第8話 2冊目のノートを読み終えた時 父の個人識別番号が消えた
「彼らは全てを支配している」
2冊目のノートの最初の方には、その事について書いてあった。
「街中でよく見かける、ピラミッドの形の上に大きな目がデザインされたシンボルマーク。あれは彼らが、人間達を常に見張っているという事を示すために設置されている」
そういえば、どこでもよく見かけるピラミッドと目のマーク。
そういう意味があるとは知らなかった。
確かに見ていて気持ちのいい物ではないし、どちらかというと緊張感を与えられる感じ。
デザイン的に特に美しいとも思えないし、その割によく見るなあ流行ってるのかなあ位に、今までは思っていた。
金融
通信
流通
建築
テクノロジー
エネルギー
食糧
水
医療
政治
宗教
教育
メディア
人間が生きていくために必要と思われているほぼ全てのものは、彼らの手の中にあるという。
ノートには、その一つ一つについての、詳しい説明が書かれていた。
トップに君臨しているごく少人数の彼らが、これらをどう使って人間を支配しているのか。
そして、ほとんど全ての人が、支配されているとは気が付いていないということ。
私は、自分の今の生活を振り返りながら、この一つ一つについての説明を読んでいった。
過去から現代に近付くほど、どんどん便利で安全な素晴らしい世の中になっていく、そのために全てが動いているものと私は今まで信じていた。
読み進めるほどに、今まで当たり前と信じていた世界が、足元から崩れていくような気がする。
実は元々支配されていて、その見えない檻がどんどん狭くなっている。
それを知らずに、自分から喜んで檻の中へ入っていく状況だったわけだ。
けれど、1冊目のノートに書かれていたように、ここから抜け出す方法はある。
彼らが私達人間より高貴な存在という事でもないし、偉いわけでもない。
本当は、全て同じ存在。
恐れることは無い。
これからの人生に、どんな事が訪れたとしても。
彼らのやっている事を知ってしまえば、抜け出す方法も見えてくる。
ノートには、そう書かれていた。
「一度検閲を受けて通った荷物が、それ以上調べられる事はほとんど無いと思う」と父は書いている。
ペン習字の見本と練習帳だったはずの物が、父によって違う物に変えられて私が読んでいるとは、気付かれないはずという事だ。
私は何食わぬ顔で、ノートを荷物の中に入れておけばいい。
私が結婚する相手は、信用スコアA-1の人物。
という事は、トップに居る彼ら非人類種と人間のハイブリッドの可能性もある。
私の肉体は、彼らの血を濃く受け継ぐ子供を出産する道具という事だ。
考えただけで気分が悪くなる話だが、知らないより知った方が良かったと思う。
何も知らなくて、上のランクの相手と結婚出来ると大喜びして移動していく自分でなくて本当に良かった。
子供を産ませるという用が済んだら、彼らは私を始末するかもしれない。
逆に、そこまでの間は逃げるチャンスがあるという事だ。
チャンスが来るまでは何があっても絶対に感情を殺し、気が付いていないフリを押し通す。
何も疑わず大喜びでやってきて日々を過ごしていると見られる事が出来れば、彼らは警戒心を抱かない。
監視の目が厳しくなければ、抜け出せる可能性はある。
父も「行ってすぐ臓器提供に回された場合はそこで終わりかもしれないが、治験ならまだチャンスはある。治験の内容がどんな物かわからないが・・・公の利益に貢献出来ると喜んで参加しているように見せつつ、逃げるチャンスを待つ」そう書いていた。
「注射で何か体に入れる場合なら、最初で副作用が強く出たようなフリをして次を遅らせるとか、薬を飲み続ける治験なら、うまくいけば飲んだフリで誤魔化すか・・・」
なるほど、そういう事も出来るかもしれない。
父は、まだ体力の衰えも少ないと思う。
それに頭も十分しっかりしている。
このノートを読むまで「父も認知症が始まったかも」なんて、とんでもない誤解をしていた。
警告が来るのを承知で昔の事を話したりしたのは、私に向けて「思い出してくれ」というメッセージだったと、今ははっきりと分かる。
「彼らは、支配下にある人間は命じられないと動けないし、自分で何か考える事など無いと思っている。
そうなるように彼らの支配する教育機関で、教育という名の洗脳を子供の頃から徹底的に行う。
彼らが支配する宗教を通じて、メディアを通じて、彼らにとって都合のいい思考をし行動するように誘導していく」
ノートにはそう書かれていた。
確かに、自分のことを振り返ってみても子供の頃から「これが正しい思考。これが正しい行動」というのを決められていて、一生懸命それを守っていれば評価が高くなった。
皆んなが一斉に同じ行動をする「集団行動」の訓練もよくあったし、それがきちんと出来る人は評価が高くなる。
逆に出来ないと「協調性が無い」「注意力散漫」「問題行動が見られる」という評価になり、次の段階では病名が付けられて薬を処方される。
高く評価されたいために私達人間は、自分で考えるより命令を待ち、その通りにする事で世間から認めらたいと願う。
子供の頃からそれに慣らされると、誰かの命令が無ければ動けなくなっていく。
彼らが私達人間をナメ切っているなら好都合。
ギリギリまで何も考えていないフリをして、チャンスが来たら即行動するのみ。
「この街の中は、最新の通信システムによって全てが管理されている。
家に居る時はAIによる監視システムがあり、外に出ても俺達は全員がスマホを持っているが、それによって位置情報、他の人とのコミュニケーションの記録など全て彼らに把握されている。
人によっては、体内にマイクロチップを埋め込んでいる者も居て、その場合自分自身も受信機のような物だ。
かと言ってこの通信システムが、国全体にまで及んでいるかというとそうではない。
どの地域でも、街の中心に近い部分から外側へ、通信システムを広げて今の形態の場所を作っている。
その外側には、彼らの作った場所とはまるで違う、手付かずの自然が残っている場所がまだまだある。
このノートの中でも俺の子供の頃、若い頃の話をしてきたが・・・
その頃はまだそういう場所が残っていたし、今よりはずっと自由にそこに行って自然に触れる事が出来た。
今でも、そこまで出てしまえば、彼らの監視の目は届かないと思う」
そういえば数年前、マイクロチップを体に埋めるのが普及し始めた時、便利だから私もやろうかと思ったところ、父に本気で止められた。
父は普段、口うるさいようなタイプではない。
私のやりたい事は大抵自由にやらせてくれるのに、なんでこの事だけこんなに反対するのか、その時は全く分からなかった。
ただ父の剣幕に押されて、私はマイクロチップを諦めた。
このノートの内容を見れば、その意味が分かる。
あの時、マイクロチップなんか体に入れなくて本当に良かった。
持ち歩いているスマホなら、ここというタイミングが来た時捨てればいい。
けれど体の中に埋まっているマイクロチップとなると捨てるわけにいかないし、取り出すのも難しいと思う。
そうなると、どこへ逃げても追跡されるという事になる。
父はこの頃から密かに、色々な事を調べ始め、この世界から抜け出す事を考え始めていたらしい。
だから、逃げた時に追跡される事を想定して、マイクロチップを避けた。
「人間全員が自分からマイクロチップを体に入れなくても、彼らは他の方法も考えている。
水、食べ物、薬、予防接種など、あらゆる物を通じてそれに相当する物を体内に取り入れさせる事は出来るかもしれない。
それによって最終的に彼らは、人間とAIのハイブリッドのような存在を作る事を計画している。
便利で素晴らしい物と信じられている最新の通信システムは、そうやって作られた人間を、彼らの意のままに操るツールとして配備されている。
彼らは、人間を命令通りに動かす事、都合が悪くなれば消す事も自在に出来るようになる。
すでにそれは実験段階に入っていて、何度も実行されている。
遠隔で指令を送って特定の行動を取らせること(スパイ活動、暗殺、自爆テロなど)も出来る。
後で証拠を消すためには、その人間の脳や心臓の機能を麻痺させて停止させる事も出来る。
傍目にはその人間が自分の意思で勝手にやったようにしか見えないが、実は彼らのやりたい事が実行されたのであって、その人間はただの道具にすぎない。
人間の形と感覚を残しながら完全に彼らの意のままに動く存在を作って、支配の構図は完成される」
私の中で、今の日常で当たり前になっている色々な事が全て繋がって見えてきた。
居住地の指定、職業の指定、行動範囲の指定、食べ物の指定(配給)、持ち物の指定、結婚相手の指定、時間の管理、収入の管理、個人識別番号による管理、信用スコアによる管理。
彼らによる完全支配に向けたレールが、真っ直ぐに敷かれている。
2冊目のノートを読み終えた時、午前2時半を回っていた。
もうすぐAIのメッセージで、就寝時間だと言ってくるだろう。
3冊目は持っていけばいいが、行った先で見つからずに読めるチャンスがあるとは限らない。
出来るならここに居るうちに読んでしまいたい。
今日徹夜で読むのは体力を消耗しそうな気がする。
逃げるチャンスはいつ訪れるかわからないから、体力は温存した方がいい。
父のノートにも、そう書いてあった。
今日は睡眠時間いっぱい寝るとして、明日の朝の時間と、仕事を終えてからの時間があるか・・・
喉が渇いたので、寝る前に水を飲もうと思って私はリビングへ行った。
何気なく壁の数字を見ると、表示されている個人識別番号が一つしか無かい。
私の番号と、その横に表示されている信用スコアの数字は変わらない。
父の番号だけが消えていた。
仕事を終えて見た時には、変わっていなかった。
私が部屋でノートを読んでいる間に・・・・
一瞬、心臓が止まりそうなほどショックを受けた。
父は、受けた治験によって命を落としたのか。
立ちすくんだまま体が震え出し、絶望感が襲ってきた。
けれど次の瞬間、父は死んでいないと私には分かった。
何の根拠があるわけでもない。
何なのか説明出来ない感覚で、ただ、分かった。
さっき思い出したのは、母が死んだ時のこと。
付き添っていた私は、母の体からエネルギーが抜けるのが分かった。
機能を停止した肉体の方には、もう母のエネルギーは感じられなかった。
肉体から抜けたエネルギーの方はまだそこにあって、その後もしばらく私達のそばに居てくれた。
次の日も、その次の日も、私は母がそこに居てくれる事が分かった。
父にとってもそうだった様で、母の本体であるエネルギーは消えてなくなってはいないという事が、私達には分かった。
しばらくしてそれは近くには感じられなくなったけれど、確かに母は存在していて、肉体という乗り物から降りたに過ぎない。
人間の本体である意識体は、肉体という乗り物に乗って体験を終えた後、元々の意識体に戻る。
今の肉体から降りる事を死と呼ぶならそれはあるけど、存在そのものが消滅するという意味での死は存在しない。
母はその事を教えてくれたように思う。
今、父の肉体からエネルギーが離れているなら、私のところへ来てくれるはず。母がそうしてくれた様に。
それを全く感じないということは、父はまだ生きているという事で間違い無いと思う。
なぜ個人識別番号が消されたのか分からないけど。
明日1日が過ぎれば、ここの場所から私も居なくなる。
私がここをを出たら、今表示されている私の個人識別番号も消える。
次の誰かが入るまで無人になるわけで・・・・
単純に、だから消した?
個人識別番号の表示は、ここに住んでいる人間を示しているから。
父は今ここに居ないし、私が出て行けばここに住んでいる人数は0になる。だから個人識別番号の表示は消えた?
けれど・・・ということは・・・父が帰ってくるとしてもここではないということになる。
私が居なくなっても、父がここに帰ってきて1人で住む可能性があるなら番号はそのままで「移動」の文字が入っているはず。
そうか・・・私達くらいの信用スコアの数字だと、この集合住宅の間取りは2人から3人用で、1人の場合基本ワンルームとたしか決まっていた。
上のランクの人達は、どんな大邸宅に住んでるのか知らないけど。
それを自分の目で見て確かめられるという意味では、結婚許可が出たことも新しい経験のきっかけになる。
信用スコアのランクが下がった父は、戻ってこれたとしてももっと狭い所かもしれない。
だけど・・・戻ってこれるまで待つような発想ではいけない。
父もそのつもりだろうけど、私も、自分の意思でこの檻の中から出る。
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