第6話 AIの監視の盲点 生きる事を諦めない

私は何とか起き上がり、リビングへ行った。

読んでいたノートは、ベッドから出る時に掛け布団の下に隠した。


真っ先に壁の数字を見る。

父の個人識別番号が消えていなかった。

その事に心から安堵する。

かと言って父が帰ってきた訳ではないが・・・

少なくとも今、生きていてくれる。

これからどうするか、とにかく考えないといけない。


そんな事を思いながら、私はいつも通り服を着替え、ユニットバスに付いている水道で顔を洗い髪を整えて、歯を磨いた。

化粧水と乳液で軽く肌を整えて、メイクを終える。

配給の食事を戸棚から出してきて、電気ポットのスイッチを入れ、インスタントコーヒーの粉をカップに入れる。


父からのメッセージを読んで気がついたことがあった。

朝のこの一連の習慣にしても、ほとんど自動的にやっている。

AIのメッセージとアラームの音に起こされ、自動的に朝の支度をして、与えられた物を自動的に食べる。

何だかロボットのようではないか。

自分の意思って、どこにあるんだろう。

今まで当たり前だと思っていた事が、今朝は何か違和感。

これまでと違って見える。


数分で食べ終えた頃、いつもならちょうど父が起きてくる。

それだけが今日は、自動的ではなくなっていた。

いつもなら、一緒に食べて少しでも会話があった。

それを思うと寂しさが込み上げてくるが、寂しがっている場合ではない。

何とかする方法を考えなければ。


そういえばと思い出して、自分の信用スコアの数字を見る。

C-3のままだった。

昨日は最初少し作業スピードが落ちて警告のメッセージが来たけど、トータルでそれほど変わらなかったのか。

でも今はどちらにしても・・・信用スコアの数字がそのままだろうが下がろうが、どっちでもいいとしか思えない。

そんな事よりもずっと大事な事がある。


今日は仕事前に出かける事はしなかった。

ただ座ってくつろいでいる様に見せつつ、頭の中だけをフル回転させる。


作業をノロノロやるとか、体調が悪いフリをするとかして、信用スコアの数字をわざと落とす方向に持っていく事も考えた。

そうすれば私にも治験の呼び出しがかかって、父と会えるのではないかと思ったからだ。

けれど、治験をやっている施設の場所は何ヶ所もあり、ほとんどの人には知らされていない。

おそらく知っているのはAランクの人だけか、せいぜいBランクまで。

私に呼び出しがかかったとしても、父と同じ場所に行けるとは限らない。


悪くすれば、治験ではなくて臓器提供の方に回されて、その日のうちに殺されて解体されてしまうかもしれない。

若くて健康な人間の臓器は貴重だから、そういう意味では危ないと、父のノートにも書いてあった。


今のシステムに抗う様なことをすれば、たちまち危険人物と見なされて、犯罪を犯す可能性ありとして予測逮捕されてしまう。

そうなったあとで臓器提供に回されても、私の身内というと父しか居ないわけだし、文句を言う人はここにはもう居ない。

どちらにしろ、文句を言ったところで何とかなるわけではないけれど。

だからなのか「このノートを読んでもし何か気持ちに変化があったとしても、表面には決して出さずにいつも通りに暮らしてほしい」と父は書いていた。


「希望も成人してからの事だから覚えているだろうか。

1日のタイムスケジュールがここまで管理される様になったのも、住所や職業、恋愛や結婚が自分で選べなくなったのも、食べ物が全て配給制になったのも、まだ最近の事だ。

法律が大きく変わってからの後の事だから。


俺は、自分の子供の頃、若い頃、まだ今のシステムになる前の事をはっきり覚えている。

だんだん忘れさせる方向に持っていかれているし、今のシステムになってからの世界しか知らない子供達は、これが普通だと思って疑問は持たないかもしれない。

希望の世代は、まだそこまでじゃなく、昔の事を思い出して欲しいと促せば、思い出す事が出来ると思う。


俺の年齢では戦争に行く事は無いが(人が足りなくなればその限りではないかもしれないけれど)呼び出しがかかるとすれば治験だと思う。

治験というのは表向きで、先に書いた様な事に利用される場合もあるが。

本当に治験だった場合、すぐに死ぬ確率は低い。

呼び出しが来たからといって、最終的に逃れるチャンスが0だとは、俺は思っていない。

もし命を落としても、それがどうという事では無いのだけれど(これは後に書く)出来るなら治験のようなつまらない事で死にたくはないからな。


希望も、もしこれを読んで気持ちが動いて、今のシステムから出たいと思うなら、本気でそれをイメージしてほしい。

心の底から出来ると思えたら、必ず出来るから」


細かい文言までは覚えていないけれど、父のノートには、そういったことが書かれていた。


それを思い出すと、勇気が湧いてくる。

お父さんは、生きる事を諦めていない。

私も、絶対に諦めない。


今まで教えられてきて正しいと信じていた事が、私の中で大きく揺らぎ始めている。

戦争や治験に参加する事で、信用スコアの低い価値の無い人間の命も、国や組織という公の利益のために役立つ価値のあるものに変わる。本人にとっても素晴らしい事だと・・・・

はたして本当にそうだろうか。

価値のない命なんてある?

それって誰が決めた?

最高の知性を持つAランクの人達かもしれない。

だけど・・・

価値があるとか無いとか、誰かに決められたくない。

たとえ父の信用スコアが最低ランクまで落ちたとしても、だからといってそこで死んだら「国や組織、公の利益のために命を捧げて価値が上がって良かったですね」と言われて私は喜べるか?

冗談じゃない。

ふざけるなと思う。

信用スコアのランクがどこだろうと、私にとってはかけがえのない親だから。

父にとっても私はそういう存在だと思う。

それが家族だ。


「9時になりました。仕事を開始してください」

AIからの警告のメッセージが流れた。

考え事に没頭していて、時計を全然見ていなかった。

もう30分経ったのか。


私は、すぐに立ち上がってパソコンに向かい、何事も無かったように作業を開始した。

今日も仕事が終わったら昨日と同じ様に、スマホの動画を見るフリをして

先に睡眠を取っておこう。

2冊目のノートにも、何かヒントになる事が書かれているかもしれない。


父からのメッセージを読んで気持ちが定ったせいか、不安に慄いていた昨日とはまるで違う。

仕事の間は、普通に作業に没頭できた。

昼食も、今日は普通に食べられた。


午後からの仕事もいつも通りこなし「終了時間です」とパソコンの画面に表示が出て、6時に仕事が終わる。

夕食をとりながら、2冊目のノートをどうやって取るか、昨日と同じで大丈夫か考えた。

今の服よりもパジャマの方がノートを隠しやすい。

シャワーのあと、パジャマに着替えて、自室へ行ってスマホを見る。

これならいつもの流れ。

父の部屋に入るのは・・・後から行ったら尚更不自然だし、その時しかない。

そういえば父の部屋の机の側に、埃を払うための小さなハタキがあった。

軽く掃除をするフリをして、ノートを取ってくるのは出来るかも。


昨日読んだ父のノートにも、AIがどこまで監視できるかについて書いてあった。

この家にある監視カメラの場所も、おそらくここだと思うという数ヶ所を図で示してくれていた。

それに見られない様にうまく避ければ、ノートを自室に持ち込み読むことが出来る。

父はそういうことも調べながら、2年数ヶ月このノートを書き続けていたらしい。

私から見ていて、そのことは全く分からなかった。

敵を欺くなら先ずは味方からという事だろうか。


AIから警告が来る前に、さっさと食べ終えてシャワーを浴びた。

着替えて自室に向かう時、私は、ふと思いついたように父の部屋に入った。

机の側に置いてあるハタキを取って、軽く本棚の埃を払い、机の上の埃を払うフリをして素早く2冊目のノートを服の下に隠す。

3冊目のノートの最初のページを開き机の上に置いておくと、昨日と同じ形になった。

父に教えてもらった監視カメラの位置からして、こっちに背中を向けていれば何をしているかまでは見えないはずだった。


「リビング又は自室に戻ってください」

AIからのメッセージが来た。

昨日と同じ。

部屋に入って数十秒くらいだ。

単純に、いつもと違う行動をしているから言われるだけで、やっている事の内容まで見られているわけではないらしい。

この事も、父のノートに書いてあった。

新しい本その他、家に持ち込む時のチェックは厳しいが、一度通った物に関してはそれ以上見ていないらしい。

趣味のペン習字の見本と、練習用ノート。

家に入る時はそれだけだったわけで、怪しまれる要素が無い。


そこまで考えて私はふと、昨日より楽にノートを読む方法を思いついた。

机の上にあるペン習字の見本帳とノート、それを両方、堂々と持って出た。

服の下に隠したもう一冊はそのまま。

自室に戻り、自分の机の上に持ってきた物を広げる。

机に向かい、父と同じ様に、ペン習字をやっているようなポーズを取る。

これなら堂々とノートを読める。


私が自室で座って何かやっているいう状態までしか、AIは見ていない。

発行禁止の本などは、家に入る前に厳しくチェックされているし、そういう物は無いはずという事になっている。

それに、AIでは人間の思考まで読み取ることは出来ない。

そこがAIの盲点。

この事と同じように、今の状況から外に出る方法も、父が無事戻れる方法もきっとあるはず。









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