第7話 「結婚許可」の通知が来た日

2冊目のノートを開いて読み始め、数分も経たないうちにAIからメッセージが来た。

「お知らせがあります」

もしかして、ノートの事がバレたのか?

それにしては、あまり攻撃的な感じのメッセージじゃないし。

そう思っていると、次のメッセージが来た。

「表示内容を確認してください」

表示内容・・・リビングの壁に埋め込まれている画面の事だ。

まさか・・・父の番号が消えたとかじゃないよね。

ついさっき、仕事を終えた時は大丈夫なのを確認している。


私は、ノートを閉じるとすぐに立ち上がり、急いで表示を見に行った。

父と私の個人識別番号があり、父の所は「移動」とある。

変わっていない。

信用スコアの数字もそのまま。

そこまで確認した時、私の個人識別番号の所に新しい文字が現れた。

「結婚許可」


そうか。そういえば・・・私は来月の1日で25歳の誕生日が来る。

その時に結婚許可が出ると、以前一度予告されていた。

予告のメッセージがAIから入ったのは、今年の元旦の事だった。

結婚許可が出るのは「誕生日が来たら」と聞いてたけど、今はまだ6月だ。

早くなったということか。

1ヶ月早くなるくらい、普通にあるのかもしれない。

AIは、質問には答えてくれないから分からないけど。

何に関しても、理由は伝えられない。

ただ結果が表示されて、こっちはそれに従うのみ。

「許可」じゃなくて「命令」だよなと今は思う。


「許可」というのだって、自分が恋愛とか結婚とかしたければ自分が決めて出来ることではないのか?

なぜ上の立場に居る誰かから「許可」してもらわないといけないのか。


父のノートを1冊読んだ今、私は昨日まで当たり前と思ってきたことに対して、もはや当たり前とは思えなくなっていた。

1冊目のノートには、私が今まで「これが普通で当たり前」と信じて疑わなかった世の中の仕組みの事が書いてあった。

上に行くほど人数が少なくなる、三角形のピラミッドの形管理システム。

今までは「人類全体の発展と安全のために、AからFランクの分類が数年前から始まって今に至る」それが全てと思っていたけれど。


Aランクの人達よりさらに上にいる人達の事、そしてトップに君臨している非人類種。人ならざる者の存在がある事。

頂点に居る彼らは決して姿を現さない。

姿を見せない事で神秘性を増したり、人間に対して恐怖を与えてきた彼らは「神」として君臨した。

私達は知らないうちに、彼らを崇めていたという事にもなる。

彼らの意志で、世の中の全てが動いている。


彼らの命令を実行に移すのは、彼らと人間の中間に居る者達。

トップに近い位置に居る人間達は、人間と非人類種のハイブリッドで、本来の姿になる事も人間の姿に擬態することも出来る。

彼らの存在の証拠となる具体的出来事が、ノートにはいくつも書かれていた。


私達は肉体が本体ではなく、本体は意識体としての存在で、本当は全ての存在がそこから来ている。

元々は一つの意識から始まり、人間も、他の生き物も、肉体を持たない存在も、そこから分かれてそれぞれが違う体験をしている。

肉体を持っている場合、今の体験をするための乗り物が肉体。

その終わりが来れば、乗り物である肉体は滅びて土に還り、本体である意識は元々の場所へ帰る。

そうやって全てが循環している。それがワンネス。


だから本来上も下も無いわけで、信用スコアというのは、管理する側にとっての都合を押し付けているだけ。

私達の安全のためでも発展のためでもなく、彼らの都合。

まずはこの事がわかってくれば、彼らの支配から逃れて好きな体験が出来る可能性が出てくる。


彼らは長い年月をかけて、少しずつ支配を強めてきている。

それが最近ではどんどん加速してきていて、世界の国々で、かなり急激に法律が変わり、今のシステムが出来た。

僅か数年前を振り返っても、今ほど厳しい管理、ランク付けのある世界ではなかったらしい。


例えば恋愛や結婚に関しても、父と母が出会った頃、今の制度ではなかったとノートには書いてあった。

「恋愛や結婚に関しても、今の制度が当たり前ではない事を知って欲しくて、自分達の出会いの事を書いてみる」と父のメッセージにはあった。


父は30代半ばまで独身で、その世代にしては結婚は遅めだったらしい。

一人暮らしを楽しんでいた父は、結婚はしてもしなくてもいいくらいに思っていたけれど、母と出会って恋に落ちた。

父が若い頃は、個性的な飲食店が街に沢山あったらしい。

父は自炊も嫌いではなかったけれど、数日に一度は仕事の後、外食に行くのも楽しみだったと書いている。

お酒が飲めて、しかも食べ応えのある食事のメニューも充実している個人経営の飲食店が、当時はそこかしこにあったと言う。

それだけあっても、お客さんの方は皆んな好みが違うし、日によって違う店に行って楽しんだりするから、どこもけっこう流行っていたとか。


大型ショッピングモールとコンビニしか無い今とは、全然違う様子だったらしい。

私は、今の世界しか知らない。

10年前、20年前の子供の頃は、今とは違ったような気もするけど、はっきりとは思い出せない。

個人経営の店がそこかしこにあるなんて、私には想像もできない世界だけど。何だか楽しそうだ。


父と母が出会ったのは、今とは世の中の様子がまるで違っていた頃。

たまたま同じ店の常連だった父と母は、会えば挨拶を交わすようになり、そのうち親しく話すようになり、待ち合わせて一緒に食事をするようになったらしい。

この話は母からも聞いたことがあるから、やっぱりそうだったんだなと思う。

父は母より7歳年上で、父が35歳、母が28歳の時に結婚している。

そして2年後に私が生まれた。


その頃の写真、もう少し後の写真、私の誕生日ごとの写真・・・けっこう沢山撮ってあって、見せてもらったことがあった。

住所を自由に決める事が無くなり、この集合住宅に転居が決まった時、公的機関のチェックが入って「余分な荷物」として写真は全部処分させられたけど。

両親は、写真1枚1枚に日付と場所と、その時の事を書いて綺麗に保存していた。

父とも母とも、私は毎日沢山話して、色んな事を教わり、色んな場所に連れて行ってもらった。

一人娘だった私は、両親の愛情をいっぱいに受けて育ったと思う。

「生まれてきてくれてありがとう」私の生まれた時の写真の下には、父と母それぞれの文字で、同じ言葉が書いてあった。

写真は無くなっても、私はその事まで忘れたりはしない。


若い日の父と母が、出会って恋愛して、一緒になって私が生まれた。

その頃は、そういうことが普通にある世界だったらしい。

紹介とかお見合いというのもあったけど、近所に世話好きのおばさんが居たり、個人経営の小さな会社が多かったから社長からの紹介とか。

直接面識のある人間関係の中での、お見合いや紹介だったらしい。

今とは随分事情が違う。


私が子供だった頃は、そういえばアプリで恋愛とかはあったと思う。

中学の頃、そういうのがあるとか話題になってた事もあった。

それからすぐに世界的に感染症拡大があって、学校へ行っても人と距離を取って直接話す事も無かったし、マスクの着用が常だったから人の顔をまともに見たことが無かった。


AIで理想の相手を生成して遊ぶバーチャル恋愛ゲームとか、そういうのは色々あったけど。

リアルな恋愛というものを、そういえば私は知らない。

個人識別番号制度が確立して、信用スコアで個人の信用度が測られるようになって、結婚も出産も許可制になった。

信用スコアCランク以上なら、人によって時期に差はあるが結婚許可が出る。

健康診断、適性診断、能力査定の結果、最適とされる相手と、結婚が決まる。


ついこの間まで私は、それが嬉しいことだと思っていたのに・・・

今は「結婚許可」の表示を見ても何の感情も湧いてこない。

自分より上のランクの人との結婚があるかもとか、期待でワクワクしてたのが遠い昔のことのように思える。

人を信用スコアで分ける今の制度は、下のランクとなった人達を容赦なく切り捨てる。

結婚することも出産することも許可しないし、公の利益のための貢献と称して命までも捨てさせる。

「優秀な子孫を残し国家として発展していくため」という理由を、私は何の疑問も無く信じていたけど。


それが素晴らしい制度だと本当に思うか?


何を持って「優秀な」と呼ぶか?


その基準がどこにあるか?


父のノートには、そんな問いかけが書かれていた。


ごく少人数の支配層である彼らにとって「都合がいい」「使いやすい」人間が「優秀」とされている。


そういう基準で「優秀」とされた人と結婚出来たとして、私にとって何が嬉しいというのか・・・・


けれど「結婚許可」と称する命令が表示されたということは、私には断る選択肢は無い。


表示された数字を見ているうちに今度は「移動 6月3日午前8時」と表示された。


え?そんなに急なの?


結婚が決まってから移動するまで、何日あるのかそう言えば知らなかった。


今が1日の夜だから、今から朝までと、あと1日。

明日は普通に仕事があるんだろうし、ここで自由に過ごせる時間は本当にあと少ししかない。

この時間を使って何が出来るか・・・


今私にとって一番大事な事は、父のノートを読み切ること。


出来るなら何とかして、この3冊を持って行くこと。


最悪無理なら、今日明日中に必ず読み切って、AIに見つからないうちにノートを処分すること。


結婚のための移動と言っても、荷物はほとんど無い。

家具は作り付け、仕事用のパソコンも、ここに来た時用意されていた物だから。

洗面用具、着替え、スマホを持って出るくらいだから、全部をスーツケースに詰めるのに30分あれば済んでしまう。


時刻はまだ7時数分前だ。

決められた就寝時間で強制消灯されるまでに、8時間ある。

少なくともあと1冊は読めるだろう。


そんな事を思っているうちに、更に新しい文字が現れた。

相手の男性の個人識別番号と信用スコアの数字。

信用スコアの数字はA-1だった。

Bランクぐらいはあり得るかもと思っていたけれど、これは意外だった。

信用スコアで最高ランクの相手との結婚。

父のノートを読む前の私なら、きっと大喜びしたに違いない。

今は、別に嬉しくはないけれど。

健康面などの評価が高く、母体として優秀と見られたのかもしれない。


「表示内容を確認したら、確認ボタンを押して送信してください」

AIからメッセージが来た。

すぐにスマホを見ると、メールが来ていた。

壁に表示されている内容と全く同じ内容が送られてきていて、下に確認ボタンがあった。

私は確認を押して送信した。

断る選択肢はどうせ無いのだし、今違う行動をすれば要注意人物と見なされて面倒なことになる。

父のノートにも書いてあった事だ。

ノートを読んで、もし気持ちの変化が起きても、表面上は何事も無かったように普段通り過ごすこと。

今の状況から抜け出すチャンスを掴むには、それが最良。

チャンスが来れば即行動するが、ギリギリまで気持ちの変化を隠し通す事。

私の気持ちの変化までAIは見抜けないから。


私は再び、ペン習字の練習をするフリで机に向かった。

父のノートを読み始める前に、何気なく最初のページを開いて気が付いた事があった。

何で今まで気が付かなかったのか。

見本帳の最初のページを書き写しただけのこのページ。

見本帳の文字の方も当然同じなのだが、見本帳の方は、他のページから持ってきた文字を切り貼りして作られていた。

かなり綺麗に貼ってあったし、今回の事で気持ちが動転していて、そこまで見ていなかった。


書いてある文字は「閃き 直感 感覚 感情 独創性 アイデア 創意工夫 臨機応変 第六感 想像力 創造力 機転 共感 愛」

パッと見るとただ単語を並べたように見えるだけ。

私も最初、ここに書いてあるのは、ただの練習用の文字と思っていた。

けれど1冊目のノートを読んだ後で見ると、この意味が分かる。

書かれているのは全て、AIには理解する事が出来ない、人間だけにあるもの。

AIには、膨大なデータを記憶、蓄積、分類する力があるし、模倣という形でなら、文章も、音声も、映像も作る事が出来る。

けれど0からオリジナルの物を作る事は出来ないし、直感や閃きも無ければ、そこからの工夫も出来ない。  


今は、AIが人間を管理するシステムが出来上がっているけれど。

抜け道はきっとあるはず。

父は私に、そのヒントをくれている。

私は2冊目のノートを読み始めた。
















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る