしているうちに目覚まし時計のアラームが鳴った。

着替えようと思ってベッドから降りた時、玄関の鍵を開ける音がした。

父が帰ってきた?

一瞬そう思って喜びかけたが、その気持ちはすぐに消えて恐怖心に変わった。

入ってきた足音が、一人のものでは無かったから。

バラバラと数人の足音がする。

その足音はリビングを通って、父の部屋へと入って行った。

勝手に扉を開けて、一体誰が・・・

恐ろしくて、けれど何が行われているのか確かめなければという気持ちも湧いてきた。

どうせこの部屋に鍵は無い。

もし誰かが外から開けようとしたら、頑張ってドアを押さえていたところで、私一人の力では簡単に開けられてしまう。

ベッドや机など作り付けの家具は動かすことが出来ないし、物を使ってドアを閉めておくことも難しい。

今外にいる人達がここに入ろうと思えばいつでも入れる。

部屋の中で怯えていても同じ事なら、出て確かめる方がいい。


父の部屋からは、何かバタバタ動かすような音、床に何か落とすような派手な音が聞こえてきている。

私は、まだパジャマだったことに気がついて急いで服を着た。

意を決して部屋のドアを開け、外を見た。

父の部屋のドアは開けっぱなしで、数人が中で何かやっている姿が見えた。

私が部屋から出てきても、気付いているのかいないのかこっちには目もくれない。

彼ら同士も誰も話しをせず、ただ黙々と何かやっている様子だった。

私はもう少し近付いて、父の部屋の入り口から中を見た。


ベッドからは布団が剥ぎ取られていて、床に丸められている。

それを一人が、持ってきていたゴミ袋に無造作に放り込んだ。

他の一人が、本棚にある本を数冊ずつ掴んで同じようにゴミ袋に放り込む。

戸棚が開けられ、中に入っていた仕事道具も、つかみ出されてゴミ袋に放り込まれた。

父が大切にしていた物が、ただのゴミとして次々と捨てられていく。


私の中で、恐怖心より怒りの方が勝った。

「ちょっと待って!捨てないで!」

私は怖さも忘れて、部屋の中に飛び込んで行き、ゴミ袋を持っている一人に詰め寄った。

ここまできてやっと私の顔を見た相手は、能面のように無表情だった。


「こんな事聞いてない!何で・・・・」

言い終わらないうちに、別の誰かに背後から押さえつけられた。

私が力の限り暴れて叫んでも、相手の方が体格が良くて力も強かった。

私は部屋から引きずり出されて、自室に連れ戻された。

私を部屋の中へ突き飛ばした相手は、ドアを閉めた。

すぐに起き上がった私は出ようとドアノブに飛びついたが、外から誰かがドアを押さえているらしく、開きそうにない。


私がドアを開けようとして虚しい努力を続けているうちにも、父の部屋からは何かを乱暴に捨てる音が聞こえ続けた。

しばらくそれが続いた後、急に静かになったと思うと抵抗感が無くなりドアが開いた。

私が外へ出ると、ゴミ袋を持った数人が、出て行こうと玄関に向かう所だった。

真っ直ぐに出口の方を向いて進む彼らは相変わらず無言で、私の顔を見もしない。

「待って!」

一番後ろの一人の腕を掴んだが、簡単に振り払われた。

逆に突き飛ばされて、私はリビングに尻餅をついた。

倒れる時に壁に肘をぶつけて激痛が走ったが、何とか起き上がって玄関に向かう。

私の目の前で玄関の扉がバタンと閉まり、鍵が降りる音がした。

試しに開けようとしてみたけれど、やはり外から閉められているようで無理だった。

そうだった。ここは、外からも閉められる作りになっている。

たしか遠隔でも操作出来るとか・・・・


住人が何か犯罪を犯して逃亡の可能性がある場合、感染症蔓延の時緊急措置として人々を外出させないため。

集合住宅の全ての部屋が、そういう場合のために遠隔で外からでも施錠出来る形になっている。

今の場合、これには当たらないはずではないのか?


リビングを見渡した時私は、ここからも物が無くなっているのに気が付いた。

リビングの片隅に置いていた、母の遺影。

こんな事になると分かっていたら、絶対に真っ先に隠しておいたのに。

戸棚を見ると父の分の食器と、配給の食糧が、私の今日の分を除いて消えていた。

冷蔵庫の中の物も同じだった。

父が急に「移動」になった時点では、まだそこに置いてあったのに。

私が部屋に閉じ込められている間に、彼らは父の部屋とリビングから、父の持ち物を一つ残らず全てゴミとして捨てたらしい。

父がもうここに帰って来ないことは決定事項で、持ち物をゴミ袋に捨てるという事は、他の場所への移動も無いって事?


悲しみと怒りで体が震え出す。

この事に対して自分が何も出来なかったことも、本当に悔しかった。


「食事の時間です」

AIからのメッセージが来た。

時計を見ると8時半を回っている。

いつもは、洗顔、歯磨き、メイクを終えて、朝食も終えている時間だ。

彼らがいきなり入って来て、父の持ち物を全部片付けて去って行くまで、おそらく数分だったと思う。

その後、呆然と立ち尽くしていたら時間が経ってしまったらしい。


食べないとどうせまた繰り返しメッセージが来る。

それが嫌で、私は無理矢理食べた。

父が居なくなってからずっと、食べることがむしろ苦痛に変わっていた。

それ以前から、食べ物を美味しいと思ったことは、そういえばもう何年も無かったような・・・これも、父のノートを読んで思い出した事だ。

食事は、ただ体を維持するためだけのもの。

それが私にとって普通になる前は、食べる事を楽しむという感覚が存在していた。

父のノートを読んだ時、私は少しずつそれを思い出し始めた。

配給の食べ物だけで生きるようになって、いつの間にか忘れていた感覚。


何とか朝食を食べ終えたけれど、朝起きてすぐ精神的にショックを受けたせいか、すぐに気分が悪くなってきた。

吐き気に耐えきれず、私はトイレに駆け込んで、さっき食べたばかりの物を全部吐いた。

それでもまだムカムカして、喉に指を突っ込んで、胃液しか出なくなるまで吐いた。

やっと少しスッキリして、洗面所で顔を洗い口を濯いだ。


「9時になりました。仕事を開始してください」

AIからのメッセージが流れた。

私はパソコンに向かい、作業を開始した。

警告のブザーが鳴ったり、繰り返し仕事を開始しろと言われるのは嫌だから。

どうせ外に出ることも出来ない。

明日の朝8時になったら、おそらく今朝と同じような形で外から勝手に開けて入ってきて、連れ出されて結婚相手のところに移動することになる。

それまでの時間が最後の、ここで一人で居られる時間。


遠隔で外から鍵を閉めることが出来るという事は、外から遠隔で鍵を開けることも出来るわけだ。

以前はそういうシステムは無かったと、父のノートに書いてあった。

法律が変わって、住む場所を指定されるようになってから今の形になったらしい。

指定されて入る集合住宅にも、住んでいる者が自分で中から鍵をかけることは出来る。

けれど、支配層の人達はそれを自由に開け閉め出来るというわけだ。

私達をここに閉じ込めることも、連れ出して移動させることも、生かすことも殺すことも、彼らの意向次第という事だ。

父のノートに書いてあった「ここは安全で守られた場所なんかじゃない。見えない檻だ」という言葉。

本当にその通りだと、こんな事になって初めて実感した。


唯一の救いは、この3冊のノートを捨てられていないこと。

そして、父の個人識別番号は消されて持ち物は全て捨てられたけれど、父が死んでいない事が私には分かる


少し考え事をし始めると入力のスピードが落ちて、またAIからの警告が来た。

チャンスが来るまでは、いつも通り、変わらないように、気付かれないように。

それを思い出して私は、仕事の間は出来るだけ作業に集中するように頑張った。

昼食の時にもまた気分が悪くなったけれど、吐いてしまうほどのこともなく耐えられた。


夕方まで、私はペースを落とす事なく仕事をこなし、1日の仕事を終えた。

AIから言われないうちに、さっさとシャワーを浴びて夕食を終える。

自由時間が待ち遠しかった。


寝るまでの間好きに過ごせる自由時間がくると、私はすぐに3冊目のノートを取り出した。

昨日と同じようにペン習字の練習をするフリで、堂々と読んでいたけれど警告が来ることは無かった。

このノートの内容について、見つかる心配は無さそうだ。

3冊目のノートには、支配層の彼らが好む儀式について、彼らが血統にこだわり、そこに重きを置いていることについて、彼らの支配の構図、彼らの支配のやり方について書かれていた。


「彼らのやり方は基本的に、マッチポンプだ。

例えば戦争を起こそうと思えば、国家間の争いの元になる火種を作る。

事実でなくても、そのように見せる事はいくらでも出来る。

メディアを使って思う存分煽り、庶民の感情を揺らす。

両方の国に武器を売り、都合のいいところまで戦争を継続させつつ巨万の富を得る。


けれど、彼らは最終的に金が欲しいわけではない。

通貨発行権も持っている彼らは、金ならいくらでも作る事が出来るし、流通量を減らす事も増やす事も出来る。

株価を好きなように操る事も出来る。


彼らは、金という物を使って人々の感情を揺らす。


金は有限であり、それが無ければ生きていけないという情報を流している。

そして、限りある金を奪い合い勝ち取らなければ豊にはなれないと、人々に思い込ませている。

自分以外の誰かが金を得れば自分がの分が減る。奪われるのだと。

これによって、人々の間には周りを皆んな敵だと考えるような、殺伐とした空気が流れる。


今は、そこにさらに追い討ちをかけるように、金融崩壊の危機を演出して恐怖心を煽っている。

不安。心配。恐れ。そこから来る渇望。妬み。劣等感。

そういう種類の感情、その感情の持つ波動が、彼らの最も好む物で、これが彼らのエネルギー源となっている。


彼らは、自然発生したと見せた災害、病気、食糧危機、何でも演出出来るし、いくらでも恐怖を煽る事が出来る。

メディアを使って世論を操作出来るし、都合のいいように法律を作る事も変える事も出来る。

自分達の息のかかったいくつかの大企業を傘下に置いて、そこの株主が政治家を動かす。

その上に存在する、人間と非人類種のハイブリッド。

そしてさらに上のトップに君臨する、表には決して姿を見せない非人類種の彼ら。自分達を神と崇めさせる事に成功している本当の支配者」


私が子供の頃から学校で、大人になってからはメディアの報道から、これが真実だと教えられ信じていた事のほとんどが嘘だった。


科学的に証明されたものだけを信じるようにと教えられながら、一方で神の存在を信じるようにと、私達は教えられる。

神というものの存在が科学的に証明されたわけでもないのに。

そういえば今でも街の中には、神を祀った祠のようなのがいくつもある。

開発が進んで街がどんどん変わっていく中でも、そういう物だけは取り壊されずに残っていたりするし「何か特別な凄い物なんだ」と、私も何となく思っていた。


「正しいと教えられている事を頑張って守っていれば、死んだ時神に救われ天国に行ける。逆に守らなければ神から恐ろしい罰を与えられ地獄に落とされると、俺達人間は教えられる。

その神の正体は、トップに君臨する非人類種の彼らで、何が正しいかというルールは彼らが決めている。

彼らは自分達を神として位置付け、人間達に自分達を崇め奉らせ恐れさせてきた。


彼らの血を濃く受け継ぐ、人間と彼らのハイブリッド達は、尊い血筋の者と呼ばれて崇められ、彼らのすぐ下の立場、近い立場に居る者達は、選ばれた人として尊敬される。


トップに居る彼らは姿を見せないから、人間の中で上のランクに居る人達(彼らに近いところにいる者達)をトップだと俺達は思っていて、その人達が居てくれるから自分達は安全に守られ生きていられると思っている。

実際は、彼らは人々が生活していくために必要な物を何一つ作ってはいないし、そこに関わってもいない。

本当は、上位より下とされている、庶民と呼ばれている人間一人一人が世の中を支えているわけで、トップに君臨している彼らがいなくなっても俺達は何も困りはしない。


その事に気付かれたくない彼らは、何か問題を作り出しては「これを解決してあげましょう。助けてあげましょう」と言って、依存させる方向に持っていこうと一生懸命だ。

恐怖に支配された人間達は「助けてください」と縋りつき「お前達の安全のためにこれをしなければならない」と言われたら何でも従う。

彼らの寿命は人間よりずっと長いから、彼らには時間がある。

彼らはそのやり方で、長い年月をかけて少しずつ少しずつ、支配を強めていった。


ところが近年になって、彼らの正体に気が付く人間が出て来始めた事で、彼らは今焦っている。

特にここ十年ほど、彼らのやり方が以前より性急に、露骨になってきた。

情報統制もどんどん厳しくなり、俺達が情報収集出来た頃と今では、状況がかなり違う。

彼らの正体に関して知るための手がかりはどんどん消されていって、今では全く見られなくなった」


ノートには、まだ情報を取る事が出来た時期の事が書かれていた。

真実に気が付いた人達がそれをどうやって調べ、発信して、情報が拡散されていったかという事。

歴史を振り返り、そこから近年に至るまで、彼らがどんな問題を作り出して、それを解決するという自作自演のパフォーマンスを繰り返してきたかという事も詳しく書かれていた。

彼らにとって都合の悪い人間が、どれだけ多く消されたかという事も。


私が覚えている範囲でも、海外で起きた戦争、世界的に広がった疫病、金融危機、食糧危機、自然災害・・・・ここ十年ほどの間にも、あらゆる事が起きた。

そういった事が全部自然に起きている中、優秀な選ばれた人達が上に居て私達を導き守ってくれているのだと、私はずっと信じていた。

詐欺師が使うような手口で、彼らにいいように騙されていたとも知らずに。


「先に書いたワンネスという事について希望が理解してくれているなら、

本当は自分より上の存在も下の存在も居ない事が分かると思う。

全ては同じ存在。だから当然、人間より上に別人格の神という存在が居るわけが無い。

それでもあえて神という言葉を使うとすれば、全ての存在の中に神が居る、全ての存在が神そのものという事になる」


「人間の本体が・・・他の存在もだが、肉体ではなく意識体だという事は前に書いたかと思う。

本当は全てがホログラムで、物質というものはそもそも存在しない。

俺達人間が、今全てだと信じている肉体を通して経験している事は、その中のほんの一瞬の体験に過ぎない」

この事についてもノートには詳しく書かれていて、それは納得せざるを得ない内容だった。


ノートを読み終えた時、時計を見ると午前三時数分前だった。

間に合った。

読み終える事が出来た三冊のノートを、私はペン習字の見本帳と一緒に鞄の一番下に入れた。

ここまでノートを読み進めてきた中で、私の中から恐れの感覚が少しずつ消えていった。

畏怖すべき存在など居ない。

今までずっと、上の人だとか、凄い人、偉い人と信じていた人達に、平伏す必要も無いはず。

他の荷物も鞄に詰めながら、数時間後の結婚と移動の事を思った。

来るなら来い。

どんな事でも。

私は恐れはしない。

























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