第4話 ノートに記された残酷な事実

ボリュームを抑え気味にして動画を観るフリをしながら、私は目を閉じてじっとしていた。

自分の部屋に入ってからずっと、枕にスマホを立てかけてベッドにうつ伏せになった姿勢のまま。

実際はスマホの画面を見ていなくても、警告が入らないところを見るとこれはAIにバレていないらしい。

この家のどこに監視カメラがあるのか分からないけれど、今私の顔が見える位置には無いということが確認できた。

眠れなくてもいい。

目を閉じていれば、今のうちに目を休める事ができる。

そう思って、眠れるかどうかを気にしないでいると逆に、知らないうちに眠りに落ちていた。


短時間で深く眠ったようで、目が覚めた時一瞬、ここがどこか分からなかった。

近くで何か音楽が鳴ってる?

ああ・・・そうか。動画の・・・

そう思って、自分の部屋で動画を観るフリをしていた事を思い出す。

姿勢を変えずにそのまま、ベッドに突っ伏して寝ていた。

明らかに眠ってると分かる姿勢だけど、これでも警告が無いということは・・・眠っていたのがバレてないという事か。

監視カメラで見れる範囲は、そう細かくないのかもしれない。

眠ったおかげで目の疲れもスッキリと取れた。

しばらくそのまま動画を観るフリをしていると「就寝の時間です」というAIのメッセージが入り、部屋の電気が消えた。

午前三時。私に対して決められている就寝時間だった。


私は、スマホを持ったまま頭から布団を被った。

服の下に入れていたノートを、そっと取り出す。

スマホの画面の明かりで、ノートの文字を読めるのではないか。

そう思って試してみたところ、何とかなりそうな気がした。

普通に座って読むのと違って読みにくいし、暗いし、それに暑い。

けれどここは我慢と思って耐えた。

布団の外に明かりが漏れていなければ、AIの監視システムには感知されていないらしい。

それでも一つ助かったのは、父の手書きの文字が鮮明で少し大きめで、とても読みやすいという事だった。

最初に見た時に気がついた「希望へ」という文字の後から、私へのメッセージは続いていた。


「希望がこれを読んでいる時、俺は生きているかどうか分からない。

俺が死んでからでも、このノートを見つけてくれることを願って書いている。

なぜ手書きの文字で、しかもペン習字の練習の様に見せて書いているかというと、監視システムに見られてはまずい内容だからだ。

パソコンやスマホに入れた文章は、家族間のプライベートな内容であろうと全て監視されている。

会話の内容がそうであるように。

監視から逃れることは出来ない。

何とかそこをすり抜ける方法は無いかと考えて、逆にアナログな方法を選んだというわけだ。

希望がそれを察してくれて、このノートをうまく隠して、見られないように読んでくれることを願っている。

俺がこれを書こうと思ったのは、お母さんが亡くなった年の2027年だった。

2029年末の今、ノートの最後まで書き終えて、この最初のページに戻っている。

最初の3ページは、これを書くために空けておいた。

俺は、それよりもう少し前、2024年の終わり頃から、考え始めている事があった。

本当はもっと前から、気がついていたのかもしれない。

考えるのが恐ろしくもあり、目を逸らしてきたのかもしれないと、今振り返ると思う。


希望も、今の世の中は最高に便利で、全てが管理されていて安全で安心な世界だと思っているだろう。けれど、少し思い出してほしい。

希望がまだ子供だった頃、世の中がどうだったか覚えているだろうか。

その頃でも、世の中の監視管理体制は存在していたけれど、今とは随分違っていた。

表面上は、現在に近付くほど技術が発達して、人々が便利に安全に暮らせるようになって良かったということになっている。

そして、世の中の大多数の人がそれを信じている。

なぜそうなのか、考えた事があるだろうか。

そういう情報しか、人間の目に触れる場所に出てこないからだ。

それと違う情報は、監視システムによって全て削除されている。

2025年に法改正がされているのは、今でも調べればすぐ出てくると思う。偽誤情報を排除して、国民の情報リテラシーを向上させるためというのが表向きの理由だ。


俺は、完全に今の状況になる前に、気が済むまで色々と調べた。

まだネット上にある情報や、書籍を通じて、自分で情報を取りに行けた頃の話だ。今は、こういう事すら出来ない。

そして調べれば調べるほど、今の世の中の状況が、安全でも安心でも無い事が分かって来た。

俺達が住んでいるこの家も、この地域社会も、言ってみれば見えない檻の中なんだ。


ショックかもしれないし、最初は全然信じられないと思う。

お父さんは頭がおかしくなったのかと思うかもしれない。

でもどうか聞いてほしい。

このノートを最後まで読んで欲しい。

それからどう判断するかは、自分次第だと思う。

親子であってもそこまでは干渉出来ないし、するべきじゃない。

読んで欲しいというのは、俺から希望への、最初で最後の頼みだ。

このノートに書いた内容を、本当はもっと早く気がつくべきだったと思う。

お母さんが体調を崩し始めた頃、俺は何とか違う方向の未来へ持っていきたかった。もっと長く生きて欲しかった。

それでも、お母さんを説得し得るほどの知識も無かったし、今の世の中のシステムに抗い切れなかった。

俺自身も、このシステムの中で命を終えることになるかもしれない。

希望がもし、この内容から何か一つでもメッセージとして受け取って、これからの人生に活かしてくれれば嬉しい」


3ページ目までを読み、私は気がついたら泣いていた。

食事中も涙が止まらなかったし、どうも涙腺が緩くなっている。

父が自分の死を匂わすようなことを書いているから。

まるで既にそうなってしまったような気持ちになり、涙が溢れてくる。

考えてはダメだ。

諦めてはいけない。

まだ最悪の状況と決まったわけじゃない。

私は気を取り直して、ノートの続きを読んだ。

ここまでを読んで、何となくだけど自分の子供の頃のことも思い出し始めた。たしかに今とは随分違っていたように思う。


「最近の事から、遡って書いていこうと思う。

法律の内容が大きく変わって行ったのは、2024年、2025年あたりからだったのを覚えているだろうか。

それよりも前は、法律上個人の権利は、かろうじて国家や組織よりも優先されていた。

今は、国家、組織などの公の利益が、個人の権利よりも優先される。

希望は、大人になってからの人生では今の状況しか知らないから、これが当たりだと思って気にしていないかもしれない。

国民一人一人に個人識別番号が付けられたのはこれよりも更に前。

この番号に全ての個人情報を紐付けて、信用スコアが示されるようになったのは、最近の話だ。

これは希望も覚えていると思う。

新しい薬や治療法の開発、国家間の紛争解決など、公の利益のために必要となれば、人が集められる。

以前はこれに関しても一応本人の了解が前提だったし、参加すれば僅かでも謝礼が出ていた。

今は呼び出しがかかれば断る選択肢は無い。

これが、個人の権利より公の利益が優先されるという事だ。

そのように法律が変わったから。


それ以前でも、そうとは知らせずに大規模な実験的な事も行われていたのを思えば、今に始まった事では無いかもしれないが。

情報の統制、治験や戦争への強制参加を命じる事が合法的に堂々とやれるようになったのは法改正後の話だ。

信用スコアのランクが低くなれば、治験や戦争への参加という事で集められた後、それより早く死が待っている場合もある。


Aランクの人達の中には、臓器提供を待っている人も居る。

最新の技術では、自身のクローンを作ってそこから臓器を取るとか、3Dプリンターで印刷された臓器を使う事もあるらしいが。

まだ従来のやり方も残っていて、そのためには臓器が必要となる場合がある。

それ以外でもAランクの人が、自分が死んだということにして表舞台から姿を消したい場合、顔が認識出来なくなった状態の、体格の似た死体を用意する必要が出てくる。

治験への参加、戦争への参加で「移動」が表示された後、個人識別番号が消えた場合は死亡。

いつどこでどういう形で死んだのか「不明」という一言で済んでしまう。上のランクの彼らに説明義務は無い。


希望がこれを読んでいるということは、俺は死んだか、もうこの家に居ないという事だと思う。

俺の番号がもし消えていた場合、そういうことかもしれない。

しかし、このノートの後の方ではっきりと説明するが、もしそうであってもそれは悲しむ事では無いし、俺にとって最悪な事でも無い。

ただ、今の世の中の仕組みというのがこうなっていて、こうなったのはそれほど昔のことでは無いというのを知っておいて欲しかった」


読みながら、震えが止まらなかった。

明日の朝、父の個人識別番号があるかどうか・・・

最悪の状況を想像して背筋が寒くなる。

考えてはいけない。

諦めてはいけない。

まだ最悪と決まったわけじゃないし。

だけど・・・・

今までだって、私はある程度この事を知っていた。

人が集められる時、断る選択肢は無い事。

いつどこで死んでも文句は言えないし、ただ番号が消されて終わる事。

自分の身内にこの事が降りかかってくるまで、他人事だと思っていた。

誰だって皆んな大切な家族は居るのに。

自分や自分の身内じゃなかったらいいのか?

いつから私は、こんな考え方になったんだろう。

それに・・・ランクが一つ二つ上でも下でも、一番上に居る彼らから見たら私達の命なんて、簡単に消していいと思っているただの番号。ただの数字でしかない。












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